増補版 グレーゾーン金利ローン、貸金業債権の債権譲渡をめぐる訴求できない債権の法的性質決定に関する疑問と譲受人の帳簿保存、取引履歴開示義務
(増補部分: 譲渡債権に関する譲受人の帳簿保存、取引履歴開示義務)
本ノートは、日本振興銀行による貸金債権の債権譲渡に違法性があることを議論するものでも、違法性があったことを指摘するためのノートでもない。債務者の保護すべき法的利益の点から、譲渡がどういった態様でなされたら、債務者に不利益が発生するかについて考察し、そうした被害を予防するために何が必要であるかを検討することを目的とする。
すなわち、債権譲渡にあたり、銀行が内部あるいはおよび外部の法律実務家との検討されたであろうリスクについて、部外者が検討を試みたにすぎない。
債権譲渡について考えてみよう。この課題が与えられるとき、権利移転の態様と優先権の議論が盛んだが、譲渡される債権がグレーゾーン金利適用である性格と債権譲渡について考える。そこで、債権譲渡の要件事実の視点から考察してみよう。
I. 過払い債権が発生しているが未実現の状況の貸金債権の譲渡をめぐる争点
債権譲渡が法的に有効であるためには、債権が存在しなければならない。不存在の債権を譲渡することはできない。
債権の発生の原因は、グレーゾーン金利適用の与えられた与信枠内での随時リボルビング付きの消費貸借契約であり、それ自体は成立し、効力を生じている。他方、弁済行為については、貸金業法が求める要件が備えられれば、みなし弁済が認められたと考えられてきたが、2006年1月判例の結果、任意弁済でない限り、弁済を強制することができなくなったと考えることができる。
判例は、金銭消費貸借契約に期限の利益喪失条項が含まれれば、債権者が残債務全額の支払いを強制する結果、過払い金が発生することになり、任意弁済が有効になされたとは言いがたいという。とすれば、返済を、強制できないことになる。正確には、期限の利益喪失事由が生じ、契約上、弁済を強制できるかもしれないが、償還請求可能な任意弁済の範囲は、借入れ時に遡り、金利ひきなおし計算して残存する金額についてのみ、請求が認められることになると読み替えることは、解釈上違法とは判断されないと考える。
請求許容範囲を超える金額とは、債権の消滅にもかかわらず、任意弁済によってのみ支払われ収受される金銭である。その法的性格については、過払い金と同じ性格を持つが、後で考察してみる。
したがって、グレーゾーン利息の超過支払いにより過払い金返還請求権の発生している債権については、債務者による任意弁済無効の主張あるいは抗弁の有無にかかわらず、債権はすでに弁済により消滅している。だから、債権が不存在である以上、請求することは許されず、売買すること、譲渡することは法律上認められないので、そうした契約は無効となる。結果、債権譲渡の要件事実を満たさない。譲渡後、その事実がわかれば、債権の不存在について争いになり、反証をもって債権の存在を証明できなければ、当然に無効が認容される。
すなわこの場合、譲受人は、自己の債権に関する給付利益の保持のため、貸付発生からの取引履歴を実質的に有することなく、譲受業務に参入することは、できないことになる。銀行は、担保権行使にともなう一回限りの場合の譲渡の対応を除いて、業としてなす以上、債務者に争えない法的状況におかれる不利益を被る結果となる譲渡を進んですることはないだろう。
ここで、任意弁済の無効の主張あるいは抗弁にかかわらずという意味について考える。法の現実的運用場面をみるに、地方自治体の地方税、国保などの未納者の回収をはかるため、自治体や国保では、債務者のみなし弁済の無効の意思表示にかかわらず、過払い金返還請求権を有する相手方貸金業者に対して、直接請求でき、実際に差押もなされており、代位訴訟も提起しうる。不当利得返還請求権は、履歴開示さえなされれば、その事務処理の時点で金額が確定し、財産権としてすでに発生している。過払い金返還請求権は、債務者の意思にかかる形成権的性格の未発生の状態にある債権ではなく、理論上、財産権としてすでに発生していると考えることができる。
こうした法的な思考は、裁判例に見出すことができる。金利引きなおし計算前、残高が存在して、貸金業者が請求を行っているとしても、2007年半ばのいくつかの高裁判決の考えるように、業者は業者である以上、残高のないことを認識しつつ、架空請求し、受領しているのであって、違法な請求である。(注1)
したがて、そうした債権はすでに消滅しており、債務の確認を待たずして不存在であり、譲渡の要件を満たすとは到底考えようがない。ただし消滅した債権にかかる権利・義務は、貸金業者の事業譲渡や株式移転、新設合併により、元貸主の地位が譲受人に承継されるもののは言うまでない。
