ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

「問いから始まる仏教」を読んで②

2016-02-28 20:22:32 | 本を読んで
仏教の基本教説に「四諦(したい)」というのがあり、それは

「この世は苦しみであり、苦しみには原因があり、苦しみは滅することができ、

滅する方法がある」という四つの真理を言う、とあった。


心が苦しいとき、何故苦しむのか?という問いを自らに問うことがある。

考えてみれば、

何故苦しむのかという問いを持つこと自体、

苦しむことが当たり前じゃないからだろう。

人間の深い深い深い本質は『楽』だからこそ、

『楽』の反対の『苦』が生じること自体ヘンなのだ。おかしいのだ。

ヘンだからこそ、問いが浮かぶのだ。

『楽』が当たり前だから、

何故楽しいのか、なんて問いは浮かばない。

なので、苦しみは錯覚だ。


苦しんでいるのにその問いを持つことが出来ない、これはそのとき、

苦しんでいるのに、それを観てる自分が消えてるから。

で、その問いを問えないことも多い。

著者の南さんは錯覚・解毒・再建のサイクルは生きている限り続く、と書いている。

本当にそうだなぁと思う。

そして苦しいという錯覚に気付いて解毒されても、

又別の錯覚に陥る。

この世とセットの自分だから、錯覚は免れない。

錯覚に気付いて解毒し、再建し、又錯覚し・・・

でも宇宙もサイクルだろうし、気楽にそれをやろう。

坐禅という方法の解毒は私には出来ないけど、

上に書いた自分への問いは出来るし、有効だよ。


釈迦と気が合うと言った山岸さんは

人間社会が幸福になるために三つ巴の機構を設けることを考えた。

学校と試験場と釈迦のいう無所有が顕されている実際の社会の三つ。

・・・このあと、何を書くというのか・・・わたし。



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「問いから始まる仏教」を読んだ

2016-02-28 17:55:00 | 本を読んで
南直哉さんというお坊さんの名を知って、アマゾンで本を買った。

「問いから始まる仏教」

理屈っぽかったけど、伝えたいことが伝わって来たように感じた。

自分が存在する・・そのことを自分に問えと書かれてた。

「仏教は自己を問うものに示す道を持つ」

「仏教は教え自体が『問い』でもある」


自分というものが在る、なんて言えないこと。

『自分』というものは常に関係性の中にある。

個としての自分なんて無い。事実として有り得ない。

他(ひと。もの)と離れて自分はない・・・ 

時を離れて自分はない・・・ 

さっき昼ごはん食べたけど、アレを食べてなかったら、

物理的な身体は今の身体(自分)と違う・・どの私が本当の自分なのか???

