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History, Strategy, Ideology, and Nations

東アジアでの米ソ宣伝戦は未解明分野

2010年06月08日 | COLD WAR HISTORY
 冷戦史や情報史の分野では、プロパガンダをテーマにした研究が随分、発表されている。
 しかし、その多くは、ヨーロッパを舞台にしたものが大半を占めており、
 ボイス・オブ・アメリカ(VOA)をはじめ、
 自由ヨーロッパ放送(RFE)や自由放送(RL)といったラジオ放送が、
 共産諸国に与えた文化的影響の検証が目的となっている。
 これらの放送局に関しては、すでに通史や研究書なども出ているので、
 その概要を知ることは、それほど難しいことではないのだが、
 極東地域における米ソのプロパガンダ戦については、
 まだほとんど研究と言えるほどの研究が発表されていないのが実情であろう。

 その理由としては、極東地域のプロパガンダ戦に関する文書が機密解除されていないため、
 現時点では、少なくともまだ実証的に検討する段階にないという点が挙げられる。
 実際、NARAで今年、米国情報局(USIA)の政府文書を眺めていた時、
 ヨーロッパとは対照的に、アジア関係の文書がかなり非公開となっていたことを思い出す。
 つまり、米国にとって、対アジアのプロパガンダ戦は今もまだ継続中であり、
 その方針や方法を明らかにするような文書は、到底、公開できないということなのであろう。
 また、政府文書へのアクセスが難しければ、関係者の回顧録やインタビューを利用することが求められるが、
 ヨーロッパ向け放送の元スタッフらが、比較的よくそうした記録を残しているにもかかわらず、
 アジア向け放送の元スタッフらのものについては、見かけることが非常に少ない。
 これは、当時のプロパガンダ戦がヨーロッパに力点を置いていたにしても、
 かなりバランスを失していると言わざるを得ない。
 したがって、ヨーロッパでのプロパガンダ戦に関する研究が、年を追うごとに進展する一方で、
 アジアでのプロパガンダ戦に関しては、今もなお、よく分かっていない部分が多いのである。

 たとえば、日本を標的としたプロパガンダ工作としては、
 共産圏側からは、モスクワ放送と北京放送が流されていたことはよく知られた話であろう。
 ロシア革命の指導者で、その後、ソ連を建国したレーニンは、
 「一国の新聞を操作することができれば、その国にソ連の数個師団を配備したに等しい」と語ったように、
 中ソともに、日本への世論工作に大きく力を注いでいた。
 モスクワ放送と北京放送は、ラジオ放送の分野における先兵として、
 日本の一般市民を対象としたプロパガンダを流布し続けていたのだが、
 それを追跡した研究や報告というものは、残念ながら皆無に等しい。
 管見の限りでは、モスクワ放送に関しては、次のような文献が見つかっているが、
 どちらかと言えば、歴史的研究というよりも、傍受記録を集めたような内容というべきであろう。
 
 森本真章・原信郎
 『検証モスクワ放送 対日世論工作の実態』
 世界日報社、1988年

 北京放送についても、一部、元共産党員の回顧録などに触れられている程度で、
 その内容や方針を分析したものは存在しないのである。
 
 ただし、同じことは米国の世論工作にも当てはまる。
 たとえば、VOAやUSIAのプロパガンダ放送は、すでに有名であるからよいとしても、
 アジアにおいても、RFEやRLに相当するラジオ放送があったことはあまり知られていない。
 その一つに、自由アジア放送(Radil Free Asia)というものがある。
 詳しい記録がないので、確定的なことは言えないのだが、
 1950年代初頭、民間のラジオ放送局として設立され、
 中国大陸に向けて、米国発の情報やニュースを発信していたとされている。

 RFEやRLの親団体であった自由ヨーロッパ委員会(FEC)は、
 RFA設立に際しても、資金提供や技術支援などで一定の関与を行なっていたようで、
 この点については、米国の政府文書などからも、ある程度、推察することができる。
 また、RFA以外にも、台湾からは、自由中国の声(ボイス・オブ・フリーチャイナ)や、
 香港からもイギリスがBBCを発信していたことから、
 米英台の間で、共産圏向けのプロパガンダ放送における連携が図られていたはずだが、
 そうした点もまだ、まったく解明できていないといっても過言ではない。
 
 しかし一方で、史料的な制約が厳しいとはいえ、
 その解明に向けて、何の手立てもないということはないような印象も受ける。
 たとえば、内閣調査室が作成した報告などを丹念にあたっていけば、
 少なくとも共産側のプロパガンダ工作について、多少なりとも糸口がつかめるであろうし、
 閲覧するメディアも、四大紙ではなく、比較的マイナーな新聞や雑誌に注目すれば、
 そうした攻防を伝える記事やレポートが掲載されていると思われるからである。
 もちろん、それらはあくまでも伝聞に基づいたものでしかなく、
 文書に基づく実証といった点では大きく劣ることになるかもしれないが、
 まずは、こうしたところから端緒を拓くことが大切なのであろう。