運命の不思議

運命の不思議さを感じる時があります。そんな時、なぜ?と思いませんか?

神が許さないもの

2009-04-25 14:25:36 | 日記
カルマと運命の法則は、人間の作った社会的な法に基づいているのではない。

まず、人は何が宇宙的レベルの善悪であるかを明確にしなければならない。

例1
男性か女性が、全ての服を脱ぎ捨てて、人々のにぎわう市場で踊り始めたとする。
我々の社旗規範ではその行為は悪とされ、警察に取り押さえられる。
しかし神の目線とそのカルマと運命の法則からは、警察官全員が彼らの服を脱ぎ捨てて、踊りだしても全く気にしない。

この宇宙では、すべてのものが裸のままだから。

例2
人前でキスをすることは欧米では問題ないが東洋では問題あり。
それでは、公園で愛し合うことは?
人間社会では地域によってOKっだが、神はキス、セックスを公然とすることは全く問題にしない。
鳥や動物がやっている行為は神が許している証拠。

普遍的宇宙の法則下では、裸は自然の中の美しさとして与えられている。
神にとって裸という判断ではなく、自然のままという判断なのだ。

例3
喫煙と飲酒はどうだろう?
健康面から見たらいいものではないが、他の人々に痛みを与えることもなく傷つけもしないのでなければ、神は問題にしない。

例4
肉食は?
肉は人間にとって自然な食べ物ではない。誰かの手で動物を殺している。
この2つの理由で神は許さない。




仏陀はそれぞれの人の心の中で

2009-04-25 10:31:27 | 日記
もしも、我々が行動した数分後か数時間後に、自分のカルマの結果を受け取るなら、人は間違うのが恐ろしくなり、自由に行動ができなくなる。

魂のために創った神の宇宙プランは、何か目に見えないものへ恐怖を抱いて生きるためではなく、全ての魂がこの地球上で完全な自由を感じられるように創られたのだ。

全とあくとの基本的な問題を解決するために、そして、カルマと運命の法則を自分の中で堅固なものにするために、神は全ての魂に非常に根強い善良の感覚を与えた。

だからこそ、事故や災害が起きた際、多くの人々が自発的に犠牲者助けるために奔走するのです。

犯罪者に映画を見せた。
映画の最後のシーンで悪人ではなく、善人が勝利するシーンを喜ぶことが心理学の実験で明らかになった。

仏陀はそれぞれの人の心の中で眠ったいる。






再出発、すなわち、生まれ変わりは全て忘れて

2009-04-25 10:16:04 | 日記
疑問:
この世で暮らす人間が全盛のカルマの世で苦しんでいるとしたら、
なぜ人間は、苦しみの原因となった原因となった悪い行動や考えを記憶していないのか?

宇宙のシステムがある目的を持って非常に巧妙に創られているので、魂は現在の家族と現在の状況に生まれている理由が、どのカルマの影響によるものなのかを覚えていられない。

魂が過去世からの全てを覚えているとしたら、人生を続けていくこと自体が難しくなる。
現在の人生からでさえ、何らかの否定的経験をした人々がその状況を思い出した時、情緒障害を起こすことがあるように。

忘れて再出発することが必要なのです。
再出発するには、全てリセットし、自由に前向きに生きることが重要なのです。