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冬桃ブログ

一瞬の再会


 朝日新聞の仕事で、さいたま芸術劇場へ。
 この劇場の芸術監督である蜷川幸雄さんが、四年前、55歳以上の人ばかり集めて、
さいたまゴールドシアターというシニア劇団を結成した。
 そのメンバーの一人を取材させていただいたのだ。

 用意された部屋で話を伺っているとドアがいきなり開き、思いがけず蜷川幸雄さん
が現れた。
 「取材だって?」
 こちらを見てにっこり。
 あわてて立ち上がり、挨拶した。
「あの、私、以前、一度だけご一緒させていただいたことがあります」
「もちろん覚えてますよ。よろしくお願いしますね」
 いま、この劇場で藤原竜也主演「ムサシ」の上演中ということで、またすぐドアの
向こうに消えた。

 ほんとに覚えてるかなあ。いや、忘れてらっしゃると思う。

 もうずっと前、NHK教育テレビの仕事で、長野の禅寺を訪れたことがある。
 設備の乏しい民宿しかないところで、教育テレビだからメイクさんなんか付いてない。
 暑い季節だったのに、髪を洗うのもひと苦労。ドライヤーも鏡もなく、ぼさぼさの
洗い髪にほとんどノーメイクでカメラの前に立ったものだ。
 
 それはともかく、けっこう有名で修行僧も多いというこの寺の住職は、じつに俗っぽい
人だった。テレビカメラが回り始めると、突然、威張って修行僧達を怒鳴り散らす。
 遅れてくる某出版社の女性編集者が若い女性だと聞くやいなや、自分が駅へ迎えに行く
と言い張り、撮影を中断してさっさと車で出かけてしまった。
 また、この方は新書版の推理小説を一冊出していたが、正直に言って、なんでこれが本
になったのか、というような内容だった。
 でも本人はふんぞりかえり、番組のレポーターとしてやってきた「推理作家ふぜい」に
向かって言い放った。

 「私の作品は推理小説に見せかけてるだけで、じつは『文学』だ。『文学』のわからん
連中には理解できないだろうな」

 でもこのようなことは当然、放映されないわけで、出来上がった番組は、「立派な禅寺
の住職と、彼を慕って集まった修行僧達」になった。こうしたテレビの嘘には何度か立ち
会ってきたが、まあ仕方のないことではある。

 長野から帰って数日後、渋谷のNHKで「音入れ」をした。その番組のナレーターを務
める蜷川幸雄さんと、レポーター役の私が、画面を見ながら会話をする。蜷川さんは画面
に登場せず、声だけの出演である。
 当時はまだ、いまほど華々しい演出家ではなく、脇役でテレビドラマなどにも出てらした。
 演出の現場では灰皿を投げるという話が有名だが、温厚でていねいな方だった。
 ほんとうに偉い人、実力のある人は、無駄に威張ったりしないものである。

 あの住職は、その後も『文学』を続けておられるのだろうか。
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