丘の上１

丘の上。会社を休めたので向かった姑 とこのお見舞い。おりしも、雨。

私鉄沿線、都心から特急で３５分、有名キャラクターのテーマパークのあることで有名な駅に降り立つ。
バスに乗ろうとして、ふとトイレが心配になった。

バスの本数は限られている。

ま、いいか。急ぐわけでなし。バス乗り場に面したスーパーが改装となっていて、
商品がすべて移動された後のだだっ広いスペースを横切って店舗奥のトイレへ向かうと、
３～４人の列、私が追い抜いてきた高齢の女性が「え～、並んでるのぉ？」と困り声を上げた。
私もバスが、と応じて、ふとみやると「だれでもトイレ」が空いている。
入られたら？と後ろの高齢女性に勧めると、「いいのかしら？」という。

いいんですよ、だって、空いてるんですから。

私は出産後ずっと急な尿意に悩んでいる。
後ろの人へ誰でもトイレを勧めておきながら、一般トイレはすぐ私が一番先頭になるも、もじもじくねくねと尿意を我慢しながら、
譲らないでさっさと自分が入れば良かったと後悔。そして後悔する自分を浅ましいと思う。

バスは無論待っていてくれはしない。
無事トイレを済ませて、いったんバス停を見やってもう出発してしまったのだと確認すると、
迷わずタクシー乗り場へ移動。
1720円で、雨に濡れることなく病院へ。

とこ は寝ていた。
寝ている とこ の痩せた足に、点滴用の管の処置をしている看護師さんが、にこやかに応答した。
私は駅で購入した稲荷寿司を手に、パイプいすを出して座る。
「夜寝られたほうが、イイと思うので」と、看護師は姑 とこ の体を揺すり、声掛けをして無理にでも起こした。

眠そうな とこ。お決まりの「どこいってたの」という第一声。
私は家に帰ってないことになってるらしい。

ちゃんと○○さんと、王子と三人で暮らしてる、まだあの会社に勤めてるから、この５月６月は忙しかったのよ。
来られなくて、ごめんね。

わからないわ、という顔。まだビニルに覆われたままの朝刊を取り出す。
今日は７月４日よ。新聞も文字が見えるのかどうか、なんの反応もないが眺めてはいるようだ。
新聞と一緒につかんできた電気料金の紙を見せた
王子の部屋にもエアコン付けたよ。エアコンつけっぱなしにしてるけど、オール電化で温水の温度設定を低めにしてると安いよね、
すると、7500円の請求金額を見て、「払えるの？」と心配した。
「これ領収書だよ、払ったよ」というと、それで私が家を出てしまったかのようになっている話題は終わった。

友達がここに居るのよ。という。（居ないのは分かってるのだけれど）「体が悪いの？」と尋ねると、「だいぶ悪いのよ」という。
「前からひざが良くないって言ってたよね」というと、黙ってうなずく。
稲荷寿司を取り出すと、「（貴女）食べなさい」と言う。「一緒に食べよう、こっちのは「ミョウガ入り」だってよ」というと
「ミョウガは嫌だわ！」とはっきりと言う。以前は住んでいるアパートの庭に自生しているといって嬉しそうに届けてくれたものだが。
「あら、じゃあこっちは普通だから」というと、私が普通だと指したものをくれ、という。
口元に運ぶと、しっかりと噛み切って、よく咀嚼している。次の一口も同様、しっかりと噛んでいる。三口、稲荷さん一つをほぼたいらげた。
ただ、呑み込む時がとても辛そう。

私はその様子を見て、やはり食べたいモノの時は、こんなに食いつきがいいものなのだなと感じいった。

反対に、興味のないことには、疲れた、知らない、とそっけない。
呑み込むのが辛そうだから、３時の水分補給用としてだされたお茶（麦茶かほうじ茶？）を勧めるのだが、それは飲みたくないのだという。
水や緑茶ならいいのだろうか。

貴女もう帰った方がいいわよ。もう帰って。と言葉を重ねられて、じゃあ帰るね、というと、
ありがとうね、来てもらって悪いわね、何もしてあげられない、と少し悲しそう。

いままで株のことだって、銀行の繰り上げ返済のことだって、お母さんがおしえてくれたんじゃないの、
何もしてないなんてことない。

でも疲れて目を閉じているとこ、長居してもいけないのだ。
またね、と私は病室を後にした。

来た時に降っていた雨はあがり、私は帰りは歩いて丘のふもとへ下りる道をたどった。
駅ではお土産として稲荷寿司をもう一パック買って。