はやくも衣替えの季節となりました。
まだ涼しいですが、温暖化によりますます過酷になっている今後の猛暑を思うと、若干げんなりしてしまいます。早いところ大家さんにエアコンを直してもらわなければ。
わが社も最近の官製流行であるクールビズとやらをかかげ、いっせいに夏季の軽装となりました。
たしかに気候変動‐温暖化にはほとんどまったく効果がない「まやかし」ではあると思いますが、それはそれ。ネクタイがないのはまさに締まりなく感じますが、束縛から解放されたようでもあり、じつに楽です。
無帽・ノーネクタイで、サングラス着用率の高い当社の乗務員さんは(多分他の会社も同じかと)、その姿だけ見ていると一見職業不詳ですが(とりわけ強面の方の場合は…)、しかし颯爽とした感じもあって、夏はやはりこれがいいなと感じます。
いつも書いているような気がしますが(まあブログとは本来いわば公開「日記」なのだから、こういうのもありなのかと…)最近はとくに自分の至らないところが目に付きます。
自己非難はこれまで書いてきたようにまったく不毛ですが、しかし事実認識としてはやはり必要かなと。これまで見えてなかったことはひじょうに大きい。
いちおうアタマではそうだとわかっているつもりでも、やはりどうしても個人主義的なバラバラ感覚でなかなか人と協調してやっていくことが難しい。自分の身だけ考えても、ほんの二・三年後を見越して計画的にやっていくことすらできていない。まして世代的な意識など実感的には限りなく希薄で、そして人と一緒だと常に上か下かと競争を意識している。
神ならぬ身、しかも現状かなり限界のある人間としての身であることをよくよく飲み込む必要があるようです。
よくいわれる思考と実感が別のものというのは、人間の事実として違うと思います。
その間に差どころか乖離があってまさに別物とすら感じられる現状なのだとすれば、人間としてよりよく生きるためには、その差を少しでも縮める努力をせねばなりません。
そのためにも、こうして書くことをどこまで無意識にまで根を下ろし実感と行動に至らせることができるか…。これは課題です。
蒔かれた種がすぐに日に焼けてしまうような石地でなく、種を根付かせ豊かに実らせる「よい土」になるためには、いったいどうしたらいいのか。
結局いつもそこからはじめなくてはならないようです。
とくに最近歳若き特攻隊員のことを読んだりしていると、すでに三十路なかばに突入しつつあるわが身、そして自分が生きるこの日本社会の現状との差たるや、そうとうなものがあると思わされてしまいます。
そういう視点でとらえてみると、自分と自分たち日本人のこの有様こそ――たんなるレトリックでなく内面的な意味で事実の表現として――六十余年にわたる歳月とその間の価値観の激変のもたらしたものなのではないかという感じが強くします。
これは言い訳の一般化かもしれませんが、しかしそうであるとして、大枠として見てかなり妥当性のある一般化であるといいたいところです。
当時の全体状況がどれほど破滅的であったとしても、そしてそれへの対処として大きい視点・長期的ヴィジョンからする論理性がいかに欠落していたとしても、それでも国という全体のため、後々の私たち日本人のためああした切実な行動をとることができた彼ら当時の若者たち――重要なのはほとんどが当時のごく普通の若者たちであったこと――の生き方・死に方は、映画を観た多くの人が感じたように、言葉の表現はどうあれまさしく高貴であったと思います。
いっぽう「自分の幸福」(たいていすでに「自分たちの」ですらない)しか思考と行動の基準をもてていないかに見える今の私たち日本人の多くは、そのいわば狭い心ゆえの必然として、ひとり自分の身をすらよりよく処していくことができず、そして全体としてこのままでは日本を持ちこたえさせることができないのではないかと思われてなりません。
しかも悪いことにはそんなバラバラ個人主義が、疑われることもない常識、言葉を換えて言えばほとんど「イデオロギー」と化して、世の真実すべてであるかのように実感されるまでに至っていることです。
それはまるで遍在する空気でもあるかのように、私たちの日常やメディアから発せられるメッセージ、そして社会の大枠の動きのほとんどのベーシックに、常に存在するように見えます。
そんな私たち現代日本人が、このテーマにかかわって一般的に抱いている観念とは、おおむね次のようなものではないでしょうか。
