佐々木俊尚著『キュレーションの時代 「つながり」の情報革命が始まる』
2011年ちくま新書刊
●目次
プロローグ ジョゼフ・ヨアキムの物語
放浪への憧憬をつのらせて/戦地へ/七十歳、絵に目覚める/「これはたいへんな発見だ!」/つくる人と見いだす人の新しい関係
第一章 無数のビオトープが生まれている
ブラジル生まれの先鋭的音楽家/大きなサウンドへとつながる私たち/一九九〇年代、まだ音楽のマスマーケティングは有効だった/「ジスモンチを日本に呼べないかな」/ついに来日公演が実現! しかし…/女性プロモーター、ピンポイントで戦略を練る/西野カナが好きなスウェーデン人は日本人と盛り上がれるか/オープンとクローズ両立する新たな情報ワールド/情報はビオトープに流れ込み、世界を覆う/ビオトープをどこに見つけるのか?/歌姫マリーザ・モンチのライブに出撃する/ギターファンたちの特質に気づく/彼女は水流をたどり、湿地帯を探検していく/「ジスモンチ来日実行委員会」という謎の団体/狩猟者の本能的嗅覚で観客を突き止める/それは本当に小さな成功でしかないけれども/ビオトープは存在するのか?
第二章 背伸び記号消費の終焉
署名運動に立ち上がった人たち/お笑いタレントとゾンビ映画/マス幻想に引きずられる
映画業界/なぜ映画バブルは崩壊したのか/DVDバブルは来なかった/九〇年代は音楽もバブルだった/「アンビエント化」がバブルの背景にあった/HMV渋谷が閉店に追い込まれた本当の理由/マス記号消費の消滅/若い水谷豊はどこから逃げだそうとしたのか/ドロップアウトもお遊びだった八〇年代/ピストル射殺魔の青春/ムラ社会は消え、透明な僕が始まる/なぜ秋葉原の加藤は犯行に及んだのか/つながり願望が消費市場を変えた/モノを買うことで、人と人がつながる/福井の小さな眼鏡店の物語/田中さんはなぜ眼鏡店を志したのか/モノの向こう側に人の笑顔が見える時代に/クラウドとシェアが紡ぐ「清貧の思想」/所有の時代は終わった
第三章 「視座にチェックインする」という新たなパラダイム
フォースクエアの楽しさ/プラットフォームとモジュール/フラッシュマーケティングはなぜ盛り上がっているのか/ツイッターが古いビジネスを再生させた/チェックインするとレストランのクチコミが読める/リアルとバーチャルの境界はどんどんあいまいに/ツイッターで屋台と客がつながる/刹那的な関係から、持続する関係へ/千利休は招いた客をなぜ褒めたのか/花を生ける人とそれを鑑賞する人/エンゲージメントをもたらすのは人格だ/チェックインの秘密/プライバシーの不安からはのがれられない/「もっと新しい広告を!」/ライフログはどこまで進化するのか/二〇一〇年代にはライフログはブレイクしない/暗黙か、明示か/チェックインはプライバシー不安を解消する/視点を固定するということ/『マルコヴィッチの穴』では何が見えるのか?/人と人の間には世界観のゆらぎがある/視座を得るという新しい考え方/視座にチェックインし、情報のノイズの海を渡る
第四章 キュレーションの時代
情報の真贋なんてだれにもみきわめられない/ネットは人の過去の言動を透明にする/キュレーターとは何か/シャガールの展覧会が新たに照射したもの/シャガールとアヴァンギャルド/見慣れた絵が違う姿に見えてくる/コンテンツとコンテキストの美しい関係/ヘンリー・ダーガーの孤独な人生/キュレーター
はアウトサイダーアートを見いだす/アウトサイダーアートを「発見」した精神科医たち/マス消費の果てに見えた生々しいリアル/子供の絵は私たちの存在を揺り動かさない/コンテンツとキュレーションが分離した世界/愛犬「茶太郎」を描き続ける彼女/「コンテンツが王の時代は終わった」/境界に「ゆらぎ」こそが私たちの情報をつねにリフレッシュしていく/的外れな「タコツボ化」批判/ムラ社会だからタコツボ化するだけ/つねに組み替えられる一期一会の関係/大統合のスタート地点へ
第五章 私たちはグローバルな世界とつながっていく
文化はアンビエント化して国境を越える/イスラム弾圧に見る普遍主義の終焉/共有と断絶は同時に起きている/情報発信の権力がパワーを失った/マスメディアが衰退し、多様な文化が発信される時代に/どこにでもいる普通の人たち/戦後の青空に出現した中間文化/中間文化はすでに消滅した/ジスモンチのルーツを私たちは共有できるのか?/コカ・コーラのCMに見る戦後文化/文化帝国主義が花開いた時代/「ポストグーグル」という考え方/グローバリゼーションは画一化を招くのか?/モンゴル帝国というプラットフォーム/プラットフォームは文化の多様性を保護する/イスラムブルーから思うグローバル時代の未来
あとがき
本書を書くために参考にし、時には引用も行ったコンテンツリスト
(2013.4.16.読了)
2011年ちくま新書刊
●目次
プロローグ ジョゼフ・ヨアキムの物語
放浪への憧憬をつのらせて/戦地へ/七十歳、絵に目覚める/「これはたいへんな発見だ!」/つくる人と見いだす人の新しい関係
第一章 無数のビオトープが生まれている
ブラジル生まれの先鋭的音楽家/大きなサウンドへとつながる私たち/一九九〇年代、まだ音楽のマスマーケティングは有効だった/「ジスモンチを日本に呼べないかな」/ついに来日公演が実現! しかし…/女性プロモーター、ピンポイントで戦略を練る/西野カナが好きなスウェーデン人は日本人と盛り上がれるか/オープンとクローズ両立する新たな情報ワールド/情報はビオトープに流れ込み、世界を覆う/ビオトープをどこに見つけるのか?/歌姫マリーザ・モンチのライブに出撃する/ギターファンたちの特質に気づく/彼女は水流をたどり、湿地帯を探検していく/「ジスモンチ来日実行委員会」という謎の団体/狩猟者の本能的嗅覚で観客を突き止める/それは本当に小さな成功でしかないけれども/ビオトープは存在するのか?
