そんな日のこと。

いらっしゃい。

廃校の水音 (心霊体験談につき閲覧注意)

2015-04-01 21:51:14 | Weblog
私・・・いや俺がまだ高校生だった頃の話だ

大学入試を控えた高校三年生の夏休み、
俺は中学校の頃から友達付き合いをしていたY、Eと夏祭りに出かけていたんだ

中学、高校と長い間一緒につるんでいたものの、今後は就職や上京で三人ばらばらになることが決まっていたので、
誰かが言い出したわけではないが、皆できっと思い出作りをしていたんだと思う

俺達の参加していた夏祭りは小規模なもので、夜遅くまでやるようなものではなく
九時にはお開きになってしまった

俺とYは一人暮らしで、Eは親が放任主義と身軽だった俺ら
徹夜で遊ぶことも多かった俺達は、物足りなさを感じていたんだ

俺「夏祭り終わっちまったなぁ」
Y「まだ、九時だろ?子供の時間じゃん。どっか行こうぜ」
E「おっ、やっぱそう来ると思ったぜ。実はちょっと行ってみたいところがあるんだが、ちょっと付きあわねぇか?」

ここで、別れるのも寂しいと思った俺とYは
「いいからついて来いって」
という、Eの後ろを行き先も聞かずついて行ったんだ

15分ほど歩いた後
E「ついたぞ。ここだ」
と、Eは俺達のほうへ振り返った

Y「ここって・・・廃校じゃねぇか・・・。こんなところでなにすんだ?」
E「決まってるっしょ。肝試しよ、肝試し」
俺「マジかよ!ここ出んのか!?俺初めて知ったぞっ!」
E「イヤ、知らん」
俺「・・・は?」
E「出るなんて話は知らんっ!でも俺一度はやってみたかったのよ肝試しっ!なぁ付き合ってくれよ~」
Y「お前なぁ・・・」

俺とYは呆れながらも、その話に乗ることにしたんだ
肝試しは一度もやったことなかったし、他にやりたいこともなかったし、Eのお願いを無碍に断るのも悪いと思ったからだ
ここで嫌がって「ビビリ」扱いされるのも癪だったしな

俺「で、どうすんだ?三人で進むんか?」
E「うんにゃ。一人ずつばらばらで進もう。実は俺昼間に忍び込んで、一階から三階の教室の机にタバコを置いてきたんよ」
E「それを一人、一階分拾いながら進む」
E「ほんで、突き当たりが階段になっているから、二階部分で集合だ。一階七本ずつ置いていったからちゃんと見せろよ。ズルすんなよ」
Y「準備いいなぁ・・・てか、ドンだけ気合入れてんのよお前。ていうかこれ不法侵入よ不法侵入。犯罪よ」
E「うるせぇっ!」

Eは悪態をつきながらも、リュックサックから懐中電灯を3つ取り出した
E「よっしゃ。ほんじゃいこか」

Eはそれを俺らに配った後、颯爽と塀を乗り越え廃校に入り込んだ
俺らは苦笑いを浮かべながら後に続いたんだ。

俺らが忍び込んだ廃校は十数年前に学生が集まらなくて潰れたってくらいのことしか知らず、入るのは初めてだった

が、学校というのはどこも似たようなつくりのようで、雰囲気は俺らの通った学校に近いものがあり
正直、忘れ物を取りに来たような感覚であまり怖さは感じられなかった。

ただ、壁の落書きや、割られた窓ガラスは廃校なんだなと思わせる独特の寂しさは感じられた

Eはあらかじめ配置を確認していたようで、迷わず玄関前へとたどり着いた
玄関に鍵はかかっていたものの、ガラスは悪さをしたヤツがいたのか割られており
忍び込むのは簡単だった