II. 引きなおし後も残高ある貸金債権の譲渡をめぐる争点
次に、引きなおし計算しても残高があり、過払い金の発生していない債権について考える。債権は、少なくとも引きなおし計算後の金額の範囲である限り、存在しているので、その範囲での請求権が認められ、譲渡できる。それについては疑義がない。その場合、いったい譲渡債権額は、いくらなのかが、実務対応上、重大な課題となる。
譲渡契約では、譲渡債権額を引きなおし計算前の金額と表記する場合、譲渡者は、譲渡債権の性格にかかり、譲渡債権が、貸金業法24条の点から、みなし弁済無効を主張あるいは抗弁されることがありえること、その結果、譲渡債権額が減額される重大なリスクがありえることを明確に陳述しなければならないだろう。同24条がその説明まで求めているかどうかは、明らかではない。しかしながら、譲渡者は、引きなおし前金額の債権の存在を表明保証するものではないし、その金額に責任を引き受ける意思がないのであれば、債権の性質に関する本件説明は重要事項となる。また譲受人は、銀行業として、貸金債権について専門的知識を有しているものであり、かりに譲渡者による陳述がない場合にも、貸金債権の性格について、自ら明かにするよう求める注意義務から免責されることはありえないだろうとも考える。
法が契約上の説明義務を明確に求めていないのにもかかわらず、表明を求められる理由について考える。譲受人は、譲渡後、譲渡の結果として、債権を変容させることは許されず、したがって金利引きなおし後、残高ゼロになり、消滅した場合には、強制的な請求権を有しないということである。その点については、法が求めるものであり、譲受人が違法に請求して、弁済を収受した場合には、銀行業として貸金債権の残高を管理して認識いる銀行である以上、超過があることの認識のうえ、架空請求して、不当利得を食んだと推定される。
金融庁の見解がどうあろうと、貸金債権について譲渡が認められるとの意見をとろうとも、超過部分についての請求についての私法上の違法性が阻却されることにはならない。債権譲渡が、債権の譲渡であり、契約上の地位の譲渡でも、地位の承継もしないということを主張しても、法的には、譲渡債権を変質させることは許されない。債務者にとって不利益変質があれば、それにより不利益、損失など被る債務者によって争われることが予期される。債権譲渡のもたらす効果として、一部請求権に対する債務者のみなし弁済無効の抗弁権を譲渡によって切断されることは、認められない。譲渡がそのような法の潜脱に利用されることがあってはならない。
金融庁、財務局に求められる検査体制
譲受人の帳簿保存と契約上の取引履歴開示義務
金融庁は、見過ごせないほど多くの被害が頻発するまで、行動を起こさないだろう。営業の自由のもと、私人間の契約にまで介入することはない。契約は全体として有効でも、一部において、無効の合意を含む場合もある。当事者で予期できないリスクについて、陳述されないこともある。債権譲渡は、貸金債権といえども、貸金業法上の制約をうけるが、規制監督規制上禁止されるわけではない。したがって、今のところ、無言の対応となっている。紛争が裁判所に持ち込まれた後、どのような対応がとられるか、一過性、一回性が強い取引であれば、無言の対応となるだろう。
しかしながら、金融庁は、債権譲渡がそうした法の潜脱を目的としてなされていないことについての監督責任を負うと考える。ここで監督責任とは、厳格にとらえ、検査において、貸金業法24条に関して、債務者保護の点から備えるべき事務体勢に関する検査項目に含め、また通報により、事後的に検査する場合に、チェック項目とされるという意味である。金融庁に、監督に服す銀行に対して、事後でなく、取引の事前の注意警告義務を求められるかは疑問だ。債権譲渡は、銀行にも、憲法上保証された営業の自由の範囲の業務であり、事前の報告がない以上、結果的に違法性が発見されたとしても、金融庁に責任を追及することは困難だろう。銀行も事前に違法認識があれば、そうした取引をするに抑止が働くが、違法認識なきままなされた場合には、ノーアクションなど意見書、その他事前の意見交換をすることもないだろうから、金融庁には知る機会がない。
債権譲渡の結果、債務者は無用な不利益を負担させられることになるとは、どういう事態を想定できるだろうか。債務者は、譲受人に対して、自己の計算により、金利引きなおし計算すれば、債権が消滅していれば、それを主張するか、残債務があるとして弁済請求する銀行に対して、苦情あるいは裁判上、債務不存在を理由に抗弁を申し立てる。銀行は、債務不存在を主張されたとき、あるいは存在を争う場合、債権残高確認のため、取引履歴を開示しなければならない。取引履歴開示義務は、グレーゾーン金利適用の貸金債権特有な性格から発生し、金銭消費貸借契約上の付随義務として、2005年7月19日判例法理で確立している。(注2) 開示請求は、契約上の義務として、債務不履行があれば、裁判上、強制することができ、債務者が不利益を被れば、賠償を求めることが認められる。
