3次元紀行

手ぶらで地球にやって来ました。生きていくのはたいへん。そんな日々を標本にしてみました。

私の好きな色は

2007-03-31 11:54:47 | Weblog

空色が好きです。
空の色です。うすい青、ターコイズブルー、紺碧、紺青、そんな空の色です。

昔、冬の金沢に行ったとき、その日は冬の日本海側にしては珍しくよい天気でした。
空が、真っ青でした。漢文のフレーズに「天は玄く、地は黄色い」というのがありますが、まさにそれでした。
紺碧の空、紺青の空、それよりもっとあおく、くろい空の色。
吸い込まれるようなとはまさにこのこと。
空の高さが無限に感じられました。
そのときまで、そんな空を見たことがありませんでした。
もちろん、それからも見ていません。

童話「屋根裏の大黒柱」

2007-03-22 19:31:09 | メルヘン
建ってから大分たった家がありました。
家中がギシギシときしんだ音をたて、山ほどほこりがつもっていました。
天井裏にはネズミが数匹住み着いていて、次々と自分たちに都合の良い通り道を作るため、あちこちの壁には穴もあいていました。
「ああ、もうたまらん」
天井裏の組み木のひとつがいらついた声をあげました。
「なんだってわしがこんな屋根裏にいなければならんのだ」
その組み木の上にはちょうどネズミの巣がありました。
「かあちゃん、この木、何か言ってるよ」
ネズミのぼうやが言いました。
「ああ、いつものことさ」
ネズミの母さんが言いました。
「昔は立派な大黒柱だったんだとさ」
「ふーん、大黒柱ってなに?」
「そのおじさんに聞きな。かあさんは忙しいんだよ。食べ物を探しに行かなくちゃ」
母さんネズミはそそくさと巣を離れ、離れ際にフンを1粒、巣のある木の上に落としていきました。
「あ、こら、わしの上でフンをするな!」
木はどなりました。
「まったく、わしの上でフンをするなんてけしからん!わしを何だと思っとるんじゃ。わしゃもと大黒柱じゃ!なんでこのわしがこんなネズミのフンだらけの屋根裏におらにゃならんのだ!」
屋根の組み木はまた不機嫌そうにギシギシと音をたてました。

「ねえ、おじさん、大黒柱ってなに?」
ねずみのぼうやが無邪気な声でたずねました。このぼうやはチュー太といいました。
「何だぼうず。大黒柱も知らんのか。大黒柱というのはだな、家の真ん中にあって、家中を支えている柱のことじゃ。わしはもともと、立派なお屋敷の大黒柱だったんじゃ」
木は怒ったように答えましたが、機嫌は半分ほど直っていました。
「わしは家の真ん中で四方の梁を支えて立っておった。体はつややかな飴色に磨き上げられ、家中の信頼をあつめておったわい」
木は昔の光景ををありありと思い浮かべていました。
その家で何か大事なことがあると、大黒柱の周りのふすまは取り払われ、幾部屋かが一つになって大広間となりました。
ある時は白無垢姿の花嫁が、羽織袴の花婿とともに床の間を背にして座り、大広間には大勢の親類縁者が集まって華燭の宴を繰り広げました。
またある時は鯨幕が壁に張り巡らされ、花で飾られた祭壇が設けられ、喪服を着た弔問客が次々と訪れました。
障子が開けはなたれると、前栽の松や藤棚が見えました。春ともなると風と共に桜の花びらが舞い込み、大黒柱の足元を飾ることもありました。
「あの頃のわしは、あらゆる物事の中心におったもんじゃ。わかったか?ぼうず。こら、聞いておるか?」
チュー太ネズミはいつのまにか兄弟達と体を寄せ合って眠りこけていました。

