中国人民解放軍に関する研究会が先日開かれ、中朝国境地帯の中国東北部=旧満州を管轄する《北部戦区=旧瀋陽軍区》が担任した大規模軍事演習が議論の中心となった。演習目的の一つとして、出席者の大半が「中国の自制要請にもかかわらず、核・ミサイル開発に狂奔する北朝鮮に対する牽制」との見方を示した。しかし、筆者は「習近平指導部の狙いはその通り」とした上で、「反習近平派の巣窟・北部戦区の狙いは別にある」と一部反論した。筆者の見立てはこうだ。
「北部戦区の反習近平派高官は習近平派高官に発覚せぬよう大規模軍事演習を隠れ蓑に、兵器や軍事物資を隠匿。隠匿した兵器や、燃料・兵糧を含む軍事物資の一部を北朝鮮へと密かに流した。軍事物資には、核・ミサイル開発に必要な機器・資材が含まれていた可能性さえある」
当然ながら、人民解放軍の“軍事文化”を考慮すれば、北部戦区高官は演習の運営経費の一部を自らの懐に入れ、兵器や軍事物資の一部をアフリカ諸国などに横流ししているに違いあるまい。
小欄は過去にも、人民解放軍の“軍事文化”を取り上げているが、今次小欄のテーマは前者。すなわち、北部戦区がなぜ、兵器や軍事物資を北朝鮮に密輸するのか?
まずは、人民解放軍機関紙・解放軍報などをベースに大演習の概略を説明する。
大演習は陸軍が主体で、11月下旬に始まった。厳寒の環境下、長距離の機動訓練や実弾射撃を実施。マイナス17度の内モンゴル自治区東部の大草原では、強力な電子妨害や航空戦力を織り交ぜながら、対抗戦形式の実動演習が繰り広げられた。
演習目的は、冬季の軍事作戦に備え、データ収集や部隊の改善点の洗い出しなどが中心。特に、各種兵器が厳寒のもとで耐えうるかに力点が置かれた。
筆者も参加した研究会で、出席者の大半が「中国の自制要請にもかかわらず、核・ミサイル開発に狂奔する北朝鮮に対する牽制」との見方を主張するにはワケがある。
例えば、米軍の軍服組トップである統合参謀本部議長ジョセフ・ダンフォード海兵隊大将は8月、北部戦区が管轄する遼寧省を訪れ、軍事訓練を視察。この時も、「核・ミサイル開発を止めぬ北朝鮮に対し米中の協力関係を見せつけ、牽制した」との分析が大勢を占めた。
ダンフォード議長に最新兵器を披露する道理もなく、恐らくは展示部隊に付加価値を付けた程度だったと、筆者は観測している。それでも、わずかながらも北朝鮮への牽制にはなっただろう。
けれども、見逃してはならぬ視点は、11月の軍事演習は8月の軍事訓練とは規模において天地の差があるという側面。大規模演習における兵器・物資の大量移動に隠れなければ、「兵器+軍事物資の隠匿→北朝鮮に向けた一部横流し」は実行不可能で、核・ミサイル開発に資する機器・資材の密輸に至っては至難のワザだ。
「瀋陽軍区」のクーデターを恐れる習近平国家主席
北部戦区と北朝鮮との関係を説明しなければ実情が理解できないので、両者の関係をお復習いしたい。近年の中国と北朝鮮の関係は、訪朝した中国の習近平・国家主席の特使が北朝鮮側に冷遇されるなど、朝鮮戦争(1950~53年休戦)をともに戦い堅固になった《血の友誼(ゆうぎ)》からは遊離しつつある。むしろ《血の友誼》は、中国人民解放軍・北部戦区と北朝鮮の関係へと限定されたと断じても、差しつかえない。
旧満州東部~ロシア沿海州南西部、つまり朝鮮半島に接する中国側は李氏朝鮮時代(1392~1910年)以降、多数の朝鮮人が移住した。深い森林でおおわれ、大日本帝國・朝鮮総督府の支配も届かず、無頼の朝鮮人や中国人の匪賊・馬賊の格好の根拠地となった。越境して朝鮮半島北部(現・北朝鮮)の町村を襲撃、無辜の朝鮮人らへの略奪・殺戮を繰り返した。
絵に描いたごとき無法地帯であったが、無法地帯は現在も変わりがない。ただし、中国人の匪賊・馬賊は中国人民解放軍になり、北朝鮮襲撃ではなく、逆に武器・エネルギー・食糧・生活必需品を密輸し、北を支援する。国連や日米韓、EU(欧州連合)などが北朝鮮に経済制裁を科している状況をよそに、密輸とは不届き千万だが、中国人民解放軍が、制裁の動機である北朝鮮の核・ミサイル開発まで支援しているとの観測が安全保障関係者の間で流れている。だが、支援は人民解放軍の全軍をあげて行われているのではない。
