目覚めた寛一の目の前に、当の本人にとって異世界の住人ともいうべき人々が居た。
それというのも欧州貴族の末裔のような老人とその娘と思われる
年齢を感じさせない美貌の熟女がテーブルに座っている。
そして何よりも、寛一にとって驚きに値するのは壁際に揃っている
背の高さも髪形もそれぞれだが、ただ判っているのは紺色で裾の長いスカートを穿き
白いエプロンをしているという絵に描いたようなメイド服の若い女性たちだ。
皆年齢が十代半ばぐらいから二十代前半にかけての顔立ちの美しい娘たちが、身じろきせず立っている。
寛一は、起き上がらされるとテーブルに座らされ、目の前に食事が運ばれる。
「キミは、あのフェミニストに協力して、この屋敷に侵入していたようだが?」
老人の質問に対して寛一は臆する事も答える。
「オレは別に、アイツらのためにこういう事をやったんじゃない。
ただ、アイツらの言ってる事とアイツらと敵対しているメイド軍と、どっちに
正義があるんか知りたくてね?」
「それであんな事を?」
「悪いが、オレはフェミニストもフェミニストの掲げている
男女同権も性差撤廃もジェンダーフリー論と言った文句とか思想も大嫌いでね。
アイツらの言うとおりにして、メイド軍が滅んだりしたら
オレは平家滅亡後に、兄の頼朝に消された義経みたいな結果になるのはゴメンでね。」
寛一は食事に舌鼓を打ちながら言う。
「ほほう。つまりキミは相手方に心から味方している訳じゃないと?」
「そうなる事になる。ところで肝心なのは、何でアンタらが
フェミニストどもと、バルバロッサ作戦直前の独ソの如き関係になっちまったんだ?
それを知りたくてね?それ如何によっちゃ、この対立を終わらせようという余地は
無きにしも非ずって事もあるとは思うんだが。」
「お前は、何を言っておるのだ?我らがあんな連中と相容れる筈も無いでしょう。」
メイドのひとりが発言する。
それを熟女が制する。
「それでワシとしては、キミに頼みたいのだよ。」
「頼み?」
「そうじゃ。我らのために、あの宿敵フェミニストと戦って貰いたい。
その為には、もう今のメイドたちの主人の座には拘らるつもりは無い。」
(そう来ましたか。)
「どうじゃ?」
それに対して、寛一はこう答える。
「奸心必迷(かんしんひつめい)の思いです。」
思わぬ返事をされ老人はどう反応していいか困る。
「どういう意味なのだ?その言葉は?」
「はい。奸は、よこしまの奸。心はこころ。必は必ずと書き迷は、まようと書く。」
思わぬ禅問答をされ、答えに困ってはいた。
「なれどオレは貴方の考えに関しては拒否はしません。されどオレでは遺憾ながら
メイドたちの主人には向いては無いでしょう。」
「それは何故じゃ?」
老人の問いに対し寛一はこう返答する。
「貴方様のお暮らししているこの欧州では虚々実々の駆け引きの応酬は世の習いとして
殊更、それを責める者はあまり居ないかも知れません。ですが、オレの母国日本では
それを真面目に暮らす庶民の金を騙し取る知能犯のような所業として位置づけてしまう
傾向が強く、小さい時から僅かな金と糧をめぐって諍いに終始し、多くの遺恨を買っている
オレではメイドの主人になったとしても誰も支持しないばかりか、オレに対して
第二次世界大戦末期において日独を滅ぼした連合国ばりのごとく
大軍を派遣するは必定でしょう。日本に限っては、メイドの上に立つ者とは
徳がある者で無ければイカンのです。」
「なるほど。指導者とは必ずしもその土地とお国柄によっては違うというのだな?」
「はい。だが、日本とて富裕層は皆無という訳ではありませんし、
とりつく島さえあれば何とかなる余地はあると思います。」
「だが、難しいぞ。」
「何。貴方様の知恵とお力があればもう如何なる事など成功は確約されたようなものです。
その手始めとして、ローマのはずれにあるフェミニストの施設を狼煙としましょう。」
「ほほう。キミはヤツらを裏切るのかね?」
「メイドたちと何処までも際限なく敵対し続け、
この地球上の男性をがん細胞と見做してほぼ死滅させるという彼らの考えは、
オレも男性のひとりとして支持は出来ません。」
もはやすっかり、寛一の心はフェミニストからは離れていた。
この場の話し合いの日の夜、
メイド軍は寛一の先導によって潜入し完全に脱出させられないようすべての
乗り物を押さえた上で、真夜中の就寝時を襲った。
しかも折しもその日は、フェミニストたち主だった幹部の泊り込みでの会合の日も