特攻に死んだ人たちは個人的にはどれほど悲壮な覚悟で立派に往ったのだとしても、結局のところは罪深い侵略と愚かしい自滅をもたらした天皇制ファシズム・軍国主義・日本帝国主義の強制した幻想に無批判に洗脳されていただけであって、圧倒的な米軍相手にほとんど戦果ゼロのいわば「犬死」を遂げたにすぎない、と。(つまりは「バカだった」というのと同義)
それはあの戦争一般の受け取り方として、ほとんどの私たちの思考の根底にある無意識的な大枠でもあるわけですが、そのことがもっとも先鋭にコアな部分として顕れているのが、とりわけあの特攻ではないかと思われるのです。
たしかにそのように結局突き詰めれば愚劣さだけがあったのが事実であれば仕方ありません。
強烈な嫌悪感と拒否感を感じつつ、私たちは「敗北を抱きしめて」いくしかないでしょう。
しかしほんとうにそれだけが「事実」なのか。
それがある程度現実を言い当てているとして、しかしより大きな視点から見える何か大切なことを、私たちは決定的に見落しているのではないか。
すくなくとも私たちはほとんど検討・批判しないまま、あまりに一方的なそういう歴史的自己非難の論理を、これまで鵜呑みにしてきたのではないか。
彼ら特攻隊員が現代の私たちの視点から言えばたしかにある種の「洗脳」(定義次第の言葉であることに注意)を受けていたとして、そもそもそういう意味での洗脳が存在しない社会など現在に至るまでどこにもないのではないか。
それは私たちにおいても例外ではなく、一歩引いてみれば、私たちがそれが普遍的真実でありそれ以外はすべて虚偽だと感じている戦後民主主義=バラバラ個人主義もまた、その是非はさておき教育的洗脳という意味では選ぶところはないのではないか。
そして同胞が徹底的に遂行して見せたあの特攻を、私たちがそのように「犬死」であるとしか見ることのできないその見方自体に、またひとつの「洗脳」にもとづく強度のバイアスがかかっているのではないか。
つまり私たちが歴史を見る眼の構造それ自体の問題――そのことを分析しない限り、結局私たちはこれまでずっと繰り返してきたように、今後ともいつまでも、あの時代の歴史とりわけ特攻について、ひたすら声高に祭り上げたり・批判したり・拒絶したりするだけに終わってしまうと思われます。
それはこれまでどおり、単に非生産的という意味で不毛な結果しかもたらさないでしょう。
でなければ、そういう私たちの民族的トラウマ(というものがあるとして)を回避するため、その歴史的な位置づけ・意味づけを不問に付したまま、「悲劇的で感動的な人間ドラマ」がいつもまでも再生産される、と。
皮肉ではないつもりですが、それがあの映画の描写の限界として感じたことです。
もちろん興行的に「売れる」映画にするための常識的な枠・制約があるのは当然であり、またその限界内で映画が試みた特攻に対するヒューマンな視点は、それはそれで正当なものだと感じました。それはきわめて感動的でした。
しかし一方で、何かあの時代にあってきわめて大切だったはずのことが、ほとんど完全に抜け落ちていたと見えたのです。
そのことは今後検討しきたいと思います。
ともかく言いたいことは、史実としての若者たちのあの特攻には、実行した彼ら自身の多くがおそらく間違いなく抱いていたであろう、敗戦後の日本の私たちに向けられたいわばメッセージがあったと見える、ということです。
そうではないでしょうか?
(戦争末期のあの状況では、意識的な建前はどうあれ、心の深いところでほとんどの人が確実な敗戦‐亡国を予期していたと思います)
このことは「特攻隊員の皆さん、ありがとう」といって済むような単なる「いいお話」ではないと思います。
そうではなく、そのメッセージとは事実として彼らが強く内面に抱いたものであり、そして後世の私たちに届くことをはっきりと意図したものであったのではないか――そういう意味で、きわめてリアルなものであったし、現にリアルであると思うのです。
そしてそれこそが、いまだ私たちが受け取ることができないままでいる、彼らの抱いた「大和魂」の実質だったのではないでしょうか。
あの特攻をどのように解釈するかとは、つまりそのメッセージを私たちがどのように読み取り受け取るかということに他ならないと思います。
それは、私たちが日本人として自身のアイデンティティを再獲得するにあたって、たぶん避けて通ることのできない道です。
以降書くことは、そのひとつの試みに過ぎないものです。おそらくより広く適切な見方がもっとたくさんありうることでしょう。
