昨日は一日中雪が降り続けました・・もっとも大寒
ですらあたりまえでしょうが、雪かきが辛くなって
きました。
ブログでの友人の牡丹さまや、ともちゃんさまたち
のブログに出てくる斜陽館のお話を簡単に・・・
津軽鉄道のストーブ列車を金木の駅で降りました。
ここは明治の文豪 太宰治の生家のある街でストー
ブ列車で知り合った数人の仲間と一緒にこの斜陽館
を訪ねました。
明治の大地主津島源右衛門〔太宰治の父〕が建築
した建物で明治40年6月に出来た一階11室278坪二階
8室116坪付属家などを擁して敷地が680坪の豪邸で
あったが、昭和25年津島家はこの住宅を手放して、
旅館『斜陽館』が開業してきたが・・平成8年3月に
旧金木町が買い取り旅館は廃業して現在は町の観光
名所のひとつとなっている。
太宰の小説「津軽」によれば、津軽平野のほぼ中央
に位し人口5~6千のこれという特徴も無いが、どこ
やら都会風にちょっと気取った街である。善く言え
ば水のように淡白であり、悪く言えば底の浅い見栄
坊の町という事になっているようである・・・・
と描かれています。
盛年一男〔早逝〕二女を設けましたが・あの優しい
風貌は多くの女性と関係をもち昭和23年6月山崎○○
さんと玉川て入水心中で・・其の生涯を閉じました
享年若干39歳だった
彼の生き方や彼の女性関係のことで・・どちらかと
いえば女性ファンは少ない文人の一人・・でも人間
失格、斜陽、そしてストーブ列車の名前になっている
走れメロスなど印象深い作品が偲ばれます。
すぐ近くに三味線会館もありましたが・・ちと覗いて
みたが誰も居なかったので・・今回は省略した。
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ですらあたりまえでしょうが、雪かきが辛くなって
きました。
ブログでの友人の牡丹さまや、ともちゃんさまたち
のブログに出てくる斜陽館のお話を簡単に・・・
津軽鉄道のストーブ列車を金木の駅で降りました。
ここは明治の文豪 太宰治の生家のある街でストー
ブ列車で知り合った数人の仲間と一緒にこの斜陽館
を訪ねました。
明治の大地主津島源右衛門〔太宰治の父〕が建築
した建物で明治40年6月に出来た一階11室278坪二階
8室116坪付属家などを擁して敷地が680坪の豪邸で
あったが、昭和25年津島家はこの住宅を手放して、
旅館『斜陽館』が開業してきたが・・平成8年3月に
旧金木町が買い取り旅館は廃業して現在は町の観光
名所のひとつとなっている。
太宰の小説「津軽」によれば、津軽平野のほぼ中央
に位し人口5~6千のこれという特徴も無いが、どこ
やら都会風にちょっと気取った街である。善く言え
ば水のように淡白であり、悪く言えば底の浅い見栄
坊の町という事になっているようである・・・・
と描かれています。
盛年一男〔早逝〕二女を設けましたが・あの優しい
風貌は多くの女性と関係をもち昭和23年6月山崎○○
さんと玉川て入水心中で・・其の生涯を閉じました
享年若干39歳だった
彼の生き方や彼の女性関係のことで・・どちらかと
いえば女性ファンは少ない文人の一人・・でも人間
失格、斜陽、そしてストーブ列車の名前になっている
走れメロスなど印象深い作品が偲ばれます。
すぐ近くに三味線会館もありましたが・・ちと覗いて
みたが誰も居なかったので・・今回は省略した。
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