まぁ、そういうことだ。

人間ではなく、物も、

そういった形をしている或る物にご飯をよそって食べるという行為をして、

それにご飯茶碗という言葉をつけてみんなで茶碗と呼ぼうということになった。

その物はご飯との関係が出来たからこそ「ごはん茶碗」になる…そういうようなことも書かれてあった。


たくさんの他人、物、出来事と関係して今の自分という流動体が在る。

すべて在るものは関係性の中にある。

在る、とは、なって来た ということだからね。

自分が自分が、という自我なんて何の根拠もないよ・・

そういったことが書かれてあったよ。

その通りだね。

この世は“私”という自我があるから、そこに欲望が生じ、所有が生じる・・

自我がナンセンスだということがわかれば、所有もナンセンス、ということになる。

自分が存在するとはどういうことか・・という問いを持ち、考えることをしないから・・・

この世はいつまで経っても変わらない・・のか・・


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居て当たり前・・・泣いちゃった

2016-02-27 10:09:52 | 日々の暮らし・思い出
違う暮らしをすることを決めたけど、

彼と離れたいわけじゃない。

でも離れて暮らすという選択肢を選んだ。

そんな大げさな事じゃないよ・・行ったり来たりでしょう・・

そう、大げさな事じゃない・・・

でも離れて暮らすことを思って泣けた。

いい年して・・そんな・・・と自分でも思ったよ。

でも涙が自動的に次々出て来てしまった。

彼はまるで明日戦地に行くみたいじゃないか・・と優しく言ってた。

10年前にここへ彼だけが移住して来て、私が東京に残ることになった時も、

十分納得してたのに、別れの時、嘘みたいに涙がたくさん出てしまって、

自分でもびっくりだった。

予想もしてなかった。

今回もそうだ。私の涙はどうなっちゃってるのか。

けれど、10年前のその別れの後、1時間くらいわぁわぁ泣いて、

泣き終えて、東京行きの夜行バスに乗る頃は、もう何ともなかった。

その後の暮らしでも、離れている、そのことで泣くことは一回もなかった。

毎日自分の暮らしを淡々としてただけだ。

多分今回もそういうふうになるだろうとは思う。

毎日めそめそ泣き暮らすなんて想像もできない。


亡くなった義父とよく似てる面が彼に在る。

私が私で在ることを受容してくれてる感じがする。

こんなハチャメチャな私にいろいろ思うことが無いはずがないと思うけど、

それでいいよ、そのまんまでいいよ、と受け止めてくれている感じがする。

他の私であってと要求しない、そう、そういう感じ。

前の夫はそういう傾向が強いと感じてたので、

余計その価値を感じる私なのかもしれないと思う。

そういう人が傍に居ることが当たり前・・・てなってたなぁと昨日は思ったなぁ。

居て当たり前。知らないうちにそうなってた。

居て当たり前じゃないんだ、と思った。
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話し。

2016-02-26 12:50:04 | 日々の暮らし・思い出
昨夜、私はワイン、夫は焼酎を飲みながら話しをした。

酒の肴はもやしラーメン、クリームチーズ、夫が初めて作ったオイルサーディン、大根の梅甘酢漬け。

もやしラーメンが酒の肴!?と思う人もあるやもしれぬが、

うちはなんでも肴にする。口に入るものならなんでもいい。

いわゆる味にうるさくない。

いや、うるさく出来ない二人だ。

夫も私も一人で飲むということはない。

二人や大勢だから飲む、というのは酒が大好きというんじゃないんだろうな。

アルコールというのは脳に確実に作用する。

アルコールが入ると普段あまり話さない人が話したりする。

何かが緩まる。どうでもよくなる。~ねばならないが吹っ飛ぶ。

そう、解放された心境になる。

少しの酒の助けを借りるのもいいなぁと思う。

それがキッカケで何かがいい方向に進むこともある。


昨夜は話し合いになったなぁ。

話し合いが出来る関係というのはいい。

話し合いが出来る状態じゃない場合もある。

そういう時は話さない方がいい。

今の自分は話し合いが出来る自分か・・・

日常の些細な会話でもそうだ。

一つの家庭でも会社内でも国会でも国と国でも、

話をするのは個人だし、その個人の互いか、片一方が話し合いの出来る状態でないと

話し合いにならない。

話し合いとは違う討論はやられたらやり返すというのと似てる。

