カレー屋(EXA)

エキプロ5で遊ぶブログでした。もはやその名残りはほぼない。

ガンバレ☆プロレスの話

2022-07-08 20:20:00 | スポーツその他
初めて見に行ったのは、2013年のたしか夏。

今でこそ市ヶ谷チョコレート広場に再三足を運んでいますが、
最初に訪れたのは、我闘雲舞の大会ではありませんでした。

オールスタンディングの南海診療所、
平日の夜のワンフロアに…
漂いまくった、熱気。

2010年からプロレス会場に足を運ぶようになり、
前職の都合で徐々に足が遠のきつつあったころ、
ちょうど転職したばかりのタイミングで、
物見遊山的に試しに行った大会の熱は、
改めてプロレスという沼にヒタヒタに浸からせてくれるには、
あまりに十二分な魅力を持っていました。

…というか実はこの大会以前、
実は“プレ旗揚げ”に足を運ぼうとしたことがあり、
南海診療所の前まで辿り着いたんですけれど。
仕事終わりに向かった大会は、もうメインも終盤。
もうチケットを売ってないとのことで、
上がる熱狂の歓声を背に、
名残を惜しみながら帰宅したりしてました。

そんなこんなで初めて足を運んでからもう9年、
…どころか、
もう、
10年目。

団体史上初の大田区体育館大会という勝負を賭けたビッグマッチに臨む
ガンバレ☆プロレスは、
あの日以来私にとって未だに最優先のプロレスであり、
最優先の、エンターテインメントであり続けています。

好きなものに理由ってあまりない、というか、
あまり理由とかいう細かいこと考えないことは
往々にしてあることだとは思いますが、
でももしかしたら、
それはただ魅力を言語化を避けてるっていう、
ただの怠慢に過ぎないかもしれなくて。

ビッグマッチという一つの節目に、
この“理由”について、少しばかり言葉にしてみながら、
改めて、ガンバレ☆プロレスというものに向き合ってみようと思います。

(概ね、敬称略で記載いたします)



“物語がみたい”。

私がプロレスを見に行く理由を最大限ざっくりいうならば、
概ねそれです。

そして、2010年のDDTを契機に
プロレス会場に足を運ぶことになった私にとって、
そもそも、ガンバレ☆プロレスという団体は、
物語の山であり、一大集積地です。

2010年のプロレスの中で最も記憶に鮮明に残っているのは、
いつでもどこでも挑戦権を手に時の王者・関本大介への挑発を重ね、
度々強烈なラリアットにやられながらも懲りずに眼前に立ち、
ついには鮮やかにかわして炎のスピアーを決め、
挑戦権を、同じユニオンプロレスの仲間である石川修司に託した…
“売店部長”にしてユニオンプロレス所属の“獅子王”・大家健の姿。

大家さんへの世間的な振る舞いって、
割と今も当時もあまり変わらないと思います。

ただ、その輝きがほんの一瞬だとしても、
“やるときは、やる”。

ユニオンプロレスや(大家慶次郎をみに)STYLE-Eにも足を運び、
初デスマッチも大家さんが後楽園ホールメインを努めた、
宮本裕向との“蛍光灯・売店デスマッチ”。

