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ホビタン ~趣味の時間~ 

MHWが今のブームです。

Kshira ワールドカップを調べる セネガル戦にて、ワールドカップスコア2-2の試合

2018-06-25 23:34:09 | キニシラ
いやーっ!セネガル戦に日本はドローとなりましたがドローでも素晴らしいと思えました。乾選手や本田選手など名だたるメンバーのおかげ、試合では本当に乾選手が素晴らしい活躍ぶりでしてこの戦いに多大なる貢献をしていました。本田選手は三大会ゴールともうこうなると本田選手は奇跡の選手と思えてなりません。本田選手を中傷する方もいるとか、まあミスがありましたが本田選手の貢献度合いもすごいものですね。


スコアはドローですが今回のKshira、ワールドカップにてスコアが2-2だった試合を調べてみます。各大会での成績を調べてピックアップしてみます。


【1930年ウルグアイ大会】 該当なし


【1934年イタリア大会】 該当なし


【1938年フランス大会】 該当なし


【1950年ブラジル大会】 3試合(G2、T1) 


グループリーグ


1950年6月28日 ブラジルVSスイス 


1950年6月29日スウェーデンVSパラグアイ 


決勝リーグ


1950年7月9日 ウルグアイVSスペイン


【1954年スイス大会】 該当なし


【1958年スウェーデン大会】 4試合 (全部G) 


グループリーグ


1958年6月11日 西ドイツVSチェコスロバキア



1958年6月15日 西ドイツVS北アイルランド


1958年6月8日 ソビエト連邦VSイングランド


1958年6月15日 イングランドVSオーストリア


【1962年チリ大会】 該当なし


【1966年イングランド大会】 該当なし


【1970年メキシコ大会】 該当なし


【1974年西ドイツ大会】 該当なし


【1978年アルゼンチン大会】 1試合(G) 


二次リーグ


1978年6月18日 オランダVS西ドイツ


【1982年スペイン大会】 2試合(G)


グループリーグ


1982年6月22日 ソビエト連邦VSスコットランド


1982年7月1日 オーストリアVS北アイルランド


【1986年メキシコ大会】 1試合(G)


グループリーグ


1986年6月11日 ベルギーVSパラグアイ


【1990年イタリア大会】 該当なし


【1994年アメリカ大会】 3試合(G2、T1)


グループリーグ


1994年6月19日 スウェーデンVSカメルーン


1994年6月17日 スペインVS韓国


準々決勝


1994年7月10日 スウェーデンVSルーマニア 延長にてスウェーデン勝利


【1998年フランス大会】 7試合(G6、T1)


グループリーグ


1998年6月10日 モロッコVSノルウェー


1998年6月11日 イタリアVSチリ


1998年6月24日 南アフリカ共和国VSサウジアラビア


1998年6月20日 ベルギーVSメキシコ


1998年6月25日 オランダVSメキシコ


1998年6月21日 ドイツVSユーゴスラビア


決勝トーナメント


1998年6月30日 アルゼンチンVSイングランド 延長の末アルゼンチン勝利


【2002年日韓大会】 二試合(G)


グループリーグ


2002年6月2日 パラグアイVS南アフリカ共和国


2002年6月4日 日本VSベルギー


【2006年ドイツ大会】 三試合(G)


グループリーグ


2006年6月20日 スウェーデンVSイングランド


2006年6月22日 クロアチアVSオーストラリア


2006年6月14日 チュニジアVSサウジアラビア


【2010年南アフリカ大会】 一試合(G)


グループリーグ


2010年6月18日 スロベニアVSアメリカ


【2014年ブラジル大会】 二試合(G)


グループリーグ


2014年6月21日 ドイツVSガーナ


2014年6月22日 アメリカVSポルトガル


【2018年ロシア大会】


グループリーグ


2018年6月24日 日本VSセネガル


こうして2-2の試合を見てみると何やら1998年のフランス大会が多いのが分かります7試合で2-2のドローなのですが2-2というスコアは単に偶然のなせる業でしかありません。試合を見ましたが取ったり取られたりのシーソーゲームの試合というのは面白いのかもしれません。この度のセネガル戦は日本は格下扱いだったにも関わらずドローになりました。最終戦のポーランド戦は6月28日23時に開始です。

Kshira ワールドカップを調べる 日本サッカー、暗黒の時代から駆け上がる、6月19日に…

2018-06-23 02:28:16 | キニシラ
今回からキニシラをKshiraとタイトル変えします。まあキニシラはカッコ悪いので変えました。で今回のお調べはワールドカップです。現在開催中のワールドカップ、7月15日に世界頂点を決める最終戦があり一体どの国が一位に輝くのかが注目されます。でこの度のワールドカップに際してワールドカップに関して調べてみます。日本も奇跡なのか勝利を収めることが出来たという快挙ですしそれをお祝いしたいということもありますね。


まあワールドカップとは正確にはFIFAワールドカップでして国際サッカー連盟(FIFA)が主催する男子ナショナルチームによるサッカーの世界選手権大会です。つまり国際サッカー連盟世界大会とでも言えばいいのでしょうか?国際的な大会だということですがこのワールドカップ、FIFAに加盟していなければ参加はできません。当然ですがこの時点で選出国が限定されるわけです。1930年より開催されたワールドカップですがはっきり言って欧州や南米よりな大会であり北アメリカやアジア、ロシア、アフリカなどは日の目を見ているのだろうかと疑問に思うばかり、ワールドカップのワールドは名ばかりと思えます。





