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YO-KO帳

日々の気づきや発見、生活の中の喜び楽しさの記録、スピリチャルな洞察、本を読んだ覚書、そんな雑多なYOKOの帳面。

肝臓まで笑っていますか?微笑の瞑想

2010-09-30 22:42:52 | 映画
ジュリア・ロバーツ新作映画『食べて、祈って、恋をして』予告編


昨晩、ジュリア ロバーツの「食べて祈って恋をして」を観に行った。

キャリアも家も結婚も手に入れ、幸せのはずのリズだが、結婚もうまくいかなくなり、精神的な迷子になってしまって、自分探しの旅に出る映画。

イタリア(食べて)4ヶ月、インド(祈って)4ヶ月、そしてバリ(恋をして)と1年間の自分探しの旅のおはなし。

この映画の原作は以下に詳しい。実話のようです。
http://bookjapan.jp/search/review/201001/yamasaki_madoka_01/review.html

イタリアの「食」の映像はヨダレがでそうになります(笑)
それぞれの国の文化が象徴的に撮ってあり、そういう面も楽しめます。

主人公のリズは
・「自分の声」に従うこと。
・自分を許すこと
・神は外にはなく内側にあるということ
・バランス(調和)を生きること
などなどを旅の中で学びます。

結構深読み出来る言葉もあります。
メディスンマンのクトゥは、たくさん良い事言っていました!

私のお気に入りは、瞑想についての言葉。
(小さな部分は記憶違いもあるかも。ニュアンスだけ受け取ってね)

瞑想は、ただ座って、呼吸して、ニッコリとほほえむんだ。
微笑むのは顔だけじゃない。体の中の内臓もほほえむんだ。
「肝臓まで笑ってますか?」
とアドバイスする。

実際、「微笑の瞑想」というものもあるようです。
私は早速今朝実践してみました。

肝臓が笑ったかどうか・・・(笑)ですが、
そんな気持ちで毎日を生きたいものです。

しばらくやってみようと思います。


フナの教え / ホ・オポノポノについて①

2010-09-25 09:41:45 | わたしの洞察
When You Believe 訳詞付/ Mariah Carey & Whitney Houston


先日の続き。

人の意識の奥底に潜む、信念・観念などは、ほとんどその人と一体となっており、多くの人は普段そのことには気づいていない。
先日の過去生などの話を考慮すると、そういう観念信念にお縛られた人生を何生も繰り返しているということになる。

怖れ・不安などはまだ自覚しやすい。感情が伴うので。
しかしすでにその人とがっちりと一体化しているようなパターン、言葉で言えば、無価値観とか自己犠牲とか、染み付いた劣等感とか罪意識のようなその人の人生のもとになっているような考え方観方には、なかなか本人は気づかない。

自己観照が、進むに連れて、おやおや?あなた、まだここにもいましたか、みたいに自覚することがある。
本格的な内観のやりかたは学んだことがないのでよく知りませんが、内面を気づくようになればなるほど、あらあら・・・・こんなにたくさんあるのね~と気づく。


ヒューレン博士の提唱するホ・オポノポノでは4つの言葉をかけることによって、自分のマインドや感情に浮かぶそれらにクリーニングすることが出来るというもの。
潜在意識でありインナーチャイルドであるウニヒピリに、4つ言葉をかけたりツールを使ってクリーニングして、私たちの人生をブロックしているものを取り除けば人生は豊かに必要なものは必然的に与えられ本来の人生になるというもの。

私もやってみた。
・・・しかし、思うように出来ていないと感じたり・・・うまく言ったと感じることもあったり・・・

思ったのは、結局、人は思考がいつもふらふらと過去や空想や妄想(ドラマ)にさまよっているので、「今」という意識に標準があっていない。
なので、常にクリーニングしなさい。常に4つの言葉を言えばいいと言われてもなかなかそこに照準をあわせられない。

結局「今」にあれば過去も妄想も存在しないので、「今」をきちんと意識して生きればいいのではないか・・・とも思ったりした。

また、ヒューレン博士のホ・オポノポノは略式であるので、そもそも本当のハワイの教えとはどんなものか、例のごとく好奇心と探求したがりやのわたしは、本を数冊求めて読んだ。

読んだのは
マックスフリーダムロング氏の「原点・ホ・オポノポノ」
サージ・カハヒリ・キング氏の「ハワイアン ヒーリング」
シャーロット・バーニー氏「フナ古代ハワイの神秘の教え」

これらの本については又の機会に譲るとして・・・

わかったのは、キリスト教がハワイ・ポリネシアに布教されるまで、ハワイには「フナ」という口伝の教えがあり、主にカフナといわれるシャーマンたちが伝えてきた秘伝であったこと。口伝であるから書物は存在しない。が、マックス・フリーダム・ロングという人が、1921年ころからカフナたちの研究を始め、戦後の1945年にその研究を本にして出版したところから世に広まったということ。

カフナはシャーマンなのでいわゆる呪術をつかって民衆の相談に乗り、時には魔法のようなことをやってのけるということ。憑依を取り除いたり瞬間に骨折などをなかったものにしたり呪いをといたりする。
フーダムロングはその研究の中で、フナとは「意識の科学」だと言うことに気づく。