第二章 背伸び記号消費の終焉
署名運動に立ち上がった人たち/お笑いタレントとゾンビ映画/マス幻想に引きずられる
映画業界/なぜ映画バブルは崩壊したのか/DVDバブルは来なかった/九〇年代は音楽もバブルだった/「アンビエント化」がバブルの背景にあった/HMV渋谷が閉店に追い込まれた本当の理由/マス記号消費の消滅/若い水谷豊はどこから逃げだそうとしたのか/ドロップアウトもお遊びだった八〇年代/ピストル射殺魔の青春/ムラ社会は消え、透明な僕が始まる/なぜ秋葉原の加藤は犯行に及んだのか/つながり願望が消費市場を変えた/モノを買うことで、人と人がつながる/福井の小さな眼鏡店の物語/田中さんはなぜ眼鏡店を志したのか/モノの向こう側に人の笑顔が見える時代に/クラウドとシェアが紡ぐ「清貧の思想」/所有の時代は終わった
第三章 「視座にチェックインする」という新たなパラダイム
フォースクエアの楽しさ/プラットフォームとモジュール/フラッシュマーケティングはなぜ盛り上がっているのか/ツイッターが古いビジネスを再生させた/チェックインするとレストランのクチコミが読める/リアルとバーチャルの境界はどんどんあいまいに/ツイッターで屋台と客がつながる/刹那的な関係から、持続する関係へ/千利休は招いた客をなぜ褒めたのか/花を生ける人とそれを鑑賞する人/エンゲージメントをもたらすのは人格だ/チェックインの秘密/プライバシーの不安からはのがれられない/「もっと新しい広告を!」/ライフログはどこまで進化するのか/二〇一〇年代にはライフログはブレイクしない/暗黙か、明示か/チェックインはプライバシー不安を解消する/視点を固定するということ/『マルコヴィッチの穴』では何が見えるのか?/人と人の間には世界観のゆらぎがある/視座を得るという新しい考え方/視座にチェックインし、情報のノイズの海を渡る
第四章 キュレーションの時代
情報の真贋なんてだれにもみきわめられない/ネットは人の過去の言動を透明にする/キュレーターとは何か/シャガールの展覧会が新たに照射したもの/シャガールとアヴァンギャルド/見慣れた絵が違う姿に見えてくる/コンテンツとコンテキストの美しい関係/ヘンリー・ダーガーの孤独な人生/キュレーター
はアウトサイダーアートを見いだす/アウトサイダーアートを「発見」した精神科医たち/マス消費の果てに見えた生々しいリアル/子供の絵は私たちの存在を揺り動かさない/コンテンツとキュレーションが分離した世界/愛犬「茶太郎」を描き続ける彼女/「コンテンツが王の時代は終わった」/境界に「ゆらぎ」こそが私たちの情報をつねにリフレッシュしていく/的外れな「タコツボ化」批判/ムラ社会だからタコツボ化するだけ/つねに組み替えられる一期一会の関係/大統合のスタート地点へ
第五章 私たちはグローバルな世界とつながっていく
文化はアンビエント化して国境を越える/イスラム弾圧に見る普遍主義の終焉/共有と断絶は同時に起きている/情報発信の権力がパワーを失った/マスメディアが衰退し、多様な文化が発信される時代に/どこにでもいる普通の人たち/戦後の青空に出現した中間文化/中間文化はすでに消滅した/ジスモンチのルーツを私たちは共有できるのか?/コカ・コーラのCMに見る戦後文化/文化帝国主義が花開いた時代/「ポストグーグル」という考え方/グローバリゼーションは画一化を招くのか?/モンゴル帝国というプラットフォーム/プラットフォームは文化の多様性を保護する/イスラムブルーから思うグローバル時代の未来
あとがき
本書を書くために参考にし、時には引用も行ったコンテンツリスト
(2013.4.16.読了)