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魔法少女リリカルなのは 彼女達の奮闘記 目次 1/2

2013年01月03日 | リリカルなのはSS目次
魔法少女リリカルなのは 彼女達の奮闘記 目次その2

想いを貫こうとする少女、願いを求める少女、そしてそれらを導こうとする少女、これはそんな彼女達の奮闘記です。主人公に与えられたのは(たぶん)ごくごく普通の力。それでも彼女は前向きに、ひたすらに、大好きな人たちを幸せにする為に努力を重ねていきます。



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2013年01月03日 | 彼女達の奮闘記
 黄昏時。夕闇がすぐ間近に迫っている。

 茜色に染まる空を見上げながら、少女は本日何度目かの溜め息をついていいた。もう何度目かのそれだったが、最初は何とはなしにその数を数えてはいたけれど、いつしかそれもやめていた。そんなものは数えるだけ意味のない行為だったし、そもそもが溜め息などという行為そのものが非生産的な行為だった。別に溜め息をついた数だけ、幸せが逃げていくのならば、そうならないように歯を食いしばってでも気持ちを前向きに持っていくような気性の少女だったけれども、とかく、彼女の思い人の事になると、そうも素直に行かないのが、実に複雑な悩み多き年頃の彼女なのである。

 その溜め息の理由がなんなのか、そしてそれをなんと呼ぶのかは、何とはなしに理解はしているけれど、確固たる名前をつけてそれを呼ぶにはまだまだ早い様な気がする。答えを見つけてしまうのが勿体ないような、そんな風に早熟ではあってもまだまだ世間の目から見れば幼いと呼ぶに相応しい少女がそこにはいた。

 それが彼女、アリサ・バニングスという少女なのである。

「はぁ……まったく嫌になるわ。こんな風にもやもやした気持ちを抱え込んだままでいるなんて、実に私らしくないわ!」

 言葉にすれば幾分かは気持ちがすっきりするとは思ったけれど、あんまり効果がなかった事に彼女はもう一度溜め息の数を重ねた。

「そうかな、悩むって言うのもアリサちゃんらしいとは思うよ?」

 そう彼女の背後から涼やかな声がする。アリサは肩を小さくすくめながら彼女の背後を振り返る。ふわりと長く伸ばした金色の髪の毛がひるがえり、夕焼けの光を反射しきらりときらめいた。そして、彼女の部屋のベッドの上に腰掛けて、たおやかに笑みを浮かべる彼女自身の親友を睨み付けた。

「こんな風にうじうじしているのが私らしいって言う事?」

 勿論、彼女の親友たる月村すずかがそんな事を思っている訳あるはずがない。それでもそんな風に悪態をついてしまうのは、やはり自分のしている事が『らしくない』と自覚しているからだろう。そんな彼女の心の内なんて、すずかにはとっくにお見通しなんだろう。唇に浮かべた笑みはそのままに、彼女は静かに目を閉じて、ゆっくりとではあるけれども、はっきりと首を左右にふった。

「ううん、違うよ。なのはちゃんやフェイトちゃん達の事が心配で心配でしょうがないって、そんな風に思っているアリサちゃんが。それなのに何にも出来ないからって何か出来る事はないかなって色々と悩んでいるアリサちゃんが、とてもアリサちゃんらしいなって言う事」

「うっ!」

 実に的確に自分の内心を言い当てられてしまい、気恥ずかしいやら何やらでアリサの顔は、耳たぶまで真っ赤に染まる。

「それと、またなつきちゃんが何か無茶な事をしていないかという心配かな?」

「なっ、なっ、なっ!」 

「正解?」

「ち、違うわよ!」

 あわあわと慌てふためくアリサにをみてクスリと笑みをこぼしながら、すずかはベッドから立ち上がり、テラスに立つアリサの横に並んだ。

「そうかなぁ?」

「むぅ……そういうすずかはどうなのよ?」

そして夕日をみながら、まぶしげに目を細めるすずかの横顔を見ながら、少し頬を膨らませてアリサはすずかに問いかける。彼女の目にはすずかのその態度が、いつも通りの彼女であるかの様に思えた。だから理不尽であると言う自覚はあったけれど、ほんの少しだけ彼女のその態度に腹が立った。

「うん、心配だよ。すごくすっごく心配。ほら、なつきちゃんって他の誰かの為ならどんな事でもしちゃう子でしょ?だから、きっと今も何か無茶な事をしているんじゃないかって、そんな風に考えると、胸がいっぱいになるくらいに心配だよ。そんな事をしでかしそうな子が3人もいるんだもん」

「3人……か」

「そう、手のかかる子が3人に増えちゃったしね」

 アリサはなつきそっくりの……彼女達の説明では、彼女達は双子のようなものである。ならば、そっくりなのは当たり前である……少女フェイトの事を脳裏に思い浮かべた。確かに、彼女は世話が焼けそうだ。そしてアリサの思い浮かべた姿は、ちょこんとお座りをしている小型犬の様なフェイトの姿であった。その姿にはおまけで犬耳がついている。ご主人様に叱られたのか、しゅんと悲しげにその大きな瞳が潤んでいる。アリサは熱いものが鼻の奥にこみ上げてくるのをちょっぴり感じ、鼻を思わず押さえてしまった。

 なつきが気まぐれなネコであるとするならば、フェイトは人なつっこい子犬であった。

「全く世話が焼けるわね」

 鼻を押さえたまま、フガフガと言うアリサに、すずかは小さく首を傾げた。

「本当に。でも、一番なのは、やっぱりなつきちゃんなんだよね。」

「そりゃそうよ!あんなに無茶ばっかりしているやつほうっておける訳ないでしょ!!」

「そう言う意味じゃないんだけど、ま、いっか。でも、それって、なつきちゃんの事が好きだから、かな?」

「う……それは……どうかな。そりゃ、それなりに自覚症状があるのは認めるけど……」

 だよね、とすずかはにっこりと微笑みながら、こくりと頷いた。

 好きという感情があるかと問われれば、そうだと答える。なのはやすずかに対して持つ好きだという感情とは少し違う。その差がなんなのかわからない。友情というものがどんなものか説明は出来ないけれど、何とはなしにわかっているアリサであったが、なのはやすずかに抱いている感情はどちらかと言えば友情に分類されるのだろう。ではなつきに感じるこの感情がそうかと聞かれれば違うと思う。彼女が親友かと問われれば、何の躊躇いもなく、そうだと答えられるけれど。でも、その違いは何なのか、そこに違いがなければこんな風に悩んだりはしないだろう。それに大人の人が自分の好きな人に抱く『愛してる』という感情とは違うような気もしている。でも、好きなものは好きなのだ。

 それは、実のところすずかだって変わりはしない。彼女だって何故かと問われれば、彼女だってわかりはしない。わかるはずもない。その思いを抱くに至った原因は何かと問われれば、色々と思い当たる節はある。自身の姉となのはの兄の、もどかしいようなじれったいような、だけれども確かにそこにはある恋愛模様を間近には見ているけれど。あの二人を見ていれば、ああ、自分の思いはずいぶんと『いびつ』なのだなと思いもする。だけれども確かに心の中に灯ったこの光は、苦しくはあるけれど、暖かくて優しくて。いつかは『思い出』になってしまう覚悟は出来ているけれど、万が一……確率的にはもっと高いはずであると、すずかは思っている、にでもその思いを成し遂げる可能性があるのだとすれば、そこに向かって走ってみてもいいのではないかとすずかは考えている。そんな風に思えるようになった原因の一人と、同じ悩みを抱え、そしてきっと『コイガタキ』になるんだろうなと思うと、やはりちょっとだけ複雑な気持ちになるすずかであった。

 「よくよく考えてみたら、どうしてあんなに面倒くさいのを好きになったのかな……」

 アリサがそうこぼす。

 ふとした疑問。そう言えば、アリサはどうしてすずかがなつきを好きになったのか、その理由を知らなかった。勿論彼女から問いかけたりはしなかったからだけれども。なつきという少女が誰も彼もを惹きつける存在なのはわかっている。でも、実際、彼女のなにがアリサをここまで惹き寄せるのか……。性格的には明るだれにでも親切。誰かが悲鳴を上げれば、取るものも取らずにその場に駆けつけていくタイプ……。アリサやすずかが助けを求めれば、必ずそれに応じてくれるだろう。しかしながら、それがなのはやフェイトだったとしたら……。彼女はそれこそ命をかけてしまうに違いない。例え自分自身を犠牲にしたとしても。それは彼女達と、なのはやフェイト達との決定的な差であるようにアリサは思えた。それでもやっぱり、好きなのである。

「すずかはさ……」

「うん?」

 
「どうしてあの子の事が好きなの?あの子のどこが好きなの?」

「……」

 一瞬ぽかんとした表情を浮かべたすずかだったけれど、一瞬考え込むような仕草をして、その整った顔に僅かに怒りの表情を浮かべた。

「それを、どうして、真っ先になつきちゃんにキスしたアリサちゃんが聞くのかな。質問を質問で返すのはよくないけれど、それこそアリサちゃんはどうしてなつきちゃんの事が好きなの?」

「どうしてって、どうしてだっていいでしょう?」

「それはずるいよ。だったら私も内緒。でも、アリサちゃんが話してくれるなら、話してもいいかな」

「えっと……わかったわよ。でも……」

「うん、アリサちゃんがどんな事を言っても笑うつもりはないよ?」

 「すずかがあたしの事を笑うなんて思っちゃいないけどさ。自慢して話せる事でもないんだけれど……あーやっぱり恥ずかしい!すずかから先に話してよ!」

「いいけど……」

 しょうがないなぁといった風にすずかは苦笑を唇に貼付けながら自分の『想い』をしゃべり始める。アリサの言う通り、自分の想い人の事を話すなんて気恥ずかしい以外の何ものでもないのだが、その『想い』は過ちであるとは考えたくないから、自信をもって言葉にする。

「私の場合はやっぱり、命の恩人という事が大きいかな……」

 よくある話だと笑わないでねと言うのが。、すずかの話だった。彼女の場合、なつきという存在は強さの象徴であった。身体的なそれは一般的な少女達のそれと比べて特筆するほどの能力を持つ彼女だったが、精神的なものはそれほどではないと自覚している。気弱でおっとりとした性格の彼女からしてみれば、なつきという存在は、彼女の心のあり方というのはとてもまぶしく映るのだ。あこがれと言ってもいい。だから、彼女の、その行動には憧憬にも似た想いを抱いていたのだ。無論アリサやなのはだってすずかからしてみれば十分に『強い』少女達である。ただあの時、海鳴の街を災害が襲い、その原因は後からジュエル・シードと呼ばれるこの世界にはない文明の遺物が引き起こしたものだと聞いたけれど、その時自分の命がとても危険な状態にあった事は確かである。そして残念な事に彼女自身がその光景を目撃した訳ではないのだけれど、その時彼女を『魔法』の力で救ったのがなつきだったのである。