しかしすくなくとも、それは私たち現代の日本人がここまで積み残してきてしまった、多分とても大切だったはずの課題だということだけは、間違いないと思われるのです。
映画の感想‐批評のつもりで始めたのですが、結局それを大きく逸脱した形で、しばらくこれで行くことになる見込みです。
不肖・一日本人の個人的な課題としてやることですが、お読みいただき共感/批判をいただければ幸いです。いずれも励みになります。
いまだ一般論ぐらいの知識しかなく、なるべく勉強して書こうと思うのですが、事実としても解釈としても、このことに関してはバランスの取れた適切な情報が少ないように感じます。
よい書籍やサイトなどをご存知でしたらご教示いただけますと助かります。
以下、「~だ」「~である」調で書くのは、単に書くための心のモードを変えるためですが、それもあって若干えらそうに感じられるかもしれません。
私自身、自分の現状をおいて何を、という感じがします。
が、えらそうに見えるとすればそれは、その大きなギャップを認識しつつ、「こうありたい自分」という向こうのほうからバックキャスト的に語っているつもりなのだ、ということで笑いつつお読みいただければと思います。
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まだ涼しいですが、温暖化によりますます過酷になっている今後の猛暑を思うと、若干げんなりしてしまいます。早いところ大家さんにエアコンを直してもらわなければ。
わが社も最近の官製流行であるクールビズとやらをかかげ、いっせいに夏季の軽装となりました。
たしかに気候変動‐温暖化にはほとんどまったく効果がない「まやかし」ではあると思いますが、それはそれ。ネクタイがないのはまさに締まりなく感じますが、束縛から解放されたようでもあり、じつに楽です。
無帽・ノーネクタイで、サングラス着用率の高い当社の乗務員さんは(多分他の会社も同じかと)、その姿だけ見ていると一見職業不詳ですが(とりわけ強面の方の場合は…)、しかし颯爽とした感じもあって、夏はやはりこれがいいなと感じます。
いつも書いているような気がしますが(まあブログとは本来いわば公開「日記」なのだから、こういうのもありなのかと…)最近はとくに自分の至らないところが目に付きます。
自己非難はこれまで書いてきたようにまったく不毛ですが、しかし事実認識としてはやはり必要かなと。これまで見えてなかったことはひじょうに大きい。
いちおうアタマではそうだとわかっているつもりでも、やはりどうしても個人主義的なバラバラ感覚でなかなか人と協調してやっていくことが難しい。自分の身だけ考えても、ほんの二・三年後を見越して計画的にやっていくことすらできていない。まして世代的な意識など実感的には限りなく希薄で、そして人と一緒だと常に上か下かと競争を意識している。
神ならぬ身、しかも現状かなり限界のある人間としての身であることをよくよく飲み込む必要があるようです。
よくいわれる思考と実感が別のものというのは、人間の事実として違うと思います。
その間に差どころか乖離があってまさに別物とすら感じられる現状なのだとすれば、人間としてよりよく生きるためには、その差を少しでも縮める努力をせねばなりません。
そのためにも、こうして書くことをどこまで無意識にまで根を下ろし実感と行動に至らせることができるか…。これは課題です。
蒔かれた種がすぐに日に焼けてしまうような石地でなく、種を根付かせ豊かに実らせる「よい土」になるためには、いったいどうしたらいいのか。
結局いつもそこからはじめなくてはならないようです。
とくに最近歳若き特攻隊員のことを読んだりしていると、すでに三十路なかばに突入しつつあるわが身、そして自分が生きるこの日本社会の現状との差たるや、そうとうなものがあると思わされてしまいます。
そういう視点でとらえてみると、自分と自分たち日本人のこの有様こそ――たんなるレトリックでなく内面的な意味で事実の表現として――六十余年にわたる歳月とその間の価値観の激変のもたらしたものなのではないかという感じが強くします。
これは言い訳の一般化かもしれませんが、しかしそうであるとして、大枠として見てかなり妥当性のある一般化であるといいたいところです。
当時の全体状況がどれほど破滅的であったとしても、そしてそれへの対処として大きい視点・長期的ヴィジョンからする論理性がいかに欠落していたとしても、それでも国という全体のため、後々の私たち日本人のためああした切実な行動をとることができた彼ら当時の若者たち――重要なのはほとんどが当時のごく普通の若者たちであったこと――の生き方・死に方は、映画を観た多くの人が感じたように、言葉の表現はどうあれまさしく高貴であったと思います。
