キムチ克服の旅(1) ~広島へ~

2007-01-31 22:50:22 | 韓国
 日曜日の仕事が終わり、松屋でデミハンバーグ定食をかき込んで、新橋で一泊。

 翌朝、羽田に向かって空路広島へ。

 というか、僕が向かう先はとりあえず西の方であればどこでもよく、たまたま早朝の割引料金が安かった広島がチョイスされただけのこと。

 午前8時40分、広島空港に到着。連絡バスで空港から広島駅に向かい、そこからフラフラと市電の線路沿いに街を歩く。



 20分ぐらいすると原爆ドームが見えてくる。平日の昼間なので人の影はまばらだが、外国人観光客の姿が多く目につく。今は周辺は公園として整備されているが、62年前に間違いなく原爆はここに落とされ、もしもその瞬間に僕がここにいたら間違いなく命を落としていた。そんな場所だ。

 空気が空気だけに、時折聞こえる路面電車のブレーキ音ですら悲鳴に聞こえたりもする。

 そして公園奥にある、50円という入場料が魅力の平和記念資料館に立ち寄る。しかしここ、入って後悔した。ただただドヨーンとした気分になるだけで、そこから何か考えようという気にはとてもなれない。もちろんいろいろ勉強にもなったし、知識は深まったが、こういうものは次に何をすべきかを考える気力がある人以外が見ても苦痛でしかない。



 無論ここをぐるりと見て回っただけでラヴ&ピースなんて言う資格はないし、ほとんどの客は「平和な時代に生まれてよかったねぇ」なんて腑抜けた優越感に浸るだけ。こんな人たちに原爆の資料見せたって仕方ない。この資料館に入るのは核兵器を持ってる奴か、50円の入場料を高いと思う奴ぐらいで十分だ。



 だからこの際、原爆ドームの背景が、アメリカ生まれのベースボールで盛り上がる広島市民球場という神経逆撫でチックな配列ですら御愛嬌だったりする。

 さて、そんなことより昼飯をどこで食べよう。最初はファーストフードみたいなもので済ませるつもりだった。しかし昼時だけあってどこの店も混雑している。するとショッピングモールの通りを一本入った裏路地にガラガラのレストランを発見した。

 ランチタイムにも関わらず店内には客が僕を含めて3人だけという理由は、メニューを見た瞬間に判明した。

 3ケタの値段がついている食べ物がひとつもない・・・。

 しかしお冷やまで飲んでおいてこのまま店を出るのは忍びないので、仕方なく2000円近くする『トマト…モッツァレラ…なんとか(長い名前で忘れた)』というパスタを注文。



 この値段だけあって味は格別だったが、なぜ広島の名も知らぬ店でこんなに高い昼飯を食べているのか自分でも分からない。

 食後の13時10分、広島バスセンター。ここからの移動はバス。

 僕が乗り込んだのは広島と下関の約200kmを3時間半かけて結ぶ「ふくふく広島号」というゴキゲンなネーミングの高速バス(3月で廃止の路線らしい)。

 このバスにはトイレがついていない。万が一、腹でも壊したらどうしようかと焦る。

 まあそんなこんなでとにかく西へ、ひたすら西へと進む。

youthful days

2007-01-25 23:33:31 | その他
 火曜日の話。

 吉祥寺でまずい昼飯をカッ食らった後、知人と別れ、デザインが一新されたステンレス製の冷たい中央線に乗って水道橋へ。

 後楽園の場外で翌日の大井競馬の馬券を買う。ここには競馬新聞に赤ペンという、今ではほとんど見かけなくなってしまったオーソドックスな日本のオヤジ像を貫くナイスミドル達が集結している。今日は平日の昼間だ。

 そのあと、何のあてもなくふらつく僕が吸い寄せられていったのは、何故か野球体育博物館。

 別に野球好きじゃないし、どこの球団のファンっていうのも特にない。最近の選手の名前なんかほとんど知らないし、阪神の岡田なんてケガか何かで休養しているのかと思っていたらいつの間にか引退して監督になっていた。それぐらい僕は野球に関しては疎い。



 400円の入場料を払い、入り口から階段を下りていくと、WBCの優勝記念の品々が並べられたショーウインドウが見える。その中にはイチローのスパイクやバット、出場した全選手の寄せ書きが集められた日の丸など、野球ファン垂涎のお宝が所狭しと展示されている。いくら野球オンチの僕でもWBCぐらいは見ていたので、これがとんでもないレアグッズだということぐらいは分かる。