「だからね、なつきちゃんは私にとってヒーローなんだよ」

 すずかの大好きな本の中には、彼女のように魔法を使ってお姫様を助けてくれる魔法使いのお話が幾つも載っていた。つまりすずかにとってはなつきは強さの象徴なのである。自分を守ってくれる白馬の騎士なのである。考えてみれば、自分の身を顧みず、誰かの為に奮闘する彼女の姿は、まさに絵本の中に出てくる騎士の姿に重なるのだろう。ただそれが騎士でも王子様でもなく、相手もお姫様だった訳だけれども。

「ただ、なつきちゃんの場合、騎士様と言うよりは、お姫様をさらう性悪魔法使いの側のイメージだけどね」

 ひどいなと言いながらもアリサは否定はしなかった。そして「うん、でもなつきちゃんなら浚われてもいいかなぁ」と呟くすずかに、アリサはたあきれた視線を投げかけた。

 とにかく、すずかの好意はなつきに対する憧れが大きいのだろう。それはきわめて正しく、なのはやフェイトが彼女に抱くものに似通っているのではないかとアリサは考えた。でも、そうなると彼女の抱く思いとは少しばかり異なっている。

「じゃぁ、次はアリサちゃんの番だね」

「うん……あたしは……」

 アリサの場合、やはり印象的だったのが、あの海鳴の街での出来事である。なつきやすずか達と街の繁華街へと出かけ、そこでであった不思議な出来事。まるで世界が壊れるかと思えるような揺れの後に気がつけば、街のあちこちが壊れていた。今となってはそれが、なのはやユーノ達が探しているジュエル・シードと呼ばれるものの仕業であると聞いたし、それが原因であると理解できているけれど、その時はただただアリサは混乱していた。その時に毅然とした態度でいたのがなつきであった。そして彼女はなのはの姉である美由希や、すずかを助ける為に彼女達の目の前で、彼女の持つ、秘匿されて然るべき、魔法の力を解き放った。そして彼女の親友や、友人の姉の命は救われた訳だが、ただそれだけならば、アリサもすずかと同じ想いに至ったに違いない。

 けれども、彼女は見てしまった。目を真っ赤にして泣く少女を。

 守ってあげなきゃ。

 そうアリサは思ったと言う。

 なつきは誰かの前だと、誰よりも強い態度で振る舞うような少女だったけれど、一人で涙を流す彼女は、こんなにもか弱い存在なのかと、アリサは、自分の腕の中で少女の震えを感じながら思ったという。それ以降は、人前では決して泣く事はなく、アリサの前でだって流した涙はその一度きりだったけれど、それでも、どこか人のいない所で泣いているんじゃないかと、アリサは心配していたのだ。

「だから、えっと、なんて言ったらいいんだろ。よくわからないけど、なつきだって普通のどこにでもいるような……あんなのがどこにでもいたらそれこそ世界は無茶苦茶になっちゃうような気がするけれど……って、そうじゃなくて……そりゃぁ、魔法の事とか普通の人とは違う所はいくらでもあるけれど、それってあの子の個性だと思えばなんでもないじゃない?マイノリティって言ったって、気がつけば、なのはだとか、フェイトだとかプレシアさんだとか……後、リンディさんもだっけ……魔法が使える人ってなんだか身の回りにいっぱいいるみたいだし……ああ、ともかく、なんだかんだ言っても、あの子だって普通の女の子なんだからさ!そんなあいつが泣くのをこらえて、歯を食いしばって頑張っていても、あたしは何にも出来ないけれど、でも、泣いてるんだったら一緒に泣いてあげたいし!笑っているんだったら一緒に笑ってあげたいだけよ!」

「……そっか、アリサちゃんはなつきちゃんにとってのヒーローになりたいんだね」

 すずかはまぶしげに、頬を紅潮させる友人を見た。そして、これは少しばかりアリサに負けたかなと素直に認めた。彼女の思いは強い。彼女はあくまでもなつきと同じ位置に立とうとしている。あるいは彼女を守ろうとさえしている。直接的な力はなくても、精神的な守護者になりたがっている。その庇護にすがろうとしていた自分とは大きな違いがあった。なつきと言う存在がなければ、今すぐここで惚れてしまってもいいぐらいだ。

「そんな事……ないわよ。それに、何も出来ないんじゃ、ヒーローになんてなれないわ」

 アリサは否定するけれど。なつきがかつて彼女の前で見せた涙は、アリサを信頼している証なのだとしたら、彼女は十分になつきに何かをしてあげられている。彼女と自分は、すでに一歩どころではない差をつけられている事になる。

「だからと言って、諦めるつもりはないんだよね……」

 ぼそりとそう呟いた。そう、諦めるつもりはない。

「何か言った、すずか?」

「うんん、何でもないよアリサちゃん」

「そう?」

「そうだよ」

「ならいいけどさ……あ、みて!流れ星!」

 アリサが指さしたその先に、きらりと星が光の尾を引きながら流れていった。

「願い事をするとかなうって言うわよね!」

「あ、えっと……」

 流れ星というものが、そんなにロマンチックなものではなく、地球の大気に触れて燃える宇宙のゴミくずだったり、廃棄された人工衛星だったり。そういった物理的な現象であると、夢も何もないその正体をなつきから聞かされてはいたけれど、やはり、そこは夢見る少女達の事。アリサはどんな願い事をしようかなと、なつきが無事に帰ってくるようにとでもお祈りしようかしらと考えていたけれど、気がつけばすずかの姿が隣にはない。

「あれ、すずか?」

 きょろきょろと首を左右に回し、自分の親友の姿を探すアリサ。気がつけばすずかの姿は今までお茶をしていたテラスにはなく、少しばかり彼女から離れたアリサの部屋の中にあった。

「どうしたのよ、すずか!」

「えっとね、アリサちゃん」

 部屋の窓から顔だけのぞかせて困ったような顔をしながら笑みを浮かべる。

「たぶん、たぶんなんだけどさ……このお話で流れ星ーなんて言うと、きっと碌な目にはあわないんじゃないかなーって……」

「はぁ!?なに訳のわからない事を言っているのよ!!」

 呆れたように腰に手を当てて憤慨するアリサの耳に、何かが聞こえたような気がした。

「何か言った、すずか?」

 それは人の声のような気がした。

「あは、あはははは……たぶん、そこにいると危ないよ、アリサちゃん」

「へ?」
 
「アリサーーーーー!」

 聞き慣れた声。今、彼女が一番聞きたい声。その声が彼女の背後から聞こえた。はっきりと。それは空耳でもなく、幻聴でもなく。間違いなく、彼女の大好きなあの子の声。

「なつき!?」

 驚いて彼女が振り向くと、あの流れ星。流れ星というものはあっという間に消えてしまう。だからこそその前に3回も願い事をするのはとても難しいのだけれど、その流れ星が消えもせずに、ぐんぐんと彼女の目の前で大きくなっていく。

「え、え、ええっ!?」

「アリサーーーーー!」

 もう一度、その声がした。

 流れ星は、もうその正体がはっきりと目視できるぐらいにまで大きくなっている。それは少女。彼女のよく知っているあの子の姿。でもちょっと違う。何かが違う。何が違う?

 相違点はただ一つ。髪の毛の長さが違う。あの子は色々な事情から髪の毛を短くしてていたはずだ。この子はあの綺麗な金色の髪の毛を、なのはの様に両サイドに黒いリボンで結んでいる。

 ならば、あの子にそっくりの姿を持つこの少女は一体誰だ?

 いや、彼女はこの少女の正体を知っている。

 その少女が一直線にアリサに向かって『降って』くる。

 「……フェイぶべぼ!?」

 その正体に気がついた時、アリサの小さな身体は、全身でぶつかってくるフェイトの身体を受け止められるはずもなく、その衝撃で、二人してごろごろと地面を転がりアリサは気を失った。

 一人、安全圏に逃げ出していたすずかの事をちょっぴり恨めしく思いながら……。  


 そんな風にフェイト・テスタロッサが、バニングス邸に『墜落』してくるほんの少し手前まで時間はさかのぼる。そもそもが、何故彼女が、このタイミングでアリサの目の前に落下してきたかを語らなければ、物語は進まないだろう。

 時間は、なつきが目を覚ました辺りまで巻き戻す事にしよう。

 彼女に起こった事態が何かという理由はともかくとして、彼女はその目を開いた。身体が透けるような状態であるのはそのままではあったけれども、それでも彼女は目を覚ました。それがどれほど医学的な奇跡であるかは、彼女を取り巻く医師達の表情から察する事は難しくはないだろう。だがしかし、彼女は確かに目を開け、彼女を取り巻く者達にとっては聞き慣れたその声を出した。それは、身体が透けているという異常事態において、その事は何ら解決には至ってはいないけれども、それでも彼女の関係者達にとっては、ひとまずの安堵の材料だった。

 そして、なつきのその声に思わず感極まって、彼女が怪我人であるにも関わらず、抱きついてしまった二人の少女の事を、誰も攻める事は出来なかった。

 「なつきちゃん、なつきちゃん、なつきちゃん!」

 「なつき、なつき、なつき!」

 そう、彼女の声を連呼しながら、歓喜の涙を流しながら、抱きついてくる二人の少女を、なつきは一瞬戸惑った様な表情を浮かべたが、すぐに、表情を和らげて、抱きついてくる少女を抱きしめてた。その様子は、まるで二人の少女のぬくもりを逃さないようにするかのようだった。

 そんな彼女達の様子を慈愛めいた笑みを浮かべて見つめていたプレシアだったが、ふと首を右に45度ほど傾ける。そして、自分の考えをまとめあぐねているのか、間を少しおきながら、問いかけの言葉を発する。