そもそも人民解放軍は、軍中央の支配が届きにくい半ば独立した軍閥で、習国家主席に逆らってでも北朝鮮を支援したい軍閥と、習氏に忠誠を誓う軍閥に大別される。裏では、利権と政争が薄汚く絡み合う。
そこで、全軍統率機関=中央軍事委員会の主席を兼任する習国家主席は、共産党による「シビリアン・コントロール(文民統制)」や軍中央の統制力を強化するべく、軍制改革を大胆かつ独善的に進めてきた。
もっとも、中国人民解放軍建軍90周年記念観兵式(7月末)における習国家主席の演説には不安がにじみ出ていた。
「軍は共産党の指導下にあり、党への忠誠を誓わなければならない」
軍制改革の前後を検証しても、習氏の不安が透けて見える。
軍の最大単位は7個の《軍区》であった。これを5個の《戦区》に再編したが、再編前と後の主な変化は次の2つ。
《かつて軍区が有していた軍区内の兵員・装備に関する整備といった軍政は、中央軍事委員会に新設された『国防動員部』へと移譲。戦区は作戦立案と、作戦に沿った訓練・演習に特化された》
《戦区内に所在する陸海空軍やロケット軍の各軍種、民兵や予備役などを、戦時でなくとも統合運用できることとなった》
軍種間の意思疎通&協力を阻害する縦割りや装備・業務の重複・無駄をなくし、「実戦的体制を構築し、現代戦に適合させる」という。が、実態は軍閥に近かった軍区の、習近平指導部による解体→中央集権化だ。
特に最精強を誇り、機動力にも優れる瀋陽軍区は、習国家主席にとって目障りどころか、政治生命すら左右する「超危険な存在」であった。否、軍制改革後も、北部戦区と名前を変えたに過ぎず、今もって「瀋陽軍区」のままの、依然「超危険な存在」と言うべきだ。
朝鮮戦争の戦端が再び開かれる事態への備え+過去に戈を交えた旧ソ連(現ロシア)とも国境を接する領域を担任する旧瀋陽軍区に、軍事費が優遇され、最新兵器が集積されているのは軍事的合理性にかなう。大東亜戦争(1941~45年)以前に大日本帝國陸軍がこの地に関東軍を配置したのも、軍事的要衝ゆえだ。 習国家主席は、北京より平壌と親しい北部戦区によるクーデターを極度に恐れている。北部戦区高官の一族らは、鴨緑江をはさみ隣接する北朝鮮に埋蔵されるレアメタルの採掘権を相当数保有する。旧・瀋陽軍区→現・北部戦区が密輸支援する武器+エネルギー+食糧+生活必需品や脱北者摘発の見返りでもある。北朝鮮の軍事パレードで登場するミサイルや戦車の一部も瀋陽軍区が貸していた、と分析する関係者の話も聞いた。
日米ばかりか北京にも核ミサイルの照準を合わせる中国軍
もっと恐ろしい「持ちつ持たれつ」関係は核・ミサイル製造だ。中国人民解放軍の核管理は《旧・成都軍区=現・西部戦区》が担い瀋陽軍区時代も含め北部戦区ではない。北部戦区は核武装して、北京に対し権限強化を謀りたいが、北京が警戒し許さぬ。ならば、核実験の原料や核製造技術を北朝鮮に流し、または北の各種技術者を北部戦区内で教育・訓練し、「自前」の核戦力完成を目指す…こんな観測が浮上してくる。
実際、2016年、中国の公安当局は北部戦区の管轄・遼寧省を拠点にする女性実業家を逮捕した。高濃度ウランを生み出す遠心分離機用の金属・酸化アルミニウムなど核開発関連物資や、戦車用バッテリーなど大量の通常兵器の関連部品を北朝鮮に密かに売りつけていたのだ。戦略物資の(密輸)重油も押収された。独裁国家の厳しい監視網を長い間逃れられたのは、旧・瀋陽軍区→現・北部戦区の後ろ盾があったればこそ、ではないのか。
しかも、その核戦力は日米ばかりか北京にも照準を合わせている可能性がある。
理由はこうだ。
(1)北京が北朝鮮崩壊を誘発させるレベルの対北完全経済制裁に踏み切れば、最精強の北部戦区はクーデターを考える。
(2)他戦区の通常戦力では鎮圧できず、北京は旧・成都軍区=現・西部戦区の核戦力で威嚇し恭順させる他ない。
(3)北部戦区としては、北朝鮮との連携で核戦力さえ握れば、西部戦区の核戦力を封じ、北部戦区の権限強化(=対北完全経済制裁の中止)ORクーデターの、二者択一を北京に迫れる。
