京都で、着物暮らし 

京の街には着物姿が増えています。実に奥が深く、教えられることがいっぱい。着物とその周辺について綴ります。

KIMURAの読書ノート『実録!あるこーる白書』

2016年09月17日 | KIMURAの読書ノート
『実録!あるこーる白書』
西原理恵子 吾妻ひでお 著 徳間書店 2013年

戦場カメラマンでアルコール依存症、癌患者だった夫・鴨志田穣を介護し、看取った漫画家の西原理恵子さん。アルコール依存症の当事者で失踪までしてしまった同じく吾妻ひでおさん。そしてオブサーバーとしてやはりアルコール依存症の当事者で内閣府「アルコール健康障害対策関係者会議」の委員でもある月乃光司さん、3人による鼎談集である。

当事者の話として鴨志田穣は自らの体験を本(『酔いがさめたら、うちに帰ろう』講談社 など)に残しているが、本書で西原さんから語られる状況を知ると、当事者が自分のことをどれだけオブラードに包んで語っているかがよく分かる。それは吾妻ひでおさんの『失踪日記』(イースト・プレス)でも同じである。アルコール依存症は当事者も辛いがその周囲にいる家族がどれほど苦しみ、憎しみをもつのかというのが本書でよく分かる。何度も鼎談の中で彼女は夫に対して「死んでくれ」と願ったということを口にしている。またそれと同時に作品ではオブラードに包んで自らの体験を描いている吾妻さんであるが、やはりここで語られていることは作品以上に壮絶である。作品と自らの経験にはどうしても埋められない溝というのがあることを知ることにもなる。

それは3人が本書をアルコール依存症に対する啓蒙本として位置付けているからである。そこを明確にしていないとアルコール依存症というものが、きちんとした形で世に知られることがなく、「意志が弱い」などという間違った精神論になってしまうと本書でも語っている。精神論で語ってしまうと病気であるのに、治療を受けることなくして、家族が崩壊したり、当事者に至っては死んでしまう人も多いという。つまりこれがきちんとした病気であるという知識を持っていれば早い段階で対処でき、回復も早くなるというわけである。しかしながら、これは当事者だけが知っていてもどうしようもない病気であることも伝えている。アルコール依存症は「否認の病」とも言われ、まず当事者周囲の人間関係が壊れていくのだが、その時点ではもう本人は分からなくなっており、自身が病に罹っているということを認められなくなっているという。こうしてはっきりと断言しているのも、3人が(西原さんの場合、その夫になるが)周囲に支えられながらきちんと治療し、社会復帰できたからこその部分が大きい。その「支え」に対しても、一般的にイメージする「支え」でないことが本書で伝えられている。おそらく、アルコール依存症というものが、この1冊を読めば、これまでイメージしているものと大きく異なっていることも分かってくる。それだけ、この病気は言葉だけが先行され、正しい情報として世間に広がっていないということである。

西原さんは語っている。
「飲酒で壊れるのも、男に依存するのも、つまり無知と貧困の連鎖だと思います」(p218)
本書は辛辣な表現と汚い言葉がたびたび出てくる。しかし、それがこの病気の全てを物語っている。当事者の、そして当事者の家族の生の声をしっかりと受け止め、アルコール依存症という病気を正しい知識を身につけたい。それが出来る1冊である。(文責 木村綾子)


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KIMURAの読書ノート『秘湯、珍湯、怪湯を行く!』

2016年09月04日 | KIMURAの読書ノート
『秘湯、珍湯、怪湯を行く!』
郡司勇 著 角川書店 2014年

衝撃的すぎました。本書の表紙。あの『テルマエ・ロマエ』(ヤマザキマリ・作 エンターブレイン)のルシウスが表紙に出てきているではないか。そしてあの名言「平たい顔族は…」と真っ青になり、続いて「こんな温泉に入ってるのか!!」と驚愕している。他人の著書にまで進出してしまうルシウス。そしてルシウスを驚かせている温泉が記録されている著書であるなら読まなければなるまい。

と書いて、ルシウスに面識のない方に、ここで彼の説明をしておく。彼が登場する『テルマエ・ロマエ』は2008年雑誌で不定期連載がスタートしたマンガである。ローマ帝国時代のお風呂事情を描いた作品で、ルシウスはその主人公であり、2010年に定期連載されるようになり、その年マンガ大賞・手塚治虫文化賞を受賞。2012年にはアニメ化。続いて阿部寛・上戸彩で実写映画化され、一躍有名になった作品である。

さて、本書。残念ながら表紙以外にルシウスは登場しない。しかし、この表紙が示しているような驚愕な国内の温泉が紹介されている。いや、それ以前に著書の経歴が驚愕である。著者、郡司勇は表紙には肩書「温泉評論家」としているが、普段は一介の建築士。学生時代に『TVチャンピオン全国温泉通選手権』という番組で優勝したことがきっかけで、より深く温泉に接するようになったという。いや、私からするとすでにこの番組で優勝してしまってること自体で深く接していると思うのであるが、著者はそう思っていないところが、本書に紹介されているような温泉に足を向けてしまうのであろう。それが、私が知る限りではかなりレアな温泉ガイドブックとなっている。

「秘湯」「珍湯」というのは、私が本書を読む限りでも他著で見かけたことがある。ここでの推しは「怪湯」。まずは、「廃屋湯」。温泉があったが、予算がなかったので素人がバラックをその周りを囲むように建てたというもの。こちらはその外観が写真で掲載されているが、私がイメージしているバラック以下であった。バラックの壁や屋根には青いビニールシートがかけられ、そのわきには廃材となりつつある資材が積み上げられている。一見するとまだバラックの建設途中か、断念して放置した状態。この中に温泉があるとは誰が思うであろう。いや、あったと分かっていてもまず一歩を踏み出すのに躊躇してしまうであろう。一層、野湯の方が入りやすかったのではないかと思う程である。この写真が掲載されている温泉とバラックぶりなのが、あの天皇陛下の御用邸のある葉山町郊外にもあることが紹介されている。葉山とバラック温泉とは相いれないものがあるが、温泉天国の日本。どこでもかしこでも温泉が噴出しているいい事例ではないかと思われる。

更に「怪湯」なのは、「仮設温泉」。施設(建物)を建てようとしたら温泉がわいていたので、とりあえず樽や、ポリ浴槽を置いてかけ流し、いや著者の言葉を借りると「垂れ流し」にしているもの。建物ができると撤去されている場合が多く、「幻の湯」となっている。正直、わずかな期間だけの、しかもあったからと言ってもおそらく誰も入ろうとしない温泉をその嗅覚で見つけ出し、入る著者。天晴である。

本書には、これらの温泉についての場所だけでなく、取り上げている温泉の泉質をはじめ、自身が観察した「色」「臭い」「味覚」「感触」の4点が記録されている。国内の温泉施設をほぼ廻った温泉通には、必読の一冊であろう。確かに本書を読むとルシウスも真っ青になるはずである。温泉天国の日本。酷暑だったこの夏。疲れた体を温泉で癒したいものである。
(文責 木村綾子)

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