その後、玄関突き当りの廊下を左にまっすぐ進み階段に到着
Eの説明によると、校舎は大体左右対称の作りになっているらしく
反対の突き当たりにも階段があるらしい

その階段の二階部分が集合場所との事だった

E「よし、じゃあ俺は三階、お前は二階、Yは一階だ」
E「さっきも言ったとおり、教室にタバコが置いてあるから拾っていってくれ。あ、Yは教室の数少ないから、二本置いてあるところもあるから気をつけろよ」
E「じゃ、グッドラックっ!!」

Eは親指をぐっと立てながら鼻歌交じりに三階へ上がっていた

Y「あいつ、生き生きしてんなぁ・・・」
俺「それだけ楽しみにしてたんだろ。せっかくだから俺らも楽しもうぜ」
Y「そうだな。よしっ!じゃ俺も行くわ」

Yも懐中電灯を手に近くの教室に入り込んでいった

そんなわけで俺も二階の探索に向かうことにしたんだ

二階廊下にたたずむ俺
さっきまでは皆と居たから平気だったものの
一人きりになるとさすがに不気味さを感じ足早に教室に入り込んだ

懐中電灯で教室を照らすと、机の上にタバコが一つぽつんと置かれていた
俺「おっ、これだな」
俺はそれをポケットに突っ込んだ

そこからは順調だった
夜の校舎だけあって不気味ではあるものの、月明かりが淡く教室を照らしていた為そこまで恐怖も感じず
タバコを回収していった

・・・正直油断していた
5、6番目の教室を空けた途端、目の前に首吊り死体がぶら下がっていたんだ・・・

さすがに絶叫する俺
思わずへたり込んでしまった

・・・その体勢で良く「死体」を見ると、それはただのマネキンだったんだ・・・
「Eの仕業だなっ!!あの野郎!!」
力いっぱいぶん殴った
マネキンは景気良く吹っ飛んでいった

そんな、ハプニングに遭いながらも、無事タバコを7本回収し終えた俺
廊下突き当たりの階段は、二階にいる俺にとってはそこが集合場所だったので
そのまま待つことにしたんだ

しばらく待つと一階から足音が

Yが姿を現した・・・
埃まみれで

Y「Eの野郎教室の入り口に縄張ってやがったっ!!すっころんだよコンチクショウ!!」
あぁ・・・Yもやられたのか・・・

俺もEにやられた仕打ちをYに話すと
Y「よし、復讐だ。Eが来たら驚かすぞ」
俺は即快諾。Eを驚かすべく二人して物陰に隠れることにしたんだ。

―が、Eが来ない

俺が階段の踊り場に来てからもう15分は経とうとしている
Yも携帯を見ながら、若干いらだちの様子を見せ始めた

俺「なあ・・・いくらなんでも遅くねぇか」
Y「・・・だな」
俺「ちょっと、様子見に行くか」
Y「そうだな・・・クソっ、まさかこれも罠じゃねぇだろうな」
俺「・・・ありうるな・・・」