現在開催されているロシア大会ですがやはり実施されるのはツンドラ地帯ではなく比較的温暖な中東よりの都市部などで行われるみたいです。


近年になりアメリカや東南アジアあたりが台頭してきましたがアメリカ圏はアメリカンフットボールが中心であることやアジア圏の民族の能力的なことがあり強靭な肉体を持つ南米やら欧州のほうが有利だから歴史がこうなのではとしか思えないですね。ゆうに歴代優勝回数5回を誇るブラジルやら4回のドイツ、イタリアをみても流行っていないアメリカやら体の弱い東南アジアは不利だとしか言えないです。でこの度のKshira、日本のワールドカップ史を調べていきます。調べると言っても途方もないので日本のワールドカップはどうだったのかを調べてみましょう。苦節だらけの日本のサッカー史、でも日本の選手はグラウンドのピッチで戦っている、そんな戦士たちに贈るエールになれば幸いです。


【初開催の1930年ぐらいの時、日本はどうだったのか?】


記念すべきワールドカップ初開催の1930年、ウルグアイで開催された大会に出場するのに予選はありません。それ以前にオリンピックにて戦歴のあるめぼしい選出国を募った大会で日本の姿は無かったみたいです。13カ国が参加した大会、この当時は独立100周年のウルグアイが中心となりヨーロッパからフランス、ユーゴスラビア、ルーマニア、ベルギーの4国が出場しました。意外にもイタリアなどの強豪国は不参加、最終的にウルグアイとアルゼンチンの戦いを制した開催国ウルグアイが初の優勝者となったのです。


そんな中で日本のサッカーというのはどうだったのか?当時の日本サッカーですが組織は既に設立されていました。JFA日本サッカー協会は設立1921年でワールドカップ開催の9年前ですがなんとこの設立、マスコミの誤報からの設立だという何か嘘からでた真な話なのです。ワールドカップ開催1930年7月の2カ月ほど前の5月にて第9回極東選手権競技大会が開催されフィリピンを破るなど日本サッカーは着々と準備されていたのです。ただオリンピックには出場したのかしないのか?見る限り成績を上げることが出来なかった模様でして開催時に日本は不在だったのです。


【予選初参加1954年、日本のワールドカップ暗黒史が始まります。】


日本がワールドカップに初めて参加したのは1954年のスイス大会からなのですがこの大会にて一次予選敗退となってしまいました。この時ですがアジア枠は1ともうアジアは弱小扱いのようです。ワールドカップのワールドとは名ばかりだとしか思えないというのはあながち間違いではないようです。神宮競技場にて行われた試合、韓国と初の対戦も1-5とぼろ負けします。この大会以降、日本は40年もワールドカップ予選で韓国に勝てないという苦汁に満ちた歴史を刻んでいくのです。


そんなわけで日本のサッカーは1986年のメキシコ大会まで延々と一次予選敗退…1954年から1986年の40年近くもの苦難です。1954年スイス、1958年スウェーデン、1962年チリ、1966年イングランド、1970年メキシコ、1974年西ドイツ、1978年アルゼンチン、1982年スペイン、1986年メキシコと9大会の惨憺たる苦節40年…もはや日本サッカーの歴史は暗黒史としか言えません。今日の輝かしい状況の前にこんなにも苦難の歴史があったのでして紹介していても気の毒と思ってしまいます。


まあそんな苦難の時代にも輝かしいこともありまして1968年のメキシコシティーオリンピックにて3位になるという快挙です。この大会にてFWの釜本邦茂選手が得点王になり上位ランクインに貢献します。ワールドカップではないオリンピックの大会での快挙なのですが23歳の釜本選手によるところが大きい、この釜本選手ですが時期的にみると1970年のメキシコ大会に出られなかったのかなと思いました。調べたところ残念ながらウイルス性の急性肝炎になってしまったみたいで予選に出れないということだったようです。釜本選手にはワールドカップは無縁、暗黒の時代に一つの輝きがあるも彗星の如く地に落ちてしまうという大変残念なことですね。





1968年のメキシコシティオリンピックで三位となる快挙、釜本選手がトロフィーをかかげていました。


【1981年、日本を代表するサッカー漫画、キャプテン翼が始まる!】


まあ暗黒の歴史の中の日本サッカーですがこの暗黒を打破していく現象が起こります。それがキャプテン翼です。キャプテン翼は主人公の大空翼が活躍する漫画でして漫画家の高橋陽一先生による一大サッカー漫画です。今でこそ有名ですが80年代初頭のサッカーは不人気、ワールドカップも振るわないし日本に不向きなサッカーは敬遠され完全に野球中心な日本スポーツ界だったようです。高橋先生は一体キャプテン翼をどうして連載しようと思ったのか?それはワールドカップ1978年アルゼンチン大会を先生が視聴、このことが契機になったようです。


1978年アルゼンチン大会ですが背後で不穏な事態だったようです。収賄やらプロフェッショナルファウルなどサッカー界での汚職が問題になっていての大会、半世紀経過してのアルゼンチンの参加ですが当時のアルゼンチンはクーデターによる軍事政権が引かれボイコットも危惧されたというかなり危うい大会だったようです。このアルゼンチンの大会がキャプテン翼誕生のきっかけになった、日本は予選1次ラウンドのグループ2にて韓国、イスラエルが相手の中で屈辱の予選敗退を喫していました。