 「それで、貴女に聞きたいのだけれど……」

 ああ、と全員がプレシアの聞きたい事を察する。

 こほんと改めてリンディが咳払いをする。

 少なくとも、なつきが意識を取り戻し、アースラが抱え込んでいる懸念事項の一つは払拭された事になる。けれども、彼女達が抱え込んでいる『緊急事態』はすべてが解決した訳ではない。アースラが観測している次元振動は、異常と呼べるような物理的な現象が発生している訳ではないが、アースラの観測装置は、間違いなくその発生を観測している。いや、観測機器がその異常を検知しているのに、アースラの周辺には何ら目視で確認できる異常が発生していない、そのこと自体を異常事態と呼ぶべきかもしれないけれど。それがまず一つ。そして、何よりも、その次元震の発生と呼応するかのように、その存在が希薄になりつつあるなつきと言う少女。その因果関係を説明できるものは誰もいないのだけれど……あるいはプレシアは予測がついているのかもしれないが……彼女自身が目を覚ましたのなら、本人に聞いてしまえばいい。それで解決に至らなくても、何らかの手がかりにはなるはずだ。ならば、プレシアの問いかけようとしている内容は、その事象の解決に結びつくのか、あるいは推論の為に使用するのかはわからないけれど、その類いの問いかけに違いない。

 ならば、プレシアにその問いかけをさせるのは、あっているかもしれないし、間違っているのかもしれない。研究者として魔導士として。彼女ほどの優れた人物は、今このアースラに乗っている人員の中にはいないだろう。そして何よりも事件の渦中にいる少女の母親自身でもある。ならば、その問いかけがどんな内容のものであったとしても、プレシアがするのが適切であるように思える。

 しかし一方で、その問いかけの内容がなつきを傷つけるようなものであるとするならば、同じ子供を持つ母親として、させてはいけないような気がするのだ。なつきが相手であれば、おそらくプレシアの意図をくみ取り、どんな質問であっても、適切に、平然と答えを返してくるだろう。例え、その答えが出せないようなものであったとしても、そうであると断った上で、自分の推論を述べる事だろう。そういった聡明な少女だ。だが、それが人の心を傷つけたか否かは、なつき自身でないとわからない。あるいは彼女自身気づかないかもしれない。ならば、いかなる理由があるにせよ、プレシアにそんな質問をさせてはいけないと、リンディは判断した。

 それでなくても、管理局にしたって彼女個人にしたって、この母子達には返しきれないほどの恩義があるのだ。ならば、リンディが彼女に変わって質問をするべきだろうし、それは彼女の職務にも反している訳ではない。だから、まだ頭の中を整理できていない様子のプレシアを引き継いでリンディがなつきに質問をした。

 「それで、なつきさん。まず貴女に起こっている事なんだけれど……」

 と、問いかけようとした所を、プレシアが待ったをかけた。

 「どうしたのかしら、プレシア」

 プレシアは、うん、と指をあごに当てて一瞬考え込む仕草をしながら、その視線を自分の娘に向ける。

 「そうね、一応、貴女の気持ちは嬉しいのだけれど、この質問は私がしなくちゃいけないから。せっかく私達の事を気づかってくれたのに、ごめんなさいね」

 プレシアが謝罪をするが、別にリンディとしてはその必要は感じない。ある意味リンディの気の回し過ぎなのだから。それに、彼女が考えていた事ぐらい、プレシアも既に考慮済みだという事である。あらためて彼女の思考のはやさに驚きと言うよりも戦慄を覚えるリンディであった。本当に、この偉大なる魔女が『敵』出なくてよかったと安堵する自分がいる事を自覚せざるを得ないリンディであった。

 それにしたって、この母親は自分が質問をすると言ったのである。ならば自分は退かざるを得ない。だから、リンディは一方後ろに下がった。

 代わりにプレシアが前に出る。

 そんな母親に、なつきはまっすぐな視線を向けた。彼女の目には毅然とした態度を取る母親の目の奥に浮かぶ困惑の表情を見て取れた。

 だから、彼女は、『彼女の声』で、プレシアの質問に答えを出した。プレシアはまだ問いかけの言葉すら発していない。それでも『彼女』はその質問を見抜いていた。その質問が来る事を理解していた。なぜなら……。

 「お察しの通り、『私』という存在は貴女の娘のアリシア、あるいは貴方達が『なつき』と呼ぶ存在ではありません。そして貴女が想像している通り、そして貴方達の言葉を借りるのであれば、私は『ジュエル・シードの暴走体』です」


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2013年01月03日 | 彼女達の奮闘記
 依然アースラに鳴り響く警報は解除されてはいない。けたたましく鳴り響くアラームはこの医務室では聞こえないように解除されてはいたけれど、モニタにはレッドアラートを示す文字が踊っている。

 「観測班、報告をお願い」

 あれからさほど時間はたっていないけれど、観測と推測をするには十分な時間であるとリンディは判断したようだ。今あるデータでの発現で構わないからと付け足して、医務室にプレシア達といるその状態のまま、観測班の報告に耳を傾ける事にした。

 「医務室内部において依然微細次元震継続発生中。医務室内の彼我境界線(リアルホライズン)は安定していますが、フラクタル境界層での境界面初期剥離を確認。しかし特定の領域で崩落と修復を繰り返しています。それから第三現実構築(ユークリッド)係数が異常値を算出しています!絶対観測点(コハヴハツァフォン)からのエコー、混線(ノイズ)により捕捉できません!!通信波の汚濁指数(コンタミネーション)増大しています!」

 「にもかかわらず周辺空間に認識できる異常事態は発生していないし、アクティブソナーからの応答から、このアースラの周辺はまるで凪のような状態です……ウシャス、ラートリに観測要請を行いましたが、両艦とも本艦内部以外からの異常は観測できないと言う回答でした。あり得ません!観測の結果から次元震の発生は確定事項なのに!」

 神経質そうなアースラの観測班に所属する隊員達が告げる。普段は冷静沈着な彼らであったが、今のその声は叫び声にも近かった。本来ならば、どんなに小さなものとは言え、それは次元震なのだ。その周辺に影響を及ぼさないなどという事態はありえない。あってはならないのだ。例えば、地球でなのはとフェイトがジュエル・シードを奪い合って争った時に、謝って暴走させた時に引き起こした中規模の次元震は、あくまでもその前兆と言ったレベルであったとは言え、次元航路に明らかな痕跡を残したのだ。その痕跡を追跡してアースラは第97管理外世界へとやってきたのだから。

 そしてジュエル・シードの発現の幾つかは痕跡として観測されている。魔法というのは未知な手管ではなく、現実の現象として観測されるのだ。ならば丁寧に解析を行えば、何らかの回答が得られるはずであった。だとすれば現状のアースラの持つ観測機器ではその現象を捉える事が出来ず、アースラのスタッフの持つ技術が未熟であるのかと言われれば、それはないとリンディは確信している。

 「意味がわからないわ。わかるように言って頂戴」

 『意味がわからない』と言う言葉は、リンディもまた観測班の人間達と同じ思いだったのだろう。今起こっている事はちゃんと事象としては理解できている。けれどもその心は信じられないという思いでいっぱいなのだろう。だから、その語気が若干強くなってしまったのも仕方のない事だろう。だが、それでも観測班の彼らにリンディの問いかけに答える事が出来る知識はない。いや、管理局のどのデータベースを探したってありはしないだろう。すぐにその事に気がついた彼女は『御免なさい』とすまなそうな顔をして頭を下げた。だが逆にこの優秀な艦長に頭を下げさせた事に罪悪感を覚えたのもまた紛れもない事である。だから、観測班は引き続き観測と過去の事例との比較を行う事をリンディに告げてモニタを閉じた。

 「たぶんなんですけれど」

 なのはが手を上げた。リンディは頷いて彼女の発言を許可する。別にいちいち誰かの許可を取る必要もないのだが、それがなのはと言う少女の気質なのだろう。

 「なつきちゃんが次元震を起こさないように何かしているんじゃないんでしょうか」

 その言葉を聞いてリンディは、ため息と共に首を左右に振った。周囲からはなんと『非常識な』と言う声は上がるが、それを否定する声はでてこない。実際、なのはの言っている事に関して……なつきという少女がこの事態に何らかの形で関わっていると言うのは彼女も同意というのが偽らざる本心である。だけれども、感情論では間違いないと思っていても、それを理屈では説明が出来ない事もまた事実。

 「ありえないと否定したい所だけれど、出来ないのが彼女らしいわよね。彼女なら何をしてもおかしくはないと思わせる何かがあるわね。どんな非常識な出来事だって、なつきさんだからですませられちゃうような」

 それはちょっぴり酷いと思いますけど、となのはは言うが、困ったようににゃははと笑うだけで否定はしなかった。フェイトもアルフもうんうんと頷いている。ユーノは苦笑いをこぼしていた。気持ち的には弁解してあげたいのだが、彼女の非常識の一番の被害者でもあるユーノ・スクライアにはその術がない。

 これも信頼とか言うやつかしらね、とプレシアは彼女の娘に対する厚い信頼?に思わず涙がこぼれそうになった。

 が、そうも言っていられない。娘を助ける為にも、そして科学者としてこの現象を解明する為にも、プレシアはなのはに問いかけた。

 「確かになのはさんの言う通りだと思うわ。でも、それを説明するにはちょっと自信がないの。参考までに貴女がそう思う根拠を聞かせて頂戴。そんな詳しくなくてもいいから」

 もともとなのはに論理的な回答なんて期待していない、等というのは彼女に対して失礼に当たるとは思うが、彼女ぐらいの年齢の少女にそんな事を求めるのが無理というものである。

 「あっと、えっと……だから、たぶん、です」

 しゅんとうつむくなのは。

 「あらら、御免なさい。でもね、私も貴女と同じように思っているのよ。この不可解な現象を引き起こしているのはあの子じゃないかって。たぶん間違いないわね。あるいはこの現象を抑制している方かしら、ね。フェイトはどう思うのかしら。何でもいいわ。思う事を言って」

 「えっと、なのはと……同じかな」

 母親の質問に、フェイトは少し考えるような仕草をしたが、そう答えた。彼女だって色々と考えている。けれども今起きている事に答えを見つける事なんて出来はしない。

 「僕は……後者だと思います」

 「それは勘?それともスクライアとしての経験かしら」

 「どちらかと言えば前者です。でも、ユーノ・スクライアの経験というのならば、そうです。彼女ならば……やりかねません」

 その言葉にリンディは頷きながらも首をかしげた。

 「経験、あるいは知見ね。確か……私達がここに来るきっかけとなった次元震、あれを食い止めたのは彼女だったはずよね。ならばやはり、今回のこの現象もまた彼女自身がしている事かしら」