習国家主席が進める軍の大改編は、現代戦への適合も視野に入れるが、瀋陽軍区を解体しなければ北朝鮮に直接影響力を行使できぬだけでなく、瀋陽軍区に寝首をかかれるためでもあった。
旧・瀋陽軍区→現・北部戦区が北朝鮮と北京を半ば無視してよしみを通じる背景には出自がある。中国は朝鮮戦争勃発を受けて“義勇軍”を送ったが、実体は人民解放軍所属の第四野戦軍。当時、人民解放軍で最強だった第四野戦軍こそ瀋陽軍区の前身で、朝鮮族らが中心となって編成された「外人部隊」だった。瀋陽軍区の管轄域には延辺朝鮮族自治州も含まれ、軍区全体では180万人もの朝鮮族が居住する。いわば、「瀋陽軍区」と北朝鮮の朝鮮人民軍は「血の盟友」として今に至る。金正日総書記(1941~2011年)も2009年以降、11回も瀋陽軍区を訪れた。
戦史上のDNAも手伝って、朝鮮半島有事になれば、北支援に向け北部戦区の戦力が鴨緑江を渡河し半島になだれ込む。従って、各種演習も半島全域を想定する。とりわけ第39集団軍は、人民解放軍最精強の瀋陽軍区でも最強とうたわれ、機械化に伴う展開速度は侮れない。現に、38度線付近の非武装地帯で2015年、北朝鮮の朝鮮人民軍が仕掛けた地雷で韓国陸軍の下士官2人が大けがを負い、南北間に緊張が走るや、瀋陽軍区の戦車を主力とする部隊が中朝国境に急派されている。
習国家主席の粛清を跳ね返し、逆に膨張した北部戦区
7大軍区は5個の戦区に統廃合されたが、注目は北京の頭越しに「対北独自外交」を繰り広げる瀋陽軍区を北京軍区に吸収合併できるかだった。
前哨戦として、瀋陽軍区勤務が豊富で、同軍区に強く影響を及ぼす軍区内外の反習近平系軍高官粛清を断行。全軍統率機関=中央軍事委員会の副主席で胡錦濤・前国家主席に近い徐才厚・上(大)将(1943~2015年)の汚職など規律違反での拘束(後に死亡)は、いかにも象徴的だ。半面、北京軍区司令官に習国家主席が手なずけていた上将を抜擢するなど着々と布石を打ってはいた。
布石にもかかわらず、徐上将失脚で2014年、徐の腹心の第39集団軍幹部はクーデターを起こした。
クーデターは小規模で鎮圧されたが、かくも抵抗勢力が跋扈する不穏な情勢では、瀋陽軍区を北京軍区に吸収合併する目論みが達成できる道理がない。むしろ、瀋陽軍区は北京軍区の一部を形成していた内モンゴル自治区を北部戦区へと編入。人民解放軍海軍の要衝・山東省も飛び地の形で獲得し、膨張に成功した。
折しも、中央軍事委員会委員にして同委政治工作部主任だった張陽・上将が11月、自宅で首つり自殺を図った。胡前国家主席につながる張上将は、胡錦濤派の徐上将の事件をめぐり取り調べを受けていた。
習近平指導部の軍内粛清の激しさを物語るが、自殺は習国家主席には痛手だった。
張上将は軍の人事や政治・思想部門のトップだったことに加え、張上将や徐上将に目とカネをかけられ昇進した将軍は多い。彼らの習近平指導部への不平・不満は極に達している。
先述した通り、習国家主席は7月末、1万2000名もの将兵を大動員した人民解放軍建軍90周年記念観兵式で演説したが、演説内容からして共産党内の高級幹部や長老に人民解放軍の“統帥権”を掌握したと「宣言」する狙いだったと、筆者はみる。ただ、わざわざ「宣言」しなければならぬあたりに、反習近平派による“統帥権干犯”の芽を摘み取れていない、習国家主席の危うい軍内基盤が透ける。
「北部戦区の反習近平派高官は習近平派高官に発覚せぬよう大規模軍事演習を隠れ蓑に、兵器や軍事物資を隠匿。隠匿した兵器や、燃料・兵糧を含む軍事物資の一部を北朝鮮へと密かに流した。軍事物資には、核・ミサイル開発に必要な機器・資材が含まれていた可能性さえある」
当然ながら、人民解放軍の“軍事文化”を考慮すれば、北部戦区高官は演習の運営経費の一部を自らの懐に入れ、兵器や軍事物資の一部をアフリカ諸国などに横流ししているに違いあるまい。
小欄は過去にも、人民解放軍の“軍事文化”を取り上げているが、今次小欄のテーマは前者。すなわち、北部戦区がなぜ、兵器や軍事物資を北朝鮮に密輸するのか?
