九州生活 3.0

関東から九州に住処を変える。
壮年期真ん中の男のブログ。

ご利益?(日枝神社)

2004年08月09日 | 南行徳
8/8(日)の出来事です。
 九州から南行徳に移り住んで4ヶ月間が経ちましたが、市川市役所を見たことがありませんでしたので、
「市川リバーサイド健康マラソン記念大会」へに向けての練習開始のつもりで、行徳街道を走ることにしました。腰にペットボトルポーチを付け、小銭と携帯電話(カメラとして)それと、自宅の鍵(カード式)を持って走り始めました。
 江戸川にかかる橋まで来て、鍵を落としたことに気がつき、快調に走ってきた道をきょろきょろしながら、Uターンするはめになりました。日枝神社の境内入口で鍵を発見しました。ってことで、日枝神社にお参りした次第です。
 以下の文書は日枝神社の由来を書き写したものです。
当神社は、相之川の鎮守として万治二年(一六五九年)九月十日創建と伝えられています。
社中に宝暦七年(一七五七年)再建の記録があります。
明治六年四月十一日村社に列せられ明治十六年四月に改築されました。御祭神大山咋神(おおやまさくのかみ)は大国主神(大国主神) 大年神(おおとしのかみ)と共に須佐之男神(すさのおのかみ)子孫にあたる神で国土守護を司ります。地域の発展と共にその神の守護地での御神徳があるのを以て南行徳の相之川を開拓の中心と定め直に大山咋神を産土神に奉るためにお遷しいたしました。御事蹟により農業守護・殖産・商売繁栄の神として地域の信仰を集めました。終戦とともに村社という社格は廃止されましたが、宗教法人としての人々の尊信を集め厄除・開運・安産育児・学業成就・工場安全・交通安全の守護神として今日にいたっております。

 日枝神社近辺について詳しいことはMORGさんの南行徳の古道を歩くをご覧あれ。

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