俺達は警戒しながらも三階に上がっていった

俺「オーイ!!E!!どうした!」
Y「ででこーい!ぶん殴ってやるからっ!」
俺「ばっか、それじゃさらに出てこなくなるだろっ」

しかし、これでもEは姿を現さない
・・・さすがに不安になってきた

そんな時
Y「なあ・・・何か聞こえねぇか・・・?」
Yが呟いた

俺「なにかって・・・?」
その時俺の耳にも聞こえてきた

サー・・・ッ

確かに何か音が聞こえる
俺達は、どちらか言うでもなく音の元を確かめに歩き出した

先に進むにつれ音がはっきりと聞こえ始めた

ジャーーッ

水が流れる音のようだった
どうやら、階の中ほどにあるトイレから聞こえてきているらしい

Y「おいおい・・・ここに来てウンコかぁ?」
俺達は脱力しながら、トイレの前に来た

・・・水音は女子便所のほうから聞こえていた・・・

俺「あの変態はなにをしているんだ・・・」
膝の力が抜けそうになった俺は、何とか踏みとどまり女子便所に入り込んだ

そして水音のする個室に忍び寄り
先ほど驚かされた仕返しとばかりに、扉を蹴りつけた

俺「オラァっ!!変態っ!!女子便でなにしとんじゃぁ!!」
ドカドカと蹴りつける俺

俺「なあ、Y!お前もやってやれよっ」
俺はYのほうを向いた

しかしYは悪乗りするそぶりを見せるどころか、大真面目な顔をしていた

俺「どうした?」
Y「なあ・・・変じゃねえか・・・?これ俺達が来てからずっと水流れているだろ・・・便所の水ってこんなに流れ続けるものなのか・・・?」
Y「ていうか、俺よく知らねぇんだけど十数年前の廃校なのに、水って使えるものなのか・・・?」
俺「・・・え・・・?」

言われてみると確かに違和感だらけだった。
十数年前からの廃校で流れ続ける水。返事のないE。
俺たちは無言のまま見つめあった

その時
「アー、あぁ・・・」

・・・声が聞こえた

俺「・・・何か言ったか?」
Y「いや・・・言ってねぇ・・・」

俺たちは反射的に辺りを見回した

その時
Y「っっひ・・・ああああああああああああああああっ!」

Yが変な声を上げたかと思うと
いきなり便所の外へ駆け出した

俺「っちょっ!オイ待てよっ」
俺は慌ててYの後を追いかけた

廊下に飛び出すとそこにYが居た
Yは廊下に出ると同時に転んだらしい

這いつくばりながら、それでも前に進もうともがいていた
こう言っちゃあ失礼だが、殺虫スプレーから逃げるゴキブリのような動きだった

その必死さを見て、冷静さを取り戻した俺は、そのままYをひっくり返し馬乗りになった
なおも暴れるYを押さえつけ叫んだ

俺「落ち着けっ!どうしたっ」
Y「ああっ・・・あああ・・・」
俺「だからどうしたっ!」
Y「ああ・・・なんか居た・・・なんかいたぁ」
俺「・・・はっ?」
Y「さ、さっき変な声がしたときに、辺りを見回したんだ・・・そしたら便所のドアの上になんか居た」
Y「カエルみてぇな目をした、なんかがいたんだよ・・・」
Y「なんなんだよアレ・・・気持ちわりぃ目で見てきやがって・・・チクショウ・・・何だよ一体・・・」

Yは取り乱していた
Yは口は悪いが俺達の中では一番冷静で頭も良かった
そのYが取り乱している
俺は本気でやばいことが起きていると感じた

その時
Y「ああああああああああああああっ!!」
またYが叫んだ

俺「こ、今度はどうしたっ」
Yがまた、もがきだした

強引に押さえつけるもYは暴れるのをやめない
俺はYの頬を一発叩いて
「なにが起きたっ」
と叫んだ

するとYも叫んだ

Y「何もクソもいるんだよ!!さっきのがっ!!お前の後ろにっ!」
俺「え・・・?」

俺は、反射的に振り向きそうになった
が、それで力が緩んだかYは俺を跳ね除け一目散に駆け出した

俺「おい、待て!逃げるなっ」
俺はしりもちを付いた体勢から起き上がろうと、右手を踏ん張った

その時、俺の手に何かが触れた
恐ろしく冷たい何かだった

俺「っっつ!!」
声にならない声をあげ、俺も弾かれるように駆け出した
正直Eのことを考える余裕はなかった
とにかく逃げることしか頭になかった
懐中電灯はとっくに手元にない。月明かりを頼りに必死に逃げ出した

一目散に階段を駆け下り、玄関のガラスの隙間から転がりだした
校庭まで走った所で、うずくまっているYの姿を見つけた
Yも荒い呼吸をしていた

Yは俺に気づくと力なく立ち上がった
そのままYは俺に抱きついてきた。子供のように震えていた

しばらくそうしていると、Yも落ち着きを取り戻してきたらしい
そっと俺から離れると
Y「わりぃ・・・」
と、ポツリと呟いた

そこから俺たちはEを見捨ててしまったことを悔いることになった
俺「・・・なあ、どうする」
Y「どうするって・・・真っ暗な中でアレ相手に道具も無しじゃ何も出来ないだろ。夜が明けたら準備してもう一度来よう」
俺「でも、Eを放置するのもなぁ・・・なあ、怖いけどもう一度三階の便所に行かないか。ひょっとしたらアレもEのいたずらかもしれんし」