いろんな人が一緒に暮らすこの世界は討論じゃなく、話し合いが要る。

そして話し合いには自分を観る目が要ると思う。

これがなかなか難しいもんだ。



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飽きる・・というのは

2016-02-24 13:58:21 | ひとの幸福
(飽きた)と思ったことがない。

で、飽きたぁ!と思ってみたい、というのがある。

石垣に行くのだって、別にここが飽きたわけじゃないしね。

しなので、飽きるとはどういうことなのかと思う。

広辞苑で『飽きる』を調べてみよう。


・・・同じことが重なり、この上それを続けるのがいやになる。

もう沢山だと思う。いやけがさす。


白いご飯を小さな時から食べているけど、食べ飽きたということはない。

毎日ご飯作ったり、洗濯したりしてるけど、し飽きたとは思わない。

毎日毎日顔を洗っているけど飽きない。

お風呂も入ってるけど飽きない。

毎晩寝てるけど飽きない。

毎日夫の顔を見てるけど飽きない。

美人顔は飽きるけど、ブス顔は飽きないというの聞いたことがあるけど、

夫はイケメンだけど、飽きない。


毎日毎食上等なステーキを食べてもやはり飽きないだろうか・・・

これは実験できない(する気がない)ので何とも言えないけど、

多分、飽きるというより、もっとさっぱりしたものを食べたいと思うかもしれない。

洗面、入浴、睡眠なんて、前と同じ・・なんて頭に浮かぶことなくやっているから、

飽きるなんて発想が生まれないのか・・・

前のことはすっかり忘れているから飽きないのか・・・

けれど、本来、同じことなんて一つもないんだものねぇ・・・


でも、まぁ、飽きるという言葉を使っても、

疲れてやる気がなくなったことをそう表現することもあるだろうしねぇ・・・

同じことが重なり、続けるのがイヤになる・・・

同じこと続けるのがイヤになる、のは

そのことがそれほど好きじゃないから・・だろうか。


何かを並べるのがそれほど好きというわけじゃないけど、

昔、製造ラインで照り焼きチキンを並べる仕事をしたことがあった。

飽きなかった。


でも、なぁ・・・考えてみると、

引っ越し好き、模様替え好き傾向がかなりある私は

飽きるほど同じことをしたことがない・・

ということなのかもしれぬ・・・

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夏みかんを採ったよ

2016-02-23 15:30:25 | 日々の暮らし・思い出
今年は例年に比べとても少ない。

数えようという気になるくらいの少なさだった。

亡くなった義父が夏みかんの佃煮(ママレード)が好きだったから

今までは作っていたけど、

夫も私もそれほど食べないから作る気もなく、

ピールも作るのが面白いから毎年作っていたけど、

結局私も夫も食べないから去年から作ってない。

フキノトウも何故かわからないけど、今年は少ない。

何らかのわけがあるんだろうなぁ・・・

私が去年フキノトウにあまり熱意を示さなかったからかなぁ。

フキノトウがそれを察してやる気なくなったのかも・・・しれない。

モッコウバラは今年も去年と同じに季節を間違えた一枝が花を二つつけている。

何なんだろうなぁ…私にはわからない何らかのわけがあるんだろうなぁ・・・

さっきは隣の集落にある浜まで歩いて来た。

半島の一番てっぺんの神社まで歩き、帰りに明日葉を採って来た。

この明日葉、石垣に居る間は食べられないなぁ・・・

美しい元気な新緑も見られないなぁ・・・

モッコウバラの満開も見られるか見られないか・・・

チューリップも見られないだろうか・・・

季節がいけない。

私の大好きなここの春だ。

来年の新緑の頃はここに居ることにしたいなぁ。

なんかいろいろ書いたけど、今年は未練なく行ってくるよ。







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暮らしを変えるということ

2016-02-23 10:45:10 | 日々の暮らし・思い出
おばあちゃん業をしに石垣に行く。

こういうふうに自分が思うとは夢にも思わなかった。

ばぁば、という言葉がこの頃主流みたいだけど、

あまりそう呼ばれたくない・・・

とたった今、書いてみて、

おばあちゃんと呼ばれたくない、というのと同じだと気付いた。

ひとが自分をどう呼ぼうと構わない人じゃないことが露呈されたわけだからね。

こう書いてくると、(思いを軽く出すと)

