印象

2006-01-18 02:30:17 | その他
僕がコンビニ以上に神経を消耗するのが書店で本を購入するときである。

御存知の方も多いと思うが、元来僕は気が小さい。気の小さい人間にとって本屋の店員の視線ほど怖ろしいものはない。

どういう事か分からない方のために説明しておく。

例えば『初心者のための料理教室』みたいな本を買うとする。これをレジに持っていったら、おそらく店員の脳裏には、僕がこの本を片手にフライパンから黒い煙を出して大慌てしている姿が浮かぶに違いない。

例えば『JR時刻表』を買うとする。ホントは旅行の計画を立てるために買うのだとしても、おそらく店員には僕が熱狂的な鉄道マニアに見えるに違いない。

例えば『映画が100倍楽しめる方法』みたいな本を買うとする。これをレジに持っていったら、おそらく店員には僕が普通の人間の1%しか映画を楽しめていない人間に見えるに違いない。

こういうことである。簡単な話、本のタイトルを見られたくないのである。自分の買わんとしている本の内容によって店員に小馬鹿にされたような気分になるのだ。その本一冊で自分という人間が評価されるような感じがなんともイヤではないか。

この話をすると大抵の知人は考えすぎだと言うのだが、気になりだすと止まらない。本を裏返して店員に差し出すくらいでは我慢しきれないくらいイヤになってくるのだ。


そこで対処法がある。自分が買いたい本にくわえてまるで関係ないタイトルの本を購入して、本当に買いたい本をあくまで「ついで」に仕立て上げるのである。別の方向に予防線を張ってみるのだ。本命のすり替えとでも言うべきか、この実に有用な方法で僕は何度も救われた。

しかし人間の名誉欲というのはこういう時にひょっこり顔を出すものである。ただ単にカムフラージュするのは勿体ない。どうせなら気取ってみたい。そして店員にちょっと小洒落た好青年だと思われてみたい。そんな衝動に駆られるのである。

そこで以前、大学の授業で必要な経済関連の本を買いに書店へ足を運ぶ機会があった。ここでも例のカムフラ術を使う。僕は経済の堅固なイメージを払拭すべく、家庭的な柔らかいイメージを醸し出そうと『ガーデニングマニュアル~応用編~』みたいな本を買った。この「応用編」というのがミソである。そしてこの2冊を颯爽とレジへ持って行った。このとき、おそらく店員には僕が草や花をこよなく愛し、かつ経済についても知識豊かなさわやか好青年に見えたことであろう。


無論我が家にはガーデニングは疎か、植木鉢一つない。