KIKUの庭の椿
数日前京都に今年3度目の雪が降り、私は昔目にした心に沁みるような蓮華寺の美しい雪の風景を想い出しました。
その日近所の友達から電話でお誘いがあり、タクシーを頼んでわざわざ雪を見に八瀬の蓮華寺(京都市左京区)まで出かけて行ったのでした。
門の前に人ひとり分、雪かきがしてあり、扉がひっそりと開いていたときの嬉しかったこと。
八瀬の地の雪の深さに、もしや閉門しているのでは、とちょっぴり不安でしたから。
痛いほどに冷たい縁側に正座して、きりりと冷えわたる庭の空気にふれながら、私たち女3人、声もなく数十分を過ごしました。
おもいおもいの形に雪を頂いている木々、遠くに白く煙る比叡の山並み、シャーベットを溶かしたような池の面、時折り吹く風とともに南天や竹からささっと舞い落ちる雪の花、白い綿にくるまれてところどころに顔をのぞかせている真っ赤な椿、池の端にはかすかに赤い万両の実・・・。
視野の右端では、私たちのために、渡り廊下の雪を掃いてくださっている作務衣の竹箒がせっせと動いていて、まるで夢の世界のようでした。
寂しいほどにしんとしている雪の風景が、ひとたび日差しを浴びるとたちまち華やかに輝いて、雪の大きな不思議を見つけたような気もしました。
歳を重ねてこの頃、あまりに美しい自然の光景を見るとき、感動のあまり、なにか“哀しみ”と表現したいような気持になることがあります。
若いころには無かったことです。
感情の成熟なのか、単なる老化なのか、見極めにくいところですね。