どう呼ばれたっていいや、というところに行けるのは面白い。

心の動きってそんなもんだねぇ。

ばぁばと呼ばれてもいいし、グランマと呼ばれてもいい。

あははは・・そんな呼ばれ方するわけないか。

この前来た友人は娘がアメリカに居るから、

その孫らはグランマと言うそうでそれでこんなこと浮かんだんだね。

呼ばれ方についてリクエストしたことはないけど、

「○○子おばあちゃん」「○○子ばあちゃん」「○○子さん」「○っ○っ子ちゃん」

えーっと、○○子さんと呼ぶのは5才だよ。楽しいね。

○っ○子ちゃん、と呼ぶのは小学生と中学生の孫。

なんでそうなったのかわからないけど、これも楽しい。

ええーっと脱線が続きました。


去年ひょんなことからおばあちゃん的役割を石垣ですることが出来て、

とても楽しかったので、もっと楽しみたいから行くことにした。

こういう展開になったことが私にとっては革命的。

友人たちがそういうことをしてるのを見ても、

よくやるなぁ・・・と思ってた。

自分がこんなふうに思うようになるとは、本当に思いもつかなかった。

そうしたい、という気持ちもなかったし、

距離的に遠いから無理。論外。・・という感じもあった。

でもやりたければ出来ることだった。


やってみて、またどういう展開になるのか・・・

やってみないとわからない。

私一人でこのドラマが展開するわけじゃないからね。

でも、この気持ちでやっていきたいと思ってる。

でも・・またまた、でもだね・・

夫と離れる時間が多くなる・・・

夫とふた月も離れてやっていけるかしらん・・・

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「何にも出来ない、してやれない」

2016-02-22 16:01:21 | ひとの幸福
14、5年前か、ひとのことで私にしてはとことん苦しんでいた時、

「私には何にも出来ない」という思いがわっと上に上がって来たことがあり、

一気に気が軽くなったことがあった。

軽くなる前に気が重かったのは、

その人じゃない私がその人自身を変えようとしてたから。

で、思い通りになるわけもなく、苦しんだわけだ。

何も出来ない、という地点に着く前は、出来る、と思い込んでいた。

そして、それを知らないでいた。

自分の無力さを知らなかった。

もっと力があると知らぬうちに思い上がっていたということだ。

私だけじゃない。

争いの多いこの世界が今、こういう状態だということは、

人の多くが他に対して変える力があると勘違いしてるからだ。


世界には何の問題もない。ノープロブレム。

本当にそこに立てたら、問題は自動的に解決する。

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わくわくすること

2016-02-19 11:12:38 | 日々の暮らし・思い出
石垣に行って住むことを思うとわくわくする。

引っ越しや模様替えが大好きだからなんだろうなぁと思う。

今よりもっともっと年取って身体が思うように動かなくなったとき、

こういう気持ちはなくなるのかなぁ・・・

なんで引っ越しが好きなのか。

新しい経験に胸躍る。

一人で住むことも楽しみ。

一人暮らし体験は今までの人生で1年4か月だけ。

夫との暮らしに不満があるわけじゃないのは勿論だけど、

一人の暮らしで自分がどうなるか見てみたい。

心がどんなふうに動くのか興味津々。

まぁ、一人と言ったって他と何も繋がりがない無人島に住むわけじゃないし、

そんな大げさなこと言えないんだけどね。

知らない人と知り合うのも楽しみなこと。

知らない街を歩くことも。

ここのように海と山しか見えない美しい散歩コースも大好きだけど、

人の暮らしの匂いのする街を歩くのも大好きだ。

知らなかった部屋を知り、そこで工夫する楽しみもいい。

新しくて綺麗で心地よく出来上がった部屋というのは旅館やホテルならいいけど、

毎日暮らす部屋だと面白くない。

作って行く楽しみがないのはつまらない。