Yはびくっと震えた。そして無言で首を振った

俺「そうか・・・じゃあ入ってきた塀のところで待っていてくれ。やばくならない程度に様子を見てくる」
俺は駆け出した

Yが何か叫んでいたようだったが、耳には届かなかった

俺は再び玄関前に来た
割れたガラスの隙間から校舎内に入ろうとすると、携帯からメール着信のメロディがなり始めた

正直死ぬかと思うほどビビッたが、送信主を見て安堵した
Eからだった

俺「くっそ!やっぱあいつのいたずらだったかぁ!」
俺は安堵しながらメールの内容に目を通した

「やめろ くるな にげろ」 

体が凍りついた
俺「なんだよ・・・これ・・・」

俺は呆然としながらも携帯を見つめ続けた
その時、視界の端に何か動くものが目に入った

自分の足元に青白い色の何かがいた
まるで猫が丸まっているような大きさ、格好だった
その体勢から、その何かが首を上げるようなしぐさをし始めた

俺「ぎゃああっ!!」

俺はまた逃げ出した
一目散に入ってきた塀のところに駆けつけ
猛スピードで乗り越えた

そこではYが待っていた
俺「逃げるぞっ!」

何かを察したかYは頷き駆け出した

俺達は廃校から必死に逃げた
とにかく人が多いところへと駆ける俺達
気がついたら、人でにぎわう駅前へとたどり着いていた

普段ならうっとうしい喧騒も、この時は「ここは安全だ」と安心させてくれるメッセージに聞こえて
心底ほっとした

俺「助かったのか・・・?」
Y「ああ・・・」

俺はそこで、ようやくYと別れてから何が起きたのかを話し始めた
その過程で、Eから届いたメールを見せることになった

Y「なんだこれ・・・気味わりぃな。でもメールを打てる余裕があるって事は、そこまで危険な状態じゃないのかもしれないな・・・」
俺「明日の昼。ハンマーでも持って行こう。あの便所のドアをぶち破ればそこにEがいるかもしれん。武器があればアレも何とかなるかもしれないしな」
Y「・・・ああ・・・でも無理はするなよ。何かあったらすぐ逃げよう」
俺「わかってる。じゃあまたな」

