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トラックバックと言及リンク

2005-07-06 13:03:20 | Weblog(雑文)
トラックバックは言うならばあちら側からこちら側へのアクセスの流入を求めるものであり、言及リンク(エントリの中に言及したblogのリンクを張ること)はこちら側からあちら側へのアクセスの流入を求めるものであると考えられる。
blogではメタブログ的なエントリは数多くあるが、最近トラックバックをする時に言及があるべきかどうかという議論があるようである。
もともとトラックバックは相手方に自分の存在を知らせるような部分があり、その目的において自らが言及をしているかどうかにかかわらず、宣伝目的(アクセスの流入を求める目的)でトラックバックを張ることができるという問題がある。そのため一般的にはトラックバックをした際にはそのblogに対する言及をしておかなければいけないといった慣習といったものが見受けられる。
この考え方は一見正しいように思える。普通に考えると見知らぬ相手からトラックバックが張ってあって、しかも言及がないとすると非常に気味が悪い。
しかし視点を変えると言及が無い方が良いという考え方もできるようだ。言及リンク有りのトラックバックの何がいけないか。@真性引き篭もりのエントリを見ていて思ったのだが、平和なコミュニティの中では言及があった方がいいとしても、アクセス数が極端に大きい場合においてはリンクを張ることによって相手方に負担を負わせる事が可能になる。Web上の議論においては誤読(時間的制限がもたらす読みの薄さの方からの勘違いが多い気がするが)が多いものである。blogを閉ざされた空間とみなすとき、その空間が内包できるキャパシティ(それはblog主の力量や所持時間、またはblogのシステムに依存する)を超えるアクセスは攻撃性しかもたないと考えられる。
攻撃性を持たせないと議論が発展しないという考え方もあるかもしれないが、ネットワーク化の際にすべての人が、自分と相手に対しそれを望むかどうかを一考した上での行為かどうかはわからない。
トラックバックは自ら望んでアクセスの流入をもたらすが、言及リンクは自ら望まなくてもアクセスの流入をもたらしてしまうことがある。その点で前回のエントリではないがバトンについてと同様に自分と相手をつなげるというネットワーク化の際には、一度自分と相手のprivateな意識への影響を考える必要があるのかもしれない。
このblogはアクセス数も少ないので言及リンクを多く張っているが、どのような状況でもこの意識のままでよいかは別なようだと、少し考えてみるのもいいかもしれないと少し考えてみた。
コメント (3)
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