大雨の降った日、ついに屋根のすきまから雨水が侵入し、ネズミの巣のある組み木の上にしたたり落ちました。
「おい、屋根!しっかりせんか!雨漏りしとるぞ!わしの体がぬれたぞ!」
木はどなりました。
「そんなこと言ったって防水シートに穴があいとるがな。わしらじゃどうにもならん」
屋根が間の抜けた声で返してきました。
「わあ、ほこりとネズミのふんが雨水と一緒にしみこんできたぞ!わしの体がだいなしじゃ!」
ネズミのきょうだいはちょうどいたずら盛り。物珍しげに雨が漏っている所に入れ替わり立ち代り寄ってきては、水だ、水だとはしゃぎたて、上を向いて口で雨水を受けようとしたり、こぼれた水をなめたり、水に濡れた足であちこち駆け回ったり、大騒ぎになりました。
「こ、こら、水をばらまくな!しみになるじゃないか!それに屋根中が湿気てカビが生える!」
そうこうするうち、カリカリ、コリコリ、きょうだいたちは木のあちこちをかじり始めました。
「あ、こら、かじるな!わしをかじるなんて、なんてことするんじゃ。わしを誰だと思っとる。わしゃもと大黒柱だったんだぞ!」
すると、足に水をつけ、木のうえに足跡のスタンプをつけて遊んでいたチュー太ネズミが言いました。
「知ってるよ。何回も聞いたもの。でもさ、大黒柱ってそんなにえらいの?」
「えへん!」
木は胸をそらして言いました。
「そりゃあえらい!たいへんなもんじゃ。わしは山にいた頃から将来を嘱望されておった。こりゃあいい木じゃ、先が楽しみじゃってな。
ほんで製材所に入った時は皆が感心しよった。こりゃ、いい木じゃ、普通の柱なら何本か取れる。だがそれはあまりにももったいないから大黒柱にするかっての。
誰もが大黒柱になれるというわけではないんじゃ」
「ふーん。でもさ、もと大黒柱が何だって今天井裏なのさ」
すると木はいまいましそうに答えました。
「ふん。この家を作った大工の棟梁の目が節穴だだったからじゃよ」
「どういうこと?」
「あの立派なお屋敷は何代も代替わりした後、とうとう屋敷を維持できなくなって解体されることになったんじゃ。
そこで、まだ使える資材を買い付けに人が来た。ふすまだの、障子だの、透かし彫りのある彫刻欄間だの、床柱だの、いいものに値札がついた。
わしにもな、『こりゃあいい木じゃ、立派な大黒柱じゃ』いうてな、高値の札が貼られた。そうして買われていって、わしは次の家でも大黒柱として使われることになった。前ほどのお屋敷ではなかったがな、やっぱりわしは大黒柱じゃった」

その家は時たま持ち主がかわりましたが、ある時、子沢山の家族がやってきました。
子供達は年中追いかけごっこをしては、大黒柱のまわりをぐるぐる回りました。
抱きついて大黒柱に昇り「みーんみーん」とセミのまねをした子もいました。
けんかをするときはたいてい大黒柱あたりでやりました。
男の子はくんずほぐれつ大黒柱の足元でゴロゴロしていたと思ったら、旗色悪くなったほうが抜け出して大黒柱の後ろに逃げ込み、最後は大黒柱を間にはさんでのつかみ合いになりました。女の子もよく大黒柱をはさんで口げんかをしていました。
また、毎年5月5日になると、子供達は大黒柱を背にして背比べをし、何年何月まさお、などと柱に刻み付けたりしました。
そうこうするうち子供達が大きくなり、女の子の口げんかは恋の悩みの打ち明け話に変わりました。大黒柱に抱きついて苦しい思いを打ち明けた娘の肩を、聞くほうの娘が大黒柱ごと抱きしめました。
やがて、一人、また一人と、子供達はいなくなり、最後は老夫婦だけになりました。
この家では婚礼も葬式も行われませんでした。その家の主人の葬式が行われたらしいということは、その家を出て行った子供達がある日帰ってきて酒席を設けたことでわかりました。
兄妹同士の思い出話に花が咲きました。ときおり笑い声も雑じりましたが、おや?台所で燗の仕度をしていたはずの娘の一人が前掛け姿で大黒柱の影にそっと座りました。そして大黒柱にすがってハラハラと涙をこぼしました。
これが、大黒柱が人の中で暮らした最後の思い出となりました。

