東壁堂本舗

魔法少女 二次 はじめました!
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2016年01月03日 | 彼女達の奮闘記
連日投稿です。ちょっと強引、ご都合主義と笑わば笑え!
プロローグに出てきた不思議な文章とかいろいろフラグ回収を開始します。
それでもあれっと思った方。たぶん正解です。




「以前の記憶って……」

 恐る恐るといった風にリンディはプレシアに尋ねる。

 それは聴いてはいけないことかもしれない。でも、そうしなければこの話は先に進まないような気がした。勿論、彼女が尋ねなくても、プレシアは話をしてくれたに違いないが。

「気遣い感謝するわ、リンディ」

 そうではない。そうではないのだ。でも、彼女が自発的に話をするのではなく、リンディがプレシアに聞きだしたのだと。彼女がこれからする話の責任は、話を聞きだした責任は彼女に

あるのだと、そうすればほんの少しだけでもプレシアの罪悪感を取り除けるのだと。心のどこかで思ったのかもしれない。

 そんな彼女に感謝の言葉をつむぎつつ、プレシアはその言葉を発するべき唇をつっと指でなでた。

「どこから話そうかしらね、この物語を。フェイトには、ほんの少しばかりつらい話になるけれど。それでも聴いて頂戴。ひどい、最低の母親の話を。そう、それは……」




 この世界(願い)の果てにはたくさんの世界(願い)があって、

 そのたくさんの世界(願い)には多くの人(大切な人)がいて、そんな人(大切な人)の数だけ思い(希望)があって、

 その思(希望)いの数だけ願い(未来)があれば、願い(未来)の数だけ、運命がある。

 だから、叶えるべき願いはきっとたくさんあって、

 乗り越える運命だって、きっとたくさん、たくさんあるはず。


 私達はいつかどこかでだれかの願いと出会い、そこには喜びも悲しみもたくさんあるのだろうけども、

 出会った人達は、きっと手を取り合って、明日に向かって進んでいく。

 そんな彼らに出会った事を後悔なんかしたくないから、私達は最適な道を何度も何度も模索してきた。

 それはとても苦しい事だけれども、悲しい事もあったけれど、それが辛いなんて思わない。

 だって、そんな運命に出会える事は、とてもとても素敵な事なのだから。出会った彼女達に祝福を。出会った運命に大きな感謝を。

 私達は、歩く。太陽の後を月の前を。これはそんな物語の始まり。

 これはそんな母親と、その娘たちと、そんな彼女たちを取り巻く素敵な人たちの、そんな彼女達の奮闘記。

 そんながんばり物語を、もう一度、始めようと思います。

 これは想いを貫こうとする少女、願いを求める少女、そして彼女達を導こうとする少女。私達が語る彼女達の物語。これはそんな彼女達の奮闘記。

 これは、大切な人の願いを、家族の幸せを願ったそんな彼女(プレシア)の物語。

 そう、彼女は勘違いをしている。

 それを願ったのは彼女だけじゃない。

 彼女の、彼女の娘もまた、家族の幸せを願ったのだから。

 そうして始まったこの物語は、彼女一人のものではない。

 


 夢を見ている。夢を見ていた。夢を視ている。夢を観ていた。

 きらめく水面。滴り落ちる滴。それはきっと祈りの雫、青い運命。

 それは光と影のゆらめき。世界が幾重にも重なり、幾重にも揺らいでいる。

 重なり合った光と影が織り成す細波のような陰陽の渦が幻想的な光景となって視界の中に広がってゆく。

 それは現実にはありえない光景、少なくとも自分自身の目では見たこともないような光景。

 自慢できるほどの年月を生きてきたわけではないが、そんな短い人生の記憶の中にあって稀有な経験。

 それは、いつかどこかの映像の中で見た、深海に降り注ぐ太陽の揺らめきだとか。

 それは、いつかどこかの記憶の中に残っている、月明かりに照らし出される、鏡のような湖の細波だとか。

 あるいは、人が足を踏み入れる事のない、樹木の生い茂る深い深い森の奥の、木々の合間から零れ落ちる木漏れ日だとか。

 僅かに動く目蓋の向こうに、淡い光と濃い影が、幻想的なな円舞曲(ワルツ)を踊っていた。光と影と幻想と、光と影と幻想を。

 入れ替わり立ち代り繰り返される三拍子の演舞。飽きる事もなく繰り返される、認識の世界のユラギの中で、霞がかった記憶野の中に、自分という存在が徐々に覚醒してゆくのを感じる




 あれ?

