多摩爺の「時のつれづれ(皐月の4)」
9月入学(進級)の是非
新型コロナウイルスの感染拡大で、外出自粛が続くゴールデンウィークも終盤に入り
「こどもの日」を迎えた。
そして、今日は立夏だから・・・ 冬の盛りから始まったコロナ騒動は3カ月半が過ぎ、
あっという間に春が過ぎ、暦の上では夏になってしまった。
この間、3月上旬に総理から出された公立の小学校、中学校、高等学校への休校要請を受けて、
入学、卒業、進級の機会を挟んで約2カ月の間、一部の私学で行われているオンライン授業を除けば、
多くの子供たちは宿題等の自主学習のみで、
教師から学ぶことから遠ざかったまま、時間だけが過ぎている。
はたして・・・ それで、良いんだろうか?
そういった事態に憂慮した、現役の高校三年生からSNSを通して、
「新学期を9月に変更して欲しい。」との声が上がった。
来年1月~2月の大学受験を考慮すれば、
オンライン授業を受けた私学の学生との差が開くことは必然で、
これは・・・ 切実な訴え声として捉えねばならない。
昨日(5月4日)には、緊急事態宣言が今月末まで延びると、首相から発表されている。
これを受けて、子供たちの学校も必然的な措置として、
休校を今月末まで延期せざる得なくなるだろう。
普通に考えれば、子供たちが1年間で学ぶ日数は、
夏休み、冬休み、春休みを除けば・・・ おおよそ10か月である。
今月末まで休校と云うことは、10か月の20%(2カ月)のロスが生じることになる。
よって残日数から、夏休み、冬休み、春休みの全てを無くせば帳尻は合うが、
それでは、休暇というリフレッシュタイムを奪ったうえ、
詰め込み授業となってしまい現実的ではない。
さらに受験日までに、必要なコマ数を消化したという、アリバイ作りをしただけで、
受験生は堪ったもんじゃない。
文部科学省は、生徒間の間隔を1~2メートル取り、学年ごとの分散登校をしたらどうかと、
ガイドラインを示したが・・・ これが、なかなか難しい。
40人弱の1クラスに、1~2メートルの間隔を取り入れると、
3クラス程度に分割されてしまうことから、
1学年が使う教室は3倍になる、すると教室が足らなくなるので、
登校する学年を3分割して減らさねばならない。
生徒ひとり一人に対しては丁寧かもしれないが、
他の生徒と比較しながら習熟度を確認することは厳しく、
担任(担当)する教師の負担は、かなり大きくなるだろう。
そこで・・・ 先の現役高校3年生のSNS「新学期を9月に変更して欲しい。」に、
各都道府県の知事が反応した。
秋入学を導入すべしの狼煙を上げたのが、東京都、大阪府、宮城県の知事だった。
いまはコロナ対策に集中すべきで、主旨は理解しつつも軽々に判断すべきではないという、
いわゆる反対が、愛媛県、静岡県、栃木県の知事だった。
誰かが右と言えば、俺は左だと必ず声を上げる、いつもの方々である。
個人的には「コロナもやる。これもやる。」が普通の感覚で、
どちらかに集中するという提案は間違ってると思うが、
残念なことにマスコミは、そこんとこを突くことはしない。
知事会では様々な意見があったのだろうが、
いまのところマスコミで取り上げられてるのがそれぐらいなので、
他県の知事の反応は・・・ あまり見えてこない。
それにしても、先週あたりからこの話題でワイドショーが騒がしい。
確かに賛否両論というか、やるにしてもデメリットはあるし、解決すべき課題は多い。
メリットは、グローバル化への対応とか云ってるコメンテーターが多いが、
それはあくまでも副産物で、本当の狙いは、格差の解消ではなかろうか。
オンライン学習をやれる環境があるかないかで起こる、公立と私学の格差もあるが、
感染者が少なく、直ぐにでも授業が開始できる状況にある地域と、
感染者が多く分散登校が必至の地域とでは、格差が開く一方になるだろう。
また、オンライン学習の環境を整備することの方が、最優先だとの声もあるが、
これは、9月入学(進級)であろうとなかろうと、喫緊の課題として進めるべきであって、
9月入学(進級)の議論とは別にして、同時並行で進める案件だということを理解せねばならない。
どちらか一つではない、あれもやる、これもやるでなければ・・・ 学生のためにならない。
デメリットは、何と言っても事業年度という、
この国の様々な事業を一年と云う単位で区切る決まり事の見直しで、
こればっかりは、あまりに影響が大きいことから、
