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第2話 騎士達の輪舞曲 その5

2010年02月05日 | ふたりのはやて
 魔法少女リリカルなのは はやてSS
 第2話 騎士達の輪舞曲 その5

 結界に包まれた海鳴市の中央部、そんな高層ビルの屋上には二人の人物が、眼下の街並みを見下ろしていた。
 一人は、黒いローブで全身をすっぽりと覆った小柄な人物。
 塁壁の騎士ラルゴが、そして彼が長老と呼ぶ魔導士が『姫』と呼ぶ人物だった。
 あいも変わらず、目深にかぶったフードは彼女の表情を完全に隠している。
 今現在、彼女が、どんな表情でもってこの場に臨んでいるか、それを窺い知る事はできなかった。
 そして、もう一人は、暗闇にも鮮やかな銀髪を短く肩口で切りそろえた、まだまだ幼さを残した若者だった。
 日本の胴衣と袴のような格好に、片手に無造作に剣の鞘を握っていた。
 その鞘は細く、いわゆる細剣と呼ばれる類のものにいていた。
 姫の傍らにたたずむ姿は、あるいは姫の護衛にも見えなくはなかった。

 若者は、その細い目をさらに糸の様に細めて、足元の街並みに神経を注いでいたようだった。
 何度かこくこくと頷いたり、その腕を細い顎に添えたりする様は、まるで隣の人物と会話をしているかの様だった。
 しかし彼の姫君は、僅かたりとも言葉を発していない。
 それは人ではなく、あるいは人形であると言われても、疑問には思えないほどである。

 ふと若者が空を見上げる。

 この閉じられた世界にいるのは、自分達と、眼下にいる二人の仲間……と言うほどの関係であるかはおいておいて…。
 そしてその仲間と戦いを繰り広げている敵であろう魔導士だけの筈であった。

 しかし、それら以外の魔力の気配を感じたからだ。

 現在、この当たり一帯は『長老』のはった結界の影響下にある。
 一般の人間のみならず、獲物となった魔導士意外は自分達の見知らぬ存在はいない筈だった。

 そんな結界の中に魔導士、いや、古代ベルカ式の魔術を使う以上は騎士と呼ぶべきか、が飛び込んできた。
 その騎士の相手を、今はラルゴがしている。
 赤い騎士甲冑を身にまとった小柄な騎士だったが、結界を突き破ってこれるだけの魔力は持っているようだ。
 よもや塁壁の騎士が敗れる事はないと思うが、一苦労はするかもしれない。

 などと思っていたら、別の魔力を感知した。

 その魔力の波動は自らが知るものとは違っている。
 だから、その魔力の気配は、おそらくはあの小さな魔導士の仲間であろうと推測をつけた。
 もっとも、それ以外にはありえないだろう。
 自分の知る仲間は、姫を入れても4人。
 それ以外のものは、あるいは敵ではないかもしれないが、少なくとも味方ではない。
 ともなれば、現在のこの状況から推測すれば、おのずとあの赤い騎士の増援に違いはないだろう。

 仮に、あの騎士が管理局とか言うやからの関係者であるならば、なおさらだ。

 その魔力はまるで何かを探るかのように、光の魔法陣の周囲に広がってゆく。
 おそらくは、広範囲にわたる探知魔法に違いない。
 優れた術者であれば、この街を覆う結界の隅から隅まで探査の目を広げる事ができるのだろう。
 隠行の魔法で自らの気配を消していた筈だが、ふと気がつけば自分の周囲に、あの見知らぬ魔導士の魔力の気配が忍び寄ってきているのに気がついた。

 「ありゃ、みつかっちゃいましたか」

 まるで緊迫感のない声だった。
 けれども、僅かに感心した風の響きが混ざりこんでいる。

 自らが、空に待機する見知らぬ魔導士の探査魔法に感知されたのは間違いがない。
 認識阻害の魔法も使用されているにも拘らず、こうも容易に自分達の存在を感知してのけたあの魔導士。
 余程、探査魔法に長けているに違いない。だから、ほんの少しだけど、その実力の高さを賞賛する。
 敵に拍手を送るわけではないけれど。
 
 「これは困りましたねぇ」

 先程に続き、ちっとも困った風には聞こえないのんびりとした声。
 けれども、困った事には違いがないのだ。
 管理局に目を付けられた。
 彼らの一応の主には、管理局にはくれぐれも注意するように厳重に言われている。
 出きり限り管理局とは事を構えないようにと言われているのだ。
 
 若者の視界には、先の魔法陣の術者とは別の種類の魔力の持ち主が、自分達のいるビルの屋上に接近してくるのが見えていた。
 あの、赤い騎士を管理局の人間とするのならば…この若者の推測は間違ってはいないのだが…接近してくる二人の魔導士もそれに所属する人間なのだろう。

 「どうしましょうか、ねぇ?」

 「………」

 流石に、少しは困った風に隣に立たずぬ人物に声をかける。
 勿論、その相手とは彼らの姫君。
 だが、その肝心の姫は僅かも身じろぎする事はなく、じっとフードの奥の視線を、足元の街並みに注いでいる。
 近づいて来る魔導士なんか、まるで興味がないような様子に、若者はやれやれと方をすくめて見せた。

