(アパートの退去要請への対応で)夫は十数キロ体重を減らした。
以前は多少の高血圧があってもそんなことなかったのに、不調を訴えるようになった。無理をしないで、できる時にお見舞いしよう、という方針になった。アパートの退去には応じることとなり、迷ったけれども、とこの荷物の大半を処分した。
荷物については、実は書くことが一杯ある。お友達に「(テレビなんかでよく見る)ゴミ屋敷なんじゃないの!?」なんて冗談で言われて顔色を変えたことがあったっけ。
サ高住へ入所する時も、一番ネックとなったのが「持ち物」だった。何を持っていくか、が大事だった。とこは自分の大切なモノを自分で最終的に扱いたかったのだろうが、マンションに来たおととしの暮れあたりから、その言い方が変わってきていた。これまで頑として触れさせなかったたくさんの衣類や物を、ガラクタばかり、と言ったのだ。食欲のなさと同様、モノへの執着も薄れたと、私は感じている。
しかし、こういうことがなければ、処分の決断は、私にはまず出来ないし、夫にとっても辛いものだったと思う。
入院から3か月になろうというとき、とこの容体は安定してきたけれども、食事を摂らないのは相変わらずで、「胃瘻をするかしないか意志を確認させてほしい」と病院長から面談を求められた。胃瘻はしない、マンションに帰れるなら、食事を食べるようになるかもしれない。パンが好きなので米食から変更してほしいとか、そういう要望をした。7月には繁忙期も明ける、と思っていたら私の距骨挫傷によるギブスに松葉杖の事態。夫は気が休まらなかっただろう。実際、私たちの息子を頼りにできるわけもなく、夫は一人で3人の面倒を看てくれていた。
とこは、少しづつ食べる様子も見られているが、今回2日続けて訪問しても、改善しているとはいいがたかった。 だから、点滴を外してもらえない。点滴は水分補給でしかない、と院長からも説明を受けていたが、以前よりまた一回り細くなっていて、食事もデザートを食べるのがやっとのようだ。
一日目に、私はベッド周辺のカーテンを引いて(周囲の視線を絶ち)、近況を話し、私たちは離婚してないし、毎日一緒に暮らしているし、息子も元気に大学に通いバイトに精を出している旨を伝えた。 でも「うそばっかり」的な表情でそれを聞いているばかりで、本当は会っていないのだろうに、どうしてそういうのかしら、という顔。
食事が運ばれてきても「食べたくないの」と珍しく語気荒く言う。 看護師が顔を出すと、その意気はなく、無言・無表情となっている。カーテンで仕切られると本音がでるようだ。
食事のトレイには、リンゴ味の紙パックのジュースがあった。19.08.30などと日付が印字されている。ごく小さく「賞味期限」とある。 これなら飲めるでしょう、といわんばかり、配膳の女性看護師がストローを挿しましょうと言ったが、こちらでしましょう、と引き取った。しかし、気難しい表情のとこは、「要らないのよ」「それ古いの」「古くてばい菌だらけなのよ、飲んじゃダメなの」という。19って、2019年のことだよ、と言っても、飲みたくないらしく、「ばい菌」という言葉に力を込めて繰り返した。
食べようとしないことを、巡回の男性看護師に伝えると、その看護師は少々手荒に、まずはリンゴジュースを飲ませようとし、抵抗に遭った。次はデザートのプリンのフィルムをはがし、大きなスプーンでまず一口目を口元に迫り、呑み込むのを見届けてその後はスプーンを手に握らせた。一口目を口に含んだとこは、すごく嫌そうな顔をしたが、リンゴ味のジュースの時は「苦い!」と悲鳴を上げていたのとは変わって、プリンを自ら最後のカラメルまでスプーンに移して口に運んだ。プリンのカップを下げ、私は代わりに副菜の皿をおいた。蒸したジャガイモと豚肉のカレー味ソース掛けだ。私が副菜の皿を目の前に置いたことに、ややぷりぷりしている様子だったが、食べ始め、意地なのだろう、最後まで食べた。ただ、その後は苦しそうに見えた。
すべてが天邪鬼なのか。
男性看護師と少しは打ち解けているようにも見えた。一方で、「私の目を治すために、ちょっとお願いをしたのだけど、あの看護師さんに悪いことして顔をつぶしちゃったのね、そんなにかかるとは知らなかったの、私借金があるのよ、すごい金額になってるのよ」という。(もちろん、そんなことは断じてない。)うちに取り立ての人なんて来てないよ、安心してね、と伝えてみる。
哀れな目でとこを見たくないけれど、どうしてそんなことを言うのだろう? 大好きなお友達のことも「お見舞いに来てくださったけど、ここの住所を教えたのは間違いだったの、ここに来たからあの立派なピアノのある家がね、一瞬にして消えちゃったのよ」。。(それもない。)また話に意外性があって、ちょっと引き込まれるのがなんとも言えない。
その日、今ちょうど風呂上りなんです、と言われたが、髪が乾かされておらず、そのせいか足が冷たくなってしまっていた。足をさすろうとすると「私はバイ菌がいっぱいついてるから触っちゃだめなの」という。ジュースのことを「ばい菌だらけ」と言った自分の言葉に面白くなったのか「私はばい菌だらけでばっちいの」という。私はついに、「怒ってるの?」と尋ねた。とこは黙している。
あれだろうか、叱って欲しい、のだろうか?
本当に、本当の(3)へ続く
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