 そういえば疑惑の判定を連発したボブ・デービッドソン球審は今でも元気にやっているのだろうか。

 そんなことを思いながら歩を進めると本塁打世界記録を持つ世界の王や



 連続試合出場記録の鉄人・衣笠祥雄の現役時代のユニフォームが展示されているのに気付く。この人たちも国民栄誉賞をもらっているので何がどうすごいのかぐらいは知っている。



 でもこの時点で館長からもし、「お客さん、この中から好きなの持っていきなよっ!」とか言われても、「いやぁ、荷物になるからいいです・・・」というぐらい、僕のテンションメーターは低い数値で小さな振幅を繰り返していた。

 しかし次の瞬間、僕の視線はある企画展の順路表示に吸い寄せられた。

 『1980年代のヒーロー展』

 いつの時代も小学生の男子というのは十中八九、一度は野球というものに興味を持つもの。今はどうだか分からないが、少なくとも僕らの頃はそうだった。

 僕の場合も御多分に漏れず、小学校の休み時間はハンドベース(バットの代わりに手で打つアレ)で盛り上がり、家に帰っても友人とジュースを酌み交わしながら時間も気にせずファミスタに明け暮れていた。

 そしてそんなゲームの中に出てくる選手はまさしく僕らのヒーローだった。



 うわ、バースのミットや。うちなぁ、バースめっちゃ好きやってん。

 関西弁のボキャブラリーが驚くほど少ないのでこの辺でやめておくが、バースは本当に好きだった。きっかけは友人が持っていた野球カード。あのヒゲ面に見つめられた小学生の僕はこれまでにない胸のトキメキを感じた。つまり僕の初恋はランディ・バースだ。

 他のチームの選手にも知らない名前はほとんどなかった。原、篠塚、中畑、クロマティ。ブーマー、秋山、屋敷、池山・・・。それまで点だった記憶が徐々に線になって繋がっていく。

 完全にタイムスリップした僕は、何だか久しぶりに時間を気にせずファミスタでもやりたい気分になった。

support

2007-01-19 23:01:04 | その他
 「すみません、最近ストレス溜まってませんか?」

 これ以上風邪を拗らせまいと早く仕事を切り上げたはずなのに、なぜか新宿に流されてフラフラ歩いているところに、気の弱そうな一人の若者が近づいてきて言った。

 「いえ、別に」

 どうせわけのわからんアサッテの方向見てるノーテンキな宗教の勧誘かなんかだろうと思ってやり過ごそうとする僕。しかしそのナヨナヨした感じの兄ちゃんは僕の隣を僕と同じスピードで歩き始めた。

 「いやぁ、なんかお兄さんマジメそうだから」

 アホか。

 どっからどう見たら僕が真面目に見えるのか。エスカレーターはハタチを過ぎても逆走してきたし、コンビニのドアの「押」を頑ななまでに引いてきた。今だってすれ違った二人組の女の胸の大きさを比べていた真っ最中だった。

 「いや、そんなことないですよ。ストレスとかは特に…」

 あくまで社会的に接する僕。右の耳から入った言葉が、左の耳からすり抜けていく、そんなチクワのような頭の僕に、ストレスなんて溜まる訳もなかろうに。

 それでもそのナヨナヨボーイは諦めることなく食らいついてきた。

 「僕はあなたのために何かお手伝いしたいんですよ」


 言ったな。


 「じゃあ今からあの二人ナンパしに行くから手伝って」

 「え?」

 僕がさっきのおっぱいコンテストにノミネートされた二人の後姿を指差す。

 「僕が右のコに声かけるから、君は左のコを頼むよ」

 「・・・」

 おい、元気よく話かけてきたさっきの勢いはどうした。あれだけ勢いあれば、女一人オトすぐらい余裕だろうに。

 彼の体からは「声かける人を間違えました」オーラが噴出し、みるみるうちに小学生が泣く直前に見せるような表情になった。挙句の果ては地面見つめて俯いてしまった。さぁこっからどうする。

 「あ、ちょっとすみません」

 しばしの沈黙の後、鳴ってもいない携帯電話を取り出すと彼は空気相手に喋り出し、そのまま夜の街に消えて帰ってこなかった。

Nude

2007-01-16 22:50:28 | その他
 頭と喉が痛くてカラダが思うように動かない。

 カゼをひいた。
 
 これは間違いなく最近全裸で眠りについているのが原因。別にそのまま誰かに会うでもないわけで、行為自体には一切問題はないのだが、如何せん季節が季節。無計画に快楽を求めるとこういうことになる。今まさに裸で寝ようとしてる人には、その上から服を何枚か着てみることをオススメする。