したがって、債権譲渡にあたって、銀行は、元債権者の譲渡人同様、引きなおし計算されたとき、いつ残債務が消滅するかについて、営業者として認識していることが求められる。過払い金は、債務者の形成的な意思表示によって成立するものではないと考えれば、譲受人は、残高を認識できる事務体勢になければならない。しったがって、貸金の性格からして、譲渡者と同様に、貸付からの全取引履歴を有していなければ、今日現在の残高を認識できない以上、自らが管理できる態様で、取引履歴を保管していなければならない。さもなくは、いつのまにか消滅した債権について、裁判例が示すような架空な残高の違法請求をし続けることになる。
こうして、貸金債権の特質から、銀行は、貸金業法24条から、事実上譲渡者と同様の帳簿保存義務を負担することになり、かつ契約上開示義務を承継すると考える。譲渡契約により、契約上の地位を引き継がないという合意が成立していても、貸金債権についての付随義務としての開示責任は、いかなる放棄合意、免責特約があろうとも、対債務者との関係では、承継されることになる。
銀行は、譲渡者同様に、貸金債権については、引きなおし計算後の債権消滅を超過する金額を架空請求することも、強制的に請求することも、訴求することも、強制執行することも、不当な給付を正当に保持することも、許されない。債権譲渡によって、この債権の特質が、債務者の不利益、犠牲の上、変容されるとすれば、違法な営業と判断される。
業として債権譲渡がなされるとき、そうした債務者の不利益な結果を予期できるのであれば、それに対して予防できる体勢なしでは、債権を譲り受けることは禁じられなければならないと考える。上記のいくつもの裁判例では、裁判官は、業者は債権の消滅、過払いであることを認識できる状況にありながら、違法に請求し、収受していたと考えておられる。したがって銀行は、貸金債権という性格から、債権譲渡という理由に、譲渡前の履歴を知らなかった、譲渡を受けた金額が債権額として確定していたとは主張、抗弁できない。
また実取引界において、貸金業者は 引きなおし計算後、債権が消滅した時点で、債務者にその事実を通知し、任意弁済の意思確認をすることなく、過払い金を受領している。銀行だからという理由だけで、引き直しにより消滅した事実を通知して、任意弁済を事前確認させるのは、酷である。譲渡前と同じ、譲渡者と注意義務を果たしておればよい。
債権譲渡により、予想される不利益について、現行の金融庁の監督指針は出されていない。まさか、銀行が譲渡を受けただけで、取引暦開示責任がないと抗弁したり、帳簿保存なしのまま業務するとは、だれも考えていないからだ。しかし、今後貸し金業者廃業、業務撤退に関連し、多くの債権譲渡がなされ、紛争予防対応コンプライアンスができていると期待される銀行だけが譲渡を受けるわけではない。被害が発生してからの事後的な検査だけではなく、債権譲渡によって、債務者の法的保護に値する利益を侵害してなされることがないよう、譲受人の適格者規制、事務体勢整備に関する規制も必要になると考える。制度的欠陥を悪用するケースの発生が予防できているとはいえない。
銀行が、債務者に事前の任意弁済を確認することなく、違法な請求をし、過払い金を受領し、不当利得を得ることになれば、件数に如何によっては、銀行は重大な訴訟リスクと風評リスクを負うことになる。銀行監督の点からみれば、そのとき、万一、銀行が不当利得返還する資力に欠けた場合、すなわち債務超過に陥ったとき、不当利得返還請求権は預金保険の対象にならず、預金者が不当利得の犠牲の上に救済される結果となる。債権譲渡は、思わぬ不利益を債務者に負担させることになる恐れがある。それらの点については、金融庁としても十分事前に予知できる結果である。したがって譲渡があることを知った以上は、注意をもって監督したら予防できた問題につき、任務懈怠の責めを負うといえるのではないか。
III. 請求不能、訴求権のない債権
金利引きなおし計算により算出される債権額を超える金額について、債権法上、請求権が認められる債権なのだろうか。正確に言い直せば、支払いを強制できるか、それとも裁判上請求が認められるのか。
許容範囲を超える金額については、債権の消滅にもかかわらず、それを認識した上での債務者の任意弁済にのみが有効であるとしたら、請求権が発生しない債権となる。結果、超過金額については、債権譲渡の要件を満たさない債権となる。
