東壁堂本舗

魔法少女 二次 はじめました!
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FILE 40 フェイト・テスタロッサ

2012年08月13日 | 彼女達の奮闘記
 なのはやなつき達の住まう海鳴市の近隣、遠見市。

 その都心付近に位置するマンション。その一室。一人の黒髪の女性が最上階のコンドミニアムの部屋へと続く扉に手をかけた。年の頃でいくと17,8歳。どこにでもいる日本人の女性のような姿だったが、どことなく特徴のない容姿をしている。すれ違った人のいったい何人が彼女の姿を覚えているだろうか。

 扉を開けようと、ノブを左右に捻ろうとするが、カチャカチャと音を立てるだけでいっこうに開こうとしない。不思議そうに首をかしげるが、端と思い立ったように手を叩いた。

 「おお!そういやそうだった!」

 少女は、服のあちこちに手を突っ込み、ようやく目的のものをスカートのポケットの中から取り出した。

 クレジットカードと同じぐらいのカード。黒い磁気テープの部分をドアのノブの少し上に開いたスリットに通す。

 ピン!

 小さな電子音が聞こえ、かけられていたドアの鍵が開かれた。

 「うん、これでよし。それにしても、フェイトはまだ寝てるのかねぇ」

 どさどさっと手に持っていた買い物袋を廊下に投げ出すと、女性の姿が、霞むようにゆれた。床に落ちた袋の中からはペットフードや、おそらくは夕食のための材料である食品類があふれだしている。と言ってもお惣菜やらコンビニのサンドイッチやらとかばかりだ。

 そして、次の瞬間には、赤い髪の毛をしたフェイトの使い魔、アルフの姿がそこにあった。なるほど、あの黒髪の女性の姿はアルフが変身魔法で姿を変えたのだろう。ならば、どこか写し身めいた、虚像めいた感覚に理由をつける事ができる。

 「フェイトォ?起きてるかいー?」

 リビングや、そもそも滅多につかう事はないキッチンに、彼女の主の姿はない。玄関の鍵がかかってはいたが、フェイトがアルフになんの断りもなしに外出するとは思えない。もし外出をするのなら、予めアルフに通達しておくか、念話で連絡をしてきただろう。

 何かに没頭しているのだろうか?それにしても、アルフが声をかければ返事ぐらいしてくれるはず。

 それが無いという事は、おそらくベッドルームで寝ているに違いないと、アルフはノックをせず、音を立てないようにそっとベッドルームの扉を開けた。

 ベッドがこんもりと盛り上がっており、掛け布団に潜り込む様に、包まっているフェイト。どこかほっとしたように息を吐くアルフ。しかし、ベッドの脇のテーブルに置かれたお皿の上に残る食事を見て、小さく眉をひそめた。パンを一口二口かじった様子はあるが、スープやサラダはほとんど手をつけた様子がない。マグカップにいれられた、元々は湯気を立てていたミルクは、冷たくなってまだ半分以上残っていた。

 「そりゃ、あたしは、なつきみたいに料理がうまくないけどさ」

 フェイトが人並みに食事をした事はここ最近ではなつきが料理してくれたあの時だけだった。普段はゼリー状の栄養補給食品や、固形状栄養補給食品などばかりである。確かにリニスにしかられるのも仕方のない状態だった。

 アルフは使い魔だから本来は食事がいらない。それでも『食べる』と言う趣向は、なかなかに拭い去る事はできず、大好きなドッグフードで食事を済ませる事もあるが、人間であるフェイトはそうはいかない。

 本来はきちんとした食事を取り栄養を補給する必要がある。

 それにフェイトはアルフが心配になるほどの少食だった。あの時、実はなつきがフェイトを心配して少なめに盛り付けてくれてはいたのだが、それでも御代わりを要求した事は驚きだった。そんなだから、フェイトがアルフの作った料理を食べてくれなかった事も仕方がないとは思う。

 けれどもほんの少しだけ不満が口に出てしまうのは抑えられない。しかしアルフの心情を考えると、彼女を責めるのは間違いである。

 とはいえ、冷めてしまった料理をそのままにしておくのも気が引ける。もう少しすればフェイトも目を覚ますだろう。すぐに夕食時だし。その時にもう一度作り直せばいい。少食なのは仕方がないが、せめて暖かな料理を食べて欲しいアルフである。

 だから、こっそりとフェイトの寝室に侵入し、料理を下げようとした時だった。

 「う、んん……アル……フ?」

 フェイトが身じろぎをして、うっすらと目を明けたのだ。

 「あ、あちゃぁ……すまないね、フェイト。起こしちまったかい?」

 フェイトは、アルフが自分の食べ残したお皿を片付けようとしていた事に気がついた。

 「うんん、大丈夫。あ、ごめんね、残しちゃって」

 「あ、ああ、いいんだよ、別に。気にしないで、疲れているならゆっくりと休んでなよ、フェイト」

 「大丈夫」

 フェイトはベッドに横たえていた身体をゆっくりと起こしてゆく。

 どことなく、緩慢な動きに見えたのは気の所為か。少し顔が赤いように見えるのは、マンションの窓から差し込んでくる夕日の加減の所為なのか。

 「ちょっと!本当に、大丈夫かい、フェイト?あんまり無茶をしたら駄目だよ?」

 「本当に。大丈夫だよ、アルフ。そろそろ行こうか。次のジュエルシードの大まかな位置特定はできてるし。あんまり、母さんを待たせたくないし……」

 そういって笑みを浮かべていたフェイトの身体が突然大きく揺らいだ。

 二回、三回とふらふらと千鳥足の様な足取りで左右に揺れたかと思うと、そのまま、ばたりとフローリングの床に倒れ付してしまう。

 「ちょ、ちょっと!フェイト!フェイトォ!」

 アルフは慌ててフェイトに駆け寄り、彼女の身体を抱き起こした。

 フェイトは荒い息を繰り返している。アルフの問いかけに「ごめん、大丈夫だから……」とか細い声で返答はするが、まるで力が入る様子がない。ただアルフの腕の中でぐったりとしているだけだった。それでも、アルフを心配させまいと笑みを浮かべようとしている。