 さて、裸といえばバックダンサー。

 どうせこれだけ騒ぎになるのだったらもういっその事、ホントに脱いでおけばよかったんじゃないかと思う。そもそも抗議電話を入れた人というのは、ロクに歌も聞いていないような人々に違いない。文句を言う人間というのは主として文句を言う必要のない人だったりする。

 そして何よりいけなかったのがアナウンサーのお詫びコメント。どんな状況でも真実を伝えるのが正しいと信じているNHKは哀れだ。

 「若いネェちゃんのチチ見られたでよ」

 と喜んでいた世のオヤジ達を現実界に引き戻し、夢を打ち砕いた責任はあまりにも大きいということをもっと自覚すべき。

 知らないままの方がいい事というのは世の中けっこう多い。

In the Taxi

2007-01-13 22:54:57 | その他
 最近の専らのマイブームは話術を磨くことだ。

 友人や知人との会話というのは楽しいことは楽しいが、似たような話題の繰り返しだったりして新鮮味が徐々に薄れてくる。また何を言えばその相手がどのように反応するのかというのもある程度予測がつくので、あまり緊張感というものがない。

 やっぱり刺激が欲しい。

 どこかにトークの腕を上げながら、かつ手解きをしてくれる場所でもないだろうか。

 そこで目をつけたのがタクシーだ。タクシードライバーというのは職業柄、毎日様々な人間としばらくの間、同じ時を過ごさねばならない。その限られた密室の中でいかに相手の気分を害することなくトークを盛り上げなければいけない。そんな状況の中で日々の仕事をこなす彼らからレクチャーを受ければ、僕はひょっとして東京一のトークマスターになれるのではないか。そう思ったのである。
 
 今日渋谷から杉並の自宅まで僕を乗せてくれたタクシーの運転手は、まさに僕の期待していた通りのそれだった。

 発車直後に僕の口を突いて出た「何か面白い話ないですか?」という突然のフリに対しても「あ、今日地震ありましたよね」とすかさず切り込んでくる。普通の人だったら話題を探してあたふたしてしまうところを慌てることなくスッと反応するあたりはさすがプロだ。「あれねぇ、津波の高さってどうやって測るんでしょうねぇ。普通の波と区別つきませんよねぇ」。

 テールライトの並ぶ甲州街道を流れるように走る車内でも話題は尽きることがない。

 あまりの感動に僕は運転手さんからしばらくタクシートークの掟についていろいろ聞き出すことにした。

 まずタクシーの車内で絶対にしてはいけないのが野球と政治の話。これは応援するチームや、支持する政党が違うと客に不快感を与えてしまうということでタブーらしい。やはり一番無難なのは「最近寒いですね」みたいな気候の話らしい。まぁ普通に考えてこれで気分を悪くする客はほとんどいないだろう。

 それから酔っ払った客にはこちらからは絶対に話かけてはいけないそうだ。気分がよくなっている時はいいが、機嫌の悪い時にタイミング悪く話しかけるとトラブルの原因になって、最悪の場合、会社側にクレームがつけられてしまうのだそうだ。それがあまりに多くなるとタクシー会社の所有する台数が減らされるなどの処分があり、仲間にも迷惑をかけてしまうことになるので、そのあたりは気をつけなければいけないらしい。

 その運転手は見た目はかなりおっかないが、聞けば大体の事は教えてくれた。

 タクシー1台につき3人のドライバーでローテーションを組んで営業していることや、一日につき平均350kmを走ること。普段は渋谷から六本木、赤坂周辺を流していて、土地柄、タレントや有名人を乗せることも多いそうだ。先日もウエンツ瑛士を乗せたと言っていた。

 また、客のタイプについてもいろいろ話してくれた。

 ひたすらにトークを盛り上げようとする僕に気をつかってのことだとは思うが、やっぱりしゃべる客のほうが運転していて楽らしい。話かけても無視されることも実際多いらしく、そういう客を乗せているときは時間が経つのが非常に遅く感じるそうだ。また、酔って後部座席で寝ている客も、到着時に身体を触ってはいけないというルールがあるらしく、ひたすら呼びかけなければいけない。そのあたりはつらいところだと言っていた。

 中でも一番困る客は無賃乗車の客だそうだ。大体の客は精算の際、財布の中身が足りないと荷物を車内に残してお金を取りに行くそうなのだが、極稀にそのままトンヅラする客がいるのだそうだ。先週も道玄坂でやられたと言っていた。かと言って、自分の職業はあくまでサービス業だから引き止めることができない。そこも苦しいところだそうだ。

