ひとときの駿感.blog

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『恋のエチュード』フランソワ・トリュフォー

2020-05-16 23:58:44 | 映画鑑賞
 最近またトリュフォーの映画に目覚めている。私は2017年あたりから娯楽気分と人生学習半々程度の心持ちで、映画と音楽を歴史的に捉えるという課題を日々消化している。将来において残りの人生を充実させるための精神の波長を極限にあげていくためのミッションのひとつとして。
 
 トリュフォーは一番最初に『大人はわかってくれない』を観てどうにもピンとこず、ベルトルッチの『革命前夜』のあのインパクトもあって、なぜかどうしても食わず嫌いの感覚が芽生えてしまってなかなか鑑賞対象とならなかった。しかしオーソン・ウェルズ、ヒッチコック、ロッセリーニ、ゴダールと進めていくと当たり前だけど、やっぱりどうしても避けて通れないことがわかってくる。なかば観念した思いで新宿歌舞伎町のTSUTAYAで『華氏451』のDVDを手に取りレンタルして自宅でじっくり観てみると、オスカー・ウェルナーのキャラクタの不思議さもあってこれがなかなか面白かったのだ。たてつづけに自らトリュフォー祭と称して『アメリカの夜』『突然炎のごとく』『日曜日が待ち遠しい』『アデルの恋の物語』『終電車』『恋のエチュード』『ピアニストを撃て』『夜霧の恋人たち』と一気に観尽くした。薄々感づいてはいたがやはりトリュフォーは作品に自分自身を辛辣に投射していく映画作家だということが思い知らされる。例えば『大人はわかってくれない』の主人公、少年アントワーヌ・ドワネルはまさにトリュフォー自身であり、『突然炎のごとく』のジャンヌ・モローと『アデルの恋の物語』のイザベル・アジャーニは同じ女優でもキャリアもタイプも全く違うはずなのに演技の鬼気迫る演技は何かトリュフォー監督の意志が反映されている気もするし、『アメリカの夜』では監督トリュフォー自身が現れたりするからだ。
 
 で、長くなってしまったけど、ひとまず結論。まだ観ていない作品は残ってはいるが、私が今のところトリュフォー作品で一番印象に残り一番好きなのは『恋のエチュード』なのである。若きジャン・ピエール・レオ―が演じるフランスに住む青年クロードと英国女性姉妹2人との三角関係を描いた恋愛映画であり、この二人の姉妹に振り回されるレオ―のいつものちゃかちゃかとした慌てぶりのストーリーも良いけど、私がこの映画の好きなところはなんというのか、映像からくる可視化された叙情性というか、映画全体のゆったりとした時間の流れが私の感性と合うのと、英国人姉妹とクロードと共にすごしているひとつひとつのショットがとにかく美しい。クロードとアンが囲炉裏を背景に木椅子を挟んで向かい合うシーン、ノルマンディーの海岸を背景に緑の草の上で昼食をともにするシーン、遠くから斜面に建つ英国の一軒家の風景。他のトリュフォー作品では感じることがなかった、ひたすら映像を見つめ続けることの感動が溢れてきたのだ。この映画が公開されたのが1971年。もう50年前の作品。2020年今を過ごしている我々の中にこの映画をストーリー性のきごちなさと冗長さで退屈だと嫌悪してしまうことだろう。それならせめてエピローグだけでも観て欲しい。無理があるかもしれないけど。ロダン美術館でのショットと音楽とトリュフォー自身のナレータの爽快で詩情漂う場面だ。実は映画ってのはこういうものなのだという新たな認識が芽生えるはずだ。…いや、私自身がただ単に50年を超えた歳を重ねてしまったせいだろうか。
 
 
 
 


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