 夢を見ている。

 夢を見ていた。

 夢を視ている。

 夢を観ていた。

 きらめく水面。滴り落ちる滴。それはきっと祈りの雫、青い運命。

 記憶のどこかにある記憶。いつか見た夢、彼女の記憶。誰かの記憶。あるいは何かの記録。

 もしくは再放送のテレビを見ているような何か。

 そしてふと私はそれが何かに気がついた。それが何かを思い出した。

 ああ、なるほど。

 これが私(わたし)の「終わり」。

 これが私(あなた)の「はじまり」。




 『元気ですか?』誰かが尋ねる。『何とかやっています』誰かが答える。
 
 似た様な問いかけを何度も何度も繰り返しながら、やがて『私(あなた)』が『私(わたし)』を取り戻し始める。徐々に徐々に、まどろみの様な、深く夢の淵にたゆたう意識のゆらめ

きの中から、少しずつ少しずつ、私が眠りの浅瀬へと浮かび上がってゆく。いまだ目覚めない意識と、覚醒しつつある意識。どちらの『私(わたし)』が、どっちの『私(あなた)』に問

いかけているのかは解らない。

 『元気ですか?』と『私』が尋ねる。『何とかやっています』と『私』が答える。

 ただの問い掛けと、意味をなさないその問いかけに対する返答といった、他愛のない質疑応答の繰り返し。それは自問自答とも言わないでもないか。

 ブランコのようにゆらゆらと。単純な行為の繰り返しであるにもかかわらず、飽きもせずに『私』と『私』は繰り返す。稚拙で曖昧な確認行為の繰り返し。幼子が興味を持った行為を何

度も繰り返し繰り返し行う様によく似た、自己認識と、自己確認の繰り返し。どれほど、『世界』が曖昧で虚ろであっても、まずは『自分自身』の認識からはじめよう。

 どれどれ、どれぐらい意識が覚醒してきたのかな?

 もう一度、自問自答。

 『元気ですか?』『ボチボチでんな』『朝、朝だよー』

 『もう後三分、寝させてください』『もしかして起きてる?』『そうかもね』
 
 『おはよう、私』『おやすみ、私』

 『ちょっとまって、二度寝はまずいよ、私』

 致し方ありません。このまままどろみの中に沈んでいるのもあるいは一興かも知れないけれど、折角意識が夢の浅瀬にまで浮上してきたのだから、ちょっと本格的に『目覚めて』見る事

に致しましょう。
  
 折角だから、自己を認識できれば、次は身体を知覚してみましょう。

 まずは、基本的な機能の確認、身体の五感のチェック。意識はどこかぼんやりとしてはっきりしないけれど、何とか動く、この身体?

 何故だかちょっと疑問系。

 それでは、五感の確認を。

 視覚……だめ、まぶたが開かない。

 味覚……口の中が、なにやら、水よりも僅かに粘りのある液体で満たされている。そこにあるのは鉄の味。喉は焼けるように熱かった。

 嗅覚……かすかににおう薬品集。これは何の匂いだ?いや臭いか。アルコールかはたまた別の何かか。ああ、これは嗅ぎ慣れた自分の体臭。しみこんだ薬品の臭いか。

 聴覚……何処からか、何かの脈打つ音がする。胸の奥から響いてくるのは、自分の心臓の鼓動の音。トクントクントクン、トクントクントクン。たぶん、少なくとも、これが自分がまだ私が『生きている』証。

 残りは触角……全身を取り巻くのは重い何か。ああ、自分はどこかベッドのようなものの上で寝ているのか。ならばこれは夢。夢なのか。そう自分は私の大切なものと深い深い闇の中に沈んだはず。

 ここはどこ。

 意地悪よ神様、魔法でもできないことはあるのね。

 だから求めた失われた力。

 喪われた存在の復活などという馬鹿げた存在。

 そう、それが夢幻だってわかっていた。それでも縋らざるをえなかった。

 それこそが私に残された唯一の道だと、その時はそうだと信じていた。






 ふむ、またも思考がそれたか。

 いけないいけない。

 再び、思考再開。

 では、次に自己の再確認。

 質問その一

 私は、だあれ?Who am I?