キャプテン翼の連載は1981年より開始され1988年まで続きまして冬の時代とまで言われたサッカーに新たなる火を起こしました。主人公である大空翼の放つドライブシュートなどの必殺技的なシュートなどを見て当時の子供たちは熱狂、後に日本代表となる中田英寿や川口能活などの選手たちはこの漫画をきっかけにサッカーを始めたなどその影響は大きいです。冬の時代と言われるまでさげすまれた感じでしたがこのキャプテン翼、海外の選手たちにも多大なる影響を与えた作品でして日本のみならず海外の選手たちまで影響を与えたという功績を打ち立てたのでした。





翼君のサッカーにかけた情熱がほとばしる、中学にして死んだってかまわないという熱血すぎな少年が日本を、世界を揺るがしました。


【1993年ドーハの悲劇を越え念願のワールドカップ初出場】


80年代のキャプテン翼の登場により徐々に認知度を向上させた日本サッカー、徐々に力のある選手たちが育っていきます。そして時は1993年10月28日日本はワールドカップアジア地区最終予選、カタールのドーハにてイラクとの戦いに臨んでいました。この予選で悲劇が起こります。ワールドカップ出場を目前にしたロスタイム、誰もが出場を疑わなかったその時に日本はイラクのゴールを許してしまいました。これが世に有名なドーハの悲劇、このアジア地区予選は激闘でして混戦に次ぐ混戦、それでも日本は初戦サウジアラビア戦0-0、次戦イラン戦1-2を落とすも3戦の北朝鮮戦は3-0で快勝、続く第4戦で40年も勝利できなかった韓国に対しキングカズこと三浦知良のゴールで1-0で勝利して着々と進んでいたこの予選…最後のまさに最後での悲劇的な事故でした。1994年のワールドカップアメリカ大会のピッチに立てたかもしれなかった日本、ちなみにドーハの悲劇の対戦国イラクもまたワールドカップ出場できず…ならなぜ勝のよ…





落胆する選手たち…当時私も視聴していました。とても悲しすぎる出来事です。


この悲劇がありもう日本はワールドカップ出場は無いとまで言われたのですが1998年のフランス大会にて日本は念願のワールドカップ出場となりました。1930年から1998年、それまで一度も日本の名前が挙がらなかったのですが68年という時間を経て日本はようやくワールドカップ出場となりました。しかし、この大会、日本はグループリーグ三戦を全敗してしまいます。かろうじて出場できたものの金字塔を打ち立てるまでには至らなかったのです。


【西暦2000年代、ワールドカップ出場が常態化、2018年6月19日に…】


日本はそれまでの不出場が嘘の如くワールドカップに連続出場します。2002年の日韓大会、2006年のドイツ大会、2010年の南アフリカ大会、2014年のブラジル大会、そして2018年のロシア大会と日本は出場を果たしていきます。Jリーグの発足やらでサッカーが日本に浸透、海外でプレーする選手も増え日本のサッカーは進化しました。ただ大会での成績は苦戦を余儀なくされています。日本のサッカー、2018年6月19日にコロンビアに勝利した日本サッカー、遂にワールドカップにて南米の国に勝利を果たしたのです。





日本は悲劇を乗り越えてワールドカップ連続出場を果たしこの度の西野ジャパンのリーグ初勝利をつかんだのでした。


まあこうして駆け足で振り返りましたが半世紀に及ぶ苦難の歴史が嘘のようになるという歴史を刻んでいます。この次の6月24日のセネガル戦、28日のポーランド戦に勝利してほしいものですね。



がんばれニッポン!!












キニシラ ヒロシのテーマって? 【2】ガラスの部屋、この歌が無ければヒロシが世に出ることはなかったかも…

2018-06-13 01:06:42 | キニシラ
芸人ヒロシの半生を辿って思うのがかなり行き当たりばったりな人生ということです。でもまあそんなものなのかも、そうそう予定どおりにことなんて進めることは難しいです。この苦しく悲しい人生経験からかもし出される自虐ネタがいいのですがこの自虐ネタを盛り上げる(?)のがあのテーマ曲です。このテーマ曲が無ければネタもいい感じにはならないでしょう。まあ自虐ゆえいい感じになりようがないですね。ヒロシのテーマとか言っているこのテーマ曲、実はこんな曲だったそうです。


【ペピーノ・ガリアルディって誰?】


このテーマ曲ですがペピーノさんが歌ってます。まあペピーノさんって誰かというとイタリアの歌手の方のようです。まあ知らないのですがどうやらヒロシはバラエディー番組にて対面したことがあるようです。このお方が活躍したのは1970年代前半なので知り得なくても仕方がないのですが有名なのがSettembreというタイトルの歌、聞いてみましたが完全にサイゼリヤです。サイゼリヤに流れる音楽としか思えません。出身がイタリアだからサイゼリヤでかかっていても間違いないでしょう。





サイゼリヤで食事をしているとイタリアっぽい曲が流れますが第一印象でサイゼリヤだと思ってしまいました。


まあ後半がそれだけになりそうなのですがヒロシがネタを披露するときに流れるのはガラスの部屋というタイトルです。ガラスの部屋って…まあ第一印象としては住みずらそうというイメージがあります。以前ですがいきなり黄金伝説という番組でガラス張りの部屋で過ごすというチャレンジがありましたがまあもう到底自分には耐えられそうにないですね。そんなガラスの部屋なのですが偶然聞いていたらかなりいい歌です。ヒロシのテーマに用いられた経緯などは不明ですがよくこの歌を見つけましたね。





かつていきなり黄金伝説にてスケルトンハウス生活というチャレンジがありましたが…なぜ何故そんな拷問としか思えないチャレンジをしたのか?ガラスの部屋って辛すぎです。


【ガラスの部屋の歌詞】


それではガラスの部屋の歌詞の公開です。まあ興味ない方にとっては何なのという話なのですが興味があるから調べる、それがキニシラというコーナーです。余談ですがキニシラを初めて何か思うのは途中で「もういいかな」と思ってしまうことです。でも一度調べたら最後まで調べるのがこのコーナーの趣旨です。あまりにきつい場合はドロップアウトしますがそれ以外は記事にします。ということで元々がイタリア語みたいなので日本語訳の歌詞はこんな感じです。





逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だという感じでお送りしていきます。


今夜①この曲は何をしたいというのだろうか...

