本書はウクライナ紛争のために緊急出版されたもの。
エマニュエル・トッドは自国であるフランスでの取材を全て断って、自分の見解を初めて本書で公にしました。
〝冷酷な歴史家〟として話しますとスタートする本書はそれだけ確信に満ちたもののようです。
17年にNHKでスタートした「欲望の資本主義」は大反響を呼びました。番組の中では新進気鋭の経済学者をトッドが叱りつける場面もあり、ネットで話題にもなりました。トッドは抽象的すぎる経済学的考察に批判的なようです。それは全ての科学的な思考にありがちな陥穽だからです。
エマニュエル・トッドが注目されたのは、ソ連の崩壊を予測し、それが当たったからでした。
アメリカが恐れるほどの超大国だったソビエト社会主義共和国連邦はトッドの指摘した乳幼児死亡率の高さからの崩壊の予測を外れることはありませんでした。
人口動態から社会を予測することは、経済的な数値で考えるより現実に即しており、それだけ正確な考察ができます。
出生1000人あたりの乳幼児死亡率 (P61)
ロシア 4.9人
アメリカ 5.6人
OECDの調査による自殺率(2019年、10万人あたり)
ロシア 11.5人
アメリカ 13.9人
日本で「1998年問題」と言われた自殺者3万人/(年間)超えという事実も正確に社会を反映していると思われます。
かつて共産党員だったトッドは偏見なくイデオロギーを超えることができました。
地図を見ていて、いくつか大きな発見をしています。
たとえば共産主義革命は、その理論が示す先進国で起きていません。
共産主義革命は……
実は、プロレタリアートを有する先進工業国では、
一度も起きていません。いずれの共産主義革命も、
本格的に工業化する以前の「外婚制共同体家族」の
地域で起きているのです。(P44)
経済発展の段階に応じて社会や文化、国家の在り方が変容していくことを示したマルクスの理論はとてもすぐれたものですが、現実はその通りではないということもトッドは知りました。
ここからトッドのオリジナルな思索がはじまります。
共同体の最大にして最強のものは国家ですが、その国家の基本構造を決めているのは家族(形態)だったのです。
「人種」「言語」「宗教」以上に、
その社会のあり方を根底から規定しているのは、
「家族」です。(P43)
本書がウクライナ紛争について緊急出版された理由がここにあります。
オバマ大統領時代に衝撃のベストセラーとなった「コールダー・ウオー」のようにエネルギー資源とドルの問題や、地政学上の最大の問題としてのソ連崩壊などが、世界の政治経済の難問として取り上げられてきましたが、どこにも根本的な理解がなく、そこからは正確な把握も解決も期待ができません。
トッドによれば、ロシアとウクライナはそれぞれ互いに誤った認識をもっています。
ロシアはウクライナを同じ民族の兄弟国だと思っています。
ウクライナはロシアに対する理由不明の憎悪をもち、その原因への自覚がありません。
ロシアはウクライナを誤認し、ウクライナは自らの心性が自覚できないのです。
これらの原因は、本当は異なる家族形態の民族を同じものだと思っていることから生じます。
世界の識者が同じように間違っています。
ロシアは「共同体家族」(結婚後も親と同居、親子関係は権威主義的、兄弟関係は平等)の社会で、
ウクライナは「核家族」(結婚後は親から独立)の社会です。(P38)
トッドによればプーチンはロシアの共同体家族の社会に合った指導者、社会が要請した存在ということです。それは権威主義的体制であり、民主主義と異なりますが、先進国以外ではよく見られます。
ウクライナのような核家族社会であれば、類似する自由主義国家であるアメリカ、イギリス、フランスなどと同じで、時流によりさまざまな情況とTPOに合致した指導者が選ばれます。
カップル(幻想対)を社会や共同体の基礎=最小単位とするとアングロサクソンのような世界では約束や契約によって共同体が形成されますが、共同体家族の社会では権威による指導で共同体が営まれます。
エディプス△的なものは、2者関係・幻想対(夫婦・親子ほか、各種カップル)に対する別の関係による緊張状態であり、それは黙契から約束まで言語化(規範化)され、社会的には契約上のもの(法的なもの)として形成されます。先進国の核家族や共同性はこれに依拠したものと考えられます。
共同体家族の社会から析出する関係は、父権からの権威主義的な下達?の前での平等性により形成されます。そこには父権の意志の如何による多様性と、それぞれの平等性(等価的な関係)?から予想外に安定度の高い社会も考えられるます。たとえばプーチン批判と支持率の高さが並列するといった事実です。
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