前回の≪日本語が危ない(1)≫に続いて、今回は、丸谷才一『桜もさよならも日本語』(新潮社)第一部<国語教科書を読む>の第2章「漢字配当表は廃止しよう」を基に、本来、漢字のみで成り立っている用語の漢字・平仮名交ぜ書きの是非を論じる。
丸谷才一は、小学校3年生用の某教科書の「二まいの写しんについてせつめいする文章」という部分を取りあげ、本来、「二枚・写真・説明」と表記するのが正しい日本語の「文字づかひ」である、と主張する。教科書が過度に「学年別漢字配当表」に拘ることには、私も反対したい。特に、「せつめい」については、「明」は二年生に配当されているのだから、「せつ明」としなければ、表記の仕方に一貫性がなくなる。
最近、この漢字・平仮名交ぜ書きを、新聞の<社説>の中に発見して、私は、しばし呆然とした。9月24日付『北海道新聞』第3面の社説が、今回の自民党の総裁選挙を評して、「これは自民党による幕あい劇にすぎない」と記述しているのである。国語教科書とは違い、新聞には「学年別漢字配当表」はない。なぜ「幕間劇」と表記しないのか。北海道新聞社は、日本人の多くは「幕間劇」を「まくあいげき」と読めないだろうと、国民の一般的国語力を侮っているのだ。新聞が何様のつもりだ、余計な世話はよしてくれ。「幕あい劇」という表記は日本語の破壊である。
最後に、丸谷才一への苦言を一つ。彼は、『日本語のために』(新潮社)の第三部、<当節言葉づかひ>冒頭の1章で、「ヘソ曲がり」という言葉を二度用いている。他の者が用いることに、私は異を差し挟むつもりはない。旧仮名遣いの復活を主張し、かつ実践している丸谷才一ならばこそ、「つむじ曲がり」を用いるべきだと言いたいのである。山本夏彦『かいつまんで言う』中公文庫(中央公論社)によれば、「ヘソ」は、昭和十年代に現れ、あっという間に「つむじ」を駆逐したという。
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