 顔は赤く、息は荒い。まさか、病気だろうか?

 確かに最近のフェイトは頑張りすぎであるとアルフも思っていた。ほとんど食事を取ることもなく、休憩もそこそこにジュエル・シード探しを続けてきたのだ。いつしか限界が来るかもしれないと危惧していた事がついにおこったのだ。

 しかし、アルフには頼る相手がいない。

 本来であるならば、こんな時は母親が、自分の娘の看病をするものと相場が決まっている。しかしながら、アルフはフェイトの母親がそんなことをする訳が無いと考えている。もし仮にそうであったとしても、彼女と連絡を取るすべがない。

 フェイトであれば、念話で彼女の母親との連絡を、あるいは取れたかもしれないが、フェイトが進んでそんなことをするとは思えない。

 だからと言って、彼女を病院に連れて行ってもいいものだろうか?

 生憎と、こんな事態を想定していた訳ではないから、アルフは近所の病院の位置を知らなかった。或いは知っていても、戸籍やら何やらを偽造している彼女達が、医療機関にかかる事は不可能であった。彼女達はその存在すら知らないだろうが、そもそも保険証や外国人証明書等を持たない、しかも子供のフェイトが病院に向かえば警察に通報されるのがオチである。だから、そんな事はできない。

 第一、現地の公的機関には関わる事がないように、或いは勘付かれる事のないようにときつく厳命をされている。最初から、病院にフェイトを連れて行くという選択肢はないのだった。

 だからと言って、このまま放置しておいていいはずがない。アルフの心情としてもいち早くフェイトの治療をしたかった。

 もし仮にただの過労であるとするならば、しばらく様子を見ると言う方法もあるだろうが、アルフにはそこまでの医療知識はないし、放置しておきたいはずもなかった。

 とは言え、知り合いがいる訳でもないし……いや、一人だけいた。

 味方と言うほど信頼はしていないが、この世界においてある程度フェイトとの接点があり、彼女の存在を秘密にしてくれそうな人物。今のところ、あのはやてとか言う料理上手な女の子と彼女以外からのアプローチがない以上、彼女が誰か彼かにフェイトの事を話したと言う事はないと考えられる。

 でも、彼女は敵ではないと言っただけで、単純に味方になってくれるとは思えない。おかしなおかしなフェイトのそっくりさんだった。

 しかし、この状況では彼女以外に頼る人間はいないのは事実だった。

 だから、アルフはほんの少しだけ躊躇して、彼女に念話を送るのだった。


 30分程度後。

 両手に、買い物袋を提げた、フェイトそっくりの少女、なつきの姿がフェイト住まうマンションの部屋の中にあった。

 何故か目には一杯の涙を浮かべ、ガタガタと身体を震わせている。

 「ねぇ、ねぇ!翠屋からここまでどう頑張っても30分じゃ着かないと思うのに何故私はここにいるんでしょうか?確かにアルフにお願いされて緊急の用事と言う事で忍さんに車を出してもらう様にお願いしましたが、月村家から翠屋までの距離だけでこの時間でたどり着くとかありえないと思うのですがそこはどう考えますか?もっと言ってしまえば、あの速度で警察車両と一度もすれ違わなかったのはただの偶然でしょうか?警察署の前を通り過ぎましたよね!制服を着たえらそうな人が敬礼してましたけど、見間違いですか!?それから、お願いですから忍さん、あの重量の車で華麗にドリフトを決めないでください。明らかに遠心力で車が横に吹き飛んでいて大破している筈です、それ以前に一般道でしないでください、お願いします。それから、このマンションまでの道中、信号機が一度も『青』以外にはならなかったのは何故ですか、夢ですか。一体全体奇跡でも起きたんでしょうか?ああでも、明らかに黄色になりそうだった信号なのに、青が点灯しっ放しだったというあたりは突っ込むのは禁止ですか、話す事さえ禁句なのでしょうか?長いものには巻かれろですか、国家権力には逆らうなですか!勝てば官軍月村家ですか!!ねぇ、ねぇ!アルフ、アルフ!あ、そうそう、運転手の皆さん、スピードの出しすぎには注意いたしましょう。それから、車を運転する時は交通法規を守りつつ、自己防衛の為に、事故が起こるかもしれない、事故に巻き込まれるかもしれないと言った『かもしれない』を常に心の中に描く、かもしれない運転を行ないましょう。なつきちゃんからのお願いだぞミ☆(きらっ)」

 だんだんと声がやけくそと言うか絶叫に近いものになっていくなつきと、それを止めるアルフ。

 「ちょ、ちょっと、落ち着きなよ、なつき!あんたが何を言っているのか、これっぽっちも理解できないよ!と、言うか、あんたが最後に何を言いたかったのかこれっぽっちもわからなかったよ、あたしゃ」

