バカな男の独り言・・『良気三昧』

自分の生活観や人生観・価値観・生き様・・・
私生活を日記に綴っていきます。
宜しかったら覗いて行って下さい

お前は不思議な奴だな~四

2023-03-31 07:44:28 | 日常
何しろ僕は小学生時代の僕では無くなっておりました


中学一年生の時代は新しい僕の成長の時で、よくもこう積極的になったのでしょう


担任の先生は国語と古典の授業をしますが科目によって色々な教師が入れ替わり授業をしていきます


クラスで、いや学校で一番五月蠅い生徒だったかも知れませんね


担任の授業の時もいつも睨まれていた僕に対してちょっとでもよそ見していたり友達と会話しても常に僕をチェックしてましてね


何か問題を出して皆が答えられないと必ず僕に質問をして来ましたね


そして答えられる僕に対して苦虫潰すような顔をするのです


それでいつの間にか流行り言葉が出来ました、先生が質問して答えられないと必ず「困った時には〇〇ちゃん・・」


「困った時には〇〇ちゃん」がクラスの流行り言葉にになってしまったのです


難しい質問を僕が答えられると相変らず苦虫を潰したような顔をするのですね


変な流行り言葉を作った先生に対して僕は先生を「翁麻呂」とあだ名をつけました


僕は小学校時代に体力が無い為に体操部に入ってましたが中学でも部活に体操部に入りました


ある日体育の授業で前方回転の授業ですが踏切版を置いて左右に補助を入れて前方回転させるのです


僕は体操部にいたので踏切版が無くても出来ました


しかしその日先生が「〇〇お前が手本を見せろ」という事で僕が一番で(勿論補助なしで)飛びましたが


普段踏切版を使わないのですが僕は踏切版を使って飛んでしまったのです


それが間違いで普段より高く飛んでしまったのですね・・・


その結果着地のタイミングが宙にいる時間が長くなり着地のタイミング時間がいつもより遅くなったのです


結果、慌てて足首を伸ばしマットを探してしまったのですが足首を伸ばした為に足首をひねってしまい


立ち上がりません・・・足を見ると左足が真っすぐ上を向かずに左側に曲がったままになってしまいました


直ぐに外科に連れていかれ脱臼骨折してしまいました



                         



こういう時期もありました




まぁこんな学校生活が始まっていく事になったのですが・・・



話を中断しまして昨日に榴ヶ岡公園に花見に行って来ました



榴ヶ岡公園そばにあります仙台管区気象台の桜の標本木がある仙台管区気象台の桜です




                   


これだと思うのですが・・・



そしていよいよ榴ヶ岡公園です



                   



利久の牛タン肉まんと牛タンカレーパンがあります



                   



いつもこれを食べております


日も暮れて夜桜になってきました



                   


                   



どなたか照明を持ち込んで撮影していたチャンスを頂き夜桜を撮りました



                   


                   



ストーリーを組み立てていませんのでその場での思いつきを書いております


長くなりましたのでこの辺で・・・




どうぞ今日も無事安泰な一日をお過ごし下さいね。




持ち帰った利久の肉まんとカレーパンです。



                         
















       



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お前えは不思議な奴だな~ Ⅲ

2023-03-30 07:47:39 | 日常
話の前に・・昨日マスクを箱から出したらいつもと違う感触でして、よく見たら二重に縫いつけてありました・・・始めてでした



                    


