エクレシア

へっぽこクリスチャン・翔の暴走爆裂ブログ

真実な神

2006-02-05 21:27:17 | 神さま
前々からZ姉妹にはご挨拶しようと思っていましたが、今日愛隣チャペルまで行って
ご挨拶してきました。
主が「今日行け」と言われてる気がしてならなかったので・・・。
なぜ今日なのか分かりませんが。

今となっては他所の教会なので、顔出すのはどうかなーと思っていたんですが、
かといってZ姉妹との連絡が取れるわけでもなかったのでココで会うしか無く、思い切って
行ってきました。

十数分という短い時間でしたが、充実した時を持つことが出来ました。
帰り際にT先生とすれ違って「あ、ライフセン○ーで何回かお会いしてますよね?」
って言われました。イキナリだったんで全然コトバは出ませんでしたが。
ライフセン○ーどころか、何度かお会いしてますよ、ココで・・・。

以前、私の母の教会(「協会」含む)との関係のことで考えたことがあります。
私の知っている限りでは
 愛隣チャペル(15年ほど前)
 教会離れ(愛隣の後10年間ほど)
 統一協会(詳しい時期は不明だけど、愛隣~ICFの間)
 ICF教会(5年前)
でした。
で、私の母を愛隣に導いてくださったのがこのZ姉妹。
その後10年くらい教会から離れてしまっていたわけだけど、そのある時期に統一協会に
かかわっていた時期があります。
ある時統一協会で、全財産を神さまに捧げるよう強要されたことがあり、おかしいと思った
母は、その時統一協会から離れました。
ここで、もし母が最初にキリストの教会というものを知らなかったとしたら・・・。
最初に知ったのが統一協会だったとしたら、いったいどうなっていたのかな、と思う。
そこで言われた通りにしていたんじゃないかな。
 「あぁ、これが救いなんだ」
ってね。そして大変な目に遭った後ICFへの導きがあったとしても
 「もうキリストは結構です」
ってことになっていたと思う。

15年前のほんの1,2年間、それも大して熱心に通っていなかったものの、愛隣チャペルに
いた時期は決してムダになっていたわけではなかったと思うんだよね。
だから統一協会で
 「なにか違う。こうじゃない」
と感じることが出来たんじゃないかな、と思えてならない。
ホンモノというものをある程度は知っていたから、統一協会でめげることなくICFへの
導きにも応じることが出来たんじゃないだろうか。考えすぎ??

世の中「今は分からなくても、いずれ時が来てその理由を知ることが出来る」
ということがあるものです。神さまがなさることって、ほとんどこういうモノなのかも
知れませんね。
私の母の人生がこのように主に繋がれていたとは誰が予測できたでしょうか。


あ、そういえば今日は母の誕生日だ。

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