教科書的に論じれば、給付を適法に保持しうる権能もなく、強制執行して満足をえるための掴取力も、訴訟提起する訴求力も、本質的に備わっていない債権ということになる。債務者には、支払い責任を負わない債務となる。
債務者が会社であれば、貸借対照表上、超過金額については、責任のない債務だから、認識するに及ばない。責任がないのだから、契約上、債務不履行事由適用もない債権となる。債権者が会社の場合、財務諸表上、どのように表記される会計慣行だろうか。現行の一般に認められた会計原則GAAP上、金利引きなおし前の残高を認識することが、監査基準上の認められている。したがって、譲渡を受けたからといって、その性質が変容しない以上、請求権がない債権ということで、金利引きなおしにより、金利充当した弁済額を元本充当して消滅したはずの債権を認識から外すことは容認されないと考える。しかし、資産として、請求権を欠き、債務者とって契約上の責任を生じず、債務履行の強制を受けず、義務違反にならない債権である。(注3) その性格にについては、重要説明事項になるのではないかと慮るが、そういう会計方針はないとみられる。
判例は、こうした自然債務的な債務の存在を承認してしまうことになった。役にもたたない有用でない法概念を持ち出そうとするのではない。理解をしやすいように、整理上、性格決定してみたら、自然債務という範疇に入ってしまうというに過ぎない。
自然債務とは、訴えられないが、任意に履行するときは有効な弁済の効力を生じる債務(らしきもの)と定義されるという。(注4) 貸金業法と利息制限法の狭間で、最高裁がつくりだしたこの訴ええない債権という法技巧が、どのような本性なのかは、疑問が増すばかりだ。
アナロジーとなる類似の債権といえるかどうかは疑問だが、破産法適用を受け、免責された債権について、手続き終了後に破産債務者が、追加して支払える資力があって、任意に返済することもありえるという。破産法上の免責債権は、免責後は、強制執行による満足を受けることができなくなるが、破産者の任意弁済を受ける権利は認められる。破産法上の免責債権について、有力な反論があるものの、債務は消滅しておらず、責任が免除される自然債務と構成する意見が多数説といわれる。(注5)
訴権が認められない債権も、債権ではあるとしても、債権としての主要な性格を欠いている。債権は、訴えられないものから、強制執行を受けるものまで、さまざまに存在するのだから、債権として区分されることを否定することにはならない。(注6)
実体法上、請求権なしに訴権は生じないから、こうした債権には、請求権さえ認められないのかもしれない。訴権につながらない、訴権の認められない請求権の存在があるとしたら、どのように法的性質決定したらよかろうか。
債権とは何かは、自然債務とは何かを区分するかのごとく、まるで意味のない議論をしているようにも見える。しかし性質決定しないことには、裁判上の扱いを決着することができないから、そうした不毛に見える法的分析も意味をもつことになる。いかなる形態の権利といえ、それを認めるとしても、具体的請求として訴訟物にならないのであれば、裁判上、具体的に検討することができない現象形態にすぎない。(注7)
結論
債権譲渡額は、債務者に対する譲渡通知を含め、金利引きなおし前の金額として容認される。しかしながら、それが債務存在の確認の意味を持っていたり、債務者のみなし弁済無効の抗弁権を奪取するものではない。
銀行は、債権譲渡により、こうした貸金債権の性格を変容させてはならず、譲渡によって、譲渡に悪意がなかろうと、結果的にも、債務者が契約上有する権利の主張や抗弁に障害事由を設けてはならない。銀行は、貸金業者と同様に、超過利息分を元本返済充当したら消滅する金額を超えて、違法に請求する場合には、自らが不当利得を得るリスクを認識しなければならない。違法に請求しないための事務手続きとしては、債務者に対して、引きなおし計算では債権が消滅していることを通知した上で、任意に支払いをするか確認を要することを意味するだろう。
(注1) 大阪高裁・平成19.7.31(平19(ネ)弟676号不当利得返還請求控訴事件、被控訴人GEコンシューマー・ファイナンス)
札幌高裁 平18(ネ)第303号 不当利得返還等請求控訴事件(被控訴人CFJ)
(注2) 最高裁判所第三小法廷・平成17年07月19日判決(平16(受)965号過払金等請求事件)
(注3) 債務不履行責任、契約責任法理にについては、潮見佳男「債務履行構造に関する一考察」民商90巻3,4号
(注4) 石田喜久雄「自然債務概念の有用性」民法の争点II
(注5) 山木戸克己・破産法300頁、注解破産法(下)822頁他
(注6) 債権、請求権の性質については、奥田昌道・請求概念の生成と展開参照
(注7) 川島武宜・民法講義弟1巻序説61頁以下、同・民法解釈学の諸問題160頁以下