ごっつい笹塚のトレードマーク。ポストと電信柱・・・あ、電柱が見えない・・・
ほら、ホラーだよPart.8
「そうだな、まず、名前からだ。あんたの名前はなんていうんだ?」
座敷オヤジがたずねた。
「え?あっしの名前ですか?・・・なんだっけ・・・」
そいつはぼさぼさ頭をしていて、よれよれのレインコートを羽織り、首にはねじれたようなネクタイを締めていた。そして、名前をきかれただけなのに、まるで算数の問題をあてられた時みたいに回答に苦しみ、ブツブツと口の中でなにやらつぶやいた。
「あいつ、呑スケ(どんすけ)じゃねえ?」
「え?酔いどれ妖怪の?それなら呑べえ(どんべえ)ていわねえ?」
「それ、おれっちの方でははのん兵衛っていうよ」
「うちらはのみすけって言ってる」
周辺からざわめきが聞こえた。
目をこらしてみると、ぼくの布団を中心にして、まず座敷オヤジ、アマノジャク、オキビキ、それに今日のお客さんの4人というかなんというか・・・が座り、その外がわの周辺をいろいろな妖怪たちがぐるりと取り囲んでいた。そしてそいつらはてんでんばらばら、勝手なことをくっちゃべっていた。
「そうか、ネクタイなんかしめてたからわかんなかったんだ。たしかあいつら半纏着てなかったかい?」
「いや、いろいろいるよ。又ひき腹掛けもいるし、粋な島田もいるし、二本差しだっているよ」
ぼくにとっては暗号のような会話だった。
「え?なに?みんななに言っててるの?」
ぼくは小声で身近にいたオキビキに尋ねた。
「腹掛けは職人さん、粋な島田とは芸者のお姐さん、二本差しとはお侍さんのことですよ。あいつらは決まったスタイルがなくていろんな格好をしてるんです」
とオキビキも小声でささやきかえした。
「バカ言っちゃいかんよ。おめえら認識が古いんだよ」
外野席ではコウモリのような格好をしたヤツがヌラヌラッとした口調で声高にしゃべっていた。
「もうそんな格好をしたのは今どきいないよ。今はほとんどサラリーマン風のこのタイプか、Tシャツにチノパン、またはOL風ってスタイルさ。こいつらはそこらへんの妖怪みたいにいつまでも時代遅れなボロギレをまとってなんかいないよ」
「なんだと!時代遅れなボロギレまとってるとは、おれのことを言っておるのか?場合によっちゃ、ただではおかんぞ!」
野太い声がした。発言者は三つ目入道だった。三つ目入道は相変わらず定番の修行僧スタイルをしていて、その衣はところどころやぶれているんだ。
「そうよそうよ。なめた口きくんじゃないわよ!自分はこうもり傘お化けとかいって、しかもジャンプ傘だとかいって、あたしらカラカサお化けを馬鹿にしてさ。そうボロボロにならないうちから捨てられたり置忘れられたりして嘆いてるくせしてさ、ドラキュラのできそこないみたいな格好してさ!」
「なんだと!ボロボロカラカサ!」
「まあ、まあ、まあ、まあ」
仲裁にはいったのは座敷オヤジだった。
「なに、時代遅れのボロギレといったら、わしの右に出るもはおらんじゃろう。わしのこの衣はな、糞掃衣(ふんぞうえ)といってな、仏教では徳の高い坊さんが着るのよ。位ではなくてな、徳をあらわしてるのよ。わかる?えっへん、これがわしの真の姿じゃ。
それはともかくとして、他の妖怪たちもな、それぞれ自分がこうであると思う姿をしておるだけじゃ。さしずめ、このものは酒でうさをはらすサラリーマンをおのれの姿と思うているのじゃろう」
すると、そいつは驚いたことにさめざめと泣き出した。
「そうなんでやすよ。あっしはしがないサラリーマンでやす。それもなんだか仕事に生きがいが見出せない、家に帰っても居場所がない、そんなサラリーマンのような気がするんでやすよ」
そいつはやせた肩をがっくり落としてうなだれた。