いっぽう「自分の幸福」(たいていすでに「自分たちの」ですらない)しか思考と行動の基準をもてていないかに見える今の私たち日本人の多くは、そのいわば狭い心ゆえの必然として、ひとり自分の身をすらよりよく処していくことができず、そして全体としてこのままでは日本を持ちこたえさせることができないのではないかと思われてなりません。
しかも悪いことにはそんなバラバラ個人主義が、疑われることもない常識、言葉を換えて言えばほとんど「イデオロギー」と化して、世の真実すべてであるかのように実感されるまでに至っていることです。
それはまるで遍在する空気でもあるかのように、私たちの日常やメディアから発せられるメッセージ、そして社会の大枠の動きのほとんどのベーシックに、常に存在するように見えます。
そんな私たち現代日本人が、このテーマにかかわって一般的に抱いている観念とは、おおむね次のようなものではないでしょうか。
特攻に死んだ人たちは個人的にはどれほど悲壮な覚悟で立派に往ったのだとしても、結局のところは罪深い侵略と愚かしい自滅をもたらした天皇制ファシズム・軍国主義・日本帝国主義の強制した幻想に無批判に洗脳されていただけであって、圧倒的な米軍相手にほとんど戦果ゼロのいわば「犬死」を遂げたにすぎない、と。(つまりは「バカだった」というのと同義)
それはあの戦争一般の受け取り方として、ほとんどの私たちの思考の根底にある無意識的な大枠でもあるわけですが、そのことがもっとも先鋭にコアな部分として顕れているのが、とりわけあの特攻ではないかと思われるのです。
たしかにそのように結局突き詰めれば愚劣さだけがあったのが事実であれば仕方ありません。
強烈な嫌悪感と拒否感を感じつつ、私たちは「敗北を抱きしめて」いくしかないでしょう。
しかしほんとうにそれだけが「事実」なのか。
それがある程度現実を言い当てているとして、しかしより大きな視点から見える何か大切なことを、私たちは決定的に見落しているのではないか。
すくなくとも私たちはほとんど検討・批判しないまま、あまりに一方的なそういう歴史的自己非難の論理を、これまで鵜呑みにしてきたのではないか。
彼ら特攻隊員が現代の私たちの視点から言えばたしかにある種の「洗脳」(定義次第の言葉であることに注意)を受けていたとして、そもそもそういう意味での洗脳が存在しない社会など現在に至るまでどこにもないのではないか。
それは私たちにおいても例外ではなく、一歩引いてみれば、私たちがそれが普遍的真実でありそれ以外はすべて虚偽だと感じている戦後民主主義=バラバラ個人主義もまた、その是非はさておき教育的洗脳という意味では選ぶところはないのではないか。
そして同胞が徹底的に遂行して見せたあの特攻を、私たちがそのように「犬死」であるとしか見ることのできないその見方自体に、またひとつの「洗脳」にもとづく強度のバイアスがかかっているのではないか。
つまり私たちが歴史を見る眼の構造それ自体の問題――そのことを分析しない限り、結局私たちはこれまでずっと繰り返してきたように、今後ともいつまでも、あの時代の歴史とりわけ特攻について、ひたすら声高に祭り上げたり・批判したり・拒絶したりするだけに終わってしまうと思われます。
それはこれまでどおり、単に非生産的という意味で不毛な結果しかもたらさないでしょう。
でなければ、そういう私たちの民族的トラウマ(というものがあるとして)を回避するため、その歴史的な位置づけ・意味づけを不問に付したまま、「悲劇的で感動的な人間ドラマ」がいつもまでも再生産される、と。
皮肉ではないつもりですが、それがあの映画の描写の限界として感じたことです。
もちろん興行的に「売れる」映画にするための常識的な枠・制約があるのは当然であり、またその限界内で映画が試みた特攻に対するヒューマンな視点は、それはそれで正当なものだと感じました。それはきわめて感動的でした。
しかし一方で、何かあの時代にあってきわめて大切だったはずのことが、ほとんど完全に抜け落ちていたと見えたのです。
そのことは今後検討しきたいと思います。
ともかく言いたいことは、史実としての若者たちのあの特攻には、実行した彼ら自身の多くがおそらく間違いなく抱いていたであろう、敗戦後の日本の私たちに向けられたいわばメッセージがあったと見える、ということです。
そうではないでしょうか?