 「あははーそうですか、そうですよね。理解してくれと言ってもできませんよね……もう二度と忍さんの運転する車にはのらないもん!」

 出掛けに、恭也さんが『生きろ?』と言ってたのは冗談ではなかったのね、疑問系だったのもふざけていた訳ではなかったのね、と、涙を流すなつきであった。

 「さて、それはともかく無茶をして倒れてしまったお馬鹿は寝室ですか?」

 そう言いながらもはっきりと憔悴しきっている姿のなつき。確かに呼び出したのはアルフだがそんな姿で現れては、アルフのほうが気が引けてしまう。

 「あ、いや、その……呼び出しといて何だけどさ、あんたの方こそ大丈夫かい?」

 「はは、大丈夫ですよ、これは多分に精神的なものですから。うん、たぶん」

 「いや、どう見ても、卒倒寸前の顔色だけどさ?」

 「3分ください、復活しますので」

 「………あんた本当に人間かい?」

 「大丈夫です。その辺のモブなら3分でリポップしますから!」

 「あんたは、MMORPGの敵キャラか何かかい!」

 「……はい、復活です!いろいろと心の棚に押し込んで鍵をかけました!そろそろあふれそうなんで増築の必要がありますが、今は大丈夫、うん!」

 「いや、もう何も言わないけどさ、頑張れ?」

 「あははー。さて、フェイトの様子はどうですか?お話の様子だと寝室で倒れたようですが」

 「ごめんよ、あたしにはよくわかんないんだよ。でも、なんだか顔が赤いし、息も荒かったし」

 「意識の方は?」

 「うーん、あたしも慌ててたからよくわかんなかったけど、あたしの言葉には受け答えはしてくれてたよ?」

 「いまは?」

 「ベッドに寝かせておいたら、いつの間にか寝ちゃったよ」

 「熱はどうでした?」

 「なかったと思うけど」

 「そうですか、寝室にお邪魔しても?」

 「ああ、あんただったらフェイトもかまわないと言うと思うから、いいよ、案内する」

 「ではお願いします」

 アルフはなつきを引き連れてフェイトの寝室の扉を開けた。

 アルフに促されて、なつきはフェイトのベッドの傍らに腰を下ろす。

 そっと、額に手を当ててみるが、少しだけ熱い。確かに顔も赤く、呼吸も少し乱れているような気がする。

 なつきは、腰に巻いてきたポシェットの中から体温計を取り出すとカバーを取り外しフェイトのわきの下にそれを差し入れようと、そっと布団をめくろうとした時だった。

 「あ……」

 フェイトが目を覚ました。

 「あれま、ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」

 突然、この場にいるはずのない顔を見つけたものだから、最初は大きく目を見開いたフェイトだったが、その姿を認識すると慌てて起き上がろうとする。それをなつきは手で押しとどめた。指先でフェイトの額を押さえつける。

 「駄目です、横になっていてください」

 しばらく「うーうー」と言いながら起き上がろうとしていたのだが、何故か力が入らず、やがてくたりと力を抜いた。

 「あ、あの……私、どうして?」

 「寝室で倒れたそうじゃないですか。アルフが慌てて連絡してきてくれましたよ。まったく……無理をするなとは言いませんが、するならするでちゃんと後先のことを考えてからにしてください。もちろん無茶は禁止ですが」

 「えと、無理はしていない「なんですって?」うん……ごめん」

 「ほら、謝らなくて結構ですから、この体温計を脇に挟んでください」

 「うん……」

 しばらく二人の間に沈黙が訪れた。少しして、ぴぴっと小さな電子音がする。

 「もう大丈夫ですよ、体温計を見せてください?」

 うん、と、フェイトはわきの下の体温計をなつきに手渡した。

 「37.3度ですか……フェイト、自分の平熱はどのくらいかわかりますか?」

 「ごめん、わからない」

 「そですか、私で37度弱ぐらいですから少し高めと言えば高めですけど、常識の範囲内ではありますね。ですから病気と言う事でもなさそうですけど、頭が痛いとかありますか?」

 「うんん、平気だよ」

 そう言う、フェイトの頬をなつきはつまんで横に引き伸ばした。おもちみたいな肌触りとよくのびていく頬。

 「ふわわ!はひほふふほ、はふひ!?」

 ふにゃーとまなじりに涙を浮かべるフェイト。

 「嘘はいけませんよ、嘘は!」

 「ほんほふぁほ!うほはんはひっへふぁいほ!」

 「そうですか?ま、あなたがそういうなら一応は信じておきますけど、でも、あなたが倒れた事は事実です。私も医者ではないので勝手な判断をする訳にはいきませんけど」

 頬を引っ張っていた手を離す。うーと唸りながらフェイトはなつきをにらみつけた。でも彼女自身はどこ吹く風で、フェイトの視線をさらりと受け流した。

 「ま、本当に頭痛がないのなら、多分疲れが溜まっていたのでしょう。のどが痛いとか咳が出るとか言うのはないのですよね?」

 「うん、それはないよ」

 「わかりました。でしたら、とりあえずは過労という事で。でも、逆に今日は一日ゆっくり休む事。人間と言うものは、どんなに頭のいい人だったとしても資本は身体です。身体が疲弊していてはいい仕事も決してできはしないでしょう、ね?」