俺たちは翌日、廃校に行く約束をし別れることになった

家に帰った俺はそのまま飛び込むようにベッドに倒れこんだ
そのまま目をつぶる
そこから気を失うように俺は眠りに落ちていった


・・・どれくらい眠ったのか、俺は目を覚ました
携帯が鳴っているからだ

メロディはメールではなく着信の音
心底疲れきっていた俺は、無視を決め込むが着信は止まらない
観念した俺は、携帯を手に取った

Yからだった

一気に目が覚めた俺は、すぐに出なかったことを後悔しつつも
通話ボタンを押した

俺「もしもしっ俺だ!どうした!」

Yの声は聞こえなかった

聞こえてきたのは、ザーッという水の音と
バシャバシャという水が跳ねる様な音
そして、
「ぐッ・・・グボっ・・・ゴボ」
という、人がむせるような音だった

血の気が一気に引いた

俺「オイっ!どうしたY!」
俺は必死に叫んだ

が、Yからの返事はない
暴れるような水音と、むせるような声が聞こえるのみだった

俺「そこにいるんだよなぁ!マジでどうしたんだよっオイっ!!」

それでも返事はない
受話器からはむせる音が聞こえなくなっていた
そして、水が跳ねるような音も徐々に聞こえなくなってきた

俺「なあ、どうしたんだよぉ・・・返事してくれよぉ・・・」

俺は遂に泣き出してしまった
が、それにもYは反応してくれなかった
もう受話器からは、「ザーッ」という水の音しかしなくなっていた

俺はそれでも受話器に呼びかけていた
いつまでそうしていたか、突然「ザーッ」という水音が大きくなった

俺「うわっ」
慌てて携帯を落とす俺
が水音は聞こえ続けている

・・・水音は俺の家の風呂場から聞こえているようだった

浴室のドアを破るようにあける俺
水音は確かに俺の風呂場からしているものだった

が、聞きなれた水音とは裏腹に、そこには異様な光景が広がっていた
蛇口から噴き出しているのは赤茶けたヘドロのような濁った水だった

栓をしてもいないのにどんどん溜まっていく汚い水
その量が増えいくことに恐怖心を覚えた俺は、水を抜くべく浴槽に右手を突っ込んだ
排水溝が詰まってるものだと思い、それを取り除こうととにかく必死だった

その時だった

グンっと右腕が引っ張られた。汚いヘドロの中の何かが俺の腕を掴んだようだった
踏ん張る暇もなく上半身が浴槽内に引きずり込まれた
肘が浴槽の底についた状態と言えば、どれだけ引っ張り込まれたか分かると思う

俺はパニックになった
どれだけ暴れても右腕はびくともしない
それでも刻一刻とせり上がってくる水面
ヘドロはもう目と鼻の先だった

遂に顔面にヘドロがつかり始める
首を必死によじっても焼け石に水
呼吸がヘドロで邪魔され息が苦しくなってきた

「グボっ、グッハ、ゴホッ」
とむせ、左手を水面に叩きつける俺

ヤバイ、殺られる・・・っ
そう、本能的に思った途端、自分でも信じられないほどの力が出た

俺「ざけんじゃねぇぞオラアアアアアアアアアッ!!」

その瞬間!

グボっという音と同時に右腕が自由になった
勢い余って後ろに転げまわる俺

無様な状態も気にせず、何とか立ち上がると
出っ放しのヘドロも気にせず、俺は浴室を飛び出した

とにかくそこから離れたかった
財布や、家の鍵も置きっぱなしで俺は家を飛び出そうとした
あまりにも慌てていたせいか、玄関のドアに頭を強打するも俺は怯まない

裸足で俺は外に飛び出した

とにかく人のいるところに行きたかった
幸い近くにはコンビニがあった為、俺はそこを目指し夜道を駆け抜けた
右腕が焼けるように痛い。でもそんなのお構い無しに走り続けた
立ち止まるのが何よりも怖かった