「で、こいつのことなんて呼びますかね」
オキビキが言った。
「そうさな」
ここは識者の座敷オヤジが判断することなのだろう。座敷オヤジは腕組みしながら言った。
「のみスケ、とか、のん兵衛という名前はもう人間にとられているしなあ、どんべえじゃキツネうどんみたいだし、呑スケ、これかな。呑スケでいくか、なあ、呑スケ」
「へえ、へえ、なんでもようがす。なまえなんてどうでもいいんでやすよ。あっしはただ、ただ・・・」
「ただ、なんだっていうんだ、もうじれったいな、めそめそしてないでなんとか言えや」
また外野席のほうからこうもり傘お化けがぬらぬらした声をとばした。
「へえ、へえ・・・」
呑スケはポケットから皺くちゃになったハンカチをとりだして、涙をぬぐうと語り始めた。
「あっしはね、いつごろからこんな姿をしていたのか、もうはっきりしないんでやすがね、いつもたそがれ時になると、路地裏の、あの商店街のはずれにあるお稲荷さんの裏手のどぶ板につっぷしているところで気がつくんでやんす。
あれ、ここはどこ?あたしはだれ?ってね思うんでやんすよ。でも、あまり深く考えないんでやんす。なぜなら夜の巷に赤ちょうちんの灯りがにじんでいるのが目に入ると、そちらのほうにふらふらとすいよせられていくんでやす。
店の中にはいっていくと、仲間たち、つまり、勤め帰りのサラリーマンたちが一杯やっている。
あー、酒のにおいだ。いい匂いだなあ、あっしも飲みてえな、と思って飲んでいるやつの脇から手を出して酒を飲もうとするんでやすが、思ったように飲めません。あっしはあせって、あっちこっちを飛び回って飲もうとするんですが飲めない。
でもそうこうするうち、気が合うというか波長が合うというかそんなやつに出くわすことがあるんでやす。そして、そいつとシンクロすると、あっしは飲めたような気分になる。そん時ゃそいつはもうベロンベロンでやすよ。それなのにただひたすら飲みたいと思うあっしにあやつられて、次から次へ呑むんでやす。
こうして呑んだ場合、たいていそやつは呑んでいたときのことを憶えてやしません。逆に言うと酒を呑みすぎて何も憶えていないというときは、たいていあっしが憑いているんでやんすよ。
そうして宿主が正体なく路地裏にへたり込む。あっしもへたり込む。そして気がつくと、次の日の夜になっているのか、またあっしはお稲荷さんの裏のどぶ板に突っ伏していて、夜の巷ににじんだ赤ちょうちんが目に入る、とこういうわけなんでやんす」
呑スケは一気にそこまでしゃべって再びうなだれた。
「さて、そこでだ」
一呼吸おいて、座敷オヤジが言った。
「本来なら、正体をなくした宿主とともに路地裏にへたり込んで自分も正体をなくする。宿主は誰かに家に送ってもらうか、意識のないまま自分で自分のうちにたどり着くかしてその場から立ち去るが、おまえはいつのまにか塒(ねぐら)ともいうべきお稲荷さんの裏のどぶ板に戻っていて、夜になるとまたぞろ赤ちょうちんをめざす。そうしてエンドレスにただひたすら呑むことだけに夜をすごすおまえが、なんで宿主とともにここまでやってきて、こうして酒ッ気のないところで呑む以外の行為をすることになったのか、じゃ」
ふむふむ、そこだよな、などと外野席がまたざわめいた。
呑スケは丸めていた背を伸ばし、まわりをぐるりと見渡した。膝を浮かせていたから、本当は逃げ出したかったのかもしれないが、これだけ取り囲まれていたら逃げ出すのはとうてい無理と悟ったのか、座りなおした。
「あっしにもよくわからないんでやす。ひょっとしたら時間が早かったのか、もっと呑めるかもしれないと思ったからなのか、うかうかとここまでついてきやしたら、なんと、そちらのぼっちゃんと目があったんでやす」
え?ぼく?
