だが、そんなイクサに転機が訪れる。詳しいことは今でも知らないが、病気で長期入院することになったのである。高校は一年間休学することになった。そして一年後に復学したのだが、かつてのような覇気は感じられなかった……らしい。人づてに聞いた話なのでどこまで正確なのか分からないが、少なくともイクサが「番長風を吹かせる」といった行為に興味を示さなくなったというのは事実のようだ。かつての同級生がみんな一学年上になってしまい、付き合いづらくなったのかもしれない。それでもイクサはしばらく学校に通っていたようだが、結局自分から退学してしまったらしい。
それ以降のイクサについては、よく知らない。僕も名古屋で働くようになり、地元の知り合いと話すことが減ってしまったのだ。だが、実家の近くでイクサの姿を見かけたことは3回ある。そして、3回ともイクサの姿は乗り物と共にあった。
1回目は僕が高校を出た頃だろうか。2歳上のイクサは20歳である。僕が自転車で走っていると、バイクに乗って走るイクサの姿が見えた。マフラーを改造してあるらしく、爆音を響かせている。仲間と一緒ではなく、一人きりだ。僕は視線を合わさないよう注意しながら、イクサの姿を見つめた。髪型や顔付きは以前とさほど変わっていない。だが、またがっているバイクは、かつてのデカいものではなく、50ccの「モンキー」だった。どこか淋しげに見えたが、それは僕の気のせいだったかもしれない。
次に見かけたのは、その1年後ぐらいだった。交差点で信号待ちをしていたら、斜め向かいにイクサの姿が見えたのだ。相変わらず怖そうな顔付きだった。周囲を威圧するような気配をまき散らしている。万一ぶつかったりしたら間違いなくボコボコにされるだろう。しかし、またがっているのはバイクではなかった。自転車である。しかも、いわゆる「ママチャリ」であり、あろうことか後ろに女性を乗せていた。こちらもイクサと同じく、思いっきりワルの匂いがする女だ。化粧も厚い。典型的な元番長と元スケ番、という感じである。
信号が青に変わり、二人が乗った自転車が前に進む。女は長いスカート、イクサはダボダボのズボン。相変わらずなイクサのセンスに、僕はなぜか少しうれしくなった。
最後にイクサを見たのは、さらに1年後ぐらいだ。前と同じ交差点である。よく晴れた日だった。その時のイクサは、バイクにも自転車にも乗っていなかった。だが、その手はしっかりと乗り物を押していた。
イクサの隣には前に見た時と同じ女性がいた。二人とも髪型や服は1年前と大差ない。どう見ても「ワルやってました」という出で立ちだ。でも彼女の方は、ずいぶん薄化粧になったようだ。そして、イクサより少しだけ後ろを歩いていた。
僕はイクサが押しているベビーカーを見た。そこには、安心して眠る赤ちゃんの姿があった。
<おしまい>
コメント一覧
トッパさん
くるぶしさん
SKDさん
最新の画像もっと見る
最近の「とりとめのない思い出話」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
- 新作映画公開情報@名古屋(981)
- 映画に関する話題アレコレ(109)
- <映画> 映画の感想(246)
- <音楽> 好きな歌の紹介など(115)
- <本> 本の感想など(81)
- テレビ・ラジオに関する話題チラホラ(87)
- いわゆる身辺雑記、もしくは雑感(588)
- ライブレポもどき(67)
- 「されても構わない程度の勘違い」シリーズ(3)
- お宝自慢、またはお宝もどき紹介(20)
- 愛・地球博の思い出(10)
- 告知モノ(36)
- 「映画バカ一代」関連(7)
- とりとめのない思い出話(11)
- 「このカバーが正しい」シリーズ(10)
- 分類なし(16)
- 日本語について語らせて(名古屋弁ネタ含む)(7)
- ミーコのページ(44)
- 「甲斐トリビュートLIVE」関連(26)
- 日記(0)
- 旅行(0)
- グルメ(0)
バックナンバー
人気記事