なので古い家や不便な家は楽しみの宝庫だ。

作っていくというプロセスを楽しみたいんだろうなぁ。

自分の人生、どんな事もどんな時もそう在れたら幸せだ。

幸せに感じないときって、どんなことでもそうだと思うんだけど、

作っていくことが苦痛に感じる時なんだろうな。

それはやっぱり、受身的で主体的に生きてない時だなぁと思う。











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自分に戻ってくる。

2016-02-15 09:53:16 | ひとの幸福
昔からやることになっているから・・・

この地に夫と居るとそういうことになる。

仕方がない。正直に言うとそんな感じ。

・・・これ、何日か前に書いたもの。

義父の一周忌の法事のこと。

これを書いたら、やっぱり、本当にそうなの?が自分に返ってきた。

うん、そう・・これ読むとなんかここでそういう(私の感覚では、やらなくていいもの)をすることを

この地と夫のせいにしてるよう。

確かに夫は今現在のこの地ではやることになっていることをしたい、と思っていると思う・・・多分。

そんな形骸化してるようなこと本当はやりたくないと言うことも私に出来ることだけど、

それを発さなかったのも私の意志だし、

こうして夫と共に法事をするということを選んだのも私だ。

そういう行為の一つ一つを厭々やったということは全然ないんだけど、

あの文章には自分のしたことをひとのせいにする臭いがある。


…ここまで書いて、たった今読み返すと、

(私の感覚ではやらなくていいもの)・・と書いたけど、

そんなものやらないのがいい、ナンセンスなことはしない方がいい、という考えが

私にはしつこくあるんだなぁ・・・と思ったよ。

人はそれぞれ自分の考えがあるのは当然で、

私の儀式嫌いというのも悪い考えということじゃないと思うけど、

どんな考えでも固く持ったままでいるのは重いものだ。

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「~になります」ばかりで・・・

2016-02-14 14:38:18 | テレビを見て
「・・・こちらが台所になります」

…こんな表現ばかりテレビで見る聞く。

イヤだなぁ。

耳障りだ。

気持ちが悪い。

落ち着かない。

うんざり。

BSのテレビ番組の建物探訪というのをさっき見た。

あまり真面目に見ていたわけじゃなく数分くらいで終わったんだけど、

その家の男の人が「こっちが台所でして・・」と言ってて、

とても快感を覚えたよ。

私の耳には心地よかった。

・・・台所になりますコトバにはアレルギー症状が出そう。

この前、病院から日にちを知らせるメモ書きをもらった。

それにもこれだよ・・・

「~月~日~曜日になります

~時になります」。。。。


~になりますアレルギー症状の人が他に居るかどうか知らないけど、

こんなの見たり聞いたりして他の人は何ともないんだろうか・・・

こういう言葉の使い方を以前は聞いたことがないから、拒否感を持つのか・・・

それほど私は新しいことに対して許容量が小さいのか・・・

保守的なのか・・・

老齢化による頭の硬化なのか・・・・・


~なんです の丁寧語だと思って使っているんだろか・・・

「こっちが台所です」は“こっち”の状態を言っているわけで、

「こっちが台所なんです」とも表現できる。

なんです の 「な」 は 「なる」の 「な」。

これの丁寧風として・・「こちらが台所になります」が出て来たんだろうか・・・

自分が他人に発する、なんです、なっているんです、は

他人ではなく自分か自分の子供とか自分側の何かについて言っているので、

これをもっと丁寧に言えば、謙譲語で「なっております」なんじゃないのかなぁ。


「なる」という言葉は深い。

すべての物・事は時間空間を経て相互作用の連続によって現象化するものだ、

ということをその言葉で表していると思うので、

