私たちの最高の作品であるマッキントッシュを発表して一年後、30歳の誕生日を迎えた矢先に私はクビになってしまいました。
自分が起こした会社をどうしてクビになるのでしょうか?会社が大きくなるにつれ、私の片腕として経営を担ってもらおうと有能と思える人物を招き入れました。
最初の一年前後はうまくいっていました。
しかしやがて、将来のビジョンが食い違うようになり、ついに決定的な亀裂が生じたのです。
そのとき、取締役会が支持したのは彼のほうでした。
こうして私は30歳にして会社を追い出されたのです。しかもおおっぴらに。
大人になってから全てをかけて打ち込んできたものを失ったわけですから、それは最悪でした。
数か月の間は、まさしく茫然自失の状態でした。自分は前の世代の起業家たちを失望させてしまった。渡されたバトンを落としてしまったと、自責の念に駆られました。
デビット パッカードとボブ ノイスに会って全てを台無しにしたことを謝ろうと思いました。
私が失敗したことは、皆に知れわたっているのです。
シリコンバレーから逃げ出すことすら考えました。
しかし、やがて見えてきたことがありました。
私はまだ、自分がやってきた仕事が好きでした。
アップルでの顛末があっても、その気持ちはいささかも揺らぎませんでした。
私は、拒絶されたわけですが、それでも好きでした。
だから、一からやり直そうと決意したのです。
その時はわかりませんでしたが、後からみると、アップルを追い出されたことは、私の人生で最良の出来事でした。
成功者であることの重圧は、初心者に戻った気安さに代わりました。
何事にも前ほど自信が持てなくなりましたが、それによって自由になり、人生でもっともクリエイティブな時期に入ることができたのです。
その後の5年間の間に、私はNeXTという会社を立ち上げ、ピクサーという会社を興し、すばらしい女性と恋に落ち、結婚しました。
ピクサーはやがて、世界初のコンピューター・アニメーション映画「トイ・ストーリー」を作り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオになっています。
思いがけない展開でアップルがNeXTを買収することになり、私はアップルに復帰しました。
NeXTが開発した技術は、最近のアップルの復活劇で中核的な役割を果たしています。
そして、私とローレンはともにすばらしい家庭を築いています。
私がアップルを追い出されていなければ、これらのことは何一つ起きなかったと断言できます。
おそろしく苦い薬でしたが、私という患者には必要だったのでしょう。
人生には時として、レンガで頭をぶんなぐられるような出来事が起こりえるのです。
2005年 スタンフォード大学卒業式でのスティーブ・ジョブズ氏のスピーチから。
「20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義」ティナ・シーリグ著 翻訳 高遠裕子
出版 阪急コミュニケーションズ
から引用させていただきました。
スティーブ ジョブズの物語は、これからも多くの人々の中で生き続ける。
スティーブ ジョブズ氏の冥福を、心からお祈りいたします。
自分が起こした会社をどうしてクビになるのでしょうか?会社が大きくなるにつれ、私の片腕として経営を担ってもらおうと有能と思える人物を招き入れました。
最初の一年前後はうまくいっていました。
しかしやがて、将来のビジョンが食い違うようになり、ついに決定的な亀裂が生じたのです。
そのとき、取締役会が支持したのは彼のほうでした。
こうして私は30歳にして会社を追い出されたのです。しかもおおっぴらに。
大人になってから全てをかけて打ち込んできたものを失ったわけですから、それは最悪でした。
数か月の間は、まさしく茫然自失の状態でした。自分は前の世代の起業家たちを失望させてしまった。渡されたバトンを落としてしまったと、自責の念に駆られました。
デビット パッカードとボブ ノイスに会って全てを台無しにしたことを謝ろうと思いました。
私が失敗したことは、皆に知れわたっているのです。
シリコンバレーから逃げ出すことすら考えました。
しかし、やがて見えてきたことがありました。
私はまだ、自分がやってきた仕事が好きでした。
アップルでの顛末があっても、その気持ちはいささかも揺らぎませんでした。
私は、拒絶されたわけですが、それでも好きでした。
だから、一からやり直そうと決意したのです。
その時はわかりませんでしたが、後からみると、アップルを追い出されたことは、私の人生で最良の出来事でした。
成功者であることの重圧は、初心者に戻った気安さに代わりました。
何事にも前ほど自信が持てなくなりましたが、それによって自由になり、人生でもっともクリエイティブな時期に入ることができたのです。
その後の5年間の間に、私はNeXTという会社を立ち上げ、ピクサーという会社を興し、すばらしい女性と恋に落ち、結婚しました。
ピクサーはやがて、世界初のコンピューター・アニメーション映画「トイ・ストーリー」を作り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオになっています。
思いがけない展開でアップルがNeXTを買収することになり、私はアップルに復帰しました。
NeXTが開発した技術は、最近のアップルの復活劇で中核的な役割を果たしています。
そして、私とローレンはともにすばらしい家庭を築いています。
私がアップルを追い出されていなければ、これらのことは何一つ起きなかったと断言できます。
おそろしく苦い薬でしたが、私という患者には必要だったのでしょう。
人生には時として、レンガで頭をぶんなぐられるような出来事が起こりえるのです。
2005年 スタンフォード大学卒業式でのスティーブ・ジョブズ氏のスピーチから。
「20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義」ティナ・シーリグ著 翻訳 高遠裕子
出版 阪急コミュニケーションズ
から引用させていただきました。
スティーブ ジョブズの物語は、これからも多くの人々の中で生き続ける。
スティーブ ジョブズ氏の冥福を、心からお祈りいたします。