道中、目に何か入る感覚があった
左手でこすると、ぬるりとした感触
どうやらドアに頭を打ったとき、出血したらしい

俺「何でこんな目にあわなきゃいけねぇんだ!」
ひとり悪態を付いた

走ること数分だったと思う
俺は目的のコンビニにたどり着くと、走ってきた勢いそのままに店内に突入
レジに居た女の店員に助けを求めたんだ

店員「いらっしゃいま・・・ヒッ・・・!」
俺「すまねぇ!電話貸してくれっ!!Yが・・・友達があぶねぇんだっ!!」

俺は血相変えて店員に詰め寄った

店員「っ・・・・・・・・あっ、あぁ・・・」
店員はこちらを見ながら真っ青な顔をしていた

動揺するのも仕方ない
夜中に血だらけの男がいきなり飛び込んできたわけだからな

俺「こんな格好なのは別に喧嘩やってた訳じゃない!でも大変なんだ!電話を貸してくれ!警察だ警察!」
店員「・・・・・・・」

俺「なあ!黙ってないで何か喋れ―」

俺はここで気づいたんだ
彼女は俺の事を見て青い顔をしているのだが、視線が微妙に俺から逸れている
・・・俺の右腕を見ていたんだ

俺は、ゆっくりと自分の右腕に視線を向けた

赤ん坊が右腕に抱きついていた

ただ形が似ているだけで全然愛らしさは感じられなかった

目は黒目部分が異様に大きく、ギョロギョロしている
体には幾つもの傷が走り、ヘドロのようなものが噴出していた

体も何か変だった
肩の位置とそこから生える腕の位置が明らかにずれている
まるで、一度ばらばらになった人形を、ボンドで適当に直したような歪んだ姿だった

左手はしっかりと俺の右腕を掴んでいた
絶対離さないといわんばかりに、文字通り腕から血が出るまで掴んでいた

その赤ん坊はまっすぐに女の店員を見つめていた
若い女の店員は、可愛い顔を台無しにするぐらいに歪めていた

俺は赤ん坊と店員を
店員は赤ん坊を
赤ん坊は店員を見つめていた

どのくらいそうしていただろう
まるで時間が止まったようだった

「ぁー、アッアッ・・・キャキキャキ」

赤ん坊が声を上げた
母親を見つけたとき出すような甘えた声だった
そして右腕をぷんぷん振った

店員「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

店員の絶叫が響く
俺がその日聞いた最後の声だった
・・・俺の意識はそこで途切れた



次に目を覚ました時は見慣れぬベッドの上だった
俺は起き上がろうと体を起こす
「あ!起きたわよ!親御さんに連絡して!」

これまた知らない人があわただしく動き始める
あたりの様子を見るにここは病院のようだった

それから数時間後、母親が来た
俺の頬を一発強く叩いた後、ぎゅっと抱きしめてきた
俺は痛みを感じながらも、他人事のようにそれを受け止めていた

その後いろいろな検査を受けさせられた
病院に担ぎ込まれた時、額と右腕に深い傷を負っていたらしいが幸い後遺症に残るような大きな怪我は無かったらしい
検査も特に異常は見当たらなかったようで、俺は翌日に退院となった

退院したその足で俺は警察署に向かった。退院間際大切な話があるから署に来いと警察から連絡があったからだ
入院中、俺は何度もYやEのことを周囲の人間に聞いたが、はぐらかされて結局分からなかった
大切な話とは、Y、Eに関することだと、なんとなく察しがついた

俺は、狭い部屋に案内された。微妙な薄暗さに居心地の悪さを感じた
取調室とは違うのだろうが、何か犯人扱いされているようで気分が悪かった

待つこと数分、親父と同じくらいの年齢に見えるオッサンが姿を現した
オッサンは苗字を名乗るだけで自分が何なのかは語らなかった

俺は、オッサンに詰め寄った。YとEがどうなったのか。ずっと聞けなかった苛立ちの分激しい口調になってしまったが
オッサンは嫌な顔せず、言葉を選ぶように慎重に発言した

「辛い話になるが・・・いいかい?」

俺は目の前が真っ暗になったような気がした・・・

オッサンはYとEについていろいろ話しはじめた

まずYは、Yの自宅で溺死体として発見されたらしい
湯船に上半身を突っ込んだ状態で死んでいたんだそうだ

部屋に荒らされた様子は無く、玄関や窓も鍵がかかっていた状態だったらしいが
あまりにも不自然な死に様から事件、事故両面で調査中との事だった

ちなみにYの携帯は俺への通話状態のままで風呂場に転がっていたらしい
あの時俺の聞いた音は、Yの最期の・・・
俺は吐きそうになったが何とか我慢した

ちなみにそれとなく「ヘドロ」のことを聞いてみたが
「なんだそりゃ」みたいな顔をされてしまった

それが素なのか、演技なのか俺には見抜けなかった

Eについては、行方不明として捜索され、目撃証言などからあの廃校にも捜索の手が入ったようだった

廃校をくまなく調べたところ、三階の女子便所の個室にEの私物が散乱していたらしい
が、肝心のEの姿はなかったとの事で、今も捜索中との事だった

ただ、便所内にはいたるところに血がついており
扉、床、便器、便器内、下水から血液反応が検出され、それがEのものと一致したそうだった
その血痕の量から、「無事ではない」というのが警察の考えのようだった

