冬桃ブログ

久しぶりのコトブキ

 心臓で倒れるのもいやだから
病院は怖いのなんだの言ってないで
診てもらいに行きましょ……と、意を決して
いつもの「ポーラのクリニック」へ。

 このクリニックはドヤ街の人たちが
おもな患者。
 車椅子の人、付添のヘルパーさん、
なにかぶつぶつと呟いているおじさんなど、
いつもの光景。

 「おお、ひさしぶりだねえ」
 と爽やかに迎えてくださった山中先生。
 理事をつとめていたNPOさなぎ達が解散して
重圧から開放され、少しは楽になられたようだ。

 ずっと前から、喉から左胸にかけて
収縮が起きることを訴える。

「そりゃ、心臓じゃないね」
「じゃ、胃酸過多ですか?」
「いや、なんだかわからない。
 でも心臓じゃないよ。痛み方が違うから」
「だから、心臓でないとすれば原因は?」
「わかんない」
「心電図とか、検査は……」
「しなくていいよ。心臓じゃないんだから」

 というわけで、血圧すら測ってもらえなかった。

「あ、そうそう、洋子さんが来たら
渡さなきゃと思ってたんだ!」
 と、机の引き出しをごそごそ。

「これこれ。はい」



 なにこれ?

「いや、整理してたら出てきたの。
誰かが撮ったんだろうね」

 珍妙な格好の二人。
 一人はイベント会社を経営するハッスルK氏、
もうひとりはたしかにわたし。

 いまをさること十数年前、
野毛大道芝居に出たときのものだ。
 なんの役なのかわからない。
 一緒にいるハッスル氏も私も、
おそらくほとんど台詞なんかないちょい役。
 それでも目立たなきゃ損とばかりに
いろんなものを自前で着たりかぶったりしたのだ。

 で、いつもの睡眠誘導剤だけ処方してもらい
安心したのか物足りないのかわからないまま
せっかくだからとコトブキに寄っていく。

 横浜で中学生によるホームレス襲撃事件が起きたのは
1982年~3年にかけて。
 櫻井秀麿さんという人が、翌年から
この町を拠点に見守りパトロールを初めた。
 これが、ホームレス支援を軸にした
NPOさなぎ達の基になった。
 「さなぎ達」がなくなったいま、
櫻井さんはどうしておられるだろうと、
この日、山中先生に尋ねた。

「あの人は凄いと、つくづく思ったよ。
さなぎの事務所がなくなったら、炎天下に
椅子をひとつだして、いままで同様、
ホームレスの相談にのってるんだよ。
 だからなんとかして事務所くらい
借りられるよう、いま、動いてるところ。
 NPOがなくなっても寄付を続けると
言ってくれてる人もいるからね」

 ならば櫻井さんに会っていこうと
捜しにいったのだが、その場所には
若い男性がひとり、座っていた。

「櫻井さんはいませんか?」
「あ、あと一時間くらいで来ます」
 少し障害があるらしく、言葉がもつれる。
「あなたは?」
「ぼ、僕はビッグイシューを売るので
櫻井さんを待ってます」

 「ビッグイシュー」はホームレスが
街頭で売っている雑誌だ。
 
 コトブキは、昔、荒々しい労働者の
町だった。
 でもいまは高齢者と障害者の町。
 普通に歩いても怖さはない。
 逆に、ここにいる人たちが、差別や偏見に満ちた
外の人達の視線に怯えている。
 

 そういえば、今日、山中先生も言っていた。

「ヘルパーの年齢が上がってねえ、ここじゃあ、
高齢者ヘルパーが若い障害者の車椅子を
押してるんだよ」
 
 身寄りのない高齢者と、ここに来るしかない
若い障害者。
 寄り添って、ひっそりと暮らしている。

 日を改めて、櫻井さんに会いに来ようと決めた。
 一度はこの町に関わった者として
なにか手伝いたい。

 
とりあえず、心臓も大丈夫だったことだし。
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