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東京23区のごみ問題を考える

脱焼却の循環型ごみ処理システムは可能か!!
   ~ごみ問題の覚え書きとして~

南箕輪村土地開発公社が宅地分譲した地中から、ダイオキシン含む焼却灰がみつかった~<基準値の4倍を超える4,400pg-TEQ/g>、

2021年09月05日 08時14分06秒 |  PCB/DXN類など

南箕輪村土地開発公社が宅地分譲した同村南原住宅団地の地中から、基準値の4倍を超えるダイオキシン含む焼却灰が見つかったという報道、、、

土壌のダイオキシン類 環境基準は 1,000pg-TEQ/g、
中日新聞では、焼却灰はダイオキシン類が4,400pg-TEQ/gとなっている、、

長野日報「南原住宅団地に焼却灰 南箕輪村」によると、、
この地中埋設の焼却灰、「2007年に焼却灰の埋設が分かり、公社は埋設場所と周辺に建つ全世帯の土地、家屋を買い上げた上で除去工事を行い、2018年に終えていた。」と、、、

南箕輪村土地開発公社が、すべての焼却灰の除去工事を終えたとして再造成し、20年に分譲申し込みを開始したもの。住宅団地に造成した7区画のうち、2区画は居住、2区画は建設中、残り3区画も土地の売買契約は成立。その分譲地を住宅メーカーが試掘したところ焼却灰が残留していたと、、、

南原住宅団地に焼却灰 南箕輪村 
長野日報 2021年9月5日
 南箕輪村土地開発公社が宅地分譲した同村南原住宅団地の地中に焼却灰が埋まっていたことが分かり、村と同公社は4日、村役場で会見した。 ...


同じく、長野日報によると、この焼却灰は、「1988年の1年間に当時の伊那中央清掃センターが排出し、同所に搬入された。」となっているのだが、、、

なぜ、「1988年の1年間」と限定しているのかと気になったのでチェックしてみると、、伊那中央清掃センターは、昭和46年(1971年)稼動開始、昭和63年(1988年)建て替え、平成31年(操業を終了している。ちょうど、昭和63年(1988年)建て替えのバタバタ時期にその場所で焼却灰も埋設したのか?もっともダイオキシン類対策特別措置法施行前は、なんでもありだったのだろうから、、

そして、現在は、2019年3月竣工の上伊那広域連合(伊那市、駒ヶ根市、辰野町、箕輪町、飯島町、南箕輪村、中川村、宮田村)上伊那クリーンセンター 流動床式ガス化溶融炉(118トン/日))

参考「伊那中央清掃センター閉所式伊那中央清掃センターは、現在の場所で昭和46年に稼働が始まり、昭和63年に建て替えられました。31年間に渡り、辰野町から中川村までの一般家庭ごみと事業系一般廃棄物の処理を行ってきました。1日におよそ120トン、年間およそ2万5,000トンを処理してきたということです。2002年に施設管理運営が上伊那広域連合に移管され、今月30日からの新しいごみ処理施設「上伊那クリーンセンター」の稼働に合わせて、伊那中央清掃センターは閉所となりました。

 

ダイオキシン類対策特別措置法施行前は、、
23区の清掃工場での煙突排ガス中ダイオキシン類も驚くほどの排出量だったので、、、焼却灰となると、
これまた、、想像もつかないが、、

それにしても4,400pg-TEQ/g、、

 

 

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