街角でみつけた21世紀の壁画。場所は東京笹塚。作者は…?
ほら、ホラーだよ Part.5
瓜子姫があまのじゃくに食べられてしまったなんてことを全く知らない桶屋は、今日も仕事はそこそこに切り上げ、桶を一つかつぐと瓜子姫の家へと出かけていった。
「瓜子姫、わし来たで」
そう呼ばわるとな、戸ががらりと開いて、瓜子姫が姿を見せた。
「ちょっと待った」とおばさんはまた口をはさんだ。
「瓜子姫は天邪鬼に食べられたんと違いますか?」
すると、あまのじゃくはまあまあというような仕草をし「ま、これから順にお話ししますんで」と言って話を続けた。
あいかわらず可愛らしい瓜子姫の姿に桶屋はいっそう愛しい思いをつのらせ、「遅なってすまんかった。淋しゅうなかったか?」と抱き寄せようとしたが、瓜子姫はくるりとひとまわりして男の抱擁をたくみにかわし、
「淋しかったで。お土産はいりょう」
と白くてしなやかな両手を出した。
桶屋は、またその手がかわいいなと思いつつ、その手に持参した桶をのせた。
「はい、お土産」
ところが瓜子姫はがっかりしたような顔をして「まーた桶かや。桶ならもうこないに仰山あるがや」とかたわらに目をやった。
瓜子姫が目をやるほうを眺めれば、なるほど、桶が山をなしている。それは桶屋がくるたんびに持ってきた桶だった。ひゃー、売るほどあるわな。なるほど桶ばかりこんなにいらんわなと桶屋も思ったが、さらに瓜子姫が言うた。
「同じ店の品物を持ってくるんでも、米屋の持ってくるものはじゃまにならんがのう」
「来るんか?米屋が?」
「あい」
「米を持って?」
「ときどき餅も持ってくるけぇ」
「あのやろうー」
対抗意識が芽生えた桶屋。次の日は名物トチ餅を買って持っていった。
すると瓜子姫は
「このトチ餅は防腐剤も入ってないので、本日中にお召し上がりくださいってやつやろう?」と言ったかどうかはわからんが、
「うち、今日はもう羽二重餅を食べてお腹がいっぱいなんや。食べ過ぎると太るっちゃ」
「米屋が羽二重餅を持ってきたんか?」
「いいや、持ってきたんは小間物屋はん…いやちごた、小間物屋はんはかわいらしい紙入れやったかいなあ。羽二重餅は紙すき屋はんやったかいなあ」
「なんやて、小間物屋も紙すき屋も来るのか?」
「よう来ます」
「あいつらー」
なるほど女の子の心をつかむには桶では小間物屋や紙すき屋に太刀打ちできない。桶屋は呆然と帰る道を歩きながらこのときほど自分の職業をのろったことはなかった。
一方、おゆみは、あまのじゃくに瓜子姫を食べてくれとたのんだのに、どうやらいまだに瓜子姫がおって、桶屋がいっこうに瓜子姫通いをやめないどころか、最近は頻繁に店の品物や金品を持ち出しているらしい。
おかしい、どうなってるのかと思ってある日、瓜子姫の家を訪ねてみた。
すると瓜子姫のもとにはその土地のお殿様がしのびでやってきておっての、ええべべなど賜って「これこれいついつに迎えをよこすから、そのべべを着てお屋敷にあがるように」などと言われていたんじゃ。
おさまらんのはおゆみじゃ。
さんざ、桶屋に貢がせたあげく、玉の輿?この世にゃ神も仏も天邪鬼もおらんのか。自分は愛しい男に洗濯もしてやって、ご飯もこしらえてやって、掃除もしてやったのに、お礼をいわれるどころかうるさがられ、いっぽう、ちょっと可愛く生まれたばかりになんの努力もせず男どもからちやほやされ、しまいにゃ領主さまから見初められて玉の輿かや!