それは過去を少し私に思い出させる...

月は私たちと共に連れ添っていた

私は感じていた、あなたは私のもの、私だけのもの、私だけのもの、

ここに私のそばにあなたを留めておきたい

今はもう私たちの間には何もない

あなたの言葉をもう一度聞きたい

もう聞くことは出来ないその言葉を

私たちの回りに世界など存在しなかった

あなたが私に幸せをくれていたから

もう私はどうしたらよいのだ!

私のこの毎日!

私の日々にはもうあなたがいないのに!

今夜この曲は何をしたいというのだろうか...

それは過去を少し思い出させる...

それはあなたの愛を少し思い出させる...

それはあなたを少し思い出させる...


歌詞を辿るにどうやら好きだった人と別れたことを後悔しているのか?それとも好きだった人が死んでしまったのかということをうかがわせる哀愁漂う歌です。実際にメロディー自体が哀愁漂う感じなのでヒロシのネタにピッタリです。まあ本当によく探してきたなと感心しますが元々ある程度有名な歌のようですね。他に哀愁漂う歌っていっても今やこの歌を聴くとヒロシを連想してしまうと言ってもいいくらいのものにすり替わってしまいました。ではこの歌詞の細部に関して触れてみたく思います。


【分かるようで分からない歌詞】


まあこのガラスの部屋ですが何かわかるようで分かりづらいです。かなり猛烈な愛から抜けることができないという哀愁を感じますがヒロシの自虐的なネタというよりはむしろ恋患いみたいな感じがしてなりません。歌詞をかみしめて思うのが歌詞は知らないほうがいいなということですね。まあ曲の細部に自分が思うことを書いてみました。


①この曲は何をしたい ???曲は何かをするって…???たぶんなぜこの曲を聴くと愛しい人を思い出させるのかとかそんな感じなんでしょうか?


②月は私たちと共に連れ添っていた これって月の明かりのもと、私たちは寄り添っていたとかそんな感じの意味なんでしょうか?


③ここに私のそばにあなたを留めておきたい かなり独占欲が強いですね。


④もう聞くことは出来ないその言葉を 聞くことができないようなのでもう相手は死んでしまったのでしょうか?


⑤私たちの回りに世界など存在しなかった 世界を感知できないほど愛し合っていたということでしょうか?かなり猛烈な愛だったようですが相手を愛しすぎると大変です。


⑥もう私はどうしたらよいのだ! さあ…新しい恋でもするしかないのでは…


何かジメジメした歌詞なのでしみったれた感じがします。でも曲調と詩がとても合っていてセンスのいい歌だと思えました。まあ歌詞をかみしめて聞かないであくまでヒロシのネタの歌と思っていたほうがいいかもしれませんね。


【他に哀愁漂う歌ってなんでしょうか?】


まあ世の中もっと哀愁漂う歌はあります。そんなことで日本で出された哀愁漂う歌について触れてみます。で、それがヒロシのネタに合うかについて考えてみます。


秋桜(コスモス) 山口百恵  こんな小春日和の~とか流れてヒロシのネタ…合いっこないです。


石狩挽歌 北原ミレイ オンボロローでヒロシのネタは…この歌はもっと哀愁漂う感じなので難しそうですね。


天城越え 石川さゆり あなたと越えたい天城越え~で…こりゃ無理だ…


みなし児のバラード 新田洋 タイガーマスクのエンディング…かなり重すぎてダメです。


今日もどこかでデビルマン 十田敬三 デビルマンエンディング…今日もどこかでデビルマン…ダメダメすぎ…


元祖天才バカボンの春 バカボンのエンディング…41歳の春だから…無理でしょう。


意外にも昔のアニメの歌ってかなり哀愁漂う歌が多いです。みなし児のバラードでヒロシのネタ…もう笑えるというかかなり重いですね。石狩挽歌とかも重いから難しいですね。どこかコメディー感があるもので哀愁が必要というかなり難しい感じ、よくもまあガラスの部屋をネタに添えたものです。





アニメでヒロシといったらこのお方ですね。


【個人的に日本の歌でヒロシのネタに合いそうな歌は…】


で個人的に日本の歌でヒロシのネタに合いそうな歌はこんな感じです。かなり異論がありそうですね。でもまあ個人的に思うことなので別に異論があって当たり前です。


老人と子供のポルカ 左卜全とひまわりキティーズ この歌ならヒロシのネタに合いそうです。哀愁とは超無関係ですがやめてけれという歌詞とヒロシのネタ…合うかもしれません。


