正月に玄関や神棚に飾る注連飾りは、日本全国の各地域で様々な変化があるという。12月31日付『讀賣新聞』第16面に掲載された注連飾りの記事(グラフィックデザイナーの森須磨子さん提供の写真を転写)を読んで、まだ木造中二階の田舎家に住んでいた少年のころ、父が裏山からトドマツの下枝を鉈で切り取ってきて、母屋の玄関や物置小屋の出入り口の左右の柱に、ミカンを添えて釘で打ち付け、注連縄を張ったのを思い出す。引き戸だったので注連縄を張っても出入りに困ることはなかった。聚落ではこの玄関飾りがほとんどで、居間の神棚は縁起物を飾りつけたゴボウジメだった。
釧路に住むようになってから、昭和六十二年に居宅を新築するまで、私はこの習慣を守ったが、釧路ではこのような玄関飾りは皆無で、周囲から奇異の目を向けられた。
息子二人が幼稚園に入り小学校を卒業する頃まで、暮れになると我が家で、遊び仲間の子どもたちが直径三尺近いカツラの樹の臼で餅つきをし、あん餅を自分たちで作り食べたものだった。注連飾りとともに懐かしい思い出となっている。あの時の子どもたちは四十歳近くになっているはずだ。
居宅を新築してからは、玄関飾りはオカメに取って代わられた。ドアにトドマツの枝と注連縄では様にならないし、柱がないので釘打ちもできない。
居間のこぢんまりとした神棚は、私がアカエゾマツの薄板を使って自作した。建築大工が作る神棚は大雑把で、指物師や建具師の仕事と比べると見劣りがするので、始めから自作と決めていた。自慢ではないが、はるか昔、指物師を目指した腕は伊達ではない。注連飾りは、鶴亀鯛松米俵小判等をあしらったゴボウジメ。オカメもゴボウジメも釧路駅前北大通りの〈さくらい生花店〉で二十八日に購入する。
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