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民維合流 民主党の「終わりの始まり」にならないか

2016年03月20日 17時30分44秒 | 社会・政治
 維新の党と民主党の合流による新党の名前が「民進党」に決まった。公募と世論調査の活用で2党合流を国民に広くアピールし、今夏の参院選での得票拡大につなげたいという思惑と計算が働いたようだが、国民の関心の高まりや盛り上がりはなく、効果は期待できそうもない。

 民維合流は、もちろん「1強多弱」といわれる政党状況を打破して、自民・公明の与党勢力に対抗し得る政治勢力をつくり上げ、政権交代可能な政党政治を再現するのが狙いである。

 だが、合流による新勢力は衆議院が92議席、参議院は64議席(16日現在)にすぎない。「多弱」打破のための合流とはいえ、新党名を決めるに当たって、政党として政治と社会の将来像や目標、行動・選択・決定の指針を示さないまま、漠然と公募や世論調査に託するというやり方は本来、政党と参集する政治家が取るべき道ではない。


何を目指すのか

 何を目指す党か、何をやる党かを一言で表現するのが党名だから、政党と政治家の側が責任を持って国民に提示する義務がある。だが、新党名の「民進党」というネーミングからは、どんな政治や社会を志向するのか、そのために何をどうやって実現するのか、というメッセージが伝わってこないと感じる人が多いのではないか。

 振り返ると、昭和30年結党の自由民主党も、平成8年に最初の党を旗揚げした民主党も、ここまで一度も党名を変更しなかった。それは曲がりなりにも「自由民主」と「民主」という党名が、政党としての理念や思想、行動原理、方向性などを指し示しているという意識が党内で共有されていたからだろう。

 自民党はロッキード事件で大揺れになったときなど、一部で党名変更論が取りざたされたことがあったが、名前を変えなかった。民主党も10年の第2次結党、15年の自由党との合併の際も同じ党名の下に結集した。

 「自由民主」は自由と民主主義を共通の価値観とする中道・右派の道、「民主」は国民主権、公正な社会、生活重視を目指す中道・左派の路線を一言で言い表すという役割を果たしていたといっていい。

 一方、短期間で消滅した過去の政党の党名を見ると、何を目指す党か、何をやる党か、という点が明確でなかった例が多いことに気づく。日本新党、新党さきがけ、新生党、国民新党、みんなの党、次世代の党などはリーダーの個性はアピール力を備えていたが、政党としての正体は見えにくかった。

 「民進党」という名前を聞いて、短命に終わった「新進党」(6~9年)がすぐに思い浮かんだ。自民党に対抗し得る新政党を目指して新生党、公明党、民社党、日本新党、自由改革連合などが結集したが、3年半で空中分解した。

 党名の「しんしんとう」は当時、「新・新党」の結成を、という掛け声に基づいて誕生したという経緯から、有権者が覚えやすくて選挙に有利という計算もあって、「新進党」という漢字を当てた。だが、「新進」という言葉から、特別の政治理念や党の目標、方向性などを感じ取ることができず、最初から「数合わせの新党らしい意味不明の党名」という批判がつきまとった。


「名」は「体」をなす

 民主党が再浮上を遂げるには、現在、完全消滅に近い国民の期待感の再醸成が不可欠だ。今回、合流政党の党名選びが話題になり始めたときから、筆者は個人的には「官主導ではない民権の政治を」という姿勢と路線を明確にするために「民権党」を名乗れば、国民の期待感を呼び戻す一助になるのでは、とひそかに思っていたが、似て非なる「民進党」となった。

 かくなる上は、党の名前はともかく、自公政権に代わり得る選択肢、政策の対案と代案、対立軸などを欠かさず提示して、どんな政治や社会を目指すか、何をどういうふうにやるかを明確にする。

 「名」はともかく、「体」をつくり上げる。それができなければ、待ち構えているのは「新進党の悪夢」の再現だろう。「民進党」が民主党20年の歴史の「終わりの始まり」とならない保証はない。

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