おら東京さいぐだ 吉幾三 は~テレビがねぇ…もうこの瞬間から哀愁全開、完全に哀愁と笑いが一体となったイグゾー大先生の歌です。かなり勇気がいりそうですね。


正調おそまつ節 細川たかし うちの父ちゃんはサラリーマン、満員電車が我が人生という哀愁と笑いが一体となった感じなのですがちょっと合うかなあと思いますね。


やはり老人と子供のポルカが合いそうですね。でもなんで日本の歌が合いそうにないのか、それはヒロシがホストの恰好をしてネタをやるからに他なりません。だから洋楽をもってきたということなのでしょうね。ズビズバーだとちょっと台無しかもしれません。


という感じですがわりかし記事が出来ました。かなりいい加減ですが記事になってしまいました。なんのけなしに聞いていた曲からの記事化なのですがはっきり言ってキニシラってコーナーは独りよがりなコーナーです。今更ヒロシに興味ある方いるか不明ですがいろいろ知ることが出来て良かったです。





もともとヒロシは芸名で生島ヒロシさんを偶然見てこの芸名にしたそうです。でも全然生島ヒロシ関係ない…ど根性ガエルもこれまた無関係で本名は斎藤健一だそうで…舘ヒロシも猫ヒロシも柳生博も藤岡弘も無関係です。なぜ生島ヒロシ…このセンス…絶対に分かり得ないセンスの持ち主…予測不能としか言えません。




キニシラ ヒロシのテーマって? 【1】ヒロシの半生、貧乏、根暗、流転の日々…

2018-06-12 02:40:29 | キニシラ
皆さんはこの芸人さんを覚えているでしょうか?すでにメディアより姿を消しつつあるあのヒロシさん(以下敬称略)なのですが今日何気にあのヒロシが芸を披露するときに流れるテーマが無性に聞きたくなりました。5月の終わり、何か忙しい時が過ぎて落ち着いた時、ふとあの寂しげな曲が頭をよぎる、それはなぜか?あの曲がとてもいい曲だからなのでしょう。ヒロシは自虐的なことを言って笑いを誘うようですが今彼の芸を見ると結構面白いですね。やはり笑いというのは否定的なことから産まれるというのは言えると思えます。お笑い芸人の本性は根暗というのをどこかの本で読んだことがあるようなないような、そんな自虐芸にピッタリなあの曲なりヒロシなどを絡めてちょっと調べてみます。





ヒロシが世に出てもう十数年が経過しました。あの人は今とかに出てきそうですがいまだ活動しています。ネタが切れそうにない彼の芸風は嫌いではないです。


【ヒロシとは何者なのか?その半生は?】


そもそもヒロシとは何者なのかということですが大卒の46歳独身のピン芸人のようです。彼の半生ですがあまり芳しくない人生、根暗で人当たりが悪く数々の失敗の中での思わぬ成功、そしてその成功から逃げ崖っぷちに追い込まれるという苦々しい彼の人生、そんなバックボーンを知るとあの曲の中に何があるのかが分かるのではないか、何やらそんな気がしてなりません。で、彼の半生をまとめてみました。


《貧困、根暗な生い立ち》


熊本にて幼少期を過ごしてきた芸人ヒロシ、彼は中学ぐらいの時に屈辱的な目にあいます。実家に泊まりに来た友達は汚いのでビジネスホテルに泊まると言われました。ヒロシの父親は炭鉱マンですが炭鉱で生計がたつのも難しい、ヒロシは幼いころから貧乏でした。そんな時に炭鉱で働いていた父の身に不幸が襲います。炭鉱の落盤事故で左ももから下部を失ってしまったのです。アルバイトなどで家計を手助けするヒロシでしたが時代が漫才ブームを迎えるとヒロシにも芸人になりたいという希望が芽生えました。ところが根っから根暗なヒロシは先生から鼻で笑わられる始末です。大学にてコンビを結成するも上手くいかない、就職活動も全滅とないないづくしなヒロシ、保険外交員の仕事も続かずです。それもそのはずで根暗なヒロシは先生からも嫌われていたようでそんな方が営業の仕事なんて務まるわけありません。





熊本は三池炭鉱などが有名で2015年5月4日に世界遺産に登録されました。ヒロシの家族は炭鉱を頼りに暮らしていたようですが不幸があり大変だったみたいですね。


《仕事を転々とする》


人当たりが悪すぎるヒロシでしたが熊本弁での芸を披露するも失敗、たまにオーディションに合格したのはヒロシだけで相棒は不合格、これが原因なのかコンビ解散などで生活苦になります。起死回生のためにヒロシ、なんとホストになります。下戸なのに毎日大量の飲酒、そしてホストだけでは食えないからコンビニのバイトもしました。考えるにホストのほうが給料がいいのではと思いますが元々の性格が災いしてなんとコンビニのお給料がいいという感じでした。失敗だらけのヒロシの人生、ホストになって成功と思いきや様々なことで怖い人たちから追われ各地を転々とする…しかもその間は二日酔いが続くというひどい状態だったとのことです。





このヒロシの恰好はホストを意識してのもののようです。まあヒロシってホストをやるほどかっこいいと…まあそれまでにしましょう。


《帰郷、再起を賭けた芸がヒットするも…》


そしてヒロシは地獄のホスト時代より逃げるかの如く実家に帰郷、引きこもり大学ノートにネタを書き込んでいきます。幼少期のいじめや暗い青春時代のこと、ホストでの地獄の日々…そんな自虐に満ちた半生の集大成があの「ヒロシです」という芸だったのです。芸人にて再起したのは不純な動機で女性にもてたいから、まあもてたかどうか分かりませんが彼の芸は美川憲一など大物芸能人の目に留まり一躍時の人となりました。まあ儲けまくったのですがそんなお金は風俗店にいくという感じで女にもてたいという願望は全くかなわなかったようです。





「ヒロシです」という芸で一躍時の人になりました。それまで日陰で輝かなかった男が初めて輝いた瞬間、一体彼が輝くなど誰が想像できたのでしょうか?


