NHKの黒田官兵衛が高視聴率を上げていますが、小生もその一人でもあります。
官兵衛が中津に来た時に豊前を治めていたのが、後の宿敵となる宇都宮鎮房です。
築上町にあるその菩提寺に行ってみようという事です。その名は「天徳寺」です。
黒田官兵衛のドラマをTVで見るまでは、宇都宮鎮房の名前すら知らなかったのですが、色々と調べてみると結構悲運な人生を遂げた人物だと分かりました。
豊前を統治していた宇都宮鎮房は豊臣秀吉の命により城を黒田官兵衛へ、そして自分は四国へ衣替えせよという最悪の状態になったのです。
これを機に鎮房は官兵衛へ対して反乱を起こすことになるのです。
当然と言えば当然のことかもしれないね。
四百年も統治してきた場所からとっとと出て行けと言われれば・・・。
しかし、黒田長政(長男)は城井谷での戦いで大敗するのです。
難攻不落の城な訳です。
黒田長政と宇都宮鎮房はめっちゃ仲が悪いのです。
最後は仲直り居ようと長政から和睦を提示したのです。
そして、宇都宮鎮房が中津城を訪れた際に黒田長政に忙殺されてしまったのです。
豊臣秀吉がこれまた宇都宮鎮房を嫌っていたので、鎮房を討たないと黒田家の存続も危ういと言っていたわけで、仕方なく殺っちゃったと言う事のようです。
鎮房は人望が厚く、民から慕われていた人物とも書かれています。
のぼりには「黒田官兵衛 最大の宿敵 宇都宮鎮房」と書かれています。
博多に行けば「黒田官兵衛」がのぼりに書かれているけど、この地だけはそうじゃないんです。宿敵なんです!
TVでは黒田官兵衛は軍師として、素晴らしい人物として放送されているけど、こういった歴史もあるんだと知らされました。
今でも、黒田官兵衛をよく思わない人達はこの地にはいるようです。
当然といえば当然かもしれないね!
英雄になるには誰かが犠牲になるってことかな・・・・
歴史の1ページをめくったような気がします。
では また