一見勝ち目の薄いような闘いであったとしても、
それでももしかしたら何かを、
奇跡的な出来事を、起こしてくれるかもしれない。

そんな大家健というプロレスラーの姿に、に魅せられました。



もう一つ。

DDTプロレスで男色ディーノが手がける映像企画として
「男色牧場CLASSIC」という企画がありました。

その第一弾企画が「安部ユキヒロの憂鬱」。

当時DDTプロレスに若手として所属していた安部行洋選手の、
リング内外の葛藤と苦悩、そして…退団までを描いた、ドキュメンタリー。

その映像作品の中に、プロデューサーとはまた別の製作者の姿が、
カメラの前に現れます。

名前は、今成夢人。

DDTプロレスの、映像班スタッフとして働く
元中京テレビ社員にして、元学生プロレスラー。

今成夢人という名前を最初に知ったのはどこだったでしょう。

確実に言えるのは、彼の別の名の方が、
先に記憶されていたということです。

“金的桜ヶ丘”。

2007年のマッスルハウスで、
「学生プロレス界のエース」として村田晴郎アナウンサーに紹介された、
学生プロレスラー。

ビアガーデンプロレスやBOYZのリングにも上がっていましたが、
大学卒業を契機に就職。

その後、退職するまでの過程については、
どこかのタイミングで何かで拝見したような記憶があります。
はてなダイアリーだっただろうか。

そして、“今成夢人”という本名もそこで初めて知ったような気がします。

DDTプロレス映像班という形で
またプロレスに携わっていることを知りなんとなく嬉しくなるとともに、
“表”側に出てくることはあるのだろうかどうだろうか…
と思っていた中。

安部ユキヒロの憂鬱の中で、
カメラをとっていた今成夢人は、
退団という選択を選んだ安部行洋の前にたち、
同世代の友人として、涙ながらに想いを語りました。

何かになりたい、
でもなんかうまくいかない、
手の届かないもどかしさ

“世代感”と言ってしまうにはちょっと言葉が乱暴かもしれませんが、
私が私なりに共感した、“時代の感覚”。

その感覚が詰まったこの映像作品に刺激され、
大いに胸を打ち、止まらない涙のまま見続け…

以来、安部行洋というプロレスラーと、
今成夢人という人物は、
私にとって特別です。



ユニオンプロレスにおいて、
自身の退団を賭けた戦いに敗れた大家健選手が、
日本のインディペンデント発祥の逸話になぞられて旗揚げに向かった、
ガンバレ☆プロレス。

所属レスラーは大家健1人。

しかし…そこに(所属かどうかウヤムヤながら)旗揚げメンバーとして加わったのが、
西口プロレスを主戦場としていた、当時のばってん多摩川。
現在はばってん×ぶらぶらとして九州プロレスに所属し、
タレントとしてまたレスラーとして九州の(自称)有名人として活躍する以前、
ガンバレ☆プロレスではガンバレ玉川と名乗っていました。

そして、
もう一人。

リングに上がるかどうかは“会社の意向次第”としていた、
DDTプロレス映像班・今成夢人。

3人の“ガンプロオリジナル”が集い、
ガンバレ☆プロレスという物語が、
胎動を始めることとなっていきます。

私にとっては、気に留めて追いかけていた2つの物語が一箇所に集まり、
また、そこに新たな物語が積み重なり、動き始めた瞬間でもありました。



追いかけ始めたガンバレ☆プロレスのリングのうえでは、
本当に様々なことが起こりました。

浪口修との抗争劇に、
冨永慎一郎、尾谷、ベッシンら“ガクセイプロレスラー”たちの活躍、
ばってんの卒業、
vsユニオンプロレス、
レディ・ビアード&メガネ、
翔太の反旗、
パワーオブドリーム、
安部行洋の帰還、
プロレスキャノンボール、
シバター&炎上軍、
そして…トモダチ軍。

大家健のKO-D無差別級戴冠ありました。
リング☆ドリームでの美少女化もありました。
#大家帝国興行もまた、ガンプロの物語でした。
初となる後楽園大会で苦悩と興奮もあり、
清水愛シングル3番勝負シリーズや、
帯広さやかジャパンツアー、
シン・ガンバレ☆プロレス、
“新しい地図”の登場という“突風”との葛藤も、
ガンプロ生え抜き新人・星野真央の素晴らしいデビュー戦も、
鷲田周平(桜井鷲)のデビューも、
何故か初めから正体が露わなHARUKAZEの登場も、
今成革命、
岩崎孝樹の電撃入団、
石井慧介のレンタル移籍、
翔太の、
勝村周一朗の、
まなせゆうなの入団も。