 「うん……」

 「そんなに不満そうな顔をしないでください。美味しいものでも作ってきますから。それを食べて、おなか一杯になって、ゆっくりと休んでくださいいいですね?」

 「わかったよ」

 「では、お台所を借りますね。それとアルフも」

 「あ、あたしもかい?」

 「ほら、あなたにも美味しいものを作ってあげますから、フェイトのご飯を作る手伝いぐらいしなさい。いいですよね、フェイト」
 
 「えっと、フェイト~?」

 「うん、いいよ、アルフ。お願いね」

 「わかったよ!腕によりをかけて美味しいものを作るからさーまっていておくれよ?」

 「うん、アルフ」

 「ほら、いきますよ。フェイトはもう少し眠っていてください。ご飯ができたらおこしますから」

 「わかった」

 そういって目を閉じたフェイトはすぐに寝息を立て始めた。やはり、疲労が身体に溜まっていたらしい。

 「さて、いきますよ、アルフ」

 「了解!」

 「手伝えとは言ったけどさ?あたしはいったい何を手伝えばいいんだい?」

 早速、いつものことだが、どこからともなく取り出したエプロンを身に着けて料理を始めたなつき。例によってエプロンには謎のキャラクターロゴ。巨大ネットワークを支配しようとした人工知能に立ち向かった少女のアバター画像がでかでかと印刷されている。

 名前つながり?

 ちなみにノーマルバージョンである。アルティメットモードではない。

 隅っこに仮アバターもいたりいなかったり?

 しかし、アルフの問いかけは尤もである。彼女の言う通り、なつきの手つきからすれば、彼女(アルフ)の手伝いなんて必要ないかもしれない。

 それに、アルフはまともに料理なんてした事がないのだ。固形スープをお湯に溶かしたり、レトルト食品を温めたり、買って来たサラダをさらに盛り付けたりする事ぐらいはできるのだが、もちろんそんなのは料理とは呼ばないことも承知している。

 だからと言って、せっかくフェイトの為に、なつきが料理を作ってくれているのだ。その背後でただ手持ち無沙汰に、突っ立ているだけではアルフも面白くはない。

 「だったら、袋の中にあるジャガイモを適当に皮むきして、サイコロみたいに刻んでくれますか?って、包丁使えます?苦手だったら、買い物袋の中にピーラーも入ってますから皮だけ向いておいてくれると助かります」

 そう言いながら、なつきは包丁とまな板を取り出して、どうやらすでに蒸しあがったものを買って来たらしい、鶏肉を小さく切り始めていた。

 「馬鹿にするんじゃないよ!包丁ぐらい使えるよ!」

 「あれま、結構な事です。それじゃ、お任せしますね?」

 野菜の皮むきをアルフに任せたなつきはごそごそと鍋を取り出してキッチンのコンロの上に載せた。ちなみに鍋はフェイトの家のキッチンにあったもの。一度も使われた形跡がないのをみてなつきは軽く眉をしかめた。

 そして何度かコンロのつまみを捻り、ちゃんと火が点灯する事を確認する。

 「それじゃ、フェイトは寝てますけど、あんまりお待たせしちゃ可哀想なので、ぱぱっとできて、消化のいいものを作りますね。ほんとはちゃんと作りたいのですけど、ところどころ手抜きなのは、勘弁ください」

 なつきはおなべに水を張り、出汁の元を1個と、醤油を小さじ一杯いれて、沸騰するまで煮込んだ。その後パック入りのご飯を3人分取り出して、がばっとなべの中に放り込んでふたをした。

 「アルフ、ジャガイモの方は終わりましたか?」

 「あいよ、こんなもんでどうだい?」

 「うん、十分です。こっちにくれますか?」

 なつきはアルフが切り刻んだ材料を受け取り、バターでそれを軽くいためた。パックの牛乳と一緒にミキサーにかけ、粉々に砕けたそれを胡椒と塩で味付けをしコーンポタージュを加えひと煮立ちさせる。

 「ま、ちょっと手順が違うのと本当は玉ねぎを入れるんですけど、アルフは駄目っぽいですし、代わりに鶏肉を入れて、ジャガイモのポタージュスープにしてみました」

 ちなみに、ジャガイモと一緒に玉ねぎを入れて最後に冷やせばヴィシソワーズの出来上がりである。でも、本気で作るときは真似をしないように。

 「素直にグーグル先生にお伺いを立ててくださいね」

 「あんた誰に何を言ってるんだい?」

 「あははー」

 しばらくして、なつきはご飯を入れたおなべの火を止めると、溶き卵を流し込んでふたをした。ほんの少しだけまってふたを開けるとなんちゃってリゾットの出来上がりである。

 リゾットと言うか、雑炊かもしれないが。

 「さて、後はお皿に盛り付けて完成です。アルフ、お皿を出してください」

 「あいよ、それにしても美味しそうな匂いだねぇ」

 「短時間でできて、消化にいいのですよ。もうちょっと豪勢なものでもよかったのですが、あまり濃い味のものをフェイトに食べさせても大事になるといけないですからね。アルフには物足りないかもしれませんが……」

 「そんな事はないよ!十分だよ!」

 すでに、アルフのおなかはぐるぐると唸り声を上げている。フェイトのご飯と言う事でなければ、飛び掛って食べ尽くしていたに違いない。

 「はい、では、フェイトの部屋へ持って行きましょう」

 「うん!」


 フェイトは目を覚ましていた。

 時計の針はあれから1時間程度進んでいた。ほんの僅かな時間ではあったけれども、久しぶりにぐっすりと眠る事ができた。ずいぶんと身体が軽くなったような気がする。

 これは、理由は……あの子がいたからだろうか?