《処世術の無さがあだになりそして…》


で、まあ彼は根っからの根暗、これは芸に生きたものの肝心の処世の悪さゆえテレビマンの方々からかなり嫌われたみたいです。極度のあがり症も手伝い所属事務所にもうテレビに出ないと告げて仕事を放棄など彼の性格はもろ刃の剣だったみたいですね。芸に生きたものの処世が悪い、完全なる悪循環なのですが恩人の手助けなどあり少しづつ仕事を始めるなかで手持ちにお金もあってからふわふわした生活を送ります。人と会わなくていい仕事を探すもまたまた失敗を繰り返して自殺まで考えましたがかつての相棒に助けられ精神科へ、パニック障害と診断されたようです。現在は以前ほどではないものの復活の兆しがあるみたいです。


数々の失敗と似合わない成功、そして成功からの逃避行、土俵際に追い込まれるという壮絶なヒロシの人生…まあ大変な話ですね。ヒロシは自分のことを芸に織り込んでいったようですがヒロシは一体あの曲をどうして自分の芸を披露するときに使おうと思ったのでしょうか?まあそれは全然分かりません。まあ思うにヒロシはかなりのセンスの持ち主だと言えます。苦しい半生が生み出した芸ですが自分の境遇が無ければあんなこと思いつかないでしょう。



で、まあここからが本題ですがヒロシのテーマと言われるあの曲の正体は何なのでしょうか?もう夜がふけたからまた次回に繰り越します。





キニシラ アメフトって全然知らないので調べてみました。

2018-05-27 01:52:00 | キニシラ
最近は巷では何やらアメフトが大問題になっているようです。アメフトというかアメフトのプレー中の問題なのですが私はアメフトのこと全然知りません。そんなこともありましてアメリカンフットボールについて調べてみようと思いました。まあアメフトについての知識が深まるというか興味もあります。と言っても実際にプレーするのはとても大変そうですね。スポーツをやっている方って大変ですね。で、まあいろいろ軽く調べての記述なものの間違えなども当然あると思えます。あくまで調べた限りでの記事とのことでお願いします。




スポーツはスポーツマンシップにのっとって行うのが望ましい、反則行為がまかり通ったらもうスポーツではないですね。


そもそもアメフトのアメとはアメリカンなのは誰でも分かると思います。この意味はアメリカのという意味、つまりアメリカのフットボールということは簡単に分かります。まあフットボールというのは蹴球のことで玉を蹴って競う競技です。ゆえにサッカーなどもフットボールと呼ばれるみたいです。まあ本当にスポーツのことは疎いですね。この玉を蹴るという行為を柱として様々な派生形が生まれたようです。名称はアメリカンフットボールをはじめオーストラリアンフットボールやカナディアンフットボール、ラグビーなど多数あります。蹴球自体は古代から歴史がありますが今回のアメフトはアメリカがコロンブスに発見され様々な人種が移住して栄えたスポーツゆえアメフトの歴史は18世紀ごろから始まったようです。





コロンブスによってアメリカ大陸が発見されたのは1492年とのことです。まあこのコロンブスの新大陸発見の定説は今は間違いだったとのことですが彼がかの大陸を発見して地元民を大量虐殺したことにより多数の人々が新天地に渡ることができたということは事実なのかも…最悪の極みですが…



アメフトという競技はあまり視聴してないので語るに値しませんが見る限りプロテクターを身にまとい体と体のぶつかり合いにより相手を制するというかなり危険度の高いスポーツのように思えます。まあ語弊があるかもしれませんがタックルをして相手を倒して試合が停止して再び始めるという感じで進むスポーツのようなのでヘルメットやプロテクターをつけていても状況が悪ければ大変なことになると思えます。まあ見たことがあまりないため本当によく分かってないのですがかなり勇気がいるプレイが求められるようです。


あまり目にすることがないアメフトですがアメリカでは大人気のスポーツでその人気はバスケや野球を抜くシェアを誇るみたいですね。日本では大リーグに選手が行くなど大騒ぎしていますが実は野球は3番目ぐらいの人気なのです。現在は大谷選手が騒がれてますがアメリカ人にとったらアメフト命のような感じなのでしょう。まあ大学にてアメフトを行っているのは薄っすら知っているようないないような?まあ私自身にとって馴染みが薄く周囲でもやっている人がいません。知らないものを文章にして紹介するというのは本当に難しいです。


【身近なアメフト・ゲームソフトでは】


まあ身近なところでアメフトと言われてもピンときません。なのでゲームの世界でアメフトのソフトとか出ているのかを調べます。結構ソフトは出ていまして一部を紹介していきます。それにしても今の今まで全く目にも止まりませんでした。


10ヤードファイト アイレム 1985年リリース





アイレムのファミコン第二弾のソフトですが全くの未プレイです。まあかなりゲーム性があるみたいでボールを奪ったらボタンを押して走って走ってという感じとか…まあ今度見かけたら…買うかどうしようか迷います。


