Are you Wimpy?

次々と心に浮かぶ景色と音。
そこからは絶対に逃げられないんだ。

★「ネット小説大賞」にもチャレンジ中★

31.クリーム色のミニ

2020年06月14日 | 日記
ジリリリリという古臭いベルの音で僕は現実に無理矢理呼び戻された。
カリンが眠たそうにゆっくりと身体を捩らせながら可愛らしい欠伸をひとつする。僕は寒さで鳥肌の立つ両腕を摩って温めながら玄関に向かった。

「・・・だれ?」

カリンが僕の方に腫れぼったい目をうっすらと開けて尋ねたので,僕はただ微笑んでからインターフォンのスイッチを入れた。

「無事に戻ったんだってな」

ベネディクトの陽気な声がスピーカーの音を割る程の勢いで部屋に轟いたもんだから,カリンも僕も思わず吹き出した。もう午後2時を過ぎていたけど吐息が小刻みに白く部屋に舞うほど気温は低かった。

「すぐ行くよ」

僕はそう答えてからガスストーブのハンドルを2回ほど回して点火するのを確認すると,玄関にかけてあったお気に入りのダッフルコートを羽織って一旦振り返った。

「ちょっと行ってくるから、カリンはまだ寝てて」
「ありがとう,ソーヤン・・・」

僕が内ドアを開けて出ようとした瞬間,布団に包まったカリンが今までに聞いたことがない艶っぽい調子で「愛してるわ」と囁いたから,少し照れ気味に「僕もだよ。君以上にね」と返してから穏やかな気持ちで廊下を進んだ。

外ドアを開けた瞬間,両手を広げたベンが身体をのけ反らせながら真ん丸の目を見開いて大きな声で叫んだ。

「よぉ!ソイビーンズ!」
「元気そうだね!ベンド・ディック!」
「こぉの野郎っ!!」

僕らはどちらからというわけでなくガッチリと抱き合って笑った。ベンの肩越しに見上げると外階段の上でフェンスに寄りかかったマシューが軽く敬礼をしたから,僕もベンの身体を軽く押し退けてから心を込めて右手を額に当てて挨拶した。するとマシューの横で様子を伺っていたハミルトン爺やとその相棒が気を付けをして軍隊式に叫んだ。

「無事のご帰還をお祝い申し上げる‼」

いきなり僕たちの大きな笑い声が通りに響き渡ると,真っ白な吐息が雲の様に青空に向かって散っていった。

「何だか色男になったな」
少し悲し気な色を伺わせながらベンが僕の左の眉の傷をじっと見つめた。僕が跳弾を受けてまだ少し腫れあがった左の肘を摩りながら「危うく片腕になるとこだった」と言うと,ベンが息を詰まらせて「良かったな」と僕の背中を数回叩いた。そして,はっとした様にカリンのことを尋ねてきたのを僕がはぐらかす仕草に「ははん」といやらしく鼻を鳴らしてフラットの窓を覗き込んだ。

「ソーヤン,上がって来いよ」

マシューはそう言ってフェンスの向こう側へ僕を招いた。ベンに背中を押される様にしてゆっくりと階段を上がってピンク色の頬を艶々させてニヤニヤと見守るハミルトン爺やと真っ黒な口ひげを生やしたゲームのキャラクターのマリオみたいな小柄な相棒さんの前を横切って彼らの視線の先の方へモタモタと進んだ。マシューがクリーム色のローバーミニのエンジンをかけた。

「コイツぁ・・・」
「ナイトさんが貸してくれたんだ。保険にも入ってくれてね」

何のストレスもなく小気味の良い低い排気音を立てる小さな車体に近付くと,ベンが僕を運転席にぎゅっと押し込む様にして座らせた。僕はハンドルに両手を掛けながら瞳を閉じて深く空気を吸い込んだ。

「マシュー,ベン,ありがとう」
「礼はちゃんと動くか確認してからだな」

ベンが助手席を倒して後部座席に横向きに収まると,長身のマシューが窮屈そうに乗り込んだ。軽い金属音を立てて両方のドアを閉めるのを合図に,僕は遠慮なくギアを入れて車を通りに向けて勢いよく走らせた。海岸沿いのキングスロードを右折してパレスピアの方へ,その小さなクルマは軽やかに加速していった。ポンポンと若干は跳ね上がる癖があったしガソリンタンクからチャポンチャポンという燃料が暴れる音が聞こえたが,クラッチとアクセルの動きには無駄がなくスムーズにコントロールできたから,ベンとマシューが何かを話しかけてきたのを無視するかの様に僕は運転に夢中になって黙々とドライブを楽しんでいた。ブライトンターミナル駅を右手に眺めながらホーブの町中へ,緩やかな上り坂を3速のまま走り抜け,馴染のタミーバーガーやトッポリーノの前をパスしてシティホールの交差点を右折した先にあるナイト夫妻の家の前に車を横付けした。助手席のマシューが腕を掴んで制止するのを解いて庭でバーベキューの支度をしている老夫婦の姿を見つけて,僕は息を切らせながら駆け寄った。