 そんな二人の前に、シグナムとシャマルが降り立つ。
 シグナムははじめこの二人が件の魔力の持ち主かと、僅かに首を傾げたが、まさか結界の中心に、魔力を持たない一般人がいる筈もない。
 加えて、こんな怪しい格好をしている一般人はいない、いる筈がない。

 ふと、最近はやてがはまっている「こすぷれ」とやらも十分に怪しい格好をしていたのだが…。
 そんな拉致もない想像が浮かんできたのだが、とりあえず、首を振って思考の中から閉め出した。

 「時空管理局のものだ。最近周辺地区にて発生している魔導士襲撃事件の関係者とお見受けする。
 こちらも無駄な争いは好まない。大人しく投降すればよし、そちらにもそちらの理由があるのだろう。
 管理局とて無碍には扱わない事を約束する。そちらの事情をよくよく聴いた上で……」

 「あはは、ごめんなさい。それ、無理です」

 あはは~と緊迫感のない笑みを浮かべながら片手をパタパタと振る若者。
 その態度にふざけているのか、あるいは侮られているのかとシグナムはすっと目を細めた。

 「ああ、まってまって、そんなに怖い顔をしないでください。。
 とりあえずは…えっと…まぁ…色々とあるんですが。
 説明はできない止むを得ない事情と言うものがありまして…とりあえず、ごめんなさい!」

 拝むように両手をパシッと合わせて、頭を下げる目の前の不審人物。
 だが、シグナムも、言葉は悪いが餓鬼の使いをしている訳ではない。
 見逃してくれと言われて見逃すわけにはいかない。
 この、目の前の不振な若者と黒いフードの人物が、魔導士襲撃事件の重要な関係者、あるいは犯人であるのならば、見逃すわけには行かないのだ。
 
 「駄目……ですかね?」

 「ああ」

 「ですよねー」

 やっぱり駄目ですよねー、と言いながら若者は首を左右に振った。
 ゆらりと若者が動きを見せた。
 ひょろりとした単身痩躯が、軽薄な笑みを浮かべながらシグナムに近づいてくる。

 シグナムがそれを感じたのは、長年戦いにその身をおいていたがゆえの戦士の感だったのかもしれない。
 全身に冷や水を浴びせかけられたような、背筋が凍えるような寒気がした瞬間、彼女は愛剣レヴァーティンを鞘から抜き放ち眼前に構えた。
 刹那の瞬間、キンッと高く澄んだ音がシグナムの耳に聞こえた。
 そして、数瞬おくれて「ありゃ?」と言うやはり緊張感の欠片もない軽い声がする。

 気がつけば、件の不審人物が眼前にいる。
 シグナムの耳を打った高く澄んだ音は、目の前の人物が抜き放った剣を、シグナムがレヴァーティンで受け止めた音だった。
 細く長い細剣を、シグナムの愛剣が受け止めている。そして、不審人物の持つ剣はその刀身の半ばまでひびが入っている。これでは剣として使い物にはならない。
 一方で、レヴァーティンにはわずかの刃毀れも存在してはいなかった。流石はシグナムの愛剣であるといえよう。

 しかし、シグナムは大きく目を見開いた。

 「あっちゃー、受け止められちゃいました。残念ですねー」

 少しも残念そうにない声色。

 「でも、おかしいですねぇ、確かにボクには貴女が斬られる光景が見えていたと言うのに。
 ボクの『読み』をはずした人物は、実はそれ程いないんですよ。もしかしたら、貴女、とっても強いんじゃありませんか?」

 参ったなとでも言うように頭をぼりぼりとかく若者。

 シグナムはまるで凍りついたかのような表情で動けないでいた。
 この若者の言っている事は決して間違いではない。
 実は、シグナムには、この若者の剣筋と言うものがまるで見えなかった。
 数々の死闘を繰り広げ、歴戦の勇士と呼ぶに相応しい経験を重ねてきたシグナムである。
 そんな事はありえなかった。
 実際には見えていなかったのではない。
 若者が自分に近づいてきて剣を振るう様は記憶の中に存在している。
 まるで、保存された映像のように記憶の中によみがえらせる事ができる。
 しかし、今にして思えば、ああ、剣をふるって自分を斬ろうとしたのだなと、『認識』できるのだが。
 けれどもその瞬間に、その行為は『知覚』できなかったのだ。 
 それほどまでに、この若者の剣筋は、無造作に、振るわれたのだ。
 間違いなく、シグナムは、この若者に切り倒されていた事だろう。

 だが。現実には。
 シグナムは、ほとんど生存本能と言ってもいいぐらいの感で、どうにかこの若者の剣を防いだのだ。
 若者の言うとおり、シグナムにも、自分が斬られ、倒れてゆく光景が鮮やかなほどに見えていた。
 だから、自分がここに立っている事が信じられなかった。