 まぁそんなこんなでしばらく走っていると僕はあることに気付いた。

 最近はカーナビをつけているタクシーが多いが、そのタクシーにはカーナビがついていない。そのあたりのことも聞いてみた。するとその運転手は一言。

「自分で道を覚えなくなるでしょ?」

 カッコいい…。

 タクシーの運転手になってから日が浅いので道を完全には把握できていないそうなのだが、カーナビをつけるのは乗ってる客に対して失礼。そして何より、自分の向上心を保つためにもカーナビは頑としてつけないのだそうだ。このあたりにドライバー魂を感じる。

 結局、我が家まで運賃3460円のところを「今日は何だかいい気分にさせてもらっちゃったな」ということで3000円ジャストにマケてくれた。

 タクシーの世界を少し知ったことと、トークマスターに一歩近づいた自分が嬉しかった。

「鍋グランプリ'07冬」結果報告

2007-01-08 18:43:27 | 料理
 去る3日、我が家にて恒例の「鍋グランプリ」が開催された。

 これは高校時代の仲間を呼んで不定期に行われるもので、自分たちが美味しいだけではなく、世界に出しても恥ずかしくない鍋を作ろうではないかという僕の熱い思いに参加者が賛同した形で始められたもの。今回はその第4回大会の模様をお届けしたい。

 これまでの経緯から説明すると、2回目までは非常に高いレベルで安定した鍋が提供され続けた。これは参加者全員が強いモチベーションを維持し続けたこと以外には理由が考えられない。

 しかしそれが崩れたのが前回の第3回大会だった。前の2回が適当に具材を放り込んだ割には美味しくできたということで、参加者の中に「今回も適当にやればうまくいく」みたいな根拠のない自信があった。その結果としてどんよりした色の不気味な鍋になってしまい、それを誤魔化すために自然と進んだ酒によって最後はグズグズになってしまった。

 前回、薄味にこだわるがあまりにスープ作りに失敗した教訓を生かして今回は市販の「ちゃんこ鍋スープ」を用いた。これがあればスープの味にまず間違いはない。

 しかし思わぬところに落とし穴が待ち受けていた。

 今回の出席者は僕を含めて8名。1つの鍋にこれだけの人数が集えば当然スープの減りも早くなり、鍋の中は常に渇水状態となる。そしてこれを補うために何度も水を注ぎ足しにいかなければならないので、鍋に集中できない。後から考えればここで集中力を途切れさせてしまったのがいけなかった。

 水を足すということはその分スープの濃度は薄まる。そこで味噌、醤油、本だし、鶏ガラスープの素、などを次々に入れて何とか味を保とうとするのだが、入れれば入れるほど味が乱れていく。この時点で鍋のレシピを大幅に無視して僕らは旅立ってしまった。

 最終的にはせっかく買ってきた「ちゃんこスープ」の味は微塵もなくなり、味噌汁に鍋の具材が入っただけのような謎の鍋となってしまった。

 さらに今回はあるべきはずのないものが鍋に投入されるという忌忌しき事態が起こった。酒の入った参加者の一人がテーブルに置いてあったサラダからミニトマトを徐に箸でつまむと、何の躊躇もなく鍋の中で放り込んだのだ。爆ぜたミニトマトの残骸を引き上げる作業ほど悲しくなるものはない。 
 
 とどめは「ビール」や「かっぱえびせん」といった救出不可能なもののダイブだ。ビールは液体なので一瞬のうちに鍋に広がり、かっぱえびせんもまた水を吸ってとろりとなっているので、一見油揚げのようでもあるが、やはり食べることは出来ない。 

 「Don't put Kappa Ebisen in Nabe!」

 今回はこれを強いメッセージとして世界に放ちたい。

【写真】ミニトマトを中心とした渇水に喘ぐ具材たち

A Happy New Year

2007-01-01 19:55:55 | その他
 新年あけましておめでとうございます。

 昨年は多くの方々の支えによって本当にたくさんの夢が叶い、様々な面で手ごたえを感じた一年でした。今年はそれを結果として残していけるように努力していきます。また、自分で決めた目標を着実にクリアしていって、人間性と感性に磨きをかけていきたいと思っていますので、期待していてください。

 さらに、3月には砂漠の国・アラブ首長国連邦のドバイに行くつもりでいます。昨今の中東情勢は気になるところですが、このブログでも現地のことをいろいろ紹介していけたらと思っていますのでお楽しみに。

 それでは今年もどうぞよろしくお願いします。