な という言葉に敏感なのかもしれないなぁ・・・

言葉の流行りってこの頃スパンが短いから、

これも流行りの一種で早いとこ消えて行ってくれないかなぁ・・・

それともこのまま居座る気だろうか・・・





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甘利さんのこと書いた後・・・

2016-02-12 10:43:58 | ひとの幸福
ホント言葉に出すと出さないでいるのと違うその後がある。

本当にそうかなぁ・・どうなんだろう??という気持ちが生まれる。

この、本当は、というのは事件の真相のことじゃないんだけど。

アレを書かなかったら、その時のなんとなくの思いがそのまま

意識の奥に時間と共に消えて行くだけで終わっていたろうと思う。

まぁ、そんなことばかりではあるけれど。


何か事が起こると多くの正義の味方がそれ~やっつけろ~!になることが多い。

だからそうされないようにされないようにする、という風潮になるんじゃないかな。

そうされないように、そうならないように、とかいう心理の元には

非難されるものである、そうなるものである、という固定的な意識がある。


人を非難して人差し指でその人を指すとき、

あとの4本は自分を指しているという話があるけど、

こういう話を聞くようなことは近頃ない。

何かやってはいけないことをして、

周りの人たちがすごく非難しているとき、

キリストが自分が今まで一度もそういう気持ちになったことがない人だけ

前に出て、とかなんとか言ったという聖書の中のエピソードを思い出す。


やっぱり非難からは幸せは来ない。

けれど、

非難される側が非難の言葉の奥に在る愛、幸福を願う気持ち、に気付ければいいんだけど、

それは難しいよねぇ・・・・


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サミット会場の志摩観光ホテルに行って来たよ

2016-02-11 13:43:45 | 日々の暮らし・思い出
この前友人夫婦が来てくれたとき、その夫の方は

私との会話はすべて冗談かと思われる内容で、

私も常にそれに合わせている。

サミット会場の準備ちゃんとしてるか、様子を見に行かないといけない。

そのために来たんだから。

そりゃそうだよ。あなたが行かないと始まらない。

で、志摩観光ホテルに行って来たよ。

本館だと思うけど、そこは多分サミットの準備なんだろう、

あちこち工事中で入れなかった。

ガラス窓なんかもやってたから、あれは防弾ガラスにしてるのかなぁ・・・

車は敷地内の通路をスイスイ通してくれて、別館のナンタラ館へと。

そこの入り口には若い女の人が立っていて、その人に

お茶飲めますか?と聞いたら、

ロビーで休むことや庭園に出ることはできるけれど、

お茶も食事も宿泊者でないとできませんとのこと。

それはそれは残念でした。

で、中に入り、店を見たり庭に出て散策したり。

如何にも宿泊代は高そうな雰囲気。

友達の彼女はちょっと高めに聞いてみよう・・と

ロビーにある小さな店の傍にいた制服の女の人にこう言った。

「一泊3万5千円位からありますか?」

「いえ、一番お安いのは素泊まりで4万1千円でございます」

「あぁ、そうですか。」

「詳しくはフロントで聞いていただけますか」

「はい、ありがとうございました」

・・といった按配でした。

彼女の言葉の半端の5千円という数字も普段の暮らしを物語るねぇ。

いやはや。


ホテルに行くまでの私たちが通った道はごく普通の田舎道で片道一車線の道路。

道端には空き缶や紙ごみが散らかっているのが見えた。

友人にこれはきっとサミットまでに地元の町内会で掃除するんじゃないかなぁ、と話したら、

えっ~??そんなことないだろ!!??という返事。

家に戻り一緒に出掛けなかった夫が言った。

回覧板が来て、近くの国道を町内会で掃除する日にちの連絡があったよ、と。

やっぱりなぁ。推測は当たりました。

だからなんだって言うんだ??