 眠りに付くその瞬間まで、あの子が手を握っていてくれたような気がする。ずいぶんと柔らかく、そして暖かかったような気がする。

 そのぬくもりを思い出すと何故だか胸がぽかぽかとしてきた。

 なつき。石田なつき。

 フェイトにとっても、もちろんアルフにとってもあの少女は不思議な子だった。

 アルフは変な奴、とか言っていたけど。確かにおかしな子。不思議な女の子だった。自分に瓜二つ。性格はまるで違うようだったけど。

 最初の出会いは、確か大きなお屋敷の森の中で、この世界の猫に憑り付いたジュエル・シードの封印を行なった時だった。

 フェイトの邪魔をした白い服の魔導士の女の子を、フェイトの魔法で吹き飛ばした時に、女の子を助けるために姿を現した。

 二度目は、温泉街の近郊の森の中。ずいぶんとアルフがひどい目に合わされたと聞いた。ほんのちょっぴりだけどひどい子だと思った。

 三度目は、アルフと一緒に買い物に出かけた時に、突然、彼女と出くわした。驚いた事に、懐かしい顔も一緒だった。リニス、彼女の家庭教師を務めた母親の使い魔だった人だ。使い魔に人というのはおかしいかもしれないけど。突然彼女とアルフの前から姿を消した事はずいぶんと謝っていた。彼女とアルフの食生活を知られ、ずいぶんとしかられてしまった。今はなつきの使い魔をやっているという。何故、プレシアの使い魔をやめたのかと言う理由と、彼女となつきと母親の関係は遂には話してくれなかったけど。

 その後、八神はやてと言う子の家に連れて行かれて、夕食を御馳走になった。カレーライスと言う食べ物で、とてもとても美味しかった。普段は滅多にしないことだが、御代わりまでしてしまった。正直に言えば、その後ずいぶんとおなかが苦しかった。

 よく考えてみれば、彼女とはたった3回しか出会っていないのだ。逆に言えば3回もである。

 フェイトと同じジュエル・シードの探索者でもある、あの白い女の子の友達であり、協力者である事から、今後何度も出会うであろう事は予測していた。

 三度目の別れの時には、彼女は自分は敵でも味方でもないと言っていた。だが、同じものを違う目的で集めるもの同士であるのならば、必ずぶつかる時が来る筈である。

 何をおかしなことを言っていると言う思いもあったが、この自分そっくりの少女と敵対する事を悲しく思っている自分も、確かに胸のうちには存在した。

 彼女は、「他の誰かに敵だとか味方だとか言うのは辛いじゃないですか。誰かが誰かを敵と言い、誰かから誰かを敵と言われるのは辛いじゃないですか」とフェイトに言った。フェイトと再びジュエル・シードの奪い合いの場で出会う事もけっして否定はしなかった。

 そして、あの白い魔導士の女の子。考えてみれば、なつきはいつも彼女の側に現れた。三度目はちょっと違ったけれども。優しい目をした女の子だと感じた。真摯な目をした女の子だった。
 
 きっと、あの二人には必ず再会する。何度も、何度も。

 そして、私は彼女達に杖を向けるのだろう。きっと、無慈悲にも、魔法を叩きつけ、あの二人を無力化し、ジュエル・シードを奪うのだろう。今日、自分の為に、慌てて駆けつけてくれた彼女に。そして自分との対話を焦がれるあの女の子に。私はきっと、間違いなく。

 けれども、フェイトは思ってしまう。確信してしまう。

 それでも、あの白い女の子は、自分とお話がしたいと、あの真剣な目をしたままで、私に対峙してくるのだろう。そしてなつきは、けっして自分を敵と呼んではくれないだろう。

 心の奥がちくりと痛んだ。でも、そんな風に自分に向き合ってくれる人がいる事を、真剣に自分にぶつかってきてくれる人がいる事を、ほんの少しだけどうれしく思った。


 ドアが控えめにノックされた。ドアの向こうから小さな声がかけられる。

 「ふぇいとーまさか起きているとはおもいませんがー起きていたらーにゃーって一声、鳴いてみてくださーい」

 「??にゃー?」

 バタンと勢いよくドアが開いて、なつきが姿を現した。何故か鼻息荒く、手には携帯を持っていた。

 「フェイトが鳴いたぁ!?くっ、しまった、今の瞬間を録音(と)りそこねました!すいませんがもういちぶべらぶぎゃ!」

 ごん、がつん!なぜが、二度ほど縦にしたお盆を後頭部に振り下ろしたかのような音がフェイトの部屋に響き渡った。

 気が付けば、なつきがしゃがみこんで後頭部を押さえており、彼女の背後にはアルフが呆れたような表情で立っていた。その手は暖かそうな湯気を立てている料理を載せたお盆を持ってる。

 あれ、何かの見間違い?確か、なつきの頭に振り下ろされたお盆にはなにものっていなかったはず。フェイトはこしゅこしゅと手で目をこするが、アルフの手の上のお盆には確かに美味しそうな料理がのってた。