こうなりゃ天誅、自分が下すしかない、と思い込んでな、おゆみは瓜子姫の家に押し入った。そしてそこにおった瓜子姫の胸倉をつかんでまず悪口雑言、言いたい放題をあびせかけ、しまいに首を締め上げた。
そしたらの、瓜子姫がの、
『おい、おい、おれだよ、オレ!』
瓜子姫の首を絞めとったと思うてたらよ、そいつはアマノジャクの首でよ、本性を現して尖った歯がずらりと揃った口を開けてにんまり嗤った。
『おまえがたのんだとおり、瓜子姫はちゃあんと食ったぜ』って。
おゆみはびっくり仰天、腰を半分抜かしながら、こけつまろびつ桶屋の男のところに駆けつけた。
『あま、あま、あま、あま、あまのじゃく!あんたの瓜子姫はあまのじゃく!』
そう言われても、そんなことにわかに信じられませんわな、普通。
桶屋の男はおゆみが嫉妬に狂ってそんな世迷いごとを言っとると思ったんですな。そしておゆみを心底ウザイと思った。おゆみを追い返してから一人つぶやいたんですわ。
『本当にアマノジャクなんておるんかいな。おるんなら、あのおゆみって女を食ってもらいたいもんじゃ』
そしたら積みあがった桶の陰から声がした。
『おおよ。おゆみを食ってやろうか?』
アマノジャクが出てきたんじゃ。
普通の人間なら、ここで驚いてもええんじゃがな、桶屋の男は驚かなんだ。なぜなら、もう既に魔にとりつかれてしもたんじゃな。それで桶屋の男は驚きもせんとこう言った。
『本当か?あの女はマジうざいけえ、本当に天邪鬼がおるならおゆみを食っちゃってくれ。あの女を消してくれ』
そこでアマノジャクと桶屋の彼氏は連れ立ってはおゆみのもとに出かけていった。
さて、どうやっておゆみを呼び出すかじゃ。一人にしないと食えませんわね。瓜子姫はじいさんばあさんのおらん留守を狙えたからいいけど、おゆみは家族と暮らしているから、なんとか呼び出さにゃならん。そこで、
『おい、おまえ行って呼び出して来い』
アマノジャクが桶屋の男に命じた。
『わしが?』桶屋の男は自分の鼻先を指差してたずねた。
『そうじゃ、他に誰がいる?お前が呼び出したら、おゆみは安心してついてくるじゃろう。呼び出して来い』
そこで男はおゆみの家をたずね、一世一代の甘い言葉でおゆみをさそった。
『おゆみちゃん。月がきれいだ。いっしょにそこらへんをお散歩しませんか』
『おや、どんな風の吹きまわしでしょうか?』
おゆみはたいそう喜び、家族たちに冷やかされたり、祝福されたりしながらいそいそと出てきた。
『どこさ行くだかや?』
『川原の方はどうじゃろか』
川原には人っ子一人いなかった。月の光がこうこうと二人の姿を照らしていた。
(ほら、アマノジャク、女を連れてきたぜ)
桶屋はどこかに潜んでいるはずのアマノジャクに呼びかけた。
月に照らされた影が、二つから三つに増えた。後から出てきた影は前からいた影の一つにおそいかかって、頭からバリバリムシャムシャと食べてしまった。
食べられたのは桶屋の男のほうだった。
『わるいな、女からたのまれたんでな。わりゃあ薄情な男じゃから、食ってしまってくれだと。食った後、あんたが男に成り代わってくれたら、洗濯もするし、めしも炊いてやるぞ、とこう言ったんでな』
これで影は元通り二つになった。二つの影は仲良く寄り添って歩くかに見えた。が、いつのまにかまた影が一つ増え、三つになった。そして、後から出てきた影は前からいた影の一つにおそいかかって、頭からバリバリムシャムシャと食べてしまった。
今度はおゆみが食べられた。
そうして、アマノジャクが化けた桶屋とおゆみは今度こそ寄り添って川原を出て行った。川原にはこうこうと月ばかり、といいたいところだが、新たな影があった。たった今、女を食ったために誕生した新しいアマノジャクだった!