まずは、人民解放軍機関紙・解放軍報などをベースに大演習の概略を説明する。
大演習は陸軍が主体で、11月下旬に始まった。厳寒の環境下、長距離の機動訓練や実弾射撃を実施。マイナス17度の内モンゴル自治区東部の大草原では、強力な電子妨害や航空戦力を織り交ぜながら、対抗戦形式の実動演習が繰り広げられた。
演習目的は、冬季の軍事作戦に備え、データ収集や部隊の改善点の洗い出しなどが中心。特に、各種兵器が厳寒のもとで耐えうるかに力点が置かれた。
筆者も参加した研究会で、出席者の大半が「中国の自制要請にもかかわらず、核・ミサイル開発に狂奔する北朝鮮に対する牽制」との見方を主張するにはワケがある。
例えば、米軍の軍服組トップである統合参謀本部議長ジョセフ・ダンフォード海兵隊大将は8月、北部戦区が管轄する遼寧省を訪れ、軍事訓練を視察。この時も、「核・ミサイル開発を止めぬ北朝鮮に対し米中の協力関係を見せつけ、牽制した」との分析が大勢を占めた。
ダンフォード議長に最新兵器を披露する道理もなく、恐らくは展示部隊に付加価値を付けた程度だったと、筆者は観測している。それでも、わずかながらも北朝鮮への牽制にはなっただろう。
けれども、見逃してはならぬ視点は、11月の軍事演習は8月の軍事訓練とは規模において天地の差があるという側面。大規模演習における兵器・物資の大量移動に隠れなければ、「兵器+軍事物資の隠匿→北朝鮮に向けた一部横流し」は実行不可能で、核・ミサイル開発に資する機器・資材の密輸に至っては至難のワザだ。
「瀋陽軍区」のクーデターを恐れる習近平国家主席
北部戦区と北朝鮮との関係を説明しなければ実情が理解できないので、両者の関係をお復習いしたい。近年の中国と北朝鮮の関係は、訪朝した中国の習近平・国家主席の特使が北朝鮮側に冷遇されるなど、朝鮮戦争(1950~53年休戦)をともに戦い堅固になった《血の友誼(ゆうぎ)》からは遊離しつつある。むしろ《血の友誼》は、中国人民解放軍・北部戦区と北朝鮮の関係へと限定されたと断じても、差しつかえない。
旧満州東部~ロシア沿海州南西部、つまり朝鮮半島に接する中国側は李氏朝鮮時代(1392~1910年)以降、多数の朝鮮人が移住した。深い森林でおおわれ、大日本帝國・朝鮮総督府の支配も届かず、無頼の朝鮮人や中国人の匪賊・馬賊の格好の根拠地となった。越境して朝鮮半島北部(現・北朝鮮)の町村を襲撃、無辜の朝鮮人らへの略奪・殺戮を繰り返した。
絵に描いたごとき無法地帯であったが、無法地帯は現在も変わりがない。ただし、中国人の匪賊・馬賊は中国人民解放軍になり、北朝鮮襲撃ではなく、逆に武器・エネルギー・食糧・生活必需品を密輸し、北を支援する。国連や日米韓、EU(欧州連合)などが北朝鮮に経済制裁を科している状況をよそに、密輸とは不届き千万だが、中国人民解放軍が、制裁の動機である北朝鮮の核・ミサイル開発まで支援しているとの観測が安全保障関係者の間で流れている。だが、支援は人民解放軍の全軍をあげて行われているのではない。
そもそも人民解放軍は、軍中央の支配が届きにくい半ば独立した軍閥で、習国家主席に逆らってでも北朝鮮を支援したい軍閥と、習氏に忠誠を誓う軍閥に大別される。裏では、利権と政争が薄汚く絡み合う。
そこで、全軍統率機関=中央軍事委員会の主席を兼任する習国家主席は、共産党による「シビリアン・コントロール(文民統制)」や軍中央の統制力を強化するべく、軍制改革を大胆かつ独善的に進めてきた。