 「くぅ……あれま、起きちゃってたんですか?もう大丈夫ですか?気分は悪くないですか?」

 心配そうに近寄ってくるなつきに、フェイトは上半身を起こして、僅かに笑みを浮かべてみせた。何故かわからないがなつきの目じりにはほんのりと涙が浮かんでいた。

 「うん、もう大丈夫だよ」

 「そうですか?でも、フェイトは意外とやせ我慢が上手なようですので、あなたみたいな人の大丈夫は、あまり信用がならないのですけど」

 なのはもそうですが、ほんと、こんなところは二人ともそっくりです。と、フェイトと見た目はそっくりだが、なかみはまるで違うなつきは心の中で付け加えた。

 「そんなこと……ないもん」

 「いやいや、あなたはそれでアルフに心配をかけた前科があるんですから」

 「うー」

 「かわいく唸っても駄目です。どれどれ」

 なつきはフェイトのベッドのわきにまで近づいてきてベッドの端に座った。そして、フェイトの前髪を書き上げ、自分の額とフェイトの額を重ね合わせる。

 突然アップになったなつきの自分にそっくりな顔にフェイトはどぎまぎした。小さなフェイトの鼻にほんのりと甘い匂いとお醤油のにおいが香る。お醤油というのが女の子らしくなく……ある意味女性らしいのだが……いままで料理をしていたのだから仕方がない。でも、それはいわゆる母親の匂いとでも言うのだろうか?日本の母親限定だろうけど。

 「へ、へぅ!?」

 「ほら、動かないでください。んー確かに熱はないようですね、安心しました」

 とりあえず大丈夫でしょうと浮かべたなつきの笑みに……目の前の満面の笑みに、フェイトは胸がどきりと鼓動を早めた。そしてそのまま、なつきはおでこを離した。なつきの匂いとぬくもりがフェイトの側から離れてしまう。

 「あっ……」

 「あれ、どうしました?」

 「………なんでもない」

 なつきの顔が離れていくのが惜しかったです、とは言えずに顔を赤く染めるフェイト。

 「そうですか?凄くせつなそうな顔をしていましたが……」

 「なんでもない!!」

 「うお!そんな声が出せたんですね、フェイト」

 「……ううーいじわるだよー」

 「あはは!さて、ご飯を作ってきましたよ。けど、お腹すいてます?食べれないなら、無理して食べる必要もありませんが」

 冷蔵庫にしまっておいて、後でレンジでチンすればいいですし。

 「えっと、どうだろ……」

 きゅるるるるー。

 ぽん!と顔が真っ赤になるフェイト。

 「…………」

 「…………!」

 「…………!」

 「へぅ…………」

 「だ、だめです、このフェイト、私を萌え殺す気ですか……!」

 「ごめん、フェイト。さすがのあたしも、これは……」

 鼻を押さえてしゃがみこむ、変態二人。

 「くぅーーーーー!」

 顔を真っ赤にして布団の中にフェイトは潜り込んだ。

 「二人とも……知らない」

 「わ、わ、わ!冗談、冗談ですよ!お腹がすけば誰でも起こる生理現象です、悪かったですってば!」

 「ご、ごめんよ、フェイト!すべては、このど変態がいけないんだよ!?」

 「そうです、私が……って、ドサクサ紛れに、人のこと変態言いましたね!?あれ、よくよく考えたら「ど」までつけてますよね!」

 「何さ、ほんとのことじゃないか!」

 「そんな事言って!アルフだって今、鼻を押さえていたじゃないですか!」

 「なにってるんだい、あたしがそんな事する分けないじゃないか!」

 「しました!」

 「してない!」

 「しました!」

 「してない!」

 「しました!」

 「して」「ないっていうんだったら、その鼻の下の赤い筋を拭いてからにしてください!」

 「なっ!」

 慌てて、鼻の下をごしごしとこすり始めるアルフ。

 「やーいやーい!騙されましたー!やっぱり、アルフも変態じゃないですかー!」

 「な、あんた、あんたねー!」

 ぴくり、と布団の塊りが震えた。

 「あれ?」

 「おや?」

 「ぷっ」

 「フェイト?」

 「フェーイートォー?」

 「くくく……」

 「……ねぇ、アルフ、この人笑ってますよね?」

 「………ああ、笑ってるね」

 「ぷくくく……ふふふふふ……」

 「まったく……」

 「フェイトォ~」

 実に情けない声を出すアルフになつきまで笑いがこみ上げてくる。

 「あは、あはははは!仕方ありませんね。もう、変態で結構ですので、みんなでお食事にしましょう」

 肩を小さくすくめて、なつきはそう宣言した。


 「ご馳走様でした」

 両手を合わせて「ごちそうさま」と言うなつきに、僅かに首をかしげながらフェイトとアルフもその真似をする。

 確かはやての家でもやらされたっけ?

 「「ごちそうさまでした」」

 「はい、お粗末さまでした」

 食事をした後、皿やスプーンを片付けようと立ち上がるなつきをアルフは手で制した。

 「片付けぐらいあたしがやっとくよ。なつきはもう少しフェイトの相手をしてておくれ?」

 「いいんですか?」

 「本当だったら、お客様なんだからさぁ。それにこれぐらいはせめてやらせておくれよ」

 「ん、了解です」

 「うん、フェイトもゆっくりしていなよ?」

 「ありがとう、アルフ」

 フェイトの体調もだいぶ回復した所為でアルフも気分上々な感じでお皿を片付けて台所へと引き上げてゆく。

 寝室にはフェイトとなつきの二人が残された。

 「……」

 「……」

 さて、二人きりにされたのだが、生憎と会話が続かない。こんな時にはなつきが話しかけてきそうなものだが、彼女はニコニコと笑みを浮かべながらフェイトを見つめている。自分と同じ顔だろうにそんなにも見つめていて楽しいのだろうか?

