11 チベット画の絵師を訪ねる その2
(チベット族の作家・阿来の旅行記「大地的階梯」をかってに紹介しています。阿来先生、請原諒!)
この季節は、確かに、一年かけた作物が霰の被害を受けやすい時期である。
夏、この辺りの谷間では強い熱気流が絶えず上昇し、雨を含んだ雲を絶えず上空に押し上げる。その度に、細かい雨粒が上空の冷たい風に吹きつけられて霰となり、終にはそれが降ってきて、果樹と作物をダメにしてしまう。
霰を防止する一番の方法は、小型ロケットを霰になりそうな雲に向かって発射し、爆発の振動波で雨水を早めに落下させて、上空で上に行ったり下に行ったりと漂っている間に凍って、作物の殺人者になるのを防ぐことである。
このような近代的な霰防止策があるのだが、この付近の村ではやはりラマを呼んで呪文を唱え、法力を施してもらっている。現代の技術と古い迷信の二つの方向から攻めていくのである。
その結果、みんなが信じたいと願っている二つの方法は両方とも効果を上げている。時には失敗することもあるが、そのためにラマの権威が疑われるのを見たことはない。
私たちが話している時、晴れた空から重々しい雷の音が響き始めた。まもなく、真っ黒な雨雲が天の果てから漂って来るのが見えた。これが例のいつでも霰を降らせることのできる雲だ。
彼は言った。これは師匠が呪文を唱えた後、その村から追い払われてきたのです。
そう言うと、彼もまた何か呪文を唱え、ハダカムギの種を掴んで雨雲に向かって力いっぱい投げた。
すぐに、豆粒くらいの雨がぱらぱらと落ちてきた。
私は尋ねた「シャマルジャ、君は自分に法力があると信じてるのかい」
彼は何も答えず、私を見て微笑んだ。
私も微笑んだ。
私たちのいるこの小さな一角が豪雨に閉じ込められている時、広々としたズムズ河の谷間にあるもう一つの村と畑は、何時もどおり太陽が明るく輝いていた。
豪雨はあっという間に通り過ぎ、薄らいで力を失った雨雲は、上空の風のままに細かくちぎれ、漂い、消えていった。
雨あがり、太陽は輝きを増し、雨に濡れたすべてものが、日を受けてきらきらと光を発していた。
あまり遠くない寺のあたりに、美しい虹が現れた。虹の一方は渓流の流れる村のはずれの大きな谷間に架かっている。
それを見て、若い画家は言った。あれは龍が天から水を飲みに来ているのです。
私は、目の前の美しい光景を味わいながら、一方で考えていた。私たちが十年に渡って行った正規の学校教育は、なぜ今彼の中にその痕跡を留めていないのだろうか、と。
若い画家は私のリュックを取り上げ、そうしてから外出を許してくれた。
彼は言った。こうすれば、私が夜必ずここに帰ってくるからだ、と。
私を見送りに降りて来てこう言った。私をここに泊まらせ、絵が完成したら贈り物として捧げたい。今、自分は民間の画家であり、一枚の絵が百元から十元で売れる。しかも、みな喜んで買ってくれるのだ、と。
彼の暮らす建物を出て、村の中へ歩いて行った。
村の中央に小さな広場がある。
広場の傍らの胡桃の木は枝葉を大きく伸ばし、濃い影が辺り一面を覆っていた。
広場の反対側には、過ぎ去った時代にこの村を守っていた高い石の堡塁がある。堡塁は少なくとも、十階ほどの高さはあるだろう。
村の中の他の石造りの建物はほとんどが二、三階である。その中にあって、この高い石造りの塔は、特別に際立って見える。
ただ、堡塁に入る入り口は二階の高さのところにだけ開いている。その下には出入り口がない。
堡塁に入る時は、高い梯子をかけなくてはならない。梯子を抜き取ってしまえば、下にいる人は入ることは出来ず、上にいる人は降りることが出来なくなる。
中に入ってみたいと思った。だが、村の人の話では、そのように高い梯子を作れる良い木材は今はもうなくなってしまったという。
梯子とは、一本の原木に一つ一つ足場を切り取ったものだ。
堡塁の中ほどにあるその入り口を見ながら、確かにこのように長い木は見たことがない、と考えていた。
今、戦の絶えなかった封建割拠の時代から遠く隔たってはいる。
だが、このような石の塔があることによって、村全体が一つにまとまっている。この堡塁がごく自然に村の中心になっているのである。
そうして、堡塁の下には小さな広場が出来た。
広場の周りには、ひとつまたひとつと石造りの家々が並んでいる。
(チベット族の作家・阿来の旅行記「大地的階梯」をかってに紹介しています。阿来先生、請原諒!)