 なんと初歩的な自己確認。なんて難しい自己確認。

 さて、私。この問い掛けになんと答える?

 アンサー。

 確か自分は……。

 ■■シア・■■■■■サだったはず……。

 あれ?

 自分の記憶があまり鮮明ではない。だから、もう一度繰り返す、今度ははっきり答えて欲しいな。さて、私は誰だ?今、ここにいる私は何者だ?

 私は、■■シア・■■■■■サ……。

 この部分も不明確。思考に霞がかかっているような感覚。自分の事を思い出そうとすると、別の誰かが邪魔をしているような感覚。

 いや違う。

 正答は出ているのに、それを否定されている。

 例えば、日記に書かれた過去の自分の行動を文字として呼んでいるような感覚。

 そして、そう言えばこれって赤の他人の日記じゃなかったっけ?、などと思っているような感覚。上書きされた自分を、別の自分が客観的な立場で、眺めているような違和感。

 いや……ちょっと待て。上書きされた自分ってなんだ、なんなんだ!?

 それ以前に、何故、私は『私』を『私』と、認識していただろうか?

 それは、自我の認識。

 我思う故に我あり。『私』がいるから『わたし』は存在するのである。単純で初歩的なデカルトの初歩的な自己認識手法。人は思考し、自分というものを自分として認識できるからこそ

、人間なのである。そういった意味でいけば、少なくとも、私は人類の範疇であるらしい。

 けれども、この状況で、『私』を『私』と認識できるからといって、私の周囲に認識できる『世界』があるわけではない。周囲がどうなっているのか、あるいは外部環境がどうなってい

るのか、それを知る情報は今のところ私には与えられてはいなかった。周囲状況の把握とは、つまりは、私を取り巻く『世界』の『認識』から始まるのだから。その欠如はあまりにも痛い

。この場合、『世界』とは私を取り巻く状況であり、私を生み出す過程であり、私の過去から現在へと続く個人的な連続情報の……ああ、難しく表現しなくてもいっか。つまりは『私の記

憶』である。『記憶』が私という人間を作り出し、私を取り巻く『世界』を、自分の『人生』として形作るのだから。

 だから、その情報に従うのであれば『私は■レ■ア』であると言えるのだろう。

 しかし、そんな単純な認識すら今の私は違和感を感じる。私に与えられた『記憶』と、自己認識がつながってない事にとても違和感を感じる。

 そして、その『記憶』から、今の私の『状況』に、記憶をつなげる事ができないでいる。非常にもどかしい……痒いところに手が届かない、この不愉快さ。

 ならば、私の求める情報は、自己の内には答えは無いと結論をつけるしかない。正確には『ある』のだろうけど、いまのままではそれを『確認』できない。

 だから、少なくとも、私は私以外の『外の世界』へと、その『不愉快なもどかしさ』を解決する為の手がかりを求めようとするのだが。

 だが、『世界』が知覚できない以上は、周囲環境から、自分の置かれた現状を把握することはできないという訳だ。

 そもそも、『周囲環境』の把握ができないとカッコいい言い方をしてはみたものの。

 要は、見えません、聞こえません、喋れませんと、人間の情報入手手段のすべてが、曖昧な状態の、今の私にとって。

 つまりは、なーんにもわかりませーん、という事。

 わからない、つまりは認識できない事象を、いつまでも思索していても、思考のループに陥るだけ。わからないことはわからないと、いったん棚においておいて、次の事を考えよう。ポ

ジティブシンキングという奴だ。でも、さっきからいろいろな事を考えてばかりいるな。というか、身体が動かない以上、思考すること以外にやる事はないわけだが。

 ああ、前向きだな、自分。

 『前に向かって歩いていかなければ、後ろを振り向く事だってできないんだぞ』

 私の友人の……あれ、誰が言ったんだっけ?

 うむむ……これでは埒が明かない。

 だから、この件はいったん保留。保留にするにはあまりにも重要すぎる案件のような気がしないでもないが、現状の情報量では、疑問を解決するに至らないと判断。

 とりあえずは優先順位を下げる事とする。

 べ、べつに、問題を先送りにしている訳じゃないんだからね!本当なんだからね!