 そして、フェイトの方には会話のねたがないのだから会話にならなかった。なつきの方から話しかけてくれれば少しは会話ができるのに、いじわるだ、と言わんばかりに、拗ねたような目でなつきを見つめる。

 「うぅ~」

 「ふふっ、どうかしましたか?」

 「あ、あわわ、えと、あの、あのね?」

 「はい」

 これは、困った展開である。何を話していいのかわからなくて思わず唸り声を上げただけなのに、これでは自分が話をふった格好になる。でも、丁度いい。ちょっとだけ迷って、思っていた疑問をぶつけてみる事にした。

 「なつきは、貴女はどうして私にかまってくれるの?」

 本当は、放っておけばいいのに。何でこんなにも真剣に私やアルフと……アルフとはちょっと違うような気がするけど……向き合ってくれるのだろう?

 「へ、どうしてって、あなたが好きだからですけど?」

 「はわふぅっ!?す、好きって、わ、私のこと?」

 「そうですよ、って、ここには私とフェイトしかいないんだから、『あなた』を指し示すのは、フェイト以外にはいないじゃないですか」

 「そうだけど……本当に?」

 「はい、すきすきーなレベル2です」

 「レベル2!?よくわかんないよ!」

 「あはは、でも、好きの2倍好きな訳でして。そんな私があなたの為に行動をためらう事がありましょうや?」

 ほんの少しだけためらいを覚えて欲しい事もあるけど、それはそれ。

 「……そう。でも、よくわからない。あなたはそんな事だけで行動できるの?」

 「そうです。たぶん、それが私の、あり方なのでしょう」

 「あり方?」

 「そう、あり方、行動の指針、存在の仕方。そんな事とあなたは言いましたが、『誰かが好き』、私はその数だけ強く行動できますから。思いが行き過ぎて、想いが重すぎて犯罪に走る人も中にはいますが、それはおいておいて。私はね、フェイト。あなたのことが好きです。アルフのことも好きです。高町なのは、あなたの言う白い魔導士の少女の事も好きですし、はやての事も好き。アリサが好き、すずかの事も好きですし、リニスや私のお姉さん、お父さん、お母さん、お爺様やお婆様。高町家の士郎さんや桃子さん、恭也さんに美由希さん。月村家の忍さんやファリンさんやノエルさんや。無論、私は全人類を愛せる聖職者でもなければ、原理的博愛主義者でもありませんから、嫌いな人間もいますし、まさか世界の裏側にいる名も知らぬ隣人の事を好きと言うつもりもありません。それでも、私の認識しうる範囲の人々の中で、私の中で『好き』と分類付けられた人々。ほかに一杯いる、好きな人。それが私の力となり糧となり行動指針となります。そして、うぬぼれている訳でもありませんが、誰かが私を『好き』な事も私の原動力になってくれるのでしょう。私は私のこの信念をあなたに押し付けるつもりはありませんが。ねぇ、フェイト。何かに困ったら、あなたがあなたの力はできないと判断した時、あなたがあなたの力を見失いそうになった時『あなたから誰かへの『好き』、そして誰かからあなたへの『好き』』が必ず存在しているんだって思い出してください。そして覚えていてください。それがあなたの『願い』であるならば、それはあなたの『強さ』になるでしょう。確固たる自我が人間の強さではありません。確固たる信念が人間を強くする訳でもありません。しかし、確かになければ進むべき目標を見失い、ためていた力を振るうべき方向性がなくなってしまうでしょうけど。そんなものは後付でいくらでもつけてやればいいのです。理由なんて、目標なんて別に後でいくらでもゆっくりと考えればいいんです」

 「あ……」

 ただ淡々となつきは自分の『強さ』を話した。難しくてよくわからなかったけど。胸の奥がとても熱く、そして痛くなるのを感じた。涙がこぼれた。そして、なつきは強いのだと感じた。その強さの輪の中に自分も在るのだと言うことは、とてもとてもうれしい事だと思った。そして私もそのまねができれば、もっともっと強くなれる、そして……。

 「あなたが好きな人はいますか?」

 「うん……」

 アルフが好き、お母さんが好き、そしてなつきが好き。

 「あなたの事を好きな人はいますか?」

 アルフが居る。お母さんは……きっと、たぶん、そう。そしてそこにもう一人、なつきがいる。

 「うん、うん!」

 「でしたら、『それ』一つはあなたの言うように『そんな事』でしょうけど、たくさん積み重なれば、それは大きな力になります。『願い』と言う炉にたくさんの『想い』と言う名の薪をくべてください。きっと大きな力をあなたに与えてくれるでしょう」

 柔らかな笑みを浮かべるなつきに、フェイトは思わず抱きついた。最初は驚いたなつきだったが、彼女を優しく抱きしめてくれた。低く小さな少女の嗚咽がベッドルームに響き渡った。

