九州生活 3.0

関東から九州に住処を変える。
壮年期真ん中の男のブログ。

復活「藤田敦史」

2005年12月04日 | スポーツ
箱根駅伝の時から藤田の走りは粘りの走りだった。
身長が低く体に恵まれた選手ではないが根性だけはある選手だった。
富士通に入社して24歳の時に福岡国際マラソンで日本記録を出して
これからは藤田の時代が来ると信じていた。

しかし、故障の連続でアテネ五輪の選考レースのスタートライン
にさえ立てない日々が続いた。
そして、今日5年が経ち再び福岡国際マラソンに出場。

強風、寒さ、雨と最悪のコンディション。
32kmの地点でペースメーカの2名が抜ける。
トップ集団は4人に絞られた。レースが動く。
藤田がんばれ!!!!!
しかし、外国人選手3人がスパートで藤田を引き離す。
50m後ろまで引き離される。
しかし、藤田の粘りの走りは前を行く3位のフリオ・レイを
捕まえる。フリオ・レイが藤田を風除けに後ろに着く。
そして、2位のエチオピアの選手をフリオ・レイと追っかける。
2位に上がる。相変わらずフリオ・レイが後ろにぴったり。
1位の選手は1分前を走っている。。

藤田は1位の選手を追う。フリオ・レイは、2位を狙う。
だから、フリオ・レイは藤田の前に出ない。
最後は、平和台陸上競技場の入り口でスパートをかけた
フリオ・レイが藤田を交わし、2位。

でも、藤田の走りはフリオより素晴らしいと思った。

最後に24歳で日本記録を樹立したときに
藤田が言った言葉。

『神様は確かに存在する。
  そして神様は奇跡を起してくれる。
  しかし神様は死ぬほど努力した者にしか力を貸してくれない。』

努力の人 藤田敦史
復活おめでとう。


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1 コメント

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すいません (cornerstoney)
2005-12-05 00:08:33
はじめまして。TBしたのですが、2回

送信してしまいました。

誠に申し訳ありません。



藤田選手の復活良かったと思います。
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