70年前の戦後すぐの頃、天皇が日本中を回ったそうだが、

その日までに彼が通る道はぴかぴかに綺麗にしたそうだ。

それを見た小学生が「天皇は箒(竹ほうき)だ」と詩に書いたそう。

道路がきれいになるのもサミット効果の一つなんだろな。

サミットがどんな目的でなされるのかも知らない私は

その小学生と同じです。













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京都の新しき友

2016-02-10 10:05:52 | 日々の暮らし・思い出
先日京都へ行って来た。関東から友人が夫婦で遊びに来てくれて、

三日間一緒に過ごしてから、

彼女の妹さんが京都に住んでいるので、一緒に行こうと誘ってくれ、

その妹さん宅に彼女と二人で行って来た。

行く前に伏見稲荷にも行った。

他の友人に桜見るのにいいよと声かけられたことがあって、

一度行ってみたいと思ってた所。いまは桜じゃないけどね。

千本鳥居というのが有名らしい。

凄い人出だった。人人人人・・・外国の人も多かった。

もっと静かな時に来るのがいいかなと思ったけど、

最近人気が高いということだからまぁ、無理だろね。


友人と一緒に行動すると自分についていろいろコメントくれたりして面白いね。

そうか、そういう傾向が自分にはあるのか・・・

そうか、そういうふうに見えるのか・・・

単にお喋りしてるだけじゃわからないことだろうね。

私も友人にお喋りじゃわからない面を見たよ。

へぇ、歩くの遅いんだ・・とかね。


妹さんとはもちろん生まれて初めて会ったんだけど、

初めてという感じはしなかったくらいに最初から打ち解けた。

女3人で約一日半一緒に過ごした。

彼女はとてもセンスがよくて、部屋も自分が好きなようにして、

あぁ、この部屋でほどけているんだろうなと思った。

夜はアルコールなしでお喋り。

結構深い話も出来て、楽しかった。

普段そういう話などすることないからね。

彼女は目の前の私が何でこういう(彼女が思う処の)私なのか興味を持ったみたいで、

私も話しながら昔からのこと思い出すことも多くて、

思いがけず、自分の今までを振り返る時間でもあった気がする。

彼女は的確な「?」を言ってくれて、

それについて考えたり、当時の自分を観ようとしたり、することが出来たように思う。

とてもいい時間を持てた。

それにしても(何がそれにしてもだ?!)私は

すぐ何かに飛びついて、ホントにやる気でそれをやって、のち、

もうこれはいいや、ってなってあっさりやめてしまう、ということが多かったなと思った。

それほどだと自分では思ってなかったので少し驚いた。

ひとから見るとそれがちょっと度を越しているように見えるのかもしれない。

自分ではそれが特別でもなんでもなく、当たり前になっていたんだろう。

今回のことでこれからの自分に何か変化が出て来るんだろうか・・・

さて、どうだろうねぇ・・・











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おとうさんの一周忌をやったよ

2016-02-10 09:06:29 | 日々の暮らし・思い出
義父が亡くなってから一年経った。

この前一周忌というものをした。

義父の子供たち4人とその家族や近所の人たちが寄り、義父を偲んだ・・

いや、本当に偲んだかなぁ・・私はほとんど偲ばなかったような感じ。

やらねばならぬ行事をこなした・・そんな感じが強い。

来年また三回忌というものをやることになっている。

夫の兄弟や近所に住むいとこたちもみなそんな感じなんじゃないかな・・・

昔からやることになっているから・・・

この地に夫と居るとそういうことになる。

仕方がない。正直に言うとそんな感じ。

まぁ、普段会わない人と会ってひと時を楽しんだ、ということはあるけどね。

こんなことがなければ会うこともないからね~


義父を偲ぶ・・のは朝仏壇の隣にある写真を見るときだ。

おとうさん、おはよう♪といつも声かける。

一周忌や三回忌をやらなかったとしてもおとうさんならきっと何にも言わないだろうなぁ・・

そんな気がする。

実母が亡くなった後、母を話題にして話すことがあっても、涙が出て来ることはないけど、

義父が亡くなって、義父のことを思い出して話すとき、

涙が出てきてしまうということがある。

母は亡くなる何年も前から倒れて話も出来なくなっていたし、

心の交流のようなものがなかった年月があったからなのかと思う。

義父とは最期の数日も心を通わせあったというのが涙の元なのかと思う。

いくら親しくしてた過去があっても何年も前のことじゃ、

心が動かない・・んだろうか・・・

どうなんだろう・・・・・

去る者日々に疎し・・って奴かな。

でもおとうさんは私にとって特別な人だったからかもしれないね。

あんな人はなかなかいないよ。

でもやっぱりこれから何年か経てば、そのときはもう涙なんて出ないか・・・

夫がもし私より早くに死んだら、私の心はどんなふうになるんだろう・・・


話は飛びますが、4月から石垣にちょっと住んでみる事にしたんだ。

ちょこちょこここに戻るけどね。

ダーリンがいるからね♪

その時私はおとうさんの写真を持って行くんだろうか・・・

母の写真を持って行くことがあるんだろうか・・・

その時の私にまかせようね。







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