むすび居合道の刀一会《JMMA会員》

日本武道本質「むすび」を探求している道場。むすび居合を提唱。武術居合道を通じて平和理念を解きます。もしもしむすび協会会員

居合道でむすびを学ぶ ★☆03☆

2022-01-09 22:24:30 | 刀一会technique
本気で今を生きている人は少ないかもしれない
特に大人はそうだ。
いままで武術・武道を教えてきたけれど
どうやらそういう結論に落ち着かざるをえない。
でもそれは誰のせいでもない。
理由は、
時間の本質、つまり時間とのむすびというtechnicを
知らないだけだから。

一瞬一瞬が生きている証なのに
多くの人は、100%かもわからないけど
みんな狼狽えて生きている。

自分の居所が現在(今という瞬間)にない人が多いということ。

今を生きるというのは、
人間の本質や性質、社会的環境、経済活動を
痛くても苦しくても、寂しくても、逃げたくても
今の気持ち、心を自分で受け入れるという事になる。

誰でも夢をみていたい、
空想の世界に逃げ込みたい
理想の自分に変身したい
でも、それは全部「逃げ」という意識でしかない。

私が、武術むすび階層Aでレッスンする内容は

今の時間の過ごし方、
つまり処理の仕方、考え方コンセプトだ。

それには、自分を変えたり
強がったりする必要はない。
それは逆効果になっても解決ではない。

むすびとは今の自分を
弱くても、美人じゃなくても、背が低くても
お金がなくても、孤独でも
受け入れるという事。

それからしか、始まらないのが
むすびtechnicであるといえる。

みんな強くなりたいとか、
精神的に弱い自分から抜け出したいと思って入門してくるが
ダメだ。
それは、今の自分から出発するのはいいが
今の弱い自分なりを、本当に受け入れた人がいう言葉。

弱い自分を認めることなく、強くなんてなれっこない。

むすびは自分と友達になることなんだ。
友達というのは、
上っ面だけの関係から人間の本質まで踏み込んだ関係を築くこと
そんな関係だ。

むすびは、意識の技だと説明している、けど
意識は正直で、
ちょっとでも、疑いや、あさましさや、厭らしさ
そんな不純物がちょっとでもあればダメだ。

だからむすびは
真っ白にならないと、努力しないと
難しいことではない
自分に素直になるだけ

でもこれが意外と難しい
自分は何者かもわからないのが人間だから
(宇宙規模のコンセプトでいうと、本当は何者でもない)





居合道でむすびを学ぶ ★02

2022-01-09 14:45:49 | 刀一会technique
むすびというtechnicは、
目に見える物ではありません。
ということですが、
絵空事でもなく、
そのわけは、例えば目の前のモノとむすびをつくれば
そこに物理的な作用が起きます。

意識のなせる業ですが
それでレッスンでも言っていますが
むすびは、言葉だけの学びではなくて
感覚を伴った、作用を引き出す
体験型の学びだと教えています。

教えているというと、偉そうに聞こえますが
ぜんぜんそんなことはなく、私はただの50代のおじさんです。

むすびは、訓練して身に着けるものではなくて
意識の技ですから
意識をきちんと学んでやっていれば
誰でも私みたいなことは可能です。

大きな人を持ち上げるとか・・
女子でも出来ます。これ事実です。
でもYouTube動画なんかでやれば胡散臭いので
やらないようにしています。

レッスンを受けていただくのが一番ですが
(宣伝しているわけではありませんよ)
マンツーマンレッスン~3名以内くらいで、
私も日常は、中学校の非常勤講師をして、
合気道も居合道も、また、学習塾SOLAで週3日教えていますので

指導できる時間は限られてきます。

以下の動画もむすびをテーマにしてのレッスンとなっています

刃物ナイフ護身術レッスン(初心者編)

居合道でむすびを学ぶ 01

2022-01-09 13:08:57 | 刀一会technique
刀の操作を学ぶのが居合道でない
刀を持っていなくても、手ぶらでも学べるのが、
むすび居合道。