YとEの身に起きたことを知らされ、打ちひしがれる俺
それを見たオッサンは言葉を発した

「・・・それと次はSについてだが・・・」
俺「・・・は?S?誰っすかそれ?」
聞いたことが無い名前だった

オッサンはじっと俺の顔を見た
何か覗き込まれているような感覚がして胸糞が悪くなった

「ああ・・・キミにはなじみの無い名前だったかな・・・?」
俺「はい、聞いたことないっすね」
「コンビニでアルバイトしていた子さ」
俺「・・・え・・・」
「亡くなったよ・・・今朝な」
俺「・・・っ」

俺はそこで初めてSという少女の名前を知った
家計が苦しくて、学費のためにと一生懸命バイトをしていた親思いの子だったらしい
あの日も、時給の高い深夜帯で働いていたんだそうだ

真面目な性格で人当たりも良く、恨まれるような子ではなかったらしい
腹をえぐられるような、惨たらしい真似をされるような子じゃなかったらしかった

Sは血の海の中、息も絶え絶えの状態で発見されたんだそうだ
そして、そのすぐ傍に気を失った俺がいたらしい
・・・他には誰もいなかったそうだ

「酷いことするよなぁ・・・彼女が何したっていうんだろうなぁ・・・」
俺「・・・」
「そういや、防犯カメラに映っていたんだが、お前さんコンビニ入ってきたとき右手に何か人形のようなものを持っていたよな」
俺「・・・っ」
「ありゃ、なんだ?」

あの時の光景がフラッシュバックした
赤ん坊の声、仕草、女の子の絶叫
「お、おいどうした!」
俺はまた気を失った・・・

目が覚めたとき、そこはまたベッドの上だった
先ほどのオッサンが俺のことを心配そうに覗き込んでいた
そして
「辛い思いさせてすまなかったな」
と呟いた

オッサンの話だと、やはり俺は一連の事件の容疑者になっていたらしい
が、Yが死んだ時間とほぼ同時刻に俺がコンビニの防犯カメラに映っていたこと
また、俺がコンビニに着いたと同時に入り口以外のカメラが故障してしまったため、Sを手にかけた姿が確認されないこと
俺がコンビニに入ってから数分後には第一発見者の客が来ており、そんな短時間で「あんなまね」はできないとのことから、怪しいくらいの扱いだったそうだ

そこで念のため揺さぶってみたところ、怪しい反応は無し
むしろ失神した事で、容疑者から外れたようだった
ただ、Eについては、今後によってはまた話を聞くかもしれないとのことだった

その後俺は、今度は情報提供者として一連の出来事を洗いざらい全て話した
腕の人形のことも包み隠さず全て話した
正直胡散臭がられるかと思ったが
「そうか・・・」
と真面目な顔で聞いてくれた

ただ、途中からメモを取らなくなったので、聞き流されていた可能性が高い気がした

その後警察から度々連絡があったが、捜査はなかなか進展しなかったらしい

Yは他殺は困難という点から、事故として片付けられる可能性が高いとのことだった
俺は当然抗議したが取り合ってくれなかった
ガキの限界を感じ悔しかった

その後俺は、この件のショックでしばらくふさぎこみがちになり
大学入試にも失敗してしまった
とてもじゃないが勉強などできる状態ではなかった

大学には落っこちたが、徐々に体調を取り戻した俺は
予備校に通うことを条件に、上京することになった
YやEを放ったまま地元を離れるのは心苦しかったが、そこに残り続けることが出来るほど心が強くなかった
俺は逃げたんだ

アレから数年
俺は一度も地元に帰っていない
事件の進展も耳に入ってこなかった

最近ようやく、事件に対するけじめをつけようとする気持ちになってきた
今度、有休をまとめて取り地元に帰るつもりでいる
Yと・・・後、俺の顔など見たくも無いだろうがSの墓の前で土下座するつもりだ

Eの両親にも会おうと思う。ぶん殴られるかもしれないがそれも覚悟の上だ

正直事件に対する恐怖心はまだある
でも、俺はもう逃げないと決めたんだ

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