「それが、このわたしですねん」
目の前のアマノジャクが得意そうに言った。
「はあ…」
ぼくはなんだか落ち着かない気分になった。おばさんもきっと同じ気分だったに違いない。
「で?」
とおばさんは後をうながした。
「へ?」
アマノジャクはぼく達の気持ちがわかっているはずなのになぜかとぼけた。
「だからあ、あんたはどんな人を食べてきたんですか?その後」
おばさんは聞くも恐ろしいことをはっきり聞いた。するとアマノジャクはばつの悪そうな顔をして口のなかでもごもごと言った。
「いや、その後は何もせずぶらぶらと…」
「ということは、あんたはまだ誰も食べていない?」
「まあ、仕事の依頼がないもので…。どうです?だれぞ食べてもらいたいやつ、おりますか?サービスしますよ」
ほら、ホラーだよ Part.5
瓜子姫があまのじゃくに食べられてしまったなんてことを全く知らない桶屋は、今日も仕事はそこそこに切り上げ、桶を一つかつぐと瓜子姫の家へと出かけていった。
「瓜子姫、わし来たで」
そう呼ばわるとな、戸ががらりと開いて、瓜子姫が姿を見せた。
「ちょっと待った」とおばさんはまた口をはさんだ。
「瓜子姫は天邪鬼に食べられたんと違いますか?」
すると、あまのじゃくはまあまあというような仕草をし「ま、これから順にお話ししますんで」と言って話を続けた。
あいかわらず可愛らしい瓜子姫の姿に桶屋はいっそう愛しい思いをつのらせ、「遅なってすまんかった。淋しゅうなかったか?」と抱き寄せようとしたが、瓜子姫はくるりとひとまわりして男の抱擁をたくみにかわし、
「淋しかったで。お土産はいりょう」
と白くてしなやかな両手を出した。
桶屋は、またその手がかわいいなと思いつつ、その手に持参した桶をのせた。
「はい、お土産」
ところが瓜子姫はがっかりしたような顔をして「まーた桶かや。桶ならもうこないに仰山あるがや」とかたわらに目をやった。
瓜子姫が目をやるほうを眺めれば、なるほど、桶が山をなしている。それは桶屋がくるたんびに持ってきた桶だった。ひゃー、売るほどあるわな。なるほど桶ばかりこんなにいらんわなと桶屋も思ったが、さらに瓜子姫が言うた。
「同じ店の品物を持ってくるんでも、米屋の持ってくるものはじゃまにならんがのう」
「来るんか?米屋が?」
「あい」
「米を持って?」
「ときどき餅も持ってくるけぇ」
「あのやろうー」
対抗意識が芽生えた桶屋。次の日は名物トチ餅を買って持っていった。
すると瓜子姫は
「このトチ餅は防腐剤も入ってないので、本日中にお召し上がりくださいってやつやろう?」と言ったかどうかはわからんが、
「うち、今日はもう羽二重餅を食べてお腹がいっぱいなんや。食べ過ぎると太るっちゃ」
「米屋が羽二重餅を持ってきたんか?」
「いいや、持ってきたんは小間物屋はん…いやちごた、小間物屋はんはかわいらしい紙入れやったかいなあ。羽二重餅は紙すき屋はんやったかいなあ」
「なんやて、小間物屋も紙すき屋も来るのか?」
「よう来ます」
「あいつらー」
なるほど女の子の心をつかむには桶では小間物屋や紙すき屋に太刀打ちできない。桶屋は呆然と帰る道を歩きながらこのときほど自分の職業をのろったことはなかった。
一方、おゆみは、あまのじゃくに瓜子姫を食べてくれとたのんだのに、どうやらいまだに瓜子姫がおって、桶屋がいっこうに瓜子姫通いをやめないどころか、最近は頻繁に店の品物や金品を持ち出しているらしい。
おかしい、どうなってるのかと思ってある日、瓜子姫の家を訪ねてみた。
すると瓜子姫のもとにはその土地のお殿様がしのびでやってきておっての、ええべべなど賜って「これこれいついつに迎えをよこすから、そのべべを着てお屋敷にあがるように」などと言われていたんじゃ。
おさまらんのはおゆみじゃ。
さんざ、桶屋に貢がせたあげく、玉の輿?この世にゃ神も仏も天邪鬼もおらんのか。自分は愛しい男に洗濯もしてやって、ご飯もこしらえてやって、掃除もしてやったのに、お礼をいわれるどころかうるさがられ、いっぽう、ちょっと可愛く生まれたばかりになんの努力もせず男どもからちやほやされ、しまいにゃ領主さまから見初められて玉の輿かや!