 ……御免、冗談です……って、誰に謝っているんだか。

 さて、自己認識はとりあえず保留。
 
 それでは次の課題にうつります。

 周囲環境。つまりは私を取り巻く『世界』を感覚を用いて『確認』できない上で、『認識』できる過去の『記憶』から、何故自分がこのような状況に置かれているのかを類推しなさい。

配点は20点。

 まず一番最初に疑問に思うのが『私』を認識する為の『記憶』が二種類存在すると言う事。

 ああ、やっちまったな、自分。ついに錯乱してありもしない記憶を勝手に作ったのだろうか?

 いわゆる二重人格、解離性同一障害と言うやつか?

 ちなみに略称はDID、どうでもいいけど。

 やけに曖昧な『私』の記憶と、とても慣れ親しんだ『私』の記憶。この際どちらが正しいかは、問題ではない。その二つの記憶に、この場所に関する何かの手がかりはありはしないだろ

うか、と記憶の検索を行う。

 まずは、再び現状認識。現在、私の置かれている状況が引き起こされるであろう『事象』の抽出を行う為にも、今私がいるこの場所、もしくは『世界』、非常に限定された情報から得ら

れたこの『世界』。どうやら自分は、何かしらの液体の詰まった空間に放り込まれた状態にある。

 うん、いくら考えても、こんな場所に放り込まれる記憶はない。

 『私』の記憶にも、もちろん『私』の記憶にも存在しない。存在しないだけで、どちらかの行動が引き起こした結果であるともいえなくもないが、とりあえずは直接的な原因はなさそう

だ。

 そうなると、もしかしたら、自分は世界に一人しかない珍妙奇天烈な『特技』を持っていて、その保存の為に、こうしてこの場所に保護されたとか?

 それともやはり、私は奇特な病にかかっていて、とある研究機関で臨床実験を行っている最中だとか。

 いやいやいや、そんなどこぞの世界の魔法組織じゃないんだから、誰がそんなことをするのだろう?

 100パーセントただの人間である自信のある私が『封印指定』なんて受けるはずもない。ないよね?

 封印指定?なんだそれ、聴いたこともない言葉だ。何か別の記憶と混線している?

 そもそも、そんな事する組織、存在しないよね、よね?

 そんなの『お話』の中だけの話だよね?

 第一、万が一そんな危険な組織が存在していたとしても、私はそんな特技を持っていた記憶がない。

 そして単なる病気だったと言う……それもこんな場所に放り込まれるだけの奇病にかかっていたと言う……記憶ももちろん無い。

 『どちらの私』も、すこぶる健康的で、医療機関のお世話になった事はほとんどない。

 では、自分はこの世界の最後の人類の生き残りで、外宇宙からやってきた知的生命体に保護というか保存されているとか?

 晴れ時々人類滅亡、なーんて言う天気予報はついぞ聞いたことがないので、それもない。ないはず。たぶん。

 やっぱり、私はさよなら人類してしまったとか。そのために人体実験でばらばらにされて、本当は脳みそだけが浮いているとか?

 この手足の感覚はじつは幻視だとか?

 うーん、突拍子もない考えは浮かぶのだが、いまいち現実的な理由というものが浮かばないな。

 これは、困った。こんな状況に陥ったその『理由』すら、わからないというのだろうか?

 自分は、何処の誰かもわからず、今何処にいるのかもわからず、何故此処にいるかもわからない。所謂、記憶喪失という奴か。いや、自分の名前とかはどちらも『覚えている』けどね?

それは忘れるわけがない。忘れてはいけないのだ。私が『もう一人の娘』にしてしまった事は。

 それはともかく、今の状況は物語としてはよく聞くパターンだが、いや、実際自分がその立場に立ってみると、色々と不都合なものだ。

 さて、どうするべ?しかたがない、もう一度状況整理を……。

 いや、いけない。

 これが思考のループという奴だ。再考して、熟考して、その結果、この状況を打開すべき解決案、対策案を思いつくと言うのであれば、幾らでも思索する意味はあるのだろうけれど。今

はその時ではないと考える。

 それはそれで、新たな手がかりを手に入れた後に行えばいい。では、考えるべきは、次に何をするべきか……ということか。
 
 「……」

 私の思考が、内へ内へと思索の網を張り巡そうとしていたその時。ふと、誰かが呼ぶ声がした。記憶の中のどこかが、その声に懐かしさを感じた。心のどこかが、暖かく満たされていく