(戦争末期のあの状況では、意識的な建前はどうあれ、心の深いところでほとんどの人が確実な敗戦‐亡国を予期していたと思います)
このことは「特攻隊員の皆さん、ありがとう」といって済むような単なる「いいお話」ではないと思います。
そうではなく、そのメッセージとは事実として彼らが強く内面に抱いたものであり、そして後世の私たちに届くことをはっきりと意図したものであったのではないか――そういう意味で、きわめてリアルなものであったし、現にリアルであると思うのです。
そしてそれこそが、いまだ私たちが受け取ることができないままでいる、彼らの抱いた「大和魂」の実質だったのではないでしょうか。
あの特攻をどのように解釈するかとは、つまりそのメッセージを私たちがどのように読み取り受け取るかということに他ならないと思います。
それは、私たちが日本人として自身のアイデンティティを再獲得するにあたって、たぶん避けて通ることのできない道です。
以降書くことは、そのひとつの試みに過ぎないものです。おそらくより広く適切な見方がもっとたくさんありうることでしょう。
しかしすくなくとも、それは私たち現代の日本人がここまで積み残してきてしまった、多分とても大切だったはずの課題だということだけは、間違いないと思われるのです。
映画の感想‐批評のつもりで始めたのですが、結局それを大きく逸脱した形で、しばらくこれで行くことになる見込みです。
不肖・一日本人の個人的な課題としてやることですが、お読みいただき共感/批判をいただければ幸いです。いずれも励みになります。
いまだ一般論ぐらいの知識しかなく、なるべく勉強して書こうと思うのですが、事実としても解釈としても、このことに関してはバランスの取れた適切な情報が少ないように感じます。
よい書籍やサイトなどをご存知でしたらご教示いただけますと助かります。
以下、「~だ」「~である」調で書くのは、単に書くための心のモードを変えるためですが、それもあって若干えらそうに感じられるかもしれません。
私自身、自分の現状をおいて何を、という感じがします。
が、えらそうに見えるとすればそれは、その大きなギャップを認識しつつ、「こうありたい自分」という向こうのほうからバックキャスト的に語っているつもりなのだ、ということで笑いつつお読みいただければと思います。
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営業所でもお話いたしましたが、レンタルDVDにて「男たちの大和」を観ました。
三谷様が以前、言われていたようにすばらしい映画でした。(配役もはまっていたし・・・やっぱり(;;)泣いちまった)
ガンルーム(たぶん)で、兵学校出身尉官と学徒出身尉官が今回の海上特別攻撃について論議していた場面にて・・・長嶋Jr(大尉)の台詞が特に心に残りました。
「敗れて、目覚める」
ただ敗れたから、格差社会がなくなりつつあるのか?
ただ敗れたから、自由な生活が出来る様になったのか?
それだけではないはずだ、幾百万もの英霊、非戦闘員の犠牲があったからではないだろうか。私はその方々に感謝したい。また、戦後復興に全力を出し切った年代の方々にも感謝したい。「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう!」
m(_ _)mまた、長々となりそうなのでこの辺で・・・ごめんなさい。この続きは営業所で(^^)/!
そうそう、「西部戦線異状なし」って、古~い映画(オリジナル)のラストは・・・考えさせられる結末でした。
元・付け屋・S様、コメントどうもありがとうございます。
「大和」ご覧いただいたとのこと、何よりであります。そういっていただけてうれしいです。いろいろ言ったものの、やはりあの映画はいい映画ですよね。
今回書いている「俺は、君のためにこそ…」でも同じなのですが、別れの場面とか、その先が予想されてしまうだけに胸に迫るものがあります(私も泣けるようになりたいス…)。
たしかに、あの士官(長島jr)の言葉は、今の私たちにとっても深く考えさせるものがあります。
おそらく当時の軍隊組織にかなりいたであろう彼のような合理的・理性的視野をもっていた人たちにとって、日本の完全な敗戦というのははっきりと意識されていたことでしょう。
にもかかわらず、戦略的には当時においてすらすでに無駄とされていた水上特別攻撃(決定の言葉が「死ぬ場所を得た」…)に往かざるをえない心境というのは察するに余りあります。
「敗れて、目覚める」というのも、亡くなった方々の心からのメッセージのような気がします。後世の日本人の皆に、こんな悲惨な状況で出撃せざるをえない、しかし出撃してみせた自分達の姿をよく焼き付けておいてほしい、と。
そして、いまの政治的な意思決定のいろいろを見ていると、いまこそ全体としての日本人が、彼らとその言葉を真剣に受け止める時期であるように思います。
ほんとうに、幾百万の人々の犠牲がなければ、この社会も私たちもはこのような恵まれた(いろいろ問題はありつつ)形では存在しえなかったのは間違いありません。思えばその後を受けた戦後復興も驚異的です。
私も祖父・祖母の戦中戦後の苦労を聞いて育ちました。本当に感謝したいです。(生きているうちに言えばよかった…!)
またぜひよろしくお願いします。
あ、「西部戦線異状なし」、見た記憶があります。すごく古い映画なのですが、不思議にそれを感じさせないものだったと思います。最後を覚えていない…残念。