 「たぶん……ですけど。あやふやな言葉ばかりで申し訳ありませんが」

 と言うユーノではあったが、今この場で、この医務室でおきている不可解な現象を説明できる人間はいはしない。

 「でも、そうなると、次元震が発生する理由は何?ジュエル・シードは、少将殿が暴走させた為に回収できなかった分を除けば、それ以外のものはすべて私達の手中にあり、それらは貴方達の手によって完全に封印されています。それらは厳重に管理状態におかれている為に暴走する可能性は万に一つあるかないかの程度のものです。ゼロであるとは言い切れませんが。それなのに実際にはこの場所で次元震は発生している。それは観測情報にもとづく事実です。ならばその発生を最小限のものにしているのがなつきさんであるとしたら、それを発生させているのは一体何?そして、現象として説明するのは難しいのだけれど、なつきさんの存在が希薄になっていっているこの状態は一体何なのかしら?」

 「……わかりません。すみません」

 「御免なさいね、それを知りたいのは貴方の方なのに」

 うなだれるユーノは可哀想ではあったが、リンディとしてはこの事態を放置しておく訳にはいかない。何よりもアースラの艦内で起こっている異常事態である。次元災害である。艦内の人命を預かっている事もあるが、何よりも次元世界への影響を危惧しなければならないのだ。そして何よりも、なつきという人間の命を救わなければならない。だからこそ起こっているこの現象の解明が急務なのである。

 「それで、彼女の様態は?」

 だからこそアースラの医務官にそう問いかけるリンディの声もひどく緊迫感を感じさせた。

 「ひどく危険な状態なのは間違いはない。今はなんとか安定しているがね。ただ……」

 「ただ……?」

 白さが混じり始めた髭をなでながら言い淀むその医務官の言葉にリンディは首をかしげる。インフォームドコンセプトなどという言葉が管理局の医療において一般的なものであるか否かは別として、重要な事柄であれば、例え相手が提督の地位にある人間に対してであっても、ずけずけとものを言う人物であった。いささか無神経な嫌いのある人物ではあったが、その技術は確かである。なのはやフェイトと言った子供達や、なつきの母親でもあるプレシアに対する配慮と言うわけでもないのだろう。

 「彼女の衣服に付着した出血量からして生命の危険があるのは確かだ。緊急に対処をする必要がある。それは事実だ。輸血の準備はするが構わないかね?」

 一同が息をのむ。血液と言うものは、当然の事だがその総量というものは、その人間の体格や体重などに比例する。だいたい体重の8%前後が血液量と言われている。そしてそのうちの20%を失えば意識障害を引き起こす恐れがあるのだ。成人であってもその量は1リットル前後。僅かに1リットルの出血量で人間は容易に生命の危険に陥るのだ。

 「当然ね」

 リンディが頷き、医務室にいるスタッフは急いでその準備を始める。だが、なつきの姿はその当初に比べてずいぶんと薄くなってきている。すでに彼女の身体を透かしてベッドが見えてきている状態なのだ。こんな状態の彼女に輸血という処置が可能かどうか、それで彼女の命をつなぎ止める事が出来るのかどうかは、いくら経験豊富な医務官達であっても判断がつかない事であった。

 だけれども、例えその確証がなくても、それは、やらねばならない事である。

 「……おそらく出血の傷口は腰の右側にある射創だろう」

 その初老の医師は医務室のコンソールを操作しながら、傷のある部位を示している。その彼の背後で、看護士達が彼女の処置の支度を始めている。 

 「射創?」

 「ああ、一般的には銃創と呼んだ方がいいのか。銃弾による傷跡の事だが……」

 そんな事は言われるまでもなくわかっているとリンディは首を左右に振る。

 「けれど、どうしてそんな傷が!!」

 「現場検証をしたわけではないから何とも言えないが、監察医的な見方をすれば、ヒューゴ少将殿……元少将殿か……の撃った拳銃の弾が彼女にあたったのではないかな。その弾は彼女の身体に残った傷の付き方からして、彼女の身体を突き抜けていったと思われるが……それはそれで問題だが、一つの疑問が生じる」

 「それは……普通だったら、とっくに危険な状態になっていたのにもかかわらず、彼女は少なくとも表面上は平気な顔をしていた……と言う事ね」

 この様な状況であるにもかかわらずリンディはため息をついた。普通ならば、何を馬鹿なと、あり得ないような事だったが、彼女の気性ならばそれがあり得ない事だと否定する事が出来ない。誰かに迷惑をかけられる事に関しては何とも思わないが、その逆になると途端に消極的になるのが彼女なのだ。それにしたって今回のこれは度が過ぎている。だけれども、それにしたっておかしな事である。それが単純に痛みであるというのならば、あるいは我慢し耐える事が出来る、かもしれない。大人にだって悲鳴を上げるほどの痛みが、苦痛がそこにはあったはずなのに、それを我慢する事は不可能であるとは言い切れない。でも……。

 「その通りだ。本来ならば……」

 初老の医師は一度、なのはとフェイトの方を見て、そしてリンディに視線を合わせた。確かにこの二人には聞かせたくない事だ。二人が、彼の言葉の意味を理解できるかどうかと言う問題でもあったのだが、聡明な少女達である。その内容を完全には理解できなくても、含まれた雰囲気で十分に、なつきの置かれた状況を把握する事だろう。だからこの場で二人に悲しい事実を伝える事は出来ればしたくはない。

 けれども、なつきが非常に危険な状況にあると言う事は言われなくても肌で感じているだろうし、この場から立ち去る事を命じても、頑として聞き入れる事はないだろう。わくかに困ったような表情を浮かべたリンディにプレシアが助け船を出した。

 「二人の事ならきっと心配はいらないわ。それに内緒にしても駄目よ。後で私が二人に彼の言った事をそのまま伝えるもの」

 「だったら、貴女にも退席してもらいたい所だけれど」

 「それは断固拒否させてもらうわ」

 そうよね、と、心の中でつぶやきながら、リンディは医務官に、言い淀んだ言葉の先を続けるように肯定の頷きを返した。

 「ふむ……では説明を続けるが、おそらく彼女が撃たれたのは最初に元少将殿が彼女を人質にした時だろう。報告書には3度の銃声が聞こえたという事だから、その内の一発が直接、あるいは跳弾したそれが彼女を傷つけたのだろう。そしてそれから彼女が人質の状態から解放され倒れるまでおおよそ15分……その間彼女はその傷の苦痛に耐え続けた事になるわけだが、それは彼女の超人的な精神力の強さで我慢できたと仮定しよう。あるいは別の手段を取っていたかもしれないのだが、それは今は確認しようがないからおいておくとして。少なくともその間、彼女の傷口からは血液が流れ続けていたわけだ。ヒューゴ元少将殿の持っていた拳銃は護身用の口径の小さなものだったが、それがまともに当たったのだ。傷口はそれほど大きなものではないはずだが、弾丸が体内を貫通したのだ。大の大人ならともかく、小さな子供が、彼女程度の体重の子供が、それで15分も耐えれるはずがない。本来ならば彼女は最悪の事態になっていてもおかしくはなかったんだ」

 そう言えば、と、リンディとプレシアははっとした表情を浮かべる。本来であるならばこの医師の言う通り、プレシアは自分の娘を二度失っていてもおかしくはないような状況だったのである。何となく感じていた違和感。それの正体の一つがこれだったのである。

 「でも、なんで!?」

 「だから、判断に迷っている。実際に彼女の傷口を見てみたが、予想される傷口よりも遙かに小さなものだった。とても拳銃が突き抜けていたようなばかりの傷跡ではない、と、言うよりも、それを治療した後のような傷跡だった、と言うべきかな。彼女の傷跡には確かにそれが銃創であると言う証拠が残っている。実に特徴的な証拠が、ね。でも、その傷跡は何者かによって治療されたかのような状態になっていた……」

 「それって、まさか、彼女が自分自身で治癒魔法を使って傷を治していたという事?」

 「他にこの状況を説明できる事が出来る方法はない。状況が状況だったし、今でもこの近辺の場所の魔力乱流はひどいものだ。高威力の魔法ならばともかく低レベルの魔法では例え隣で使われていたとしてもわからないだろうよ……決して治癒魔法が容易な魔法と言う訳ではないがないが……初期治療(ファーストエイド)による止血程度であるのならば気づかれずに使えなくもない……無論、激痛に耐えながらそれが可能かと言われれば、彼女の精神力は並大抵のものではなかったのだ、と言わざるを得ない」

 「なぜそんな事を……」

 「さて、それこそ本人に聞かねば誰もわからないだろう。ただ彼女の気性を知らぬでもないから、予測はつくがね。誰かに心配をかけたくなかっただとか、そんな所だろうよ。そしておそらくは、その治療魔法は完全には効果を発揮しなかったのだろう。ある程度傷口をふさぐ事は出来たが完全には傷を治す事が出来なかった。元々彼女の魔力はそこまで大きなものではなかった……おそらくなどという推測ばかりで申し訳ないが、彼女の魔力は限界ぎりぎりまで酷使されていたのだろうよ。それを酷使と表現していいものかどうかは判断に迷う所だが……」

 「それが……彼女の魔力レベルの、リンカーコアの魔力値の低下……異常値の原因なのかしら?」

 リンディの問いかけに医務官はふむんと眉をしかめた。

 「失礼な質問だがね、プレシア女史」

 医務官がプレシアに向き直る。

 「なにかしら?答えられる範囲の事ならば答えるけれど」

 「……アリシア嬢は魔力値適正の検査は受けているのかね?」

 「……ええ、勿論よ」

 管理局に所属する世界において生まれた子供の魔力値を検査するのは義務ではないが、両親のどちらかが魔導士である場合はそれを受けるのが一般的である。
 
 「そうね、言いたい事はわかるわ。先生のご想像の通りよ。アリシアには魔力適正はなかった。世の中には後天的に魔力の才能が開花する子は少なくはないけれど…・・」

 プレシアはなのはの方を見た。例えば彼女。魔法の勉強を始めるには、なのはぐらいの年齢の子では遅いぐらいだ。でも、彼女は天才的といってもおかしくはないぐらいの才能を見せた。でも、彼女にはそれ以前にリンカーコアという魔力の核となる先天的な器官を持っていた。自身の力で魔法を行使するとするならばリンカーコアが体内にある事は必須なのである。

 「その為には少なくとも魔力の素養がなければならない。だから、アリシアは本来魔導士になる素質はなかった。そう、アリシアにはリンカーコアはなかった。それは事実よ」

 だからこそ、プロジェクトFATEによって生まれたフェイトと、実際には彼女の誕生を望んだはずのプレシアの関係は悲劇的なものになったのだが、それが間違いのない事実である。その時プレシアが望んだのはアリシア・テスタロッサであった。プレシアにも匹敵するようなリンカーコアを持ったフェイト・テスタロッサではなかったのである。今となっては愚かしい事であったと自覚してはいるけれど。