もっとも、中国人民解放軍建軍90周年記念観兵式(7月末)における習国家主席の演説には不安がにじみ出ていた。
「軍は共産党の指導下にあり、党への忠誠を誓わなければならない」
軍制改革の前後を検証しても、習氏の不安が透けて見える。
軍の最大単位は7個の《軍区》であった。これを5個の《戦区》に再編したが、再編前と後の主な変化は次の2つ。
《かつて軍区が有していた軍区内の兵員・装備に関する整備といった軍政は、中央軍事委員会に新設された『国防動員部』へと移譲。戦区は作戦立案と、作戦に沿った訓練・演習に特化された》
《戦区内に所在する陸海空軍やロケット軍の各軍種、民兵や予備役などを、戦時でなくとも統合運用できることとなった》
軍種間の意思疎通&協力を阻害する縦割りや装備・業務の重複・無駄をなくし、「実戦的体制を構築し、現代戦に適合させる」という。が、実態は軍閥に近かった軍区の、習近平指導部による解体→中央集権化だ。
特に最精強を誇り、機動力にも優れる瀋陽軍区は、習国家主席にとって目障りどころか、政治生命すら左右する「超危険な存在」であった。否、軍制改革後も、北部戦区と名前を変えたに過ぎず、今もって「瀋陽軍区」のままの、依然「超危険な存在」と言うべきだ。
朝鮮戦争の戦端が再び開かれる事態への備え+過去に戈を交えた旧ソ連(現ロシア)とも国境を接する領域を担任する旧瀋陽軍区に、軍事費が優遇され、最新兵器が集積されているのは軍事的合理性にかなう。大東亜戦争(1941~45年)以前に大日本帝國陸軍がこの地に関東軍を配置したのも、軍事的要衝ゆえだ。 習国家主席は、北京より平壌と親しい北部戦区によるクーデターを極度に恐れている。北部戦区高官の一族らは、鴨緑江をはさみ隣接する北朝鮮に埋蔵されるレアメタルの採掘権を相当数保有する。旧・瀋陽軍区→現・北部戦区が密輸支援する武器+エネルギー+食糧+生活必需品や脱北者摘発の見返りでもある。北朝鮮の軍事パレードで登場するミサイルや戦車の一部も瀋陽軍区が貸していた、と分析する関係者の話も聞いた。
日米ばかりか北京にも核ミサイルの照準を合わせる中国軍
もっと恐ろしい「持ちつ持たれつ」関係は核・ミサイル製造だ。中国人民解放軍の核管理は《旧・成都軍区=現・西部戦区》が担い瀋陽軍区時代も含め北部戦区ではない。北部戦区は核武装して、北京に対し権限強化を謀りたいが、北京が警戒し許さぬ。ならば、核実験の原料や核製造技術を北朝鮮に流し、または北の各種技術者を北部戦区内で教育・訓練し、「自前」の核戦力完成を目指す…こんな観測が浮上してくる。
実際、2016年、中国の公安当局は北部戦区の管轄・遼寧省を拠点にする女性実業家を逮捕した。高濃度ウランを生み出す遠心分離機用の金属・酸化アルミニウムなど核開発関連物資や、戦車用バッテリーなど大量の通常兵器の関連部品を北朝鮮に密かに売りつけていたのだ。戦略物資の(密輸)重油も押収された。独裁国家の厳しい監視網を長い間逃れられたのは、旧・瀋陽軍区→現・北部戦区の後ろ盾があったればこそ、ではないのか。
しかも、その核戦力は日米ばかりか北京にも照準を合わせている可能性がある。
理由はこうだ。
(1)北京が北朝鮮崩壊を誘発させるレベルの対北完全経済制裁に踏み切れば、最精強の北部戦区はクーデターを考える。
(2)他戦区の通常戦力では鎮圧できず、北京は旧・成都軍区=現・西部戦区の核戦力で威嚇し恭順させる他ない。
