* * * * *
呼び止められた僕は、思いっきりビビった。恐怖心で身体がガチガチになった。どうすればいい? 逃げようか? だが多勢に無勢だ。すぐに捕らえられるだろう。それに、もしも逃げることができても、この辺りの道には詳しくないから迷う可能性もある。どうすりゃいい?
「あいうえおって言ってみろー!」
連中が叫んだ。あ、あいうえお? なぜ? あ、そうか、こっちがマコトなのかどうか確認するために声を出させようとしているんだ。マコトでなけりゃ見逃してくれるのだろう。ならば言おう。言ってみせよう。あいう……あれ、声が出ないっ。
「あいうえおって言えー!」
「あああ、あいうえおー」
何とか声を絞り出す。暗くて連中の姿は見えないが、緊張感がゆるむ気配を感じた。こっちがマコトじゃないことが分かったらしい。
「とっとと帰れ! マコトに会ったら、逃げるなと言っとけ!」
そう叫ぶと、中2の不良グループは自転車で去っていった。叫んだのはユウジだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。僕は自転車を漕ぎ始めた。真っ暗な田んぼ道を抜け、広い通りに出る。安堵感が押し寄せる。マコトは大丈夫だろうか。心配になる。しかしまあ、もともとマコトはユウジの舎弟みたいなもんだ。その造反劇に僕が付き合う必要はないだろう。
踏切を越え、本町通りへと進む。学生服を買った店。時計屋。布団屋。本屋。レコード屋。金物屋。ほとんどの店のシャッターが降りているが、街灯は煌々と光を放っている。人影はない。その中を僕はゆっくりと進む。ゆるいカーブを越えると、たまに家族で来るレストランが見える。そして文房具屋、郵便ポスト、コロッケが名物のスーパー、パン屋、和菓子屋と続く。その隣が、豆腐屋だ。あわわわっ。
僕は愕然とした。豆腐屋の前の道路の真ん中に仁王立ちしている男がいるのだ。顔をはっきり見なくても、それが誰であるのかは即座に分かった。豆腐屋の息子であり、K中学の番長であるイクサである。
中2のユウジは中3のイクサの子分だ。マコトによってメンツをつぶされかけたユウジは、何らかの形でイクサに連絡したのだろう。あるいは学校中のワル仲間たちへ一斉に連絡したのかもしれない。そして、マコトを捕らえるための包囲網を張った、と考えても間違いじゃないだろう。
イクサは道のど真ん中に立ち、前方を睨んでいる。僕はそちらの方向へ自転車を漕ぎ続けている。どこかで曲がろうか。だが、イクサとの間に、もう脇道に入る曲がり角はない。引き返そうか。いや、それはどう考えても不自然だろう。一気に駆け抜けようか。でも、明らかに逃げようとする姿勢を見せたら逆効果のような気がする。相変わらず他に人の姿は見えない。どうする、オレ。
うつむいている振りをして、上目遣いにイクサの顔を盗み見る。ものすごく怖い顔をしている。もともと怖そうな顔付きなのに、眉毛を細く剃っているからますます怖そうだ。呼び止められるだろうか? 殴られるだろうか? 無関係だと主張すれば放免されるだろうか? いや、無関係じゃないか。マコトは友だちだ。しかし、居場所を問われたって知らないわけだから答えようがないし……ああ、もうっ、ホントにどうすりゃいい?
心の中は千々に乱れまくっていたが、僕は平静を装って自転車を漕ぎ続けた。もうイクサまで3メートルだ。どうするどうなる、オレ。
<つづく>
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