大きくて重いデスクトップのワープロを使っていた。
ある時、某出版社が軽井沢に持っている寮へ
そのワープロを車で運んでもらい、一週間だか
10日だか忘れたが缶詰になった。
手書きの時代は、気分を変えるために原稿用紙と
鉛筆を持って喫茶店などへ行ったものだが、
ワープロになってから、移動は大ごとだ。
いや、パソコンだって場所やモノがかわるとたいへんだ。
いきなり話は飛ぶが、去年、買ったきりで使っていなかった
ノートパソコンを、たった一泊だが某ホテルに泊まるというので持参した。
すると、同じウインドウズだというのに、もう使い方がわからない。
まずホテルの部屋の、どこの何にどう繋いだらいいのか……。
まあ、これは私が極めつけの機械音痴で、しかも覚えが悪いせい。
たいていの人はここまでひどくはない。
ホテルのボーイさんに、繋ぎ方がわからない、電源の入れ方も
わからないと正直に言い、パソコンを立ち上げてネットに
アクセスするところまですべてやってもらった。
「いえ、この小さいのは買ってからほとんど使わなかったから。
パソコン自体は家で毎日、使ってるんですよ。もっと大きいのを」
私は言い訳したが、電源すら入れられない状態で、かっこつけて
よくこんなもの持ってくるよなあ……と、ボーイさんは呆れたに違いない。
話が逸れたが、軽井沢へ持っていったワープロである。
缶詰なんだから真面目に……と、夜も仕事をしていた。
すると、どこかから焦げくさい臭いが漂ってきた。
ゴムが焦げるような臭い。
あれ、寮のおばさんはもう寝てるはずだけど、どこか
火の消し忘れ?
だけど部屋の窓は閉まってる。臭いは明らかに、
この部屋の内部から来ている。
その時、目の前から一筋の煙が立ち上っていることに気づいた。
なんと、ワープロが燃えている!
原因はその部分に覆い被さるようにして光を放っているスタンドだ。
その熱で、ワープロの外側一隅が燃えだしたのだ。
あわててスタンドを消し、燃えている部分にコップの水を掛けた。
するとたちまち、画面の文字が意味不明の記号に変わっていった。
うわぁぁぁ! どうすんの、原稿! どうなるの、ワープロ!
泣きの涙で、当時、親しくしていた作家に電話をした。
彼は作家になる前、コンピューターの会社に勤めていた。
こうした機械に詳しいはずだと、一筋の望みをかけたのだ。
「ああ、それはたいへんだねえ」
電話を受けた彼は言った。
「だけど、僕にできるのは、お気の毒にと慰めることだけだなあ」
翌日、器械一式と私をまた車で運んでもらい、横浜に戻った。
それからどうなったかよく覚えていないが、
原稿はすべて消えたわけではなく
一部、手書きするだけでなんとかなったようだ。
そういう恐ろしい思い出があるのに、また同じ間違いをやらかした。
昨夜、ふとパソコンの一隅を触り、飛び上がるほど熱くなってることに
気づいたのだ。
デスクトップの上部には縦穴が並んでいて(通気口?)、
あとで確かめたら、ここは普段でも熱い。
なのにその一方の端の真上に、私はいつもスタンドをかざしていた。
ワープロの時のように燃え出さなかったのは、本体が燃えない
素材でできてるからだろう。
このパソコンを買ってもう五、六年になると思うが、
その間、知らずにずっとこんな過酷な仕打ちをしてきた。
さらには、毎朝八時頃まで、窓から直射日光を浴びる
位置に置かれている。
そんな虐待をしながら、最近、動きが悪いわねえ、と
私は腹をたてていたのだ。
ほんとに申し訳なかった。スタンドの位置は変えたし、
明日からは、東の窓のカーテンをちゃんと閉めて寝る。
でも、何年間にも渡って虐待を受け続けた我がパソコンが
果たして、“心の傷”を消せるものかどうか。
毎日、スタンドで炙られた上に、この子達の毛だって、
散々、吸い込まされてるし……。