単純にカレンダーをスライドすれば良いというもんじゃない。
さらには・・・ 現状のままで高校3年生が、浪人生と同じ土俵で試験を受けることは、
明らかに不利で、デメリットになるんじゃなかろうか。
この国の事業年度の大半は、4月1日から翌年の3月31日で区切られており、
義務教育の現場では、当該期間で同年齢の者が同じ学年で学ぶ。
因みにこの国では、誕生日の前日で年齢は1つ加算されるため、
4月2日から翌年の4月1日生まれの者が同学年となる。
これが9月入学(進級)に移行すると、
来年は4月2日から翌年の9月1日生まれまでを同学年とすることになるが、
そうすると、対象者が一気に1.5倍になるため現実的ではなく、
5年ぐらいかけて、1ヶ月ずつ対象者の範囲をずらして拡大していく、
暫定措置を取るしかないだろう。
また、たとえ暫定措置を取ったとしても、
そのスタートを保育園にするか、幼稚園にするか、小学校にするかで影響は違ってくる。
保育園や幼稚園には定員があるし、
入園時の年齢も親の仕事によって様々なので、一定の調整は必要だが、
おそらく義務教育となる小学校の入学が、スタートの基準になる可能性が高いと思われる。
とはいうものの、その場合は、一時的に増えると想定される、
教員や教室の確保が課題になることも忘れてはならない。
また、課題は入り口だけじゃなく、出口にもあって・・・ 就職問題が実に悩ましい。
この国の企業や公務員の採用は、年度の中途を好まず、
事業年度が始まる4月の新規採用に拘って来た歴史があり、
企業サイドの協力がなければ、高校や大学を卒業した学生が就職するまでに、
約半年の空白期間が生じてしまう。
これだけは、あってはならないし、不定期採用の導入促進を働きかけるなどして、
なんとしてでも避けるべきだろう。
正直言って、思うのは・・・ 分散登校で折り合いをつけるのは、
卒業年次にある学生(小6・中3・高3)には不利だが、
その他の学生は、2年がかり、3年がかりでリカバリーすることは可能となる。
とはいえ・・・ その卒業年次にあたる学生たちが声を発しているのだ。
小さな声だが、不利を被ることが明らかである以上、
こういった声を無視して良いという道理があってはならない。
個人的には、政治決断しかないと思っている。
9月入学(進級)を今年からやると決めて、その課題を一つ一つクリアしていくか、
どうしても6月からの分散登校に拘るなら、
来年度の入試範囲から卒業年次に習う部分を一部削除することしかない。
しかし、それでは最初から授業のコマ数を少なくしても良いと云ってるのと同じで、
学生ファーストには程遠い。
来年からやるために、今年1年かけて検討すれば良いという意見もあったが、
それは、ほぼやらないと云ってることと同じであり、
お役人に無駄メシを食わせるだけで、時間の無駄、残業代の無駄にしかならないのは誰にでも分かる。
もう一度云う、この国の将来を大きく変革する、とっても、とっても大きな課題である。
にも拘わらず・・・ あまりにも時間が足らない。
学生ファーストなら、9月入学(進級)をやるしかなく、やるなら政治決断しかないし、
やらないんだったら、卒業年次に該当する学生が不利にならないよう、特別な配慮が必要だろう。
先の大戦で経験したように、敗戦国が他国の支配下で、
否応なしに統治機構の改革を求められたのではなく、
この国の国民の発案で、この国の仕組みを大きく変える、明治維新のような大胆な改革が、
この次、もしあるとすれば・・・ それは恐らく、道州制を導入するときだろうと思っていたし、
一方で、それもしばらくは、ないだろうと思っていたが、
コロナ禍に端を発し、思わぬ展開から大きなうねりとなり、回天の兆しがでてきた。
驚くのは、憲法改正と比べても遜色がない、とっても大きな改革にも拘わらず、
党派によって異なる思想信条に影響がないことから、
国会内では意外なほど、反対する勢力が少ないことだろう。
そう捉えれば、反対勢力となりうるのは・・・ どこだ?
それはおそらく、教育の本丸と現場だろう。
一方的に改革の指示を受ける文部科学省や、地方の教育委員会、
さらには・・・ 現場の教員や、労働組合がブレーキになるような気がしてならない。
維新を起こした長州出身の宰相が、いま一度、維新を成し遂げるのか。
私は期待したいが・・・ さて、どうなる?
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