こうなりゃ天誅、自分が下すしかない、と思い込んでな、おゆみは瓜子姫の家に押し入った。そしてそこにおった瓜子姫の胸倉をつかんでまず悪口雑言、言いたい放題をあびせかけ、しまいに首を締め上げた。
そしたらの、瓜子姫がの、
『おい、おい、おれだよ、オレ!』
瓜子姫の首を絞めとったと思うてたらよ、そいつはアマノジャクの首でよ、本性を現して尖った歯がずらりと揃った口を開けてにんまり嗤った。
『おまえがたのんだとおり、瓜子姫はちゃあんと食ったぜ』って。
おゆみはびっくり仰天、腰を半分抜かしながら、こけつまろびつ桶屋の男のところに駆けつけた。
『あま、あま、あま、あま、あまのじゃく!あんたの瓜子姫はあまのじゃく!』
そう言われても、そんなことにわかに信じられませんわな、普通。
桶屋の男はおゆみが嫉妬に狂ってそんな世迷いごとを言っとると思ったんですな。そしておゆみを心底ウザイと思った。おゆみを追い返してから一人つぶやいたんですわ。
『本当にアマノジャクなんておるんかいな。おるんなら、あのおゆみって女を食ってもらいたいもんじゃ』
そしたら積みあがった桶の陰から声がした。
『おおよ。おゆみを食ってやろうか?』
アマノジャクが出てきたんじゃ。
普通の人間なら、ここで驚いてもええんじゃがな、桶屋の男は驚かなんだ。なぜなら、もう既に魔にとりつかれてしもたんじゃな。それで桶屋の男は驚きもせんとこう言った。
『本当か?あの女はマジうざいけえ、本当に天邪鬼がおるならおゆみを食っちゃってくれ。あの女を消してくれ』
そこでアマノジャクと桶屋の彼氏は連れ立ってはおゆみのもとに出かけていった。
さて、どうやっておゆみを呼び出すかじゃ。一人にしないと食えませんわね。瓜子姫はじいさんばあさんのおらん留守を狙えたからいいけど、おゆみは家族と暮らしているから、なんとか呼び出さにゃならん。そこで、
『おい、おまえ行って呼び出して来い』
アマノジャクが桶屋の男に命じた。
『わしが?』桶屋の男は自分の鼻先を指差してたずねた。
『そうじゃ、他に誰がいる?お前が呼び出したら、おゆみは安心してついてくるじゃろう。呼び出して来い』
そこで男はおゆみの家をたずね、一世一代の甘い言葉でおゆみをさそった。
『おゆみちゃん。月がきれいだ。いっしょにそこらへんをお散歩しませんか』
『おや、どんな風の吹きまわしでしょうか?』
おゆみはたいそう喜び、家族たちに冷やかされたり、祝福されたりしながらいそいそと出てきた。
『どこさ行くだかや?』
『川原の方はどうじゃろか』
川原には人っ子一人いなかった。月の光がこうこうと二人の姿を照らしていた。
(ほら、アマノジャク、女を連れてきたぜ)
桶屋はどこかに潜んでいるはずのアマノジャクに呼びかけた。
月に照らされた影が、二つから三つに増えた。後から出てきた影は前からいた影の一つにおそいかかって、頭からバリバリムシャムシャと食べてしまった。
食べられたのは桶屋の男のほうだった。
『わるいな、女からたのまれたんでな。わりゃあ薄情な男じゃから、食ってしまってくれだと。食った後、あんたが男に成り代わってくれたら、洗濯もするし、めしも炊いてやるぞ、とこう言ったんでな』
これで影は元通り二つになった。二つの影は仲良く寄り添って歩くかに見えた。が、いつのまにかまた影が一つ増え、三つになった。そして、後から出てきた影は前からいた影の一つにおそいかかって、頭からバリバリムシャムシャと食べてしまった。
今度はおゆみが食べられた。
そうして、アマノジャクが化けた桶屋とおゆみは今度こそ寄り添って川原を出て行った。川原にはこうこうと月ばかり、といいたいところだが、新たな影があった。たった今、女を食ったために誕生した新しいアマノジャクだった!
「それが、このわたしですねん」
目の前のアマノジャクが得意そうに言った。
「はあ…」
ぼくはなんだか落ち着かない気分になった。おばさんもきっと同じ気分だったに違いない。
「で?」
とおばさんは後をうながした。
「へ?」
アマノジャクはぼく達の気持ちがわかっているはずなのになぜかとぼけた。
「だからあ、あんたはどんな人を食べてきたんですか?その後」
おばさんは聞くも恐ろしいことをはっきり聞いた。するとアマノジャクはばつの悪そうな顔をして口のなかでもごもごと言った。
「いや、その後は何もせずぶらぶらと…」
「ということは、あんたはまだ誰も食べていない?」
「まあ、仕事の依頼がないもので…。どうです?だれぞ食べてもらいたいやつ、おりますか?サービスしますよ」