 「でも、だったらどうしてなつきちゃんはあんなにも上手に魔法を使えたんですか!?」

 「確かに魔力は少なかったけれど、魔法の使い方で言えばたぶん私達よりもずっとずっとうまいはず」

 なのはの言葉をフェイトが肯定する。そして彼女の背後で、何かを思い出したのかアルフが涙目でぷるぷるしながらうんうんと首を上下に振っている。なつきの魔力値がもう少し高ければ……少なくともBランク程度まであれば、十分に彼女達と互角以上の戦いをしてみせるのではないかと、フェイトは考えている。そしてそれはなつきが魔法を使える事を前提とした考えだ。そもそも彼女がリンカーコアを使えないなんてあり得ない。海鳴の海の沖合でなのはとフェイトが協力したあの戦いだって、なつきの魔法がなければ勝ち目は無かったはずである。そこで間違いなく彼女は魔法を使っていたはずだ。彼女の知識にない魔法であったけれども、魔法には違いない。

 「そう、それにアースラの観測部隊の測定結果では……怒らないで頂戴ね。一応アースラに搭乗する人間はその魔力値を測定する事になっているのよ、万が一の事を考えてね。プレシア、貴方の魔力値も精値ではないにせよ測定させてもらっているわ」

 「それは、当然の事だわ。気にしないで頂戴」

 「ありがとう、プレシア。それで話を続けるけれど、実際に彼女には魔力反応は40万そこそこの値を出していた。それは事実よ。測定の間違いなんかじゃない」

 「だが、今は彼女の魔力はまるで空っぽだ。いや、違うな……彼女にはリンカーコアは存在していない」

 「ええ!?」

 「例えば、彼女がリンカーコアを持っていたと仮定しよう。それならば似たような現象は医学界にも実例があるがね。例えば無茶な魔力行使を行った時にリンカーコアが萎縮してしまったり、特殊な症例でリンカーコアが縮小してしまう……と言う事例は確認されているが、今回のそれは、それらのどれにも当てはまらない。その症例でもリンカーコアがあったという痕跡まではなくなりはしない。けれども彼女にはそれがない。結論的には……そもそも彼女にはリンカーコアなんて言うものは存在していなかったと言うのが私の見解だ」

 「でも、なつきは魔法を使っていたよ!?」

 悲鳴のような声でフェイトが叫び、なのははこくこくと激しく首を上下させる。

 「ああ、それは事実だよ。私も彼女の戦いは見ていたしね。だが、すまない、私が言えるのは測定に基づいた事実だけなんだ……」

 「だったら、何故彼女は魔法を使えたのかしら……」

 「……そうね……例えば後付けのバッテリーから電気を引き出すように、魔力を引き出す事は可能だと思う?」

 「そうね、それは理論上は可能よ。例えば古ベルカの秘技に外部からの魔力供給で魔法の威力を一時的に引き上げると言う技術があると聞いた事があるけれど。でもそんな外部バッテリーがどこにあると言うの?」

 「あったじゃない。すぐ身近に。この場合は内部バッテリーと言うべきものかもしれないけれど、そんな魔力の塊のようなものが。人や動物の思念に反応する親和性の非常に高い物体が。人のリンカーコアに似て非なる存在が。そもそもそれの回収に貴方達管理局やユーノ君達はこの世界にやってきたのでしょう?そして私はそれを利用して遺失都市への航海へと乗り出そうとしていた」

 「……貴女……まさか……」 

「そうね、信じられないわよね。でも、そんな風に考えるしかないわよね。あの子は言っていたわ。自分はジュエル・シードの力で目を覚ましたのだと。この世界とは別の道筋をたどった、もしもの世界で願った私の、その願いを叶えたそんな存在だと。だとしたら、あの子の中にジュエル・シードがあった。それがあの子の魔法の源だったとしたら……。それが私の願いや、あの子の願いと結びついた力だったとするならば、『願望』から引き出された力であるのならば、それは間違いなく『魔法』だわ」

なるほど、なつきという存在が、彼女の存在がジュエル・シードの『憑依体』であるとするならば。プレシアやアリシア自身の願いによって存在するのならば。彼女がジュエル・シードから魔力を紡ぎ、魔法を使えるのは何もおかしくはなかったのである。

 そしてプレシアが肩をすくめる。

 「本来、ジュエル・シードは理論上無限の魔力を発揮できるはずなんだけど……」

 「それが出来なかったのが、なつきという少女の魔法の才能の無さと、言う訳ですね……」

 「そう、その通り……って、え!?」

 「にゃ!?」

 「あっ!」



 突如した声、その声の主に皆の視線が集まる。そしてもはや半分以上消えかかっている彼女は、うっすらとその瞳を開けるのだった。



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FILE 106

2013年01月03日 | 彼女達の奮闘記
 結局、ラパン隊長の背信行為で、ヒューゴによって人質という囚われの身分なっていたなつきは解放され、今回の事件を引きおこした元少将殿は、あっという間に武装隊の人間に包囲された。ラパン隊長の使った魔法は、ヒューゴを撃ち貫き、気がつけば、ヒューゴの持っていた拳銃は、まるで一流の手品師のようにラパン隊長の手の中に収まっていた。彼の突然の変心と、鮮やかなその手並みにだれもが一瞬呆然としていたが、その手に持った拳銃を、ラパン隊長が床に放り投げ、それが地面に落ちた音が、皆を現実にへと引き戻した。そして、それなりに手加減をしたのであろうラパン隊長の魔法は、ヒューゴ元少将の意識を刈り取るほどの威力はなく、ヒューゴ元少将は痛みなのか悔しさなのかどちらともつかない表情を浮かべ苦悶し、のたうちまわっていた。

 武装隊に拘束されるヒューゴは「私に触るな」とか「私をだれだと思っているのか」などとわめき立てていたが、彼の言葉などまるで気にした風でもなく、アースラの武装隊は彼を手際よく捕縛してゆく。それでもじたばたと暴れていた彼だったが、その腕を背後に回され手錠のようなもので拘束されると、やがて諦めたようにぐったりとなった。さすがに暴れる犯人を取り押さえるのは鮮やかなまでの手並みを見せてくれる。

 そして拘束具を取り付けられたヒューゴであったが、それでも、いまだに、ぶつぶつと意味のわからない言葉をつぶやいている。

 当然の話だが、ラパン隊長もまた武装隊に取り囲まれていた。その唇に浮かべた皮肉げな表情はまるで消そうとはせずに、彼はその手に持っていたストレージデバイスを地面に放り投げ、その手を空に向かって掲げた。そんな彼を危険物を取り扱うかのように、デバイスを突きつけながら、何重にも彼を包囲していた。確かに、プレシアとリンディを除けばこの場にいる一番の危険人物は彼であろう、となつきは考えていた。難しい顔をする彼女にラパン隊長はにやりとウィンクを一つ送ると、首を左右に振る。

 「おっと、いまさら、無駄な抵抗するつもりはありませんよ。こんな風に怖い武装隊の皆さんに取り囲まれちゃぁ、逃げるに逃げれませんでさぁ」

 などとは言うが、おそらく、間違いなく、彼ならばその実力を持ってこの武装隊の囲みを突き破って逃走する事は可能だろう。リンディ提督やプレシアの二人を相手にするのは困難を極めるだろうけれど、不可能ではあるまい。なつきの勘は彼がそれをきっと可能とするだけの実力を持っているのだろうと告げている。だが、それを行ったところで、彼がこの時の庭園から逃げ出す手段などありはしない。

 彼の部下もまた、彼に倣ってその手に持つデバイスを放り投げ、無抵抗の意思表明を示してみせた。武装隊は、彼らの武装を解除しながら、一人ずつ彼らを拘束していく。

 その様子を、なつきは腕を組んでいるクロノの隣で眺めていた。

 「いいんですか、クロノ君は何もしなくて」

 くすくすとなつきが含み笑いをしながら問いかけると、クロノはその肩をすくめる。若干の棘を含んでいる事は感じるが、悪戯っぽい光を浮かべているなつきの目を見れば怒る気もしないし、ほんのつい先程まで彼女の危機的状況からすれば、そんな軽口も聞き流さなければならない。その証左に、彼女の小さな方は小刻みに震えているではないか。

 「なに、君も知っての通りアースラのスタッフは優秀だからな。ここまで来れば僕の出る幕などありはしないさ」

 それは事実ではある。彼が手出しなどしなくても、今この場においては、彼の信頼する優秀な人材に任せておけば大事など、小事すらあるはずもないだろう。

 「……それはそうなんですけどね、しかしよろしいのですか。最近ハラオウン家はなにやら業務に対してサボリ癖がついてきた様に思えるのですけれど。リンディ提督といい貴方といい……」

 「確かに、最近の僕はいささか職務怠慢のようだな……」

 そんななつきの言葉に、クロノは苦笑いを浮かべている。彼はともかく、確かに彼の母親の奇行は、彼だっていささか文句を言ってやりたい所だ。それにクロノの仕事は執務官であるが、おそらくは、今現在は彼にやるべき事は無い。

 むしろ彼にとって、今の仕事は休息を取る事である。なのはやフェイトの活躍で彼の仕事は大幅に減ったとは言え……プレシアのあれは活躍とは呼ばない、あれはプレシア無双と呼ぶべきなのだろう……彼もあの激しい戦闘に参加している。クロノだって疲労していない訳がないのだ。それに、彼の仕事はこれからが激務なのだ。ヒューゴやラパン隊長達の取り調べ、事情聴取という仕事が残っている。

 正確に言えば、彼はこの状況を監督している立場にあるのだ。こうして私の隣で武装隊の様子を見ているのも彼の仕事に間違いは無い。それだって大事な仕事の一つなのだ。

 だけれども、クロノはなつきの言葉を肯定した。そんな彼の言葉を聞いたその時、彼の表情を見て、さすがになつきの胸がちくりと痛んだ。それにリンディ提督だって、いまはレティ提督と打ち合わせの最中だろう。彼女はこの憎まれ口を叩く悪い癖を直さなければならないだろう、と心のどこかで考えていた。

 そして、ヒューゴ元少将が連行され、なつき達の前を通り過ぎてゆく。彼はなつきの前を通り過ぎる際に、実に憎しみのこもった視線を彼女達に向けてくる。ふと、彼女は片手をあげた。