ぼくはおもわず自分の鼻を指差した。
ほら、ホラーだよPart.8
「そうだな、まず、名前からだ。あんたの名前はなんていうんだ?」
座敷オヤジがたずねた。
「え?あっしの名前ですか?・・・なんだっけ・・・」
そいつはぼさぼさ頭をしていて、よれよれのレインコートを羽織り、首にはねじれたようなネクタイを締めていた。そして、名前をきかれただけなのに、まるで算数の問題をあてられた時みたいに回答に苦しみ、ブツブツと口の中でなにやらつぶやいた。
「あいつ、呑スケ(どんすけ)じゃねえ?」
「え?酔いどれ妖怪の?それなら呑べえ(どんべえ)ていわねえ?」
「それ、おれっちの方でははのん兵衛っていうよ」
「うちらはのみすけって言ってる」
周辺からざわめきが聞こえた。
目をこらしてみると、ぼくの布団を中心にして、まず座敷オヤジ、アマノジャク、オキビキ、それに今日のお客さんの4人というかなんというか・・・が座り、その外がわの周辺をいろいろな妖怪たちがぐるりと取り囲んでいた。そしてそいつらはてんでんばらばら、勝手なことをくっちゃべっていた。
「そうか、ネクタイなんかしめてたからわかんなかったんだ。たしかあいつら半纏着てなかったかい?」
「いや、いろいろいるよ。又ひき腹掛けもいるし、粋な島田もいるし、二本差しだっているよ」
ぼくにとっては暗号のような会話だった。
「え?なに?みんななに言っててるの?」
ぼくは小声で身近にいたオキビキに尋ねた。
「腹掛けは職人さん、粋な島田とは芸者のお姐さん、二本差しとはお侍さんのことですよ。あいつらは決まったスタイルがなくていろんな格好をしてるんです」
とオキビキも小声でささやきかえした。
「バカ言っちゃいかんよ。おめえら認識が古いんだよ」
外野席ではコウモリのような格好をしたヤツがヌラヌラッとした口調で声高にしゃべっていた。
「もうそんな格好をしたのは今どきいないよ。今はほとんどサラリーマン風のこのタイプか、Tシャツにチノパン、またはOL風ってスタイルさ。こいつらはそこらへんの妖怪みたいにいつまでも時代遅れなボロギレをまとってなんかいないよ」
「なんだと!時代遅れなボロギレまとってるとは、おれのことを言っておるのか?場合によっちゃ、ただではおかんぞ!」
野太い声がした。発言者は三つ目入道だった。三つ目入道は相変わらず定番の修行僧スタイルをしていて、その衣はところどころやぶれているんだ。
「そうよそうよ。なめた口きくんじゃないわよ!自分はこうもり傘お化けとかいって、しかもジャンプ傘だとかいって、あたしらカラカサお化けを馬鹿にしてさ。そうボロボロにならないうちから捨てられたり置忘れられたりして嘆いてるくせしてさ、ドラキュラのできそこないみたいな格好してさ!」
「なんだと!ボロボロカラカサ!」
「まあ、まあ、まあ、まあ」
仲裁にはいったのは座敷オヤジだった。
「なに、時代遅れのボロギレといったら、わしの右に出るもはおらんじゃろう。わしのこの衣はな、糞掃衣(ふんぞうえ)といってな、仏教では徳の高い坊さんが着るのよ。位ではなくてな、徳をあらわしてるのよ。わかる?えっへん、これがわしの真の姿じゃ。
それはともかくとして、他の妖怪たちもな、それぞれ自分がこうであると思う姿をしておるだけじゃ。さしずめ、このものは酒でうさをはらすサラリーマンをおのれの姿と思うているのじゃろう」
すると、そいつは驚いたことにさめざめと泣き出した。
「そうなんでやすよ。あっしはしがないサラリーマンでやす。それもなんだか仕事に生きがいが見出せない、家に帰っても居場所がない、そんなサラリーマンのような気がするんでやすよ」
そいつはやせた肩をがっくり落としてうなだれた。
「で、こいつのことなんて呼びますかね」