むすびで
ヒト
モノ
動物
地球
宇宙
時間
と一体となる意識テクニック(秘伝)です。

その第一歩として、レッスンしているのが
「武術むすび階層A」です。

居合道の日常の稽古は、
刀を構えて「むすび」のレッスンをしています。

2022年1月8日の"多治速比売神社道場"

・ スパイダーマンノーウェイホーム
 むすびを早く体得する
 ~むすびのテーゼが見え隠れする映画でした。


公式ウェブサイト《刀一会》

脱サラは地獄と天国のどちらか? 34年前からのアドバイス

2022-01-06 23:35:36 | 日々一言
脱サラしたのは準大手に正社員勤務していた
証券会社から
34年前。
今はその選択が正解だったと思っています。
それは成功ではなく正解。
地獄でも天国でもなく
そんなことよりも、脱サラをした25歳の自分の決断を
いまの自分から褒めたいと思うほど
正解だったと思います。

今は、合気道、護身術、居合道と
非常勤講師の中学校勤務で生きています。
生きているというのは、

今をエンジョイしているということです。

人間として生活できることほど
幸せだと思わないと罰があたります。

売れっ子の芸能人は
幸せそうに見えますが
その素の人間をだれも相手にしてくれていない

幻の自分(世間が作り上げた“虚像”) に多くの人が
関心をもっていてサインを求めてくる
そういうことを心の底で実感し続けています。

実感すればするほど(有名になればなるほど)自分じゃなく
作られた商品としての自分を発見し、孤独感を味わい
寂しくなり
人間性に反した生き方という現実と向き合い続けなくてはいけません。

つまり、人間として生き難いのです。

むすびは、今を(現在を)生きることが大事だと教えます
その今を生きるというのは、
現在と向き合うということです。
回想とか昔話とか空想とか夢は
そう思い描いていることは現在を生きていないこととなります。
良し悪しのことをいっているんじゃなく
むすびという現象を言っています。

人は宇宙の中のチリの一つにしかすぎません。
肩書、作られた虚は社会の中だけのものです。

そんな社会的なものをはぎ取った個としての自分を
見つめたとき気が付きます。

ひとりの人間としてポツンと存在したとき
宇宙の本質(むすび、わび)をしらないと
意識が人の本質だ、根本だということに気づけません。
アニミズムです、究極の。

さて、本題の脱サラですが
20歳であろうが、30歳でも50歳でも決断ひとつです。
その時、なにを考えるかというと
後の収入のこと。
家族のこと。
世間体のこと。
仮面を脱いで素の自分だけになることへの恐れや不安

しかしそんな心配は私の経験上ありません、
なるように不思議となります。
それと、決断できた自分という誇りが後々の人生
寿命がつきるまでその事実は残り、ついてきます。

決断できずに諦めて
会社にしがみつくことを選択したら
収入はありますが、それ以上のものを失い
後悔はどこかで、心のそこで存在し続けます。

私は、脱サラを誰にも相談せず
ひとりで実行しました。
そのころはボーナスは100万を超えていました。
残業120時間もざらで
金銭的には何の心配もありません。

でも、脱サラ後は、
酒屋のバイト、溝そうじ、弁当の配達など
バイトをしながら学習塾を立ち上げそれなりの生徒さんが
きてくれるまで6年ほどかかりました。

その間に武術を習い
現在に至って、刀一会(居合道教室)や合気道(鴻心館館長)を指導できて
悔いのない人生を送れています。

ただし自分は成功したとは思っていません。
すきなことが出来ているという満足感があるだけです。

学校の非常勤でも
自分の思うように授業をしています。
もちろん公立学校ですから
カリキュラムは守っていますが
授業で生徒の意識を見て指導するというtechnicは
武術むすびと同じものです。

脱サラは、リスクを伴います。
脱サラで成功する方が少ないです圧倒的に
脱サラは、丸裸になって寂しい思いもあります。

でも、しかしです
決断した自分へは、神様は最後の最後には味方してくれると
今は心から信じられ思います。