 「ああ、ちょっとお待ちを」

 なつきのその言葉で、彼を拘束していた武装隊が立ち止まる。

 「少し、少将殿にお聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか」

 彼女の言葉に、武装隊の人間が確認の視線をクロノに送った。彼女が何を言うのか、何を考えているのか、武装隊の人間にもクロノにだってよくわかる。彼女は彼の引き起こした事件の被害者の一人であり、彼女の身内もまたこの事件に巻き込まれたのだ。彼に事の真相を問いただすつもりか、それとも糾弾するつもりか。クロノは少し思案した様子だったけれど、小さく肯定の頷きを返した。ヒューゴの周りは武装隊の人間で固められており、彼自身も拘束具で縛り付けられている。先の様な事は、完全にクロノ達の失態だが、今ここでそれを繰り返すほど、アースラのスタッフは愚鈍ではない。

 彼にとって心配なのは、ヒューゴの言葉に彼女がどれほど傷つくか、であるが、それはクロノには判断がつかないし、彼女もそれなりの覚悟を決めての質問をするのだろう。クロノから見てなつきという人間は皮肉屋で他人の発言に動じないような存在だが、それでも彼女の心が傷ついていないという証拠ではないのだ。

 だけれども、彼女は必ず真相を知りたがるし、あらゆる手段を取ってでもそれを知ろうとするかもしれない。ならば、彼女と言う人間の心の強さを信じるしかないのだ。そしてその真実は遠からず彼女の耳に入るのだろうから。

 「では、少将殿にお伺いします。何故こんな事をしたのか、何故こんな事件を引き起こしたのか、その理由をお聞かせ願えますか?」

 「何故、何故だと!?」

 彼の細い目がきょときょとと中空を彷徨う。それはまるで何かにおびえる子供のようだった。そして彼はヒステリックにわめき散らした。

 「お前のような、お前のような小娘に……私の崇高な目的が理解できるものか!」

 唇の端に泡を飛ばしながら、叫ぶように言うヒューゴ。ふとその瞬間に、なつきとラパンと視線が合ったけれど、彼はやれやれと言わんばかりに首を左右に振って肩をすくめた。なるほど、自分で聞けという事か。そこまでは手伝うつもりはありません、ご自分で解決なさい。なつきはそう彼の声が聞こえたような気がした。

 「貴方の目的が崇高か否かは、貴方自身ではなく他者が判断する事でしょう。そもそも理念が崇高であると言う事は他者がその言葉に共感できる事が大前提です。それに理解できるかどうかは聞いてから決めさせていただきます。無論、そこは貴方の言葉で話していただいて結構です。子供に理解できるようかみ砕いて話せなどとは別に言うつもりはありませんから。『私に』理解できるかどうかはわかりませんが。しかしそれでも聞かせていただきたいのですよ。貴方のその目的とやらの為に私達が多大なる迷惑を受けた事は事実です。ならば私達にはそれを聞く権利があるし、貴方にはそれを話す義務があるはずです」

 「僕達にとっては、迷惑、とかそう言うレベルではないのだがね」

 クロノ達からしてみれば確かにその一言で済ませる話ではない。けれども彼はそれ以上文句を言う事はなく、ヒューゴのいる方へと向き直る。そしてなつきのした質問はクロノの予想通りのものだった。だから改めて彼はヒューゴに彼の真意を問いただそうとした。

 「本来ならば、本局のちゃんとした公の場で話していただくべきでしょうけれど、彼女の言う事ももっともです。出来れば、貴方がこの事件を引き起こしたその理由をお話いただきたいのですが」

 「ふ、ふははは、ふははははは!なるほど、こ、この私を、お前達は裁判にかけるつもりか!そんな事が可能だと思っているのか!管理局の少将たるこの私を、お前達が!できるはずがない!クロノ執務官!君は上官に向かってこんな真似をしてただですむと思っているのか!逆に処罰を受けるのはお前の方なのだぞ!」

 「……貴方は自分のした事が正しいと思っていらっしゃるか」

 「当たり前だろう!何故私が罰せられなければならない!」

 未だに自分のしでかした事、そして自身の置かれた立場を理解していないような発言になつきは憤る。そしてヒューゴを拘束している武装隊の隊員達もあまり冷静ではいられない様で顔色を赤くしている者達もいた。

 「それは貴方の行為が犯罪だからでしょう?犯罪者は罰せられる。当たり前のルールじゃないんですか。それとも管理局という組織では違うのですかね、クロノ君?」

 「それは、何かの皮肉か何かかい?」

 「これは失敬、謝罪します。ですけれど、クロノ君の表情からすれば、管理局の方々からしても、どうやら貴方は善人という訳にはいかないようですよ」

 「ふ、ふん!まるで私が悪人のような言い方だな!」

 「あれま、違うというのですか!?」

 「くっ……あれの真の価値を理解できぬ愚物共の手に委るぐらいならば、私が有効利用してやろうというのだよ。それが何故理解出来ない!」

 「出来ませんね。ジュエル・シードにいかなる価値を貴方が抱いているかは知りませんが、あれは危険な代物のようです。一個人が取り扱ってよいものではありません。こういったものは少なくとも司直の手に委ねるべきです」

 管理局がそれに相応しいか否か……と言う言葉はぐっと飲み込む。だが、こういったロスト・ロギアの管理に長年携わり長けているのも管理局と呼ばれる組織なのだろう。それに、クロノやリンディ提督のような人間がそれでもいるというのなら、なつきはその組織を信じる事にした。

 「ふはははは!それこそ愚かというものだ。彼らの手に委ねるのもいいだろう。だが、彼らはこのすばらしい遺物を、倉庫の奥にしまい込んで腐らせてしまうに違いない。それは管理世界の技術発展においては著しい損失であると思わないかね?無尽蔵の魔力を供給できる願望の宝石。これさえあれば、今までの既存の魔導炉なんぞ比べものにならない力が手に入るのだぞ!」

 「だが、それを制御できなければ、意味が無いだろう!」

 「今は確かに出来ぬ。だが、いつか必ず私はこの宝石を制御してみせる!それはそう遠くはないだろう!その時、お前達がこの私をいくら賞賛しようとも、すべては遅いのだぞ!」

 「なんと言おうと、どう自分を正当化しようとも、貴方のした事は間違いなく過ちであり、その行為は罪悪である。ましてやその目的がいかに崇高なものであろうとも、ロスト・ロギアを盗み、着服する事は犯罪行為である。管理局の技術部の長たるものがどうしてその事が理解できない!?」

 「貴様、この私を犯罪者であると言うのか!!」

 「それ以外の何者でも無いだろう。改めてヒューゴ・エクストレイル。貴方を逮捕する。本来ならば貴方のせめてもの名誉を守る為に、拘束などはしたくない所なんだが……残念ながらそれは不可能なようだな」

 「おのれ偽善者どもめ。だが、いいか!私を拘束した所で、管理局の誰かが、きっと私と同じ事をするだろう!確か、この世界の言葉だったか、性悪説と言う言葉があるらしいな。なかなかによい言葉ではないか!!人は皆悪なのだ、お前達がいくら私を逮捕しようとも無駄な事なのだよ!」

 ぴくりと自分の唇が引きつるのが自覚できた。クロノの顔が怒りで真っ赤に染まっている。何か言おうと彼が口を開こうとしたのを、なつきは手で遮った。

 「だから貴方は悪事を働いたと、それは人の性なのだから仕方が無いというのですか?」

 「ふははは、その通りだ!」

 「なるほど、貴方のおっしゃる事はごもっとも。この世界の古い言葉で性悪説と言う言葉があります。とてもよくお勉強してらっしゃいますいね」

 「なつき!?」

 なつきのヒューゴ元少将を誉めるような言葉に、クロノが目を白黒させる。

 「しかし、かの言葉を残した御仁は決して貴方のような方にその言葉を使って欲しくて残した訳ではありませんよ!確かに、彼の人は『人の性は悪なり、その善なるものは偽(ぎ)なり』と言っています。人はすべからく悪人である。その善行は偽りである、つまり偽善であると、ね」

 「はっはっはっはっは!まさにその通りではないか!」

 「黙りなさい!貴方はその言葉を曲解しているに過ぎません!彼の人は、確かに人の本性は悪人であると説いています。しかし、だからこそ、悪である事を自覚するからこそ、人は後天的な努力を積まなければならないのだ、と言っているのですよ。貴方のようにおのれを悪と認め、その欲望におぼれてよいとは決して言っていません!」

 「くっ……」

 「それにね、クロノ君達の事を偽善者と貴方は言いましたが、私は『偽善者』という言葉が決して嫌いではありませんよ。この世界の国の言葉で言えば、偽善とは、『人の為』に『善』き事をする、と書きます。ならば人の為に事をなす管理局の人達の事を貶す言葉では、決してありませんし、善き行いを為そうと努力をする人達を貴方が貶す権利はどこにもありません。……さて、これ以上は何を伺っても意味は無いでしょう。貴方は貴方でおのれの行動を正しいと判断しての事なのでしょうから。ならば、いつか貴方達に言った気がしますが、私達の考える正義と貴方の語るそれとは食い違いがあり、それはどこまで行っても平行線なのでしょう。ならばそれは決して交わる事はないでしょうし、理解し合えるものでもありません。ご苦労様でした。後は、管理局の皆さんにお任せしいたします」

 その言葉に、クロノは頷き、ヒューゴ元少将は武装隊の人達によってアースラへと連行されていった。その後ろ姿を見ながらクロノがぽつりと言う。

 「すまないな、だがすべての管理局の人間があんな風だとは思わないでほしい」

 「何故貴方が謝罪をするのですか?」

 「いや、なんとなく……な。でも……」

 「そんなのわかっています。組織が腐敗するのではありません。人間が腐敗させるのですよ。管理局の理念は嫌いではありません。ですけれど、組織には色々な人間がいる……だからこそクロノ君達のような存在がまぶしく映るのかもしれませんが……」



 なつきが、ふぅと、小さなため息をつくと、クロノが気遣わしげに尋ねてきた。その声色に多少の堅さは残っているけれど、それでも彼なりの優しさなのだろう。

 「ところで、君は本当に、大丈夫なのか?」

 「ああ、取り敢えずは……今のところは、大丈夫だと思いますよ?あれ、クロノ君。心配してくれるんですか?」

 「ち、ちがう!だけれど君はいつも無茶とやせ我慢ばかりしているじゃないか!」

 とは言え、正直に言えば人質になった事なんて初めての経験であるし、肉体的にも色々な意味で大丈夫ではないのだろう。それでも、この状況では彼への回答は他に無い。

 ……はずだった。

 「って、おい!」

 なつきが、ふと、気がつけば、彼女はクロノにもたれかかっていた。と、言うよりも、まるで倒れ込むようにクロノの腕の中へとしだれかかる。慌ててクロノはその小さな身体を抱き留めた。そんな彼の行動になつきはぽっと頬を染める。