「その家も取り壊されることになったんじゃ。またあの時のように値札を付けに人が来た。もちろん、わしにも値札がついた。だが、買ったやつはあろうことかわしを天井裏にまわしたんじゃ」
「それで今天井裏なんだ」
「ふん、雨漏りするような家をたてる大工じゃ。木のよしあしもわからん、目が節穴の大工じゃ。この家じゃどんなヤツが大黒柱をやっておるか知らんが、ここから見た限りでは、たいしたヤツはおらんのう」
「おいら聞いてきてやろうか?」
チュー太ネズミは木の返事も待たず、天井裏をかけまわり、「おまえさ、大黒柱?」と聞いてまわりました。ところが誰からもはかばかしい答えが返ってきません。「なんだ?大黒柱って?」と言うばかり。
「ほーら見ろ。大黒柱も知らんヤツらじゃ」木は得たり賢しと胸をそらせました。

幾日かたったある日、母さんネズミがひどくあわてた様子で帰ってきました。
「子供達、引越しだよ!」
「え?どうしてさ?」チュー太ネズミが訊ねました。
「どうしたもこうしたもないよ。この家は取り壊されるんだよ。巻き込まれないうちにこの家を離れるよ!」
ネズミの一家はあっというまに家から離れていきました。
しーんと静まり返った天井裏。
ギシ、ギシ。
ネズミの巣があった木は、久方ぶりに胸を高鳴らせました。
「また、買い付けの人がやってくる。今度こそ目の利いた棟梁がやってきて、わしが大黒柱だったということを見抜いて値札を貼ってくれるにちがいない」
しかし、待っても待っても買い付けの人は来ませんでした。そうこうするうちパワーショベルがやってきて取り壊し始めました。
「わ、むちゃくちゃするな!そっと外さないと痛むじゃないか!」
木は叫びましたが、耳を貸すものは誰もおりませんでした。やがて天井の木も、他の材木などといっしょくたにトラックに詰め込まれました。

向かった先は廃棄物処理場です。
処理場に着くと、トラックに詰まれた木材は屑木の山に容赦なくぶち込まれました。
もと大黒柱だった木は失意のなかで嘆く気力も失せていきました。
意識もだんだんぼんやりしてきて、時折見るものは夢なのか現実なのかはっきりしなくなりました。
「じいさん、じいさん。おいらチュー太ネズミだよ。じいさんが大黒柱として買われるか、おいら見届けに来たぜ」
「おお、チュー太よく来た。おまえの新居は見つかったかい?」
目覚めてみれば、廃棄場の空を風がさわさわと渡るばかりでした。
木はふと体にぬくもりを感じました。
家の娘が大黒柱にすがって泣いておりました。しかしあれはあの時、昔の出来事。

木は、粉砕機で木材チップになりました。木材チップは再びトラックに乗せられて、とある林業試験場に運ばれました。
「ほー、なかなかいい木材チップだ。いい堆肥になりそうだ」
試験場のおじさんはよろこんで木材チップで堆肥をつくり、山の斜面にまきました。山の斜面には苗木が植わっていました。
「ゆっくりでいいから、大きくなれよ。ここは日当たりはいいし、土もいいし、気温もいい。きっと大黒柱がとれるくらいの立派な木が育つに違いない。こりゃあ先が楽しみだ」
苗木たちは試験場のおじさんにはげまされながら、山の斜面にさんさんとふりそそぐ太陽の光をあび、堆肥となった大黒柱の滋養の中でしっかりと根っこを張りました。
               おわり