 「ああ、それから」

 「?」

 「無理は認めますけど、無茶は禁止します。いいですね?」

 「うん……努力する」


 なつきがベッドルームを空けると、廊下にしゃがみこんでえぐえぐと、喉をしゃくりあげるアルフの姿があった。

 その頬には行く筋もの涙のあとがあり、いまだそれは流され続けている。

 なつきは小さくため息をついた。

 「まったく、盗み聞きはよろしくありませんよ」

 「あうあうあう~フェイトは?」

 「泣き疲れたみたいで、寝ちゃいましたよ」

 「そうかい……」

 ぐしぐしと涙と鼻を手でぬぐうアルフ。

 「さて、あとはお任せしますね」

 「ああ、ねぇ、なつき」

 「はい?」

 「あんたの事、あたし『好き』になれそうだよ」

 「くす、ありがとうございます。私も、あなたの事が好きですよ」

 「うう……」

 顔を真っ赤にするアルフ。

 「あはは、聞きたいのはそれだけならば、私はこれで」

 「あ、あさ、もう一つ」

 「はい?」

 「あのさ……好きになる事が力になるのは……なんとなく分かるけど……」

 「ああ、好きになれない奴がいると?」

 「!!まぁ……そうなんだけどさ」

 「あなたは彼女が嫌いですか?」

 「当然さ!」

 「即答ですね、理由は聞きませんけど。でもね、アルフ。あなたは『彼女』を嫌いですか?」

 なつきとしては『彼女』と言う言葉に多分に含みを持たせたのだが、アルフはその事に気が付かない。

 「当たり前さ!」

 「それは、無関心ではなく?」

 「へ?」

 「あのね、アルフ。『嫌い』は正確に言えば『好き』の反対言葉ではないのですよ?『好き』の反対は、いま言った『無関心』です。『嫌い』と言う感情は「『好き』になれない」と言う事ですよね?ほら、『嫌い』と言う言葉には実は『好き』と言う言葉が隠れているじゃないですか」

 「屁理屈じゃないか!」

 「そうですね、確かに。でも私的には、どちらも同じ『感情』ですよ、他人に関わりたいと言うね。その向かうベクトルはまるで正反対ですが。好ましいものではありませんが。でも、それが『嫌い』と言う感情を理解した上で、憎むのではなく『好きになるように努力する』であるとか『見返してやりたいから努力する』というのであれば、それはそれでありなのだと、私は思います。『無関心』を装って何もしないよりは遥かにマシなのです。ちなみに嫌いだから距離をとると言うのも、相手に関心を持っているということだと認識してください。相手の感情、相手の行動、相手の思考それらをひっくるめて自分との接点を、距離をとりたいと考えるのですから」

  なるほど、ずいぶんと無理やりではあるけど、前向きな考え方で、あれこれ悩むよりはアルフの考え方によくあっている。それに、頑張って彼女を『見返してやる』のは悪い考えではない。それに……。

 「アルフの疑問は解決しましたか?」

 「ああ!」

 「それはよかったです。それではお邪魔いたしました。次は……あまり望ましくない再会でしょうけど」

 「そうだね。でもあたしはフェイトのためには手を抜かないよ?」

 「望むところです。この前みたいにキャンキャン鳴かせて差し上げます」

 「あ、あれは、ちょっと、勘弁して欲しいんだけど」

 「あはは、でもアルフが本気になれば、あれぐらいはたいした事ないはずですけど?」

 「いや、あの魔法が、じゃなくて……」

 あんたのあのイっちゃってる目がね……と言うことばを飲み込んだアルフ。口に出すと、またお仕置きされるかもしれないと、その光景がちらりと脳裏に掠めたから。

 「では、また会いましょう」

 「ああ、またね」


 そして、その日の深夜。

 海鳴都心のビルの屋上にフェイトとアルフの姿があった。

 「フェイトォ~無理は駄目だってなつきに言われたばかりじゃないかぁ」

 「大丈夫、身体はもう十分に回復したよ」

 「そりゃぁ、あたしはフェイトの使い魔だから、ご主人様に命令されればいやとはいえないけどさぁ」

 「ごめんね、アルフ」

 「ちょっと、フェイトが謝る事じゃないよぅ」

 「ありがとね」

 そう言ってフェイトは目を閉じた。今日のなつきとの会話を思い出す。

 「21回とゼロ」

 「へ?」

 あの子が好きと言った回数。自分が好きと言った回数。なるほど、これだけの違いが彼女と自分にあるのか。だったら……。

 「ねぇ、アルフ」

 「へ?」

 「私ね、あなたが好き」

 「はう!?」

 「なつきが好き」

 「はい!?」

 これで21対2。まだまだ足らない。

 「そして……」

 母さんが大好き。


 何故か声がつまった。最後の言葉がいえなかったのはまだまだ好きが足りないのかもしれない。実の母親だと言うのに。レベル?……せめて3ぐらいには挑みたい。

 「だから、そう言える様に……そう言って貰える様に……私は頑張る!」

 「えっと、頑張れ?」

 「うん、いこう、アルフ。ジュエル・シードを探しに!」

 「ああ!」





 そして、その光景を見る目があった。

 こことは別の場所、別の世界、或いはその狭間。

 その光景を見る彼女の目には、狂気と、深い苦悩と、悲しみに満ち溢れていた。

 だが、その3者があまりにも混在しすぎていて。

 『彼女』がその思いを吐露するまで、今しばらくの時間が必要となるのである。


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