こんな事ってあるんですね~



さて入学式の当日クラス分けで中学校初日に頭をゴツンとした先生が担任だった先生は古典の先生だったのです


初日そうそう頭をゴツンが僕の中学生の始まりですね


小学校時代は大人しく「学校では」目立たなく消極的だった僕は初日の様にクラスでも騒がしい存在になったのです


僕自身そういう生徒になりたいと思った訳でなく今迄の小学校での生活から脱却したかったのでしょうか


まるで自分でも信じられない生徒になっていたのです


授業の度に先生が変わり英語の先生も社会の先生も授業毎に先生が変わるのは知りませんでしたが


授業中も怖くない先生の時はふざけていた時の方が多かったですね


音楽の先生だったかな?女の先生でどういう理由でかは忘れましたがその女性の先生は泣いて職員室に帰ってしまうのです


後から担任の先生に怒られましたが・・・


とうとう僕は担任から「これ以上騒ぐとお父さんお母さんを呼ばなくてはならないぞ」とね


そして帰りのホームルームでは担任が教室に入って来ると「〇〇顔を伏せろ」と僕は机に顔を伏せて目をつぶるのです


僕が周りを見渡せないようにしてから「今日、〇〇がうるさかったと思う人、手を上げて」と


僕の日中の態度を皆に聞くのですね・・そして先生は「〇〇今日もか・・」と怒られる訳でして


でもね・・・僕の周りには友達が多くみんな仲良かったのですが


そんな先生がある日家に遊びに来いと言われ遊びに行きまして・・・セブンブリッジを教わりました


そんな訳でよく先生の家に遊びに行ってました


奥様にはとても良くして頂いてお昼ご飯をご馳走になったもんです


ある日食事を出して頂いた後に奥様が部屋を出る時ズボンのお尻の処が破けていて白いパンツが見えましたが言えませんでした・・・


そんな感じで一年生が始まったのですが僕の友達は生徒会会長とか学級委員とかやっている奴らでとても気が合ったのです


中学校って楽しいな~と思い学校が楽しくなってきたのです


生徒会長はよく僕に帰りに僕の家に行こうよと誘われいくといつもクラシックを聴かされ自分でタクトを振り悦に入っているのです


話によると大学を出た後共産党の党員として活躍してると聞きました・・・


僕はとても色々な友達に恵まれ人気者になってました


長くなりますのでこの辺で・・・・




それでは今日も無事安泰な一日をお過ごし下さいね。


追記

今日も仕事先の取引相手と昼飯を食べに行き、夜は友人と花見の予定があります。













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お前は不思議な奴だな~中学生になったら♪中学生になったら♪

2023-03-29 07:18:41 | 日常
小学校の時は劣等生とは自分で思い込んでいたようです


やはりクラスのリーダー的な子供はそこそこ勉強も出来てスポーツ万能な子供でした


そしてクラスの中でもその子に集まる集団に僕は入る事が出来なかった


秀才と言われた子供達と落ちこぼれ組と言う物は少なからずあったのです


早上がりの僕は必然的に落ちこぼれ組の方に所属で遊ぶ時もグループ分けになっていた訳で


それは卒業するまで僕はその環境から出ようともせずにその現状に甘んじていたのです


しかしその後の成人を迎えたある時期クラス会があり久々に皆に合い色々話を聞きました


それは思いの他、僕は皆から人気があって秀才グループ以外は僕の家に遊びに来ていたらしい


さて話を戻すと僕が中学生になってそれまでの僕は180度変わったのです


中学入学の時から今迄の小学生の世界から突然脱皮していたのです


それまでの劣等生の面影はありませんでした


やはり小学校のクラスにいたヒーローは団塊世代の影響で小学校の卒業生は新たに出来た中学校と今迄の中学校と真半分に別れたのです


僕の行った中学校には当時のヒーローは別の中学に行き、僕の入った中学校には小学校の仲間が多くいましたのです


それは入学式の直ぐ後の事でした


新しく組み分けされた教室にそれぞれ入りました


丁度僕の席の後ろに座った奴が仲の良かった同級生でしたので嬉しくなり


それまで小学校では二人で一つの机でしたが中学校では一人一人の席になってこれも何か大人に近づいた気がしまして


僕は自分の机を後ろの友達の方に向けて対面するように勝手に席を作ってしまったのです


そして嬉しくおしゃべりをしていた時、どうやら担任の先生が教室に入ってきたようでおしゃべりとしていた僕は気づかず


黒板を後ろにしていた僕は話をしていた友達の顔色が変わり教室が静かになったのに気付くのが遅れた為に


入学式が終わり始めて入った教室で一番最初に担任の先生に後ろから頭をゴツンといきなり来ましたね・・・


椅子と机を元に戻して担任の先生の挨拶が始まったのです


でも僕は先生に怒られた事はちっとも気にせず(あるいは懲りずに)先生の言葉に耳を傾けました


何故かと言うと小学校での教室ではいつも下向いていたような僕はもうそこには存在してないのでした


クラスを仕切っていたヒーローはいないのです


僕にとりましては本当に新しい世界に希望を持って入ったのです・・・



ここから僕は小学校での生徒ではなくなりました


さぁこれから僕の新しい世界が作られていくのです・・・期待を胸いっぱい膨らませてね


長くなりますのでこの辺で・・・



それでは今日も無事安泰な一日をお過ごし下さいね。



オマケ画像



やっと春の訪れを感じましたよ



春の香りを届けてくれたふきのとうの天ぷらです。頂きました。


やっと僕にも春が来ました。


                           



                 

                     