まだキャリアの浅いYuuRIもガンバレ☆プロレス入団となり、
さらに、DDTから渡瀬瑞基も移籍を志願。

所属選手1人きりの団体は、
気づけば、
本当に“団体”となりました。



ブライアン・キャノン(ディンゴ)に始まった“ラスボス”の顔ぶれは、
浪口修に、
石川修司、
翔太、
シバター、
藤田ミノル、
KENSO、
丸山敦、
佐々木大輔、
brotherYASSHI、
石井慧介、
藤田ミノルの再来に、
木高イサミ、
日高郁人、
高岩竜一
etcetc

こうした様々な選手との対戦を経て積み上がった物語は全て、

“ガンバレ☆プロレスに上がった、観に来た人は、みんなガンプロ”

という概念に包含されていきました。
(私の中で)

※なのでしばしば別の団体を見てるとき、
●●と✕✕はガンプロ出てたから、
第X試合は実質ガンプロ、みたいな思考に陥ることがある。
方方に申し訳ございません。



こうしてガンバレ☆プロレスのリングに様々な選手が集う様は、
色々な言葉で…
もしかしたらしばしば、
揶揄する形で表現されてきたようにも思います。

「負けてばかり」「弱い」

事実、ガンバレ☆プロレスはいつも、
敗戦から立ち上がる物語を生きてきました。

「燻ってる」「うだつが上がらない」

そういう言葉が投げかけられることもあるでしょう。

「諦めた」「逃げ出した」

リングで投げかけられた言葉で、耳にしました。

でも、
そうじゃない。

このリングに立つ人々は、
全力を投じてその日を、
自分の人生を生きている。

その様は、“効率”や“生産性”を求められる現代社会においては、
もしかしたら非生産的かもしれない。

しかしそのリングに眼差しを注ぐ私には、
こう映ります。

“ハイカロリー”

1試合1試合に注がれるテーマが、
人生が、
…エネルギーが、常に溢れ返っている。

1試合1試合観るごとの満足感が、とてつもなく大きい。

そこそこプロレス会場に足を運んでいると、
“この選手、ガンプロ向きだ”と、
(勝手に)思い至ることが度々ありまして。
※最近だと我闘雲舞の水森由菜選手とかが、
デビュー直後に真っ先にそう思った選手だったりする

そうした選手たち、概ね共通して感じている感覚として、
“渇望”めいたものをおぼえています。

それも言ってみれば、自らへの渇望。

自分が、
自分の人生の主役であることを、
絶対に諦めないこと。
また、諦めないプロレスラーたちのリング。

それが、ガンバレ☆プロレス。



ガンバレ☆プロレスは初めから、
熱く魅力的な団体でした。

でも
“プロレスをメジャースポーツに”
という高らかに掲げたスローガンに、
一体、どれぐらいの時間と努力と…
言ってしまえば、
奇跡を。
重ねれば辿り着くかを考えたとき、
物凄い気の遠い話でもあるようにも
同時に思いながらみてきました。

年齢的には私のひとつ上の世代にあたる今成夢人に、
“世代感”を重ねながら、
この年齢からプロレスラーとしてのキャリアを積み…
果たして、当たり前に勝利するような日はくるのか。
プロレス界のベルトに、手の届く日はくるのか…?

奮闘する選手を目の前で見ながら、
でも一方にはどこか冷酷に冷徹に、
そんなことも考えていたことを記憶しています。

現実は、どうか。

いま、現実にガンバレ☆プロレスの頂点のベルトを巻き、
…それまでにGWC6人タッグを、
そして大谷晋二郎とともにUWAライトタッグを巻き、
後楽園メインで阿部史典とジュニア2冠を争い、
別の側面にはなりますが、
あの青木真也を相手にDDT EXTREME級を争ったのは。

間違いなく、
今成夢人、
その人です。



他方、大家健は、
このガンバレ☆プロレスを象徴し、代表し、
プロレスキャノンボール2014を走り抜け、
大船渡での大会営業に走り回り、
リングの上で新日本プロレスとの対抗戦の矢面に立ち、
KO-D無差別級王座戴冠を果たし、
団体初となる後楽園ホール大会を成功させました。