様なその感覚。その暖かさが何処から来たものなのかはよくはわからない。

 けれども、今の状況を打破できるかもしれない、『外』からの情報だ。

 「………!」

 再び、声がする。その声に反応して、僅かに動く目蓋を持ち上げ、ゆっくりと目をあける。

 先程までは、重たげに私の意志を拒否した筋肉が、今度は素直に従ってくれた。それでも十分にのんびりとした、不満をあれこれと漏らしながらだったが。自分自身の肉体なのだから、

もっと素直に従って欲しいものだ。確かに、朝のまどろみの中で、暖かい布団の中から這い出す時に要する努力に匹敵する頑張りを、今、私はしたのだ。

 当然の事だが、周囲の状況が、どこか朧げで頼りなかったのは、この身体の目が閉じられていた所為だ。自分の身体である事は間違いないのに、そのあまりにも客観的な考え方に、我な

がら苦笑するしかない。

 もっとも、心の中でこっそりとだ。生憎と、苦笑ができるほど、今の私の唇は、私の言うことを聞いてはくれないのでね。

 それでも、身体の一部とはいえ、私の命令に従って動いてくれることは非常にありがたい。

 まぶたがゆっくりと開いていくにつれて、私の目に光が飛び込んでくる。脳が周囲の景色を認識し始める。視界が徐々に鮮明になっていく。どこかゆらゆらと揺れる視界に移るのは、小

さな少女の顔。そしてその子を基にして生み出してしまったもう一人の娘の顔。あの、幻想的な揺らめきは、私を包み込む青い光が、その周囲の『宝石』に反射しているからだとその時は

理解した。

 まず、私が認識したのは、その女性の怒ったような表情。

 誰だろう?

 いやそれは『私』の記憶に存在する顔。

 それは『私』自身。

 ちょっと、姿は変わっているけれども。間違いない、これは私。『プレシア・テスタロッサ』の顔だ!

 何を怒っているのだろう。彼女は何を怒っているのだろう。

 その瞳にあふれんばかりの悲しみの涙を浮かべながら。

 「………!」

 なんてことを言うのだろう、この人を知らないなんて、なんてひどい事を言うのだろう、私自身。

 「……!」

 ああ、そうか。

 私はすべてを理解した。

 私はすべてを思い出した。

 ああ、誰かが何かを叫んでいる……。

 そういえば、その『音』を『声』と認識できたのは、私の事を呼んでいると感じたのは何故だろうか?

 この身体は、その聴覚は、私が発する『音』を『声』と認識しているようだが、残念ながら、その『声』が『言葉』として明確に伝わってくる事はない。

 でも、私が『声』を上げるたびに、私の心は何かに満たされている。声が『言葉』として私に伝わらないのは、この何もない空間の所為か、あるいはこの身体の所為かはわからなかった