オキビキが言った。
「そうさな」
ここは識者の座敷オヤジが判断することなのだろう。座敷オヤジは腕組みしながら言った。
「のみスケ、とか、のん兵衛という名前はもう人間にとられているしなあ、どんべえじゃキツネうどんみたいだし、呑スケ、これかな。呑スケでいくか、なあ、呑スケ」
「へえ、へえ、なんでもようがす。なまえなんてどうでもいいんでやすよ。あっしはただ、ただ・・・」
「ただ、なんだっていうんだ、もうじれったいな、めそめそしてないでなんとか言えや」
また外野席のほうからこうもり傘お化けがぬらぬらした声をとばした。
「へえ、へえ・・・」
呑スケはポケットから皺くちゃになったハンカチをとりだして、涙をぬぐうと語り始めた。
「あっしはね、いつごろからこんな姿をしていたのか、もうはっきりしないんでやすがね、いつもたそがれ時になると、路地裏の、あの商店街のはずれにあるお稲荷さんの裏手のどぶ板につっぷしているところで気がつくんでやんす。
あれ、ここはどこ?あたしはだれ?ってね思うんでやんすよ。でも、あまり深く考えないんでやんす。なぜなら夜の巷に赤ちょうちんの灯りがにじんでいるのが目に入ると、そちらのほうにふらふらとすいよせられていくんでやす。
店の中にはいっていくと、仲間たち、つまり、勤め帰りのサラリーマンたちが一杯やっている。
あー、酒のにおいだ。いい匂いだなあ、あっしも飲みてえな、と思って飲んでいるやつの脇から手を出して酒を飲もうとするんでやすが、思ったように飲めません。あっしはあせって、あっちこっちを飛び回って飲もうとするんですが飲めない。
でもそうこうするうち、気が合うというか波長が合うというかそんなやつに出くわすことがあるんでやす。そして、そいつとシンクロすると、あっしは飲めたような気分になる。そん時ゃそいつはもうベロンベロンでやすよ。それなのにただひたすら飲みたいと思うあっしにあやつられて、次から次へ呑むんでやす。
こうして呑んだ場合、たいていそやつは呑んでいたときのことを憶えてやしません。逆に言うと酒を呑みすぎて何も憶えていないというときは、たいていあっしが憑いているんでやんすよ。
そうして宿主が正体なく路地裏にへたり込む。あっしもへたり込む。そして気がつくと、次の日の夜になっているのか、またあっしはお稲荷さんの裏のどぶ板に突っ伏していて、夜の巷ににじんだ赤ちょうちんが目に入る、とこういうわけなんでやんす」
呑スケは一気にそこまでしゃべって再びうなだれた。
「さて、そこでだ」
一呼吸おいて、座敷オヤジが言った。
「本来なら、正体をなくした宿主とともに路地裏にへたり込んで自分も正体をなくする。宿主は誰かに家に送ってもらうか、意識のないまま自分で自分のうちにたどり着くかしてその場から立ち去るが、おまえはいつのまにか塒(ねぐら)ともいうべきお稲荷さんの裏のどぶ板に戻っていて、夜になるとまたぞろ赤ちょうちんをめざす。そうしてエンドレスにただひたすら呑むことだけに夜をすごすおまえが、なんで宿主とともにここまでやってきて、こうして酒ッ気のないところで呑む以外の行為をすることになったのか、じゃ」
ふむふむ、そこだよな、などと外野席がまたざわめいた。
呑スケは丸めていた背を伸ばし、まわりをぐるりと見渡した。膝を浮かせていたから、本当は逃げ出したかったのかもしれないが、これだけ取り囲まれていたら逃げ出すのはとうてい無理と悟ったのか、座りなおした。
「あっしにもよくわからないんでやす。ひょっとしたら時間が早かったのか、もっと呑めるかもしれないと思ったからなのか、うかうかとここまでついてきやしたら、なんと、そちらのぼっちゃんと目があったんでやす」
え?ぼく?
ぼくはおもわず自分の鼻を指差した。