その様を友人であるマッスル坂井は「(あの時の)大家さん、頑張ってた」と評す一方、
25年来の先輩後輩でもあるKUDOは、
「大して頑張ったことない」と言い切ります。
そしてまた一方で、「今!頑張ってます。」とも続けていました。



「頑張る」という言葉の語源には諸説ありますが、
「我を張る」であるとも言われています。
…って、いつかのガンバレ☆女子プロレスで
春日萌花選手も言ってました。

大家健と、今成夢人。

二人は間違いなく、
“頑張って”≒“我を張って”きたからこそ、
大田区体育館大会メインイベントに
辿り着いたものと存じます。

でも、その頑張り方は、大きく異なるように思います。



そもそも大家選手はそもそも闘龍門→DDT→ユニオンプロレスと、
失踪や退団や失踪を繰り返しながらも、
初めからプロレスラーとしてキャリアを積んできました。

失踪、退団が今もご自身の口から話題に上がる通り、
常に頑張り続けて来たわけではもしかしたらないかもしれなくて。

「頑張れない自分を、自分で鼓舞するため」。

頑張る姿勢を、ずっとずっと言葉にし続けてきました。

「ガンバレ、俺☆」

という形で。

ずっとずっと続いてきたわけではないかもしれないながら、
それでも、言葉と、気持ちを絞り出して頑張る姿を
多くの人が目の辺りにし、また、感じ入る部分もあって。

そしてまた今一度、その頑張りを精一杯絞り出して、
自身が代表を務める団体のメインイベントに辿り着くこととなりました。



かたや今成夢人選手は、そもそもが映像班スタッフ。

ガンバレ☆プロレスでも当初は“所属”であるかは明確にされないまま、
映像班としての仕事ももちろん続けながら、
それでも、リングに上がり続けました。

コツコツとコツコツとトレーニングを積み、
おそらくは仕事も超多忙を極める中で…
目に見えてわかる努力の成果は、
プロレスラーとしての肉体に次第に表れ始めます。

そしてその変化は試合にも繋がっていき、
“ぽっちゃりマエストロ”や今成革命、
“公私混道”、
自分自身の想いや感情を、
リングの上で目一杯顕にするようになりました。

その発露のかたちが、
“ベータマニア”であり、
また、まなせゆうなをエースに迎えた“ぽっちゃり女子プロレス”であり、
“全身今成”であり。

でも、その発露は、
確実に周りのプロレスラーを、あるいはファンを、
触発するものであったように思います。

その積み重ねに、注がれて続けていた眼差しも、
確かにあったように思います。

それは道場を借りていた時代から
声をかけ続けてくれていたという田中将斗であり、
ガンプロで、そしてZERO1のリングでシングルを戦い、
ともに肩を並べてベルトを巻くこととなった大谷晋二郎であり。

繰り返しの日々の中、
それでも確かに積み重ねた鍛錬が、
今、こうしてかたちを成して、ベルトを持つに至らしめている。

“ガンバレ魂”の名を冠するベルトにふさわしい王者として、
今成夢人は、大田区総合体育館のメインイベントのリングに立ちます。



頑張ることは、当たり前。

そうはいってもその当たり前をどこまで、
いつまで信じて歩き続けられるでしょう。

少なくとも私は、
その当たり前に中々向き合える気がしていません。

ただ、それでも、
目を背けていけないということだけはわかります。

「人生の主人公は、自分」

そのポリシーを旗揚げからずっと掲げ、
歩み続けているレスラーたちが、
リングの上で叫ぶ姿を、見続けてきたから。



ガンバレ☆プロレスの会場に足を運んだ人は、
皆、ガンバレ☆プロレス。

必ずしも長く見続けてきた物語だけではなく、
明日からだって、いつだって。
物語は、立ち上がります。

自らを主人公とする物語を全力で生きる選手たちへ、
ガンバレ☆プロレスの“一員”として。

熱を、声を届け、
その物語を見届け…
いや。

その物語を、ともに生きたいと思います。








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