(3)北部戦区としては、北朝鮮との連携で核戦力さえ握れば、西部戦区の核戦力を封じ、北部戦区の権限強化(=対北完全経済制裁の中止)ORクーデターの、二者択一を北京に迫れる。
習国家主席が進める軍の大改編は、現代戦への適合も視野に入れるが、瀋陽軍区を解体しなければ北朝鮮に直接影響力を行使できぬだけでなく、瀋陽軍区に寝首をかかれるためでもあった。
旧・瀋陽軍区→現・北部戦区が北朝鮮と北京を半ば無視してよしみを通じる背景には出自がある。中国は朝鮮戦争勃発を受けて“義勇軍”を送ったが、実体は人民解放軍所属の第四野戦軍。当時、人民解放軍で最強だった第四野戦軍こそ瀋陽軍区の前身で、朝鮮族らが中心となって編成された「外人部隊」だった。瀋陽軍区の管轄域には延辺朝鮮族自治州も含まれ、軍区全体では180万人もの朝鮮族が居住する。いわば、「瀋陽軍区」と北朝鮮の朝鮮人民軍は「血の盟友」として今に至る。金正日総書記(1941~2011年)も2009年以降、11回も瀋陽軍区を訪れた。
戦史上のDNAも手伝って、朝鮮半島有事になれば、北支援に向け北部戦区の戦力が鴨緑江を渡河し半島になだれ込む。従って、各種演習も半島全域を想定する。とりわけ第39集団軍は、人民解放軍最精強の瀋陽軍区でも最強とうたわれ、機械化に伴う展開速度は侮れない。現に、38度線付近の非武装地帯で2015年、北朝鮮の朝鮮人民軍が仕掛けた地雷で韓国陸軍の下士官2人が大けがを負い、南北間に緊張が走るや、瀋陽軍区の戦車を主力とする部隊が中朝国境に急派されている。
習国家主席の粛清を跳ね返し、逆に膨張した北部戦区
7大軍区は5個の戦区に統廃合されたが、注目は北京の頭越しに「対北独自外交」を繰り広げる瀋陽軍区を北京軍区に吸収合併できるかだった。
前哨戦として、瀋陽軍区勤務が豊富で、同軍区に強く影響を及ぼす軍区内外の反習近平系軍高官粛清を断行。全軍統率機関=中央軍事委員会の副主席で胡錦濤・前国家主席に近い徐才厚・上(大)将(1943~2015年)の汚職など規律違反での拘束(後に死亡)は、いかにも象徴的だ。半面、北京軍区司令官に習国家主席が手なずけていた上将を抜擢するなど着々と布石を打ってはいた。
布石にもかかわらず、徐上将失脚で2014年、徐の腹心の第39集団軍幹部はクーデターを起こした。
クーデターは小規模で鎮圧されたが、かくも抵抗勢力が跋扈する不穏な情勢では、瀋陽軍区を北京軍区に吸収合併する目論みが達成できる道理がない。むしろ、瀋陽軍区は北京軍区の一部を形成していた内モンゴル自治区を北部戦区へと編入。人民解放軍海軍の要衝・山東省も飛び地の形で獲得し、膨張に成功した。
折しも、中央軍事委員会委員にして同委政治工作部主任だった張陽・上将が11月、自宅で首つり自殺を図った。胡前国家主席につながる張上将は、胡錦濤派の徐上将の事件をめぐり取り調べを受けていた。
習近平指導部の軍内粛清の激しさを物語るが、自殺は習国家主席には痛手だった。
張上将は軍の人事や政治・思想部門のトップだったことに加え、張上将や徐上将に目とカネをかけられ昇進した将軍は多い。彼らの習近平指導部への不平・不満は極に達している。
先述した通り、習国家主席は7月末、1万2000名もの将兵を大動員した人民解放軍建軍90周年記念観兵式で演説したが、演説内容からして共産党内の高級幹部や長老に人民解放軍の“統帥権”を掌握したと「宣言」する狙いだったと、筆者はみる。ただ、わざわざ「宣言」しなければならぬあたりに、反習近平派による“統帥権干犯”の芽を摘み取れていない、習国家主席の危うい軍内基盤が透ける。