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お前は不思議な奴だな~

2023-03-28 10:21:35 | 日常
これが僕に対する中学生時代の先生たちの評価です


小学校で劣等生だった僕はきっと早上がりのクラスで体力も知能も4月2日以降の生徒より約1年の開きがあり


何をするにも遅れた生徒のまま6年間過ごしたと思います


意外と引っ込み思案で前に立たされると泣いてしまい、以前書きましたが幼稚園に行っていない僕は入学式から近所の友達しかいなく


クラスではいつも一人ぽっちだった気がする


幼稚園に入らなかった僕はお袋に絵画教室につれていかれ幼稚園替わりだったのかもしれない


でも最初の日に新しいお友達と紹介され、今日は僕を書く事になりやはり前に出され椅子に座らされ


何故だかしらないが僕は泣き始めて僕を描く事は中止になりそのまま僕は絵画教室にはもう行かなかった


小学校では当然泣き虫で時々泣きながら家に帰ってしまい、お袋に連れれて又学校に戻された


そんな僕ですから弱い者いじめの絶好の標的になり今で云うイジメとは違うがちょっと力のある奴らには僕は丁度よい餌食だったのだろう


お袋もお袋で教育に関しては全くと言って良いほど無頓着でした


入学して最初の遠足は歩いて行ける洗足池で「太田道灌が足を洗ったと言われている」場所でした


しかしお昼の時間になり各々引率のお母さん達とお弁当になりましたが僕のお母さんだけ来ないのです・・・


一人ぽっちの僕はお弁当を開きまして食べようとしたら先生が「お母さん来なかったの・・」と先生と二人で食べました


運動神経は鈍く音楽の時間は「後で分かったのですが僕は左耳が全く聞こえず」音痴で有名でした


一度しっかり歌えたら先生が「〇〇君上手に歌えたね・・・みなさん拍手」僕はちっとも嬉しくなくこれで褒められるのは恥ずかしいだけでした


3年生4年生と上がるに従ってそれなりに上手にクラスの友達と遊べるようになりましたが


学級委員をしていた奴から草野球をしようと誘われ喜んで行きましたが結局どこのポジションでもなく外野の球拾いでした


そんな僕が卒業をまじかに将来何になりたいか作文を書く事になり


今でも強く覚えています「僕は弱いから大きくなったら自衛隊に入り強くなりたい」と書いた事は忘れませんね


他にもクラスでお金が無くなった時に先生が「うそ発見器」を持ち込んで嘘を言うと針が大きく振れるんだから直ぐにバレるぞ


って脅かすのですが犯人でもない僕は針が振れたらどうしようと「勿論お金なんぞ盗ってませんが」心配で心臓がドキドキしてましたね



結局だれが犯人?かは判明しませんでしてがね



長くなりました次の記事のイントロと思って下さい。


これから皮膚科に行きます



それでは今日も無事安泰な一日をお過ごし下さいね。














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再度「ヘルプマーク」

2023-03-27 06:58:26 | 日常
確か10年以上前から東京都営交通から始まった見た目普通の人ですが身体の中に障害を抱えている方の為に作られたと聞く「ヘルプマーク」です


東京は進んでいるな~と思っていましたが、2020東京オリンピックが始まる前に政府の指導で全国都道府県に広げようとの政策が始まり


外国からの日本訪問者に日本は障がい者に優しい都市とアピールする狙いがあったと聞きます


僕はご存じの様に下半身の麻痺と痺れで普通には歩けますが長時間(30分以上立つのは辛く、小走りにも走れません)


そんな訳で宮城県で始まったヘルプマークの拡散に県庁を訪ねこのヘルプマークを頂き、尚「ヘルプマーク友の会」を任意団体を立ち上げしまして


ポスターやヘルプマークを預かり配布する団体を作りましたが・・・


 
                     


いつも身に着けているサイドポーチに着けています。携帯電話や手帳を入れて便利ですね・・


そんな僕の所へ民生委員の方が挨拶に来ました。今期民生委員を仰せつかった方で久しぶりに僕の身を案じ来てくれたようです


街中にでても時々声を掛けられます(これは何ですか?)と聞かれるのです


昨日バスに乗り込み左腕の杖が二の腕まで抑える杖ですかね・・・バスを降りる時一人で降りられないようで


お節介焼きの僕は慌てて出口に行きそのご婦人をサポートですが、以前腕を掴んだら(痛い痛い・・そこ掴んだら痛いってば~)と怒られ


介助は難しいのです。結果ご婦人の右ひじを僕の左腕で支えると大丈夫でした・・・何事も経験です


バスの運転手さんに(ありがとうございます)と声をかけられました。


僕も時に介助が必要ですが親父おばはん介助も必要なんですね


話しは戻りますが、民生委員の方に僕だけ介助を求めるつもりもありません。介助必要な方がいらしたら僕も介助で助けますよと話しておきました



さぁ今日は朝から塩釜での仕事と長町では現場下見に行ってまいります



それでは今日も無事安泰な一日をお過ごし下さいね。



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