この10ヤードファイトというソフトはアーケード版にて1983年リリースされたものをファミコンに移植したソフトです。アイレム初期のファミコンソフトはLEDのランプが点灯する仕組みになってますがゲーム内容はいたって地味、でもアメフトを簡潔に表現したような感じで分かりやすいソフトです。でも多分当時の子供が購入してもなんだか分からない、でまあ他のソフトに行ってしまうと思えます。日本にアメフト文化が根差していない以上仕方が無いのかも、それより私自身ですが当時のアイレムソフトで存在を知りつつも完全に眼中になかったです。まあ多分アメリカでは人気があったと思えますしアメリカでもリリースされたようです。


テクモボウル テクモ 1990年リリース




このパッケージはなかなかいいと思います。というかこのゲームってこんな機会が無かったら知ることなかったでしょう。


ファミコンからスーファミがリリースされようとしていた端境期に出たソフトのようで、このテクモボウルはアメリカでのテクモの知名度を上げるのに一役買ったことが挙げられます。10ヤードファイトはフィールドを上下に表現しているのに対しテクモボウルは左右に表現したり戦術的なことを選手にさせたりとゲームが世の中に認知されたのを機にその内部コンテンツや操作方法も複雑化したものと思えます。ゲーム中に流れる音楽もテクモを象徴した音源の使いようで分かる方ならテクモのソフトだと認識出来ると思います。結構傑作の部類に入るソフトのようでアメリカなどではかなり売れたと思えます。


続いて時代はスーファミに入ります。スーファミにもアメフトのソフトはありましてやはりアメリカ圏ではかなり売れるみたいです。アメリカで流行ったから日本にも販売するという考えなのか分かりませんがただの一度もアメフトのソフトをやったことがないので興味はあります。


NFLフットボール コナミ 1993年リリース





ゲームに登場するチーム名がアメリカにて実際にあるチームなので多分アメリカで出たものの輸入版と思えますがどうなのでしょうか?まあ結構いい出来のようですね。


このソフトはグラディウスやときめもなどで名を成していたコナミより出たソフトです。コナミは現在ではウイイレやパワプロで有名ですがコナミはスポーツゲーも得意、なのでアメフトも出たみたいですね。かなり良作みたいですがアメフトのチーム名などはアメリカが中心のようです。日本にアメフトリーグとかあるのか不明ですがやはりアメリカで出たソフトの輸入ソフト的なものなのかもしれません。それにしてもお値段が9,000円として当時ゼルダやドラクエがお目当ての私には目に入らなかったソフトだと思えます。


こうしてファミコン・スーファミとアメフトのゲームソフトは出ているみたいです。PS時代に入っても出てましてアメリカ圏のゲームとは言えど少なからずゲーム会社の下支えになっていたみたいです。ゲームというのはその国の独自の文化の影響をもろに受けやすいと思えアメリカではかなり売れたと思えます。ただ私はもう全く知らなかったです。まあスポーツ競技のゲームというのはゲームにしやすいと思えます。野球やサッカーを始めバレーや卓球、ゴルフとゲームでもスポーツを題材にしたものは沢山ありますね。



【アメリカでのアメフトの競技人口、それに対する日本での現状とは…】


まあアメフトはアメリカの国技でしてかなりの人数が競技に携わっているみたいです。アメリカでのアメフトの競技人口ですがざっと900万人とか言われているみたいでものすごい人数と思います。アメリカの人口は約3,250億人でそのうちの3割以上が支持するスポーツというと競技人口もすごいですがファン数は1,000億人以上いることになります。まあ本当か分かりませんがあくまで調べた限りの話です。実際に数えられませんしね。こうしてみていると前述のゲームの項目にてアメフトのゲームがリリースされてきたというのは市場がそれだけある以上、当然の話ですね。


アメリカにおいてアメフトの組織というのはどうなっているのか?まあ国際的には国際アメリカンフットボール連盟という組織があるようです。アメリカよりカナダで歴史を築いてきたきたアメフトゆえこの組織はカナダで1896年に設立された組織です。フットボールの組織はそれ以前にもあったみたいですが2014年になりIOCに加盟しているため世界的な認知度というよりはアメリカ独自という競技としての認識が長かったみたいですね。


まあゲームのところでNFLとありましたがこのNFLはアメリカにおけるプロアメリカンフットボールのリーグになります。組織というか日本におけるプロ野球のリーグみたいなものだと思えます。ナショナルフットボールリーグの頭文字からNFLと呼ばれます。1920年より4チームで始まったリーグですが途中紆余曲折ありましたが現在ではアメリカの一大リーグとなっているようです。現在は32チームで構成され32チームを二つに分けてトーナメント形式により優劣を競う競技です。こうしてみる限りですがアメリカ内部での規模なり認知度のすごさはちょっと調べただけで分かる話です。


では日本の組織はどうなっているのか?日本にも日本アメリカンフットボール協会があります。この協会の発足は戦後まもなくの1947年とのことです。前身の組織もあったようですが戦争により頓挫したと思えます。それにせよ日本でも1900年代からではありますが昔からの認知があったということが分かります。私自身全く知らないのでこんな詳細なことでも驚いてしまいます。この組織は日本国内のアメフト競技を統括する団体のようです。


アメリカのアメフトではNFLというリーグがあるみたいですが日本ではリーグはあるのかというとXリーグという日本の社会人リーグがあるみたいです。本当にアメフトは無知でしてリーグの存在を全く知りませんでした。Xリーグが始まったのは1997年からのようでリーグ発足から20年近くのようです。サッカーのJリーグが始まったのは1991年でして日本のアメフトリーグはJリーグより遅くに始まったように見えますがそれ以前から社会人による実業団リーグはあったみたいです。


