窓から見下ろすと、露天風呂が見える。
白い湯煙で全体は見渡せない。
混浴だから、女性はいない。
とりわけ、部屋から見られるのがいやなのだろう。
平日の遅い時間だから、男性客も姿がない。
今日は麻衣の誕生日だ。一年前の記憶がよみがえる。
「もうすぐ、君の誕生日だね」
「よく覚えていたわね。ねえ、お祝いが欲しいわ」
「いいよ。何でも言ってごらん」
「温泉に連れ . . . 本文を読む
僕は札幌の眼科医だ。
愛する由香里が網膜剥離で視力を失ってしまった。
一週間前に、最新の手術を行った。強膜内陥〈ないかん〉術。簡単な手術ではない。
病室で、由香里は言った。目は包帯で覆われている。
「ねえ、本当に見えるようになるの?」
「大丈夫。手術は成功したはずだ」
「あなたを信じるわ」
. . . 本文を読む
限りなく透明な波が静かに打ち寄せている。
美加は白いデッキチェアに横たわっている。
「ごらん、美加。綺麗だろう」
美加は答えない。答えられないのだ。
半年前、父親が運転する車が小型トラックと正面衝突をした。
助手席の母親と父を同時に失った。
後部座席でシートベルトをしていた美加だけが、奇跡的に助かった。
それ以来、美加は失語症に陥った。&nbs . . . 本文を読む