重なっていたためどうする事も出来ず、現場に居たフェミニストとその同盟関係者たちは
誰も逃げ出す事など出来ず、全員討たれた。
この事件を後に「ローマ深夜の変」と称された。
そして一夜が開け、寛一はもう日本に戻らねばならぬ日が迫っていた。
「日本に帰るというのかい?」
「ああ。所詮、ここ欧州は他人の土地で人ん家だ。人ん家に住まわせて貰っていながら
ブー垂れてばっかりの上に碌な事をしない韓国人や朝鮮人やイスラム人じゃあるまいし
外国人のオレがいつまでも居座っていい場所じゃない。住所がある者は住所のある所へ帰るのが筋だろ?」
こうして荷物をまとめる。
「まあ、オレとしてはアンタらの考えは支持しているし、フェミニストらの考えている世界なんて
実現して欲しくないひとりだよ。もし、気が変わってオレがどこぞの大富豪の所に
下男にでもなったという事が判ったら、その時は、宜しく頼む。」
そう言うと寛一は、タクシーにのってローマの国際空港へと去って行った。
それから屋敷に戻り、父娘は会話を重ねる。
「これでよろしかったのですか?お父様。」
「何。心配には及ばないよ。あの男の子は、このまま市井の者として一生を終われる者では無い。
それに、この世で相容れない敵を我らと同くしたのだ。
そして何よりもだ。あの知謀ぶりは、なかなか大したと思わないか?」
「知謀・・・ですか?」
娘は、不思議そうに問う。
「そうだ。我らにとって、散々こちらを追い詰めてくれたローマのはずれにある
フェミニストの施設をしかも大勢の幹部が泊り込みで来ていた日を知ってた上で深夜に
我がメイド兵たちに奇襲させて全員を一人も逃さず倒させ、ヤツらの持っていた
軍資金や戦利品を多数、押収させたのだからな。」
この老人にとって、あの少年がこのまま市井に埋もれたり敵方に納まったりするのはあり得ない。
そう思えて、仕方が無い。
「ですが・・・」
「何だ、お前としてはまだ信じられないというのか?」
「そういう訳では、ありませんが。」
「まあ、無理も無い。あの少年は日本に帰っても、もうすぐ卒業と同時に
市長によって生まれ故郷からの追放を言い渡され根無し草になろうかという身じゃからのう。」
「そこまでお知りになって、いながら何故あそこまでご期待をするのですか?」
「あの少年の性格の中には、このまま相手によっても世の中によっても望まぬ事を強いられ
屈服させられる事への憎悪と反感が、そうさせるのか、
自分から家族を奪い、世間からの嘲笑だけしかもたらさなかった
彼の中にある貧しさに対する嫌悪がそうさせるのか
その反動で、豊かさ対する憧れと渇望ぶりは他の同世代には無いほどの非凡さがある。
いずれにせよ、あの少年はこのまま貧しさに生き、貧しさに死ぬような事ではないの
だけは確かだよ。まあ、手は打ってはいるがね。」
そう心の中に、呟くように老人は言う。
それというのも欧州貴族の末裔のような老人とその娘と思われる
年齢を感じさせない美貌の熟女がテーブルに座っている。
そして何よりも、寛一にとって驚きに値するのは壁際に揃っている
背の高さも髪形もそれぞれだが、ただ判っているのは紺色で裾の長いスカートを穿き
白いエプロンをしているという絵に描いたようなメイド服の若い女性たちだ。
皆年齢が十代半ばぐらいから二十代前半にかけての顔立ちの美しい娘たちが、身じろきせず立っている。
寛一は、起き上がらされるとテーブルに座らされ、目の前に食事が運ばれる。
「キミは、あのフェミニストに協力して、この屋敷に侵入していたようだが?」
老人の質問に対して寛一は臆する事も答える。
「オレは別に、アイツらのためにこういう事をやったんじゃない。
ただ、アイツらの言ってる事とアイツらと敵対しているメイド軍と、どっちに
正義があるんか知りたくてね?」
「それであんな事を?」
「悪いが、オレはフェミニストもフェミニストの掲げている
男女同権も性差撤廃もジェンダーフリー論と言った文句とか思想も大嫌いでね。
アイツらの言うとおりにして、メイド軍が滅んだりしたら
オレは平家滅亡後に、兄の頼朝に消された義経みたいな結果になるのはゴメンでね。」
寛一は食事に舌鼓を打ちながら言う。
「ほほう。つまりキミは相手方に心から味方している訳じゃないと?」
「そうなる事になる。ところで肝心なのは、何でアンタらが
フェミニストどもと、バルバロッサ作戦直前の独ソの如き関係になっちまったんだ?