あまり知らなかった日本のリーグですがニュース報道のなさやら関連者が身近にいないなどもう全く知りようがなかったです。これより大学とかでプレーしていた選手は日本代表になったり実業団に入るなどその後の活躍が見込まれるという土壌があることが分かりました。日本のアメフトの関係者の方々には大変申し訳ないのですが本当に何も知りませんでした…


で、日本のアメフト競技人口ですがアメリカが900万人もいるのに2万人とアメリカから比べると少ないことが言えます。またその人気度もアメリカから比べると低く日本ではアメフトの認知度は残念ながら低いと言わざるを得ません。アメリカではスーパーボウルなどが中継されると視聴率は50%はゆうに超えるのですが日本ではリーグなどの中継は皆無で深夜帯などで情報提供があるにとどまっています。で、この度の悪質タックルにて連日の如くニュースなどで取り上げられるというのは何というか皮肉な形での知名度の上昇としか言えないです。


【日本でのアメフト・本当に大変そう…】


日本での認知度が低いアメフトですが競技人口はあることを考えるとアメフトに興味を持って競技を行う人がいるということです。まあ疑問というか認知度が低いアメフトという競技をやるきっかけというのは何なのでしょうか?これを考えるには小学校や中学校にてアメフトを行っているかということを調べればと思い調べてみるとどうやら中学生にて大会などがあることが分かりました。中学校の部活などから始める選手が多いと思えます。


ではアメフトをやるのにかかる費用はどれくらいなのでしょうか?大学一年から始めた場合は年間で50万はかかるみたいです。防具なども当然高くて10万とかするとかしないとか…なので防具代を浮かすために先輩から防具を譲り受けたりオフシーズンにアルバイトするなどお金がかかることは避けられないみたいです。まあ遠征やら合宿やらやれば移動だなんだとのことでお金がかからないわけないです。


アメフトで最大の壁はそのルールの難しさとのことでしてこの記事では具体的なルールの言及は出来ませんがかなり複雑とか…まあ何が複雑なのか表現できないのですがこれが妨げになってとっつきづらいのが日本での浸透の妨げになっているみたいです。危険、高額、不人気という逆境下で競技に参加すると決意する選手の方々はある意味修験者みたいな感じがします。NFLから人気がある選手が来日しても全くニュースにならないとかまあアメフトという競技がいかにアメリカンであるかを物語っていると思えてなりません。


【漫画のアメフト作品】


日本の漫画にてアメフトと言ったらアイシールド21が有名です。まあ私は未読なので全く分かりません。まあ私ぐらいの世代だとアメフトで漫画と聞くと北斗の拳を連想します。ケンシロウの筋肉粒々とした体つきと肩につけたショルダーパットを見る限り、何やらアメフトを連想してしまいます。まあ北斗の拳はマッドマックスに影響を受けたとか受けないとか、だから北斗の拳とアメフトは全くの無関係です。が、アメフトを連想させてしまう男がいます。彼こそジャギでしてもうアメフト張りのヘルメットやらプロテクターなので何かいいイメージが失せてしまいます。





本当に申し訳ないのですがこの最悪男を連想してしまいます。単にプロテクターからだけでこの男の人間性とは全く無関係です。





未読の作品ですがタイトルは知っていました。まあ好みがあるためというのもあるけどいい加減な話、少年ジャンプを購読して読むとかしていなかったということですね。


まあ北斗の拳はうがった見方なのでアイシールド21に話を戻すとこの漫画では数々の技が存在するみたいで少年誌受けしやすいものになっているみたいです。まあ未読なので分かりませんが漫画でスポーツを描くと必ず現実にはあり得ない描写が出てきます。キャプテン翼のゴールネットを切り裂くシュートやらプロゴルファー猿の旗包みなどですが加速やらパス、タックルなど技は多岐に渡るみたいです。こんな形であまり市民権を得ていないもののヒットした漫画があるため今後の日本で浸透する可能性はあるのかもしれません。


【最後に】


まあ日本におけるアメフトの認知度は低いとしか言えませんがアメリカでは超人気があるみたいです。そして神聖なスポーツのようで悪質なタックルに対する厳罰はアメリカでは当然とのことです。まあこの度の不祥事で最悪な形での知名度上昇は日本のアメフトに影を落としかねないかもしれません。いつも思うのが競技などに真剣に取り組んでる人がいるのに悪質な人間によりそういった方々の想いを踏みにじることがあるというのはとても残念な話です。上層部の方々も渋々対応などかなり気の毒な状況だと思えます。


まあアメフトのことを全く知らない自分は何も言うことはないのですが気になったから調べてみるといろいろな事実が分かります。もう知り得ない世界を調べる好奇心があれどちょっとアメフトに興味を持ったかというと申し訳ないのですがそれとは異なります。なのでジャパンフットボールとかにしたら浸透するのかも、アメフトがアメリカンゆえに日本の競技じゃないんだという敷居の高さを連想させてしまうのか?それは分かりませんがルールとかも日本風にするなどすれば浸透の可能性もあるかもしれません。まあ私自身ルールも知らないしアメフトのこともまるで知らない、完全に素人考えな話です。まあ無知の馬鹿の発想と笑われても当然な話です。でも本当に物事を浸透させたいなら風土に合わせることも重要なのかもしれませんがどうでしょうね。