 「あれ……ま。クロノ君ったら大胆です。それにやっぱり男の子ですね。力持ちさんです。」

 思った以上に柔らかで軽い彼女の身体が自分の腕の中にある戸惑いと、まるで潤んだようにしっとりと湿り気を帯びた彼女の目に魅入られ、ほんの僅かにクロノは言葉に詰まった。

 けれど、首をぶんぶんと左右に振りながら、邪心を振り払うかのように大きな声を出す。

 「な、何を言っているんだ!き、君の方から!」

 「あの、でも。うん……クロノ君だったら……いやじゃないです……」

 「ちょっと、まて!君は一体何を口走っているんだ!?」

 端から見れば、なつきがクロノに抱きついているようにも見えなくもない。そんな二人の姿を確認したのか、慌てた様子でなのはとフェイトが駆け寄ってきた。

 「なつきちゃん!?」

 「なつき!?」

 何故か、二人とも愛機(デバイス)を構えて、バリアジャケットを身につけたままである。先程戦闘の終了と共に、バリアジャケットは解除したとばかり思っていたが、解除をし忘れていたのだろうか?クロノの目には二人の背後に鬼が見えた……。

 「ちょ、ちょっと待て!僕は、そ、そんなつもりじゃ!」

 慌てた様子でクロノがなつきから飛び退いた。だけれども、彼女の身体は容易にぱたりと地面に倒れ伏した。

 「わ!?な、なつきちゃん!?」

 それこそ顔を青くして、倒れたなつきの側になのはは駆け寄った。フェイトも彼女の隣にしゃがみ込む。

 「どうしたの、なつき!ねぇ、どうしたの!」

 「あは、あはははは……すみません……ちょっぴり限界のようです」

 フェイトのその声になつきは力なく答える。その声にはまるで覇気が無い。

 彼女に何が起こったのか。

 だが、その変化に、異変に一番最初に気がついたのは、なのはであった。

 「ね、ねぇ。フェイトちゃん……」

 「!!」

 なのはが指さした場所に目を向ければ、フェイトのその瞳に映ったのは、真っ赤に染まったなつきの制服のスカートと、地面に広がってゆく赤い血だまりであった……。 

 アースラの艦内を寝台車(ストレッチャー)に載せられた少女が搬送されていく。その後ろを、一様に青い顔をして、彼女の友人と姉である二人の少女達が心配そうな顔をしながら小走りでついて行く。その後ろから、少し遅れてやってくる少女の母親の顔は、その内心はともかく表面上は至って冷静な風に見える。さらにその後ろからぞろぞろとついて来る……来ようとしたアースラのスタッフ達を、この艦艇の艦長は取り敢えずは業務に戻るようにと指示をし、彼女自身は、少女の母親達と一緒に医務室へと入っていった。

 「大丈夫かな、なつきちゃん……」

 武装隊の誰かがそう漏らしたが、それはここにいる……アースラに働くすべてのスタッフの思いでもあった。それは、なんやかやでこのアースラのスタッフの中にいつの間にか溶けこんでいたのがなつきであったからである。そしてなのはやフェイトが同じように怪我をすればやはりアースラの人達は彼女達の事を心配するだろう。

 それは僚友が怪我をした時に感じるそれとまさしく同じものだった。戦友が怪我をした時に心に抱く感情と全く同じものだった。気がつけばいつの間にか自分達に溶けこんでいた少女達。その一人が凶弾に倒れたのである。誰もが彼女の無事を祈っていた。

 「さぁさ!仕事に戻るよ!こんなところでうろうろしていてもどうしようもないし、逆にあの子に心配をかけちゃうんだから!」

 少しおどけた様子でエイミィが言う。彼女の目にもいっぱいの涙が浮かんでいたけれど、ここで仕事を滞らせては、逆に彼女がその事を気に病むのだろう。そう言う子なのだから。それにやらなければいけない事は山積みである。ここはリンディや医師達に彼女の事を任せて自分達は自分達でやるべき事をやらなければいけない。もし逆の立場だったら彼女(なつき)は絶対にそう言うはずである。後ろ髪を引かれる思いであったが、彼らはプロである。おのおの意識を切り替え自分の職務へと戻っていった。

 『無事でいてよ、ね……』

 エイミィは、一度だけ医務室の扉を振り返りながら、艦橋を目指してその歩みを進めるのだった。




 医務室の台車の横につきそう白衣の医師はアースラに乗り込んでいる船医である。彼は少なくとも次元航路を行き来する管理局の艦艇に乗り込んだ医師である。荒事に巻き込まれる事の決して少なくない管理局次元航行部隊の武装隊の医療面の面倒を見るのが主な任務の彼だ。体調管理も彼の職務に含まれるがその辺りはまずは自己管理である。いざという時に体調不良というのであっては武装隊などつとまるはずがない。

 それはともかく、彼は、おおよその怪我の処置は手慣れているし、船医ともなれば一人で多少の手術ぐらいこなさなければ、彼の様な仕事は勤まるはずもない。事実彼にとっては小さな傷の縫合など自分の制服のボタンを縫い取る程度の些末な事でしかないし、実際に命に関わるような大怪我の手術をこなした事もある。男やもめなので自分の服は自分でボタンをつけるしかないというのはおいておいて。

 リンディ提督の方針でメンタルケアに通じた別の看護師も乗り込んではいるが、こういった外科的な処置であるならば、彼はすでにベテランの域に達していた。

 外科手術ともなれば彼の助手を持つ止める看護師が、台車に設置されているモニタを見ながら、その声を震わせた。彼女だって管理局の艦艇に乗り込んだ医務官であり、その為の免許を所有している。勿論こういった場面には何度も遭遇しているが、やはりこういった場面では経験がものを言う場面である。慣れなければいけないが……だからと言って鈍感になってはいけない……踏んだ修羅場の数が彼の上司とは桁がまるで違うのだ。その差が、現場において声の震えとなって現れてしまう。

 ましてや相手は幼い少女である。心にわき起こる痛みはいつもよりも強かった。

 だからと言って自分自身の義務を忘れてしまうほど、彼女の職業意識というものは低くは無かった。何度か深呼吸をして取り敢えずは自分の意識を切り替えていった。

 「バイタルサイン安定しません。脈拍不安定、血圧低下!リンカーコア活性値(スコア)も急激に減少しています。すでに1000を切っています!」

 バイタルサインとは医療用語で言えば『生きている証』という意味の言葉である。大乗的なもので例えば呼吸だとか、血圧、心拍などを指す事が多い。人が生きている為の機能、脳神経機能、循環機能、呼吸機能等を客観的な数値で表したものだ。加えて魔導士と呼ばれる存在が実在する世界である。ならばその魔力の源であるリンカーコアの活性状態もその『生きている証』に含まれていても何らおかしくはない。

 そしてバイタルサインという言葉は、医療ドラマで医師がよく口にしているので、なのはも何となくはその意味が理解できた。嫌な予感が頭の中を駆け巡る。だから、思わず、息をのんだ。思わずこぼれ落ちたその小さな悲鳴にも似た声が聞こえたのか、彼女の隣で一緒いるユーノは彼女の手を強く握る。彼にだって、その内心は、なのはとは全く違いは無いはずである。でも、幼いながらも自分は男の子であると言う矜持と、漠然とではあるが、こんな状況であっても、彼の知っている少女ならば、決してなのはや……なのはと同じ様に涙をこらえている少女フェイトの事を悲しませたりはしないのだという、確信の様なものが彼の頭にはあったから、幾分かは彼女達よりはましな様子をして見せていた。

 それを強がりであるとも言う。

 「輸血パックだ!急げ!それから治癒魔法の術式も準備だ」

 その医務官の声に、無意識的になのははユーノの手を強く握りかえしたが、その視線は苦しそうにしているなつきから離れはしない。なつきの顔色は、まるで蝋燭のように真っ白だった。唇もいつもの桜色のみずみずしいそれから、蒼っぽく黒ずんだ色になっている。

 なのはは何かに祈った。それは神様かもしれないし、別の何かかもしれない。けれども、昔、彼女がもっと幼い頃に、彼女の父親が大怪我をした時と同じように、心の奥底からなつきが助かるようにと祈った。だけれども、それでも彼女はなつきから視線を外そうとはしない。本当はなつきが苦しそうにしている姿なんて見たくはない。それでも、目を離してしまうと、また彼女がどこかへ行ってしまうような、今度こそ帰ってこなくなってしまうような漠然とした不安が、心のどこかにあったからかもしれない。

 一方でフェイトもじっとなつきを見つめている。その瞳には大粒の涙が浮かんではいたが、やがてはこぼれ落ちそうになるそれを必死で押しとどめていた。それが何故だかはわからない。けれども、泣いたところで彼女がどうこうなるものでも無いし、それが事態の解決に向かうはずもない。きゅっと唇を噛みしめながら彼女はただただ決壊しそうになるその感情を我慢していた。

 なのはとフェイト、二人の少女達にとって我慢をするという事には慣れている、その理由は二人それぞれだけれども、慣れているはずであった。勿論こんな幼い少女達に我慢を強いるような環境がいいか悪いか……どちらかと言えば悪なのだろうと言う事は別の話だが。だけれども、目の前で大好きな人を失うという事に我慢が出来るのかと言われれば、そこまで彼女達の精神は大人ではない。普通ならば容易に心が壊れてしまいそうな状況。大人にだってなかなか耐えられるものではない。にもかかわらず、二人の少女は一様にその感情を心の奥底に押し込めながら、事の成り行きを見守っている。

 そんな彼女達の事を、強い子達だ、とプレシアは感じていた。我慢強さとは別の意味でである。なのはの事は、その少女らしい容姿とは違い、その心の奥底には思った以上に強固な精神が潜んでいると思っていた。

 そして驚かされたのはフェイト。彼女が知っているのは自分の言葉にただただ従順に従うだけの人形のような娘。けれども、おそらくはアリシアとフェイトがであった事がきっかけなのだろう、そんなフェイトに見違えるような変化が見られた。それがプレシアが今の自分を取り戻すきっかけにもなったのが、それ以上にフェイトの心に大きな変化を与えたのだろう。きっと昔のフェイトであるならば、何かしらの強い衝撃を受けた場合に、それに彼女の精神が耐える事が出来ずに自己を見失ってしまっていた事だろう。けれどもフェイトが悲しくないはずがない。

 そして、それ以上に冷静な自分に驚いている。

 「冷たい母親かしら……ね?」

 自嘲気味にそうは言うけれど、我慢をしている娘達の手前、感情的にはなれない、と言うのも理由の一つではあるのだろう。もしかしたら今目の前で起こっている出来事が、現実のものであると信じられないだけかもしれない。けれどもプレシアの科学者としての思考は、目の前で起こっている事態を客観的な視点で、現実の光景であると捉えていた。だけれども、何故だか取り乱す事がない自分に、ひどく驚愕しているのだ。かつてはその愛娘であるアリシアの死を受け入れる事がなかなか出来ず、そしてそれが事実であると認識するにつれて溺れていった狂気の淵に、もう一度その妄執に、足を取られかねない出来事が目の前で起こっているのだ。しかしながら、それを彼女自身自覚しつつも、今回の場合はそんな事にはならないとぼんやりとではあるがわかっていた。それはただ、彼女が、プレシアの娘であるアリシア……なつきがこんな事で命を落とすとは思えない、そんな直感めいた確信が、彼女を正気につなぎ止めていたのかもしれない。

 あるいはそれに加えてフェイトの存在があるからなのかもしれない。もう一度プレシアが、かつての思いにとらわれでもすれば、それでもフェイトは、色々なものを我慢しながらプレシアの命に従ってくれるだろう。でもそんな事をすれば、今こうして手に入れた幸せを何もかもぶちこわしにしてしまうかもしれないのだ。

 仮にそんな事をすれば、なつきに叱られてしまうだろう。彼女自身はそんな事はしない……できないかもしれないが、何よりもプレシア自身が自分を責め苛むのだろう。それはもうプレシアにとってはあり得ない選択肢だった。それはつまりはフェイトもアリシアもプレシアの中では同列の存在となっている証拠なのだが、彼女自身心の中に落ちきってはおらず、もやもやとした感情となって彼女の中にわだかまっていたのである。

 難しい顔をしている彼女達ではあったが、その分使い魔達は素直なものであった。アルフはただただ何が起こっているのか、そして自分に何が出来るのか理解できずにただおろおろとするばかりである。彼女の主のフェイトが、至って毅然とした態度でいるものだから、取り立てては騒ぎ立てたりはしていないけれど、うろうろとフェイトの周囲をうろつくばかりである。ただ彼女だって、なつきと言う存在は小さなものではない。なつきが苦しげに声を漏らせば、アルフは泣きそうな顔をする。もともと素直な彼女だけにその感情表現は至って素直であった。使い魔というものは心の奥底では主人とつながっているものだというアルフの言葉を信じるのであれば、彼女のその涙はフェイトのものでもあるのに違いない。ただ、アルフにだって自分の中にあるその感情がすべてフェイトのものだとは思っていない。使い魔とはいえそのすべてが主に支配されている訳ではない。中にはそういった存在がいるかもしれないが少なくともアルフには自由な意思があるし、そう思っている。ならば、その感情の幾ばくかは彼女自身のものなのだろう。

 そしてここにいるメンバーで一番取り乱していたのがリニスである。なつきの側から離れようともせず、涙をぼろぼろとこぼし、激しく嗚咽を繰り返す。それを醜態と呼ぶにはいささか可愛そうな気がする。彼女にとってのなつきという存在は掛け替えのない存在である。主と使い魔という創造主と被創造物としては文字通り命にも等しい存在であったが、それ以上の思いをリニスは抱えていた。お互いの存在のあり方に加えて、彼女達がお互いを『家族』であると信じている。その大切な『妹』を彼女は今再び……いや、三度目か、失おうとしている。ならば、感情的にならない方がおかしい。まったくもってリニスのあり方は正しい。

 そしてその姿を目の当たりにするからこそ、自分達の態度は『異常』ではないのかと、プレシアは思う。『家族』であればリニスのような態度こそ正しいのだろう。かつての自分なら間違いなくそうしたはずであるし、実際にそうした記憶もある。おそらく、それでも、今ここで彼女をこんな風にした人物……管理局の将官だった男が姿を現せば、消し炭にしてしまう自信はある。いや、それすら生温いか。はふぅとため息をつき、目を閉じながら、プレシアは脳内で繰り広げられている38回目のシミュレーション結果を首を左右に振りながら脳裏から打ち消した。自分には何も出来ないであろう事はわかっていたし、そうでもしていないと、きっと自分もまたリニスと同じように醜態をさらしてしまうだろうと思うから。それは決して恥ずかしいことではないのだろうけれど、

 その時である。

 医務室に悲鳴のような看護師の声が上がった。

 「バ、バイタルサイン停止しました!し、心拍停止状態!!反応ありません!リンカーコアの活性値もマイナスを指しています!それから治癒術式を発動できません!デバイスからの反応も目標を捕捉できていません!そ、そんな、なんで!?」

 口元を押さえて涙ぐむ看護師。それに加えて、治癒魔法が発動しないときた。ありえない。あり得るはずがない。しかし、看護師が何度術式を発動しようとしても、その魔法は起動しなかった。デバイスからは治癒魔法の目標が存在しないという意味不明のエラーが返ってくるばかりである。だが一刻を争うこの状況に、彼女を感傷に溺れさせる暇などありはしない。そしてあり得ない事が起こったからとそれに疑念を抱いている暇もない。たちまち医務官の叱責の言葉が飛んだ。

 「なにをボサッとしているか!!カウンターショックの準備だ!急げ!」

 魔法が起動しないのは事実であるとして認めるしかない。何故使えないかという事は後回しだ。

 「あ、はい……って、あれ、バイタル復活……不安定領域からは出ていませんが……生命反応返ってきています!」

 どこかしらホッとしたような声の看護師。しかし、実際に、目の前のなつきは、意識は戻らないものの荒い呼吸を繰り返していた。

 「機器の故障だと?医療用デバイスも同時に……こんな時に……次元震の影響か……?」

 ほんの少し、思案顔になりつぶやく医師。だが沈思黙考している余裕などあるはずもない。そんな事は百も承知である。

 「ならばリンカーコアの数値の方は?」

 「いえ……相変わらずリンカーコアの数値はマイナスを示したままです……治癒魔法のターゲットも出来ないままです!」

 「……構わん。やれることはすべてやるだけだ。輸血を急ぐぞ!増圧剤も準備だ!」

 看護師の言ったその言葉の意味はなのはにはよくわからなかったが、とにかく良くない事である事は直感的に悟っていた。だが、プレシアやリンディはその意味を、その言葉が指し示す異常性を理解する。しかし、それは有えない事なのだ。

 「機械の故障かしら」

 目に見えて青い顔でリンディは医務官に尋ねる。そしてそう考えるのが普通である。

 「そうであるのならば納得は出来るがね。だが、先程自分で言っておいてなんだが、医療機器は常に最良の状態を保っているはずだし、そのように管理してきているつもりだ。機械の方が正しいと事実として受け止める覚悟も必要だろう」

 「そんな、だって……あり得ないでしょう!?」

 「確かに。医療用デバイスが目標を捕捉できないなんて、故障した時以外あり得るはずもない。ましてや、こうして目の前に『見えている』存在を特定できないなんて。それに、リンカーコアの活性値にした所で、私の今までの経験からして人間や動物のリンカーコアの魔力値がマイナスを指し示す事などあり得ない。魔力を持たない人間の『それ』にしたって、その数値は0を指し示すからな。無論、測定の誤差でマイナスを指し示すことがないとは言い切れないが、今回の数値はその範囲を逸脱している。ならば、今回のこの現象は提督のおっしゃる通りだ、『あり得ない』。私の記憶にもその様な事例は存在しない。あくまでも、その対象が生物であるとするならば……だがね」

 「どういう意味かしら」

 プレシアが唸るような声を漏らす。だけれども、それは母親としての心情からこぼれた言葉であって、科学者としての彼女からは医師の言いたいことは理解できてしまう。だから、何かしらの自分の考えをまとめなければ、と思っていたその時である。

 「なつきちゃん!」

 「なつき!!」

 なのはとフェイトの悲鳴に、プレシアが視線を彼女の娘の方へと向ければ、信じられない出来事が起こっていた。うっすらとではあるが、彼女の身体が霞み始めていたのである。

 「なつきちゃん!」

 「なつき!!」

 もう一度、二人の少女の叫び声が医務室に響いた。荒い息を繰り返しながらも、その姿がうっすらと透き通り始めている少女の身体の異常事態に、さしものなのはとフェイトも、我慢が出来なくなったのだろう。なつきのその小さな腕を、まるですがりつく様な勢いで握りしめる。

 そして、二人はもっと吃驚する。

 確かに、ふたりはなつきの手をぎゅっと握りしめている。その感覚は間違いなくあるのだ。でも、そうであるにもかかわらず、二人にはその実感がどことなく乏しいのだ。まるで夢の中でなつきの腕を握りしめているかの様に。

 「こ、これは一体!?」

 「何が起こっているの!?」

 「……」

 その時であった。

 アースラの艦内に、警告を知らせる警報音が鳴り響いたのは。

 「どうしたの、エイミィ!」

 医務室のコンソールを操作してリンディがエイミィを呼び出した。アースラ、そして本局からの応援である二隻の艦艇は現在は厳戒態勢で時の庭園の港湾部に停泊している状態だ。なのは達の活躍によって庭園で発生していた次元震は一応の収束をみたものの、周辺の次元流はその影響で大きく乱れているのだ。次元航路においては小さな波紋が大きな津波となって他の場所に影響することが多々あるのだ。その為の哨戒任務も、今この場においては彼らの任務である。なにかしら周辺で異常事態でも起きたのか、そうリンディは考えた為であった。

 「大変です、提督!」

 エイミィの顔にはびっしりと汗が浮かんでいる。モニタには周辺の様子とその異常事態の情報がすでに映し出されている。ほんの一瞬、リンディはまるで蛇の女怪にであった英雄達の様にまるで石像の如くに凍り付いた。

 「艦内にて微細ですが次元震発生!すでに論理境界線の崩落を計測器が観測しています!その発生源は……その医務室です!」


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あけましておめでとうございます。

2013年01月01日 | 雑談
明けましておめでとうございます。

東壁堂です。

昨年度は、にじファンの閉鎖に伴い、この自前ブログに移ってきた訳ですが、それでも変わらぬご声援をいただきまして大変感謝であります。
本来ならば昨年中に、少なくとも連載時の状態まで戻すつもりでしたが、後一歩及ばず、年を越えてしまいました。

しかし、今年こそ、覇種武器を・・・・・・ではなくて、奮闘記を終了し、Asに移していかねばと決意をする次第です。

それではみなさま

今年もよろしくお願いします。