半世紀以上も前にそのことに気づくってすごいなぁと思うけども、ロング氏の生きた時代背景のせいもあってちょっとオカルトっぽいところもあるし、ちょっとこれは違うかな?
と思うこともなくもないのですが、実際の科学の面からも時代が違いますからね。


「意識の科学」というのはまさにそうで、カフナたちは物事を動かすとき、現実に起こっている現象を良き方向へ変えるとき、彼らは何をするかというと、潜在意識を扱うことによって多くの災難を取り除くのだということ。
多くの問題は、潜在意識に抱える信念だということをカフナたちは知っていたということです。

フナには3つの自己があると教えます。
言い方はいろいろですが、
ハイセルフ(高次の自己・すでに悟っていて見守っている自己)
ミドルセルフ(顕在意識・考える自己)
ローセルフ(潜在意識・インナーチャイルド 記憶している自己)

ヒュウーレン博士の説明では、上からアウマクア、ウハネ、ウニヒピリとなります。

物事をうまく運ぶには、どうでもこの「ローセルフ・ウニヒピリ」と言われるもの、記憶はするけど、考えることはない子どものような意識とうまくやっていかねばならないことは確かなようです。

続きは次回・・・。


今生に影響を与える過去生の宗教

2010-09-20 18:35:19 | わたしの洞察
1週間ほど、エネルギーダウンしておりました。
昨日あたりから復活!

くまエルのブログhttp://ameblo.jp/kumael88/で書くには難しいことがあるので、“YO-KO帳”を新しく作ってみました。どちらかに書く事にしています。

娘(カイリ)と面白い話をした。

先日、潜在意識に潜む罪意識について話したとき、彼女が面白いことを言う。
クライアントをチャネリングしたとき、過去生で宗教に深く関わった人はそれを今生も受け継ぎ、自分に対しさまざまな制限やまた罪の意識を持っている人が多いと言う。
特に「キリスト教」において、それは顕著だと言う。

へぇ・・・・

それも大きく分けて3パターンあるという。
宗派もいろいろあるので一概には言えないだろうが、
①一般の熱心な信仰者であった場合
②神父・修道女のような人生を送った場合
③神父よりももっと格が上の司祭など権力をもって宗教と関わっていた場合
それぞれの人生のキリスト教の信仰において、特徴があるという。

大体において、過去生が熱心なキリスト教信者だった場合、「自己犠牲」の人生を自分に強いて生きた人が多い。
それは、イエス様が人類の罪を一身に引き受けて十字架にかかったように、自己犠牲は「愛」であり、信仰者はイエス様のように生きようとするので当然のことかもしれない。

熱心であればあるほど自分を痛めつけ、厳しい修行や制限を課し、そのことが世の中のため人々のためになると信じて過去生を生きた人は、今世、キリスト教を信仰していなくとも、やはり何もかも自分で背負いこみ、自分を責めてしまう傾向があるというのだ。

また神父や修道女のような一生を神に捧げて生きた過去生を持つ人は、宗派によるが、規律が厳しければ厳しいほど「どこかおかしいのではないか・・・」と思い、どこかでそのことから逃れたい・・・と思っているか、全く信仰の世界に酔ってしまって、それが全てであり信仰の世界に自分をがんじがらめに縛ってしまっているかどちらかに当てはまる事が多いという。

そして、③の権力と信仰が結びついたタイプは、信仰というより、キリスト教は絶対だと信じ、そのことと権力、支配欲が一緒になっている。
「…しなければならない」という考えに多くは取り憑かれ、権力の道具となり、疑うことを知らない。善悪の判断は明白で、魔女狩りなどは良い例で、彼らも自分の正義のもとに魔女狩りを行った。
政治的な絡みも多く、敬虔な信仰者とは違い形式や都合のように信仰する。


③のような過去世を持つと、今生でも人々をコントロール、支配しようとする。
そのことで人間関係の問題を抱える。

キリスト信仰において3つのパターンはあるが、大体の傾向は、自己犠牲、厳しいジャッジ、善と悪に二分する、そして「罪意識」が特徴的だと言うのだ。

面白い。

仏教はどうなの?と聞くと、仏教の場合は、ここまで自己犠牲を払うことは少なく、またキリスト教徒は違うという。

この話は非常に興味深い。
もちろん過去生というものがあるとして、娘のチャネリングが正しいとしての仮説にはなるけれども。

事実、人は自分をよくよく観察すれば、奥深く様々な「罪」意識がある。
性に対する罪意識、お金を得ること、幸せになることに対する罪意識などは多くの人が共通して持っているものかもしれない。ほとんど集合意識のようなものかもしれない。

この罪意識は、人生に深い影を落とす。
顕在意識ではいろいろわかっていてもどうにも思うようにならないことが多いのではないかと思う。
例えば結婚願望があっても、どこか心の隅に、性に対する怖れ、幸せに対する罪意識などがあれば、不幸になるような相手を選んでしまうだろう。

豊かさ、お金を顕在意識は求めても、無意識層に、幾度もの宗教遍歴の過去生で、そんなものに価値はない、お金を持つことは罪悪という意識で生きてきた人は、お金がたとえ入ってきてもすぐ出て行き、稼いでも稼いでも豊かさには程遠いかもしれない。

このように人生が思うようにならないときは、無意識層にあるものに眼を向けてみるといいと思う。
そうして開放すべきですが・・・・。

どうやって開放するか・・・が大切ですね。
次回はそのことについて書いてみます。