けども。

 もしかしたら、私の理解できる言語ではなかったのかもしれないけども。

 「わかっているわよ、そんな風に怒らなくても」

 それでも、私が僅かばかりの反応を返した事によって、女性の顔に笑みが浮かんだのは理解できた。

 そう、わかっている。わからないはずがない。

 家族を幸せにするのが、母親として当たり前のことだろう。何よりも大切なことだろう。

 「……イト」

 そう呟くと私の中に一つの感情が浮かんだ。それは激しい、爆発にも似た感情だった。

 そんな感情が、私の知らないどこからか、湧き上がってくる。
 
 の、心の内側からわきあがってくる、この感情は間違いなく、歓喜の思念だ。幼い子供が、ただ一途に、自分の喜びの感情を体で表すかのように。

 これはとても素直な、人の歓喜の念なのだ。

 「フェイト……」

 「母さん」

 彼女が答える声が聞こえたような気がした。

 ほんの少しはにかんだような表情で。

 ああ、なるほど。私は嬉しいのだ。

 「フェイト……」

 「母さん」

 母親らしいことはまったくできていないけれど、それでも自分の母と呼んでくれていた。

 私の事を呼んでくれて嬉しかったのだ。

 私の中のフェイトは、必死で何かを語りかけてきた。それは取り留めのないことだったけれど。他愛もない事だったけれど。

 だから、私は、必死で話しかけてくる彼女をいつまでもいつまでも見つめていたかった。できれば、彼女の事を声を出して呼びたかった。

 けれども。

 急激に意識に靄がかかり始める。この体は休息を欲している。こうして目を開けているだけでも、こうして思考をしているだけでも。この幼い身体は、休息を必要とするのだ。

 なるほど。要は、眠い。単に眠いのだ。

 まるで赤子の様だなと、思考の片隅で考えてしまうけれども、今はその欲求に逆らう事は今は難しい。そ

 もそも、逆らうつもりも、その必要も無いのだから。

 そんな風に思った瞬間に、意識が闇に包まれていくのだった。

 そして目蓋の閉じる瞬間に。

 悲しげな顔をした、あの女性の姿が見えた。少しの戸惑いと悲しみを湛えたあの人の姿が。ほんの少しだけれども、心の内側がちくりと痛んだような気がした。

 そして再び、私はあのまどろみの中へと沈み込んでいく。




 ああ、そうか。これは夢だったんだ。

 夢を見ている。夢を見ていた。夢を視ている。夢を観ていた。

 きらめく水面。滴り落ちる滴。それはきっと祈りの雫、青い運命。

 いくつも連なる青い宝石の光の連鎖。

 それは光と影のゆらめき。世界が幾重にも重なり、幾重にも揺らいでいる。

 重なり合った光と影が織り成す細波のような陰陽の渦が幻想的な光景となって視界の中に広がってゆく。

 現実にはありえない光景、少なくとも自分自身の目では見たこともないような光景。

 自慢できるほどの年月を生きてきたわけではないが、そんな短い人生の記憶の中にあって稀有な経験。

 それは、いつかどこかの映像の中で見た、深海に降り注ぐ太陽の揺らめきだとか。

 それは、いつかどこかの記憶の中に残っている、月明かりに照らし出される、鏡のような湖の細波だとか。

 あるいは、人が足を踏み入れる事のない、樹木の生い茂る深い深い森の奥の、木々の合間から零れ落ちる木漏れ日だとか。

 僅かに動く目蓋の向こうに、淡い光と濃い影が、幻想的なな円舞曲(ワルツ)を踊っていた。

 光と影と幻想と、光と影と幻想を。入れ替わり立ち代り繰り返される三拍子の演舞。

 飽きる事もなく繰り返される、認識の世界のユラギの中で、霞がかった記憶野の中に、自分という存在が徐々に覚醒してゆくのを感じる。

 あれ?

 夢を見ている。夢を見ていた。夢を視ている。夢を観ていた。

 きらめく水面。滴り落ちる滴。それはきっと祈りの雫、青い運命。

 あれ?

 記憶のどこかにある記憶。いつか見た夢、彼女の記憶。誰かの記憶。あるいは何かの記録。そうか、これは『私』と『彼女達』の記憶なんだ。

 ああ、なるほど。

 これがプレシア(わたし)の「終わり」。

 だから貴女は、貴女の家族と幸せになって。そのための願いは、そのための力はここにあるのだから。

 そうよね。

 青い光がまるでうなずくように煌いた。




 だからこれが私(あなた)の「はじまり」。

 つらい記憶を押し付けるかも知れないけれど。

 たぶんそうしないと貴女はまた不幸になるから。

 だから、貴女は間違えないで頂戴。

 プレシア・テスタロッサ……。




 「ちょっと要約したけれど、これが私にあるもう一つの記憶。いわゆる無印?」

 「は?」

 「ああ、いえ、なんでもないわ。つまり、そういうこと」

 「そう、貴女の記憶のプレシアは、時の庭園で管理局との戦いに敗れて、ジュエル・シードと……その」

 ほんの少しリンディが言いよどむ。フェイトにもプレシアにもつらい話である。そのためフェイトは青い顔をしているが、しかし取り乱した様子はない。

 「私なら、大丈夫です、リンディ提督」

 声に力はないが、それでもはっきりと答えを返した。

 一方、アースらのクルーの一部はその頬に滂沱の涙を流しているものもいた。なのはもユーノも涙ぐんでいる。

 しかし、ほんの少し間違えば。プレシアにこの記憶がなければ。その道筋をたどった可能性は低くはないと推測する。

 「ジュエル・シードとアリシアさんは虚数の海に飲まれてしまった、という事ね」

 「ええ。そして私は願った……んだと思う。その辺の記憶が曖昧なのだけれど。その事だけはしっかりと覚えている」

 プレシアはジュエル・シードの少女にちらりと視線を送り、彼女はこくりと小さくうなずいて見せた。

 「そうです、そこでプレシア・テスタロッサが私たちに願ったのは……『家族が幸せ』であることだったのです」


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