それを知りたくてね?それ如何によっちゃ、この対立を終わらせようという余地は
無きにしも非ずって事もあるとは思うんだが。」
「お前は、何を言っておるのだ?我らがあんな連中と相容れる筈も無いでしょう。」
メイドのひとりが発言する。
それを熟女が制する。
「それでワシとしては、キミに頼みたいのだよ。」
「頼み?」
「そうじゃ。我らのために、あの宿敵フェミニストと戦って貰いたい。
その為には、もう今のメイドたちの主人の座には拘らるつもりは無い。」
(そう来ましたか。)
「どうじゃ?」
それに対して、寛一はこう答える。
「奸心必迷(かんしんひつめい)の思いです。」
思わぬ返事をされ老人はどう反応していいか困る。
「どういう意味なのだ?その言葉は?」
「はい。奸は、よこしまの奸。心はこころ。必は必ずと書き迷は、まようと書く。」
思わぬ禅問答をされ、答えに困ってはいた。
「なれどオレは貴方の考えに関しては拒否はしません。されどオレでは遺憾ながら
メイドたちの主人には向いては無いでしょう。」
「それは何故じゃ?」
老人の問いに対し寛一はこう返答する。
「貴方様のお暮らししているこの欧州では虚々実々の駆け引きの応酬は世の習いとして
殊更、それを責める者はあまり居ないかも知れません。ですが、オレの母国日本では
それを真面目に暮らす庶民の金を騙し取る知能犯のような所業として位置づけてしまう
傾向が強く、小さい時から僅かな金と糧をめぐって諍いに終始し、多くの遺恨を買っている
オレではメイドの主人になったとしても誰も支持しないばかりか、オレに対して
第二次世界大戦末期において日独を滅ぼした連合国ばりのごとく
大軍を派遣するは必定でしょう。日本に限っては、メイドの上に立つ者とは
徳がある者で無ければイカンのです。」
「なるほど。指導者とは必ずしもその土地とお国柄によっては違うというのだな?」
「はい。だが、日本とて富裕層は皆無という訳ではありませんし、
とりつく島さえあれば何とかなる余地はあると思います。」
「だが、難しいぞ。」
「何。貴方様の知恵とお力があればもう如何なる事など成功は確約されたようなものです。
その手始めとして、ローマのはずれにあるフェミニストの施設を狼煙としましょう。」
「ほほう。キミはヤツらを裏切るのかね?」
「メイドたちと何処までも際限なく敵対し続け、
この地球上の男性をがん細胞と見做してほぼ死滅させるという彼らの考えは、
オレも男性のひとりとして支持は出来ません。」
もはやすっかり、寛一の心はフェミニストからは離れていた。
この場の話し合いの日の夜、
メイド軍は寛一の先導によって潜入し完全に脱出させられないようすべての
乗り物を押さえた上で、真夜中の就寝時を襲った。
しかも折しもその日は、フェミニストたち主だった幹部の泊り込みでの会合の日も
重なっていたためどうする事も出来ず、現場に居たフェミニストとその同盟関係者たちは
誰も逃げ出す事など出来ず、全員討たれた。
この事件を後に「ローマ深夜の変」と称された。
そして一夜が開け、寛一はもう日本に戻らねばならぬ日が迫っていた。
「日本に帰るというのかい?」
「ああ。所詮、ここ欧州は他人の土地で人ん家だ。人ん家に住まわせて貰っていながら
ブー垂れてばっかりの上に碌な事をしない韓国人や朝鮮人やイスラム人じゃあるまいし
外国人のオレがいつまでも居座っていい場所じゃない。住所がある者は住所のある所へ帰るのが筋だろ?」
こうして荷物をまとめる。
「まあ、オレとしてはアンタらの考えは支持しているし、フェミニストらの考えている世界なんて
実現して欲しくないひとりだよ。もし、気が変わってオレがどこぞの大富豪の所に
下男にでもなったという事が判ったら、その時は、宜しく頼む。」
そう言うと寛一は、タクシーにのってローマの国際空港へと去って行った。
それから屋敷に戻り、父娘は会話を重ねる。
「これでよろしかったのですか?お父様。」
「何。心配には及ばないよ。あの男の子は、このまま市井の者として一生を終われる者では無い。
それに、この世で相容れない敵を我らと同くしたのだ。
そして何よりもだ。あの知謀ぶりは、なかなか大したと思わないか?」
「知謀・・・ですか?」
娘は、不思議そうに問う。
「そうだ。我らにとって、散々こちらを追い詰めてくれたローマのはずれにある
フェミニストの施設をしかも大勢の幹部が泊り込みで来ていた日を知ってた上で深夜に
我がメイド兵たちに奇襲させて全員を一人も逃さず倒させ、ヤツらの持っていた
軍資金や戦利品を多数、押収させたのだからな。」
この老人にとって、あの少年がこのまま市井に埋もれたり敵方に納まったりするのはあり得ない。
そう思えて、仕方が無い。
「ですが・・・」
「何だ、お前としてはまだ信じられないというのか?」
「そういう訳では、ありませんが。」
「まあ、無理も無い。あの少年は日本に帰っても、もうすぐ卒業と同時に
市長によって生まれ故郷からの追放を言い渡され根無し草になろうかという身じゃからのう。」
「そこまでお知りになって、いながら何故あそこまでご期待をするのですか?」
「あの少年の性格の中には、このまま相手によっても世の中によっても望まぬ事を強いられ
屈服させられる事への憎悪と反感が、そうさせるのか、
自分から家族を奪い、世間からの嘲笑だけしかもたらさなかった
彼の中にある貧しさに対する嫌悪がそうさせるのか
その反動で、豊かさ対する憧れと渇望ぶりは他の同世代には無いほどの非凡さがある。
いずれにせよ、あの少年はこのまま貧しさに生き、貧しさに死ぬような事ではないの
だけは確かだよ。まあ、手は打ってはいるがね。」
そう心の中に、呟くように老人は言う。
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