京都で、着物暮らし 

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KIMURAの読書ノート『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』

2015年06月18日 | KIMURAの読書ノート
『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』
くさばよしみ 編 中川学 絵 汐文社 2014年

今、この絵本を書店のあちこちで目にすることができる。多くが平積みとなっており、そればかりか、テレビや新聞などの書評欄でも取り上げられている。刊行されて1年。今年の3月現在ですでに7刷というから、絵本業界ではちょっとした「ブーム」と言ってもおかしくない。しかし、この作品は「ブーム」で終わらせることのできない作品である。

2012年、ブラジルのリオデジャネイロで地球の環境未来について話し合う会議が行われた。しかし、この会議では各国の代表が「地球の環境未来」について語り、議論しあう場であるにも関わらず、自分のスピーチが終わるとその会場から去っていき、最後になった本書の主人公でもあるウルグアイのムヒカ大統領のスピーチの時には、他の国の代表はほぼ会場にいなかったと、とある記事には書かれていた。だが、この会議をYouTubeなどで見ていた世界中の人たちが彼の演説に感銘を受け、様々な形で彼のスピーチを取り上げるようになった。その一つがこの絵本である。

彼はどのような未来を描いているかという前に、各国代表に対して様々な疑問を投げかけている。「インドの人たちが、ドイツの人と同じように車を持ったら何が起きるのか」、同様に「世界70億、80億という全人類が同じように物を購入したらどのようになるのか」。「そうなると、今と同じような話し合いは行われていないのではないか」。

確かに文明が生み出したものはこの世の中を便利にした、とも彼は語っている。しかし、それが幸福につながっているのか。なぜなら電球1つにしても永遠に光るものではなく、1000時間以上使うと切れてしまい、それを再び購入しなければならない。電球が欲しくなる欲求を充足させるために、もちの悪いものをつくっている。なぜなら、たくさん売らなくてはならないからだという指摘。そして、消費者はそれをもちろん購入する。そうなると、「ものを購入する」という欲求から逃れることはできない。だからと言って、永遠に光る電球を開発することが良いことなのか、とも問いかけている。

彼の演説で思い出したのが、ミヒャエル・エンデの『モモ』(岩波書店  大島かおり訳 1976年)。灰色の男から時間を取り戻すモモの物語。ここには、消費生活への警告、命の根源についてモモを通して描かれている。この作品が発表されたのは、1973年。児童文学賞などを受賞し、現在も子どもたちの読書感想文のコンクールではよく取り上げられる作品となっている。しかし、現実は言葉を変え、人が変わり同じように語られ、そして再びこうしてメディアによって取り上げられ、「ブーム」となる。裏返すと、30年何も世界は変わっていない……どころか、悪化しているということではないのだろか。

彼がスピーチしたリオでの環境会議には、日本ももちろん参加している。しかし、その当時彼のスピーチを報道した日本のメディアは皆無であった。ようやく、この作品が刊行されることによって、会議から2年後、大手メディアが取り上げることになった。たかが「絵本」と思う人はまだまだ多い。しかし、このことを考えると「絵本」はテレビや新